週刊READING LIFE vol.163

もう会わなくなってしまった友達《週刊READING LIFE Vol.163 忘れられないあの人》


2022/03/28/公開
記事:izumi(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「なんで、興味がないのに、説明を聞く必要があるの?」
わたしは友達に対して、きつい言い方で断った。
4年前のことだ。
友達Aから、会わないかというお誘いがあった。
お互いのタイミングがあわず、調整してやっと会えた日だった。
会社の帰りに、百貨店で待ち合わせをした。
 
Aは百貨店に勤めている。
百貨店は、靴、かばん、化粧品、洋服まで一気に買い物ができるので、ワクワクする。
買い物をしなくても、どんな商品に人気があるのかを、見ているだけでも楽しい。
社員購入の割引で、一緒に買い物をしてもらう時があった。
いつもなら、定価で買う商品が、割引で買えるのだ。
 
今はすっかり治っているが、ストレスを抱えていて、夕方になるとじんましんが体にでていた。
じんましんは、下着のラインにそって出る。
パンツのライン、おへそのあたりにそって出ることがあれば、ブラジャーのラインにそって出る場合もある。
病院で処方された飲み薬を、飲んでいた。
肌がかゆくなるので、洋服は、肌ざわりがいいコットンにしていた。
2重ガーゼやオーガニックコットンの洋服を選ぶ。
素材がいいので、もちろんお値段も高い。
肌に優しくて、デザインがよいブランドが、その百貨店にはいっていた。
 
友達に頼んで、割引の日に洋服を買ってもらうようになった。
買い物が終わったあと、2人でお茶をした。
いつもなら、たわいもない世間話をして、お礼を言って別れる。
だが、その日は違っていた。
 
「知っていると思うけど、わたしが使っている商品はすごく性能がいいから、紹介したい」
 
友達は、ネットワークビジネスを、始めていたのである。
家に遊びに行くとお鍋や、浄水器、見たことがないものが増えている。
料理教室があると、誘われた時もある。
海外と日本の健康管理の仕方の違いを話してくれる。
 
「そんな話をどこで教わってきたのだろう。彼女の興味がある内容がいつもと、変わっている。なんだかおかしいな」
 
今までも、ネットワークビジネスをしている人と接する機会があった。
中学の同級生だ。
10代で、結婚して子供を生んだ。
家に遊びにいった時、洗剤の実験を見た記憶がある。
からあげを、少しの油であげられる鍋があると、教えてもらった。
そんなにお勧めするならと、1回だけ洗剤を買った。
 
会社の同僚から、サンプルをもらった時もある。
顔も、体も全部洗えて、お肌に優しいという液体だった。
使ってみると、同僚が言う通りで、商品はいい。
なぜ、サンプルを渡してくるのかは、分からなかった。
教えてくれてありがとう位にしか思わず、気にも留めなかった。
そのうちに、同僚から誘われた。
「セミナーがあるので、一緒に行きませんか?」
その時に気づいた。
ネットワークビジネスの勧誘だったのか。
興味がないと断ったら、その同僚とは疎遠になった。
 
Aは高校時代の同級生で、付き合いは20年以上になる。
わたしたちは、もう一人Bという同級生と3人で会っていた。
高校を卒業して、大学、就職とお互いに道は分かれたが、年に4回は会っていた。
 
3人のうち誰かが、今度はいつ都合がつくか、お誘いをしてくる。
家に行く時もあれば、美味しいお店を見つけてランチに行く時もあった。
A、B、わたしの3人は10代の高校生の時から、いろいろな人生のステージが変わった。 結婚、子供の誕生、離婚、再婚と人生経験をした。
間違えたことをした時も、相手を否定するのではなく、話を聞いた。
 
自分が選んだ人生を、まわりがとやかくいう必要はないと思ったからだ。
近況を話すだけで、安心できた。
居心地がいい相手だったのだ。
疲れていて、ご飯を食べたあとに、友達の家で寝てしまう時があった。
そんな時も、2人は優しい言葉をかけてくれる。
 
「仕事で疲れているから、ゆっくりさせてあげよう」
 
わたしにとって、こんなに付き合いが長い友達は、彼女たちだけだった。
高校、大学、社会人とその時々で、友達は出来ていた。
だが、時期がくると疎遠になり、連絡しなくなってしまう。
1年に1回の新年のあいさつだけになる。
自分のステージが変わると、友達も変わるのだ。
お互いの共通点が変われば、連絡を取る頻度が変わるのではないだろうか。
たとえば、会社の帰りによく飲みにいっていた同僚が会社を辞めた場合。
会社という共通点がなくなり、連絡を取る頻度が少なくなる。
元気にしているかな? と思うが、環境が変わったので会う頻度は少なくなる。
 
人生の中で、いろいろな人と仲良くなったり、疎遠になったりを繰り返してきた。
だが、高校時代からの同級生3人組は違っていた。
お互いの環境や共通点がなくなっても、会っていた。
わたしたちは、どんなに共通点がなくなっていても、友達だという自信があった。
 
自信は、崩れ落ちたのだ。
ネットワークビジネスに一生懸命になるAを、理解できなかった。
「説明するのがへたなので、商品の良さがうまく伝わらない。グループの上の人を連れてくるので説明を聞いてほしい」
「??????」
わたし、興味があるって一度も言ってないけどな。
 
ネットワークビジネスが、うまく軌道に乗っていたのかは、分からない。
誰もが知っている有名百貨店を辞めて、ネットワークビジネス1本にしようと思う気持ちが理解できなかった。
「で、会社はやめたのかな? ビジネスだけにしようと思っているって言ってたけど、どうなった?」
「まだ辞めていない」
会社を辞めてまでして、本当にそのビジネスは大丈夫なんだろうか?
言おうとした言葉を、飲み込んだ。
Aの人生に、意見をする筋合いはない。
一生懸命な気持ちを、否定できなかった。
 
必死に説得して、よさを分かってもらおうとするAとは反対に、わたしの気持ちはどんどん引いていく。
引いた波は、戻らなかった。
Aが知らない人のように感じた。
本当に目の前にいるのは、高校時代からの付き合いのAなのだろうか?
商品を買ってもらい、会員になろうと持ちかけてくるのは、友達をやめるという覚悟だというのを分かっているのだろうか。
友達として見られていないのではと、怒りが込みあげてきた。
Aの気持ちを予想してみる。
いい商品なので、仲がいい友達にも知ってほしい。
友達だから、よさを分かってくれるのではないか。
商品を買ってもらえたら、良さがわかる。
 
悲しいけれど、わたしとAの気持ちは反対だ。
興味がないとキツイ口調で話すわたしの姿を見て、Aは困っていた。
交渉は決裂して別れた。
 
帰り道、心配になってBに連絡した。
Bは、すでに勧誘をかけられていて、会員になったあとだった。
1人だけ怒って断り、取り残された気分になった。
 
最近、ずっと連絡していなかった、Bにラインをした。
わたしが怒ってから、3人で会わなくなり、2人で会っているのではないかとは思ったが、それは仕方がない。
「あれからAと会っていたけど、ビジネスの話が多くて、会っていない」
Bも会っていないと分かった。
「Bはなんで、Aと付き合いを続けられたの?」
「商品はいいものだと思う。だから付き合いを続けた。だけど販売する側にまわるのは無理だわ」
 
わたしは、なぜ4年前に激怒してしまったのだろうか。
いままでは同じマラソン大会に出ているようなものだと思っていた。
地域の小さなマラソン大会。
それが急に海外のマラソン大会がいいから、一緒に海外に行って走ろうというようなものだ。
え? 海外? わたし、地域の小さなマラソン大会でいいんだけれど。
なんで、海外に行くの?
同じマラソン大会を目指していた仲間が、変わったのが許せなかったからだ。
 
興味がないのに、商品がいいと持ちかけられて怒った。
心の奥底では、価値観が変わった友達を、受け入れられなかったのだ。
同じ価値観で、お互い環境が変わっても、親友だと思っていた。
本当は、前から価値観が変わっていて、気づかなかったのかもしれない。
だが、人は変わっていくというのを、受け入れなければならない。
いつまでも、高校時代の親友のままでは、成長できないのである。
 
Aは元気なんだろうかとふと思う。
彼女が納得できる道ならば、それでいい。
人生経験をつみ、自分と全く違った価値観を受け入れる位、大きな器の人間になりたい。
今のわたしは、全く違う価値観の友達を、受け入れるのは難しい。
酸いも甘いも噛み分けるようになり、嚙んだら味がある、するめのようになりたいのだ。
その頃には、お互い白髪のおばあちゃんになっているかもしれない。
あの時は大変だったねと、お茶をすすりながら笑える日がくると、信じている。
会うことだけが、友達ではない。
人の価値観は、いろいろあっていいのだ。
3人で過ごした時間は、大切に宝箱にそっとしまっている。
今度はいつ会えるか分からない3人組。
また会える時まで、精一杯生きよう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
izumi(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

2021年7月よりライティング・ゼミ超通信コースを受講。2022年1月よりライターズ倶楽部に参加。ランニング、トレイルランニング歴10年。最近山登りにハマってテント泊を実現したい。誰かの応援になる文章を、書けるようになりたいと日々特訓中。

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2022-03-23 | Posted in 週刊READING LIFE vol.163

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