週刊READING LIFE vol.165

人生を鮮やかに変えるシンデレラのかぼちゃの馬車に乗ってみたら《週刊READING LIFE Vol.165「文章」の魔法》


2022/04/11/公開
記事:今村真緒(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
皆さんは、読書感想文が得意ですか?
「得意です!」という方、きっと学生時代の私からすれば羨ましい存在だったと思います。
そして、「苦手です……」という方、きっと夏休みの読書感想文を私のように頭を悩ませていたと心中お察し申し上げます。
読書感想文は、一つ本を選んでそれに対する自分の感想を書いていかなければなりません。その本からどういうことを感じ取ったか、自分なりの考察を展開していき原稿用紙3枚、文字数にして1200字くらいにまとめるというのがスタンダードではないでしょうか。
 
ところが学生時代の私にとって、苦手な宿題ナンバーワンが読書感想文でした。感想なのだから、自分が思ったことを率直に書けばいい。そう頭では分かっているのです。けれど、実際に書こうとすると、とたんに手が止まってしまうのでした。読書感想文は、まず本を選ぶところからが始まりです。私はこの選書の段階でも、どうしてよいか迷う有様でした。好きな本を選ぶ。ただそれだけのことなのに、あれやこれやともう一人の自分が邪魔をするのです。
 
もう一人の自分は言います。
「もうちょっと大人ウケする本がいいんじゃない?」
「こんなマイナーな本選んだら、何で? と思われるんじゃない?」
「こんな本に興味があると思われるのって、どうなんだろう?」
そうです。私は他人から見た自分を意識するあまり、本一つ満足に選べないのでした。そして、無難にも「読書感想文にオススメの本」などと書いてあるリストから、比較的万人受けするような本を選んでしまうのでした。
 
単に文章を書くことが苦手だから、読書感想文が得意ではないという方も多いでしょう。けれど、私はその上に自意識過剰というトッピングを特盛にしていて、その壁を取り壊すことに恐れを感じていたのです。その結果、自分が「これを書きたい」と自発的に選んではいない本の感想を書くことは、ちょっとした苦痛でもありました。おまけに、実際に感想文に取り掛かっても、今度も自意識過剰が邪魔をして、自分の想いを率直に書くことを阻むのです。
 
原稿用紙3枚を埋めるための戦いは、私にとっては修行のようでした。とにかく文字数を稼がなくてはなりません。ほぼ引用になるのではないかというくらい、とりあえず本の中でも重要そうな部分のあらすじを、無になって、つまりは機械的に書いていきます。そして結びはこうです。「~というところが良かったと思いました」または、「~というところが心に残りました」その二択くらいだったと思います。
「どう」良かったのか、「何が」心に残ったのか、はっきりと伝わらないまま終わってしまう感想文はとても薄っぺらいものでした。とにかく提出できれば良しとしよう。そう思うしかありませんでした。そうして、読書感想文に対しての苦手意識が拭えないまま、毎年同じような夏休みを過ごしていたのでした。
 
大人になると、仕事で文章を書くことが増えました。報告書やお客様に対しての周知、議事録の作成などです。今度は読書感想文とは違って、自分の意見というよりは物事を正確に伝えるということが重視されるようになりました。ポイントを押さえて、要点を分かりやすく書くということが求められていたのです。
私としては、こちらの方にやり易さを感じました。自分の解釈を他人にどう思われるかということを気にしなくて済んだからです。ポイントさえ外さなければ、おおかたの人は内容を理解してくれるのです。
 
ところがある日、1人のお客様が、私のお送りした周知文を持参して窓口に来られました。お話を伺うと、私が意図したこととは違う捉え方をしておられたのです。説明すると理解していただけましたが、伝わると思っていたことが必ずしもそうでなかったことを実感しました。
事務的でシンプルな文章であったとしても、人によって様々な捉え方をされる可能性があることを忘れてはいけないと思いました。「伝える」ことと、そしてそれが「伝わる」ということの難しさを感じた出来事でもありました。
 
それからは、文章を書くときは、できるだけ誤解を与えないように配慮していくようになりました。ちょっと注釈を加えてみたり、かといってびっしり書いて見辛くならないように注意したりするようにしました。「伝えたいこと」を、どうやったら相手に「伝わる」かを意識していったのです。
 
思えば、読書感想文も自分の想いを読む人に「伝える」ものだったのです。けれど、宿題だからという義務感でこなすだけだった私に、そんな意識はありませんでした。
なぜその本を選んだのか、どんな部分に感動したのか、それはなぜか。そんなことが表面に出てこない、血の通っていない感想文に、一体誰が心を動かされるでしょうか。単に羅列されたあらすじは、本を読みさえすれば誰にでもわかります。そこから何を汲み取ったのか、どういう考えに至ったのかは、引用でない自分のオリジナルな文章を書かなければ、相手に「伝える」ことなどできないのです。
 
自分の思考を他人に知られるのが怖い一方、クリアに伝わらないもどかしさも両方感じてきました。「伝えたい」のに「伝えることができない」という矛盾を抱えていた私は、今からちょうど2年前に天狼院書店のライティングゼミと出会いました。私のアンテナに、なぜかライティングゼミは引っかかって消えてはくれませんでした。そして、苦手なことに挑戦する恐れと、何かが変わるかもしれないという期待感が私の中でせめぎ合った結果、「もう、どうにでもなれ」と半ばやけくそで受講の申し込みをしたのです。
 
ライティングゼミでは、毎週2000字の文章をフリーテーマで書くという課題がありました。もちろん、毎週提出した方が上達するに決まっています。けれど、そこで私はまた困ることになりました。夏休みの読書感想文でも、何の本を選ぶか迷いに迷っていたくらいです。どんなテーマで書くかということに、毎週悩まされることになりました。テーマが決まっていないということは、自分の中から何かをひねり出さなければなりません。そうそう面白いエピソードを持ち合わせているはずもなく、書く内容も簡単には見つかりはしないのです。
 
しかし続けていくうちに、心の動く「何か」を見つけようと自発的になっている自分に気がつきました。単にネタ探しをしているだけだったのですが、書く内容だけでなく、テレビや本のちょっとした言葉やフレーズが気になり、起きた出来事を違う角度から見てみようとする姿勢が芽生えていきました。シンデレラのお話の中で、何の変哲もないかぼちゃが馬車になったように、文章という魔法が、今まで面白くも何もないと思っていた出来事を鮮やかに変化させてくれたのです。
 
文章を書くときは、頭の中で何度も自分の考えを反芻します。そうすると思考が解けていき、どうしたら読んでくれる人に伝わるのかを自然と考えるようになります。自分の想いや考えを因数分解していかなければ、文章が前に進まないのです。なぜ、そう思ったのか。何を言いたいのか。そんなことを軸に置いておかなければ、ぼんやりとしたただのとりとめもない文章になってしまうでしょう。ライティングゼミでは講師から合格をいただくと、天狼院書店のホームページに記事を掲載してもらうことができます。不合格のときは、文章がまずいのはもちろんですが、大抵考えや伝えたいことがしっかりと表現できなかったときだった気がするのです。
 
そうやってライティングを続けて、もうすぐ丸2年が経とうとしています。最初はおっかなびっくりで書いていた2000字から、現在は5000字の課題にも挑戦しています。
下手なりに量を重ねていくことで、「継続は、力なり」という言葉の意味を噛みしめています。できないとハナから諦めるより、何とかギリギリまで頑張って続けてみると、少しずつ書くことへの苦手意識が遠のいていくことを感じているのです。
 
とはいえ、今でも文章は得意ではありません。けれど、面白いと感じることが増えてきました。伝わる文章を目指して自分のフィーリングを表す言葉や例えを探したり、伝えたいことを乗せるエピソードを深掘りしたりすることは、思いのほか私の探求心を満たしてくれることに気づいたのです。
そして、私の文章を読んでくれた人がどう受け取るのか反応を知ることも、大きな気づきになるのです。
 
夏休みにべそをかいていた昔の私が見たら、自発的に文章を書く現在の私の姿に驚くことでしょう。自意識過剰のてんこ盛りだった私が、何をどう思ったのかを赤裸々に他人に晒しているのです。しかも、やらされていた感満載だった感想文とは違って、書きたいことを自ら掘り起こすことに面白さを感じているのです。これもある意味、文章がもたらした魔法と言えるのかもしれません。
 
文章をどう書こうかとあれこれ思案していると、自分を棚卸しているような気分になります。
記憶の引き出しを開けてみて懐かしい匂いを感じたり、引き出しの奥に忘れたままになっているものを取り出してみたりするのです。
「あのときこう思ったのは、これが原因だったんだ」とか、「こう感じたから、あんな行動をとったんだ」などと、もう一人の自分が頭の上から解説してくれる感覚です。そして、そこから読み手に向けて伝えたいことを砂金すくいのように拾い出して磨いてみるのです。思えば文章を書くことで、ぼんやりとしていた自分の輪郭が少しはっきりしてきたような気がしています。
 
そうやって出来上がった文章が、誰かの心に伝われば嬉しく思います。同じ経験の人はいないので、全く同じ気持ちになることはないでしょう。また人によって受け取り方は違うことでしょう。けれど私が伝えることで、誰かの心に少しでも寄り添えたり、こんなことがあってもいいよね、と気が楽になったりしてもらえれば、書いて良かったと思えるのです。
 
もう一つ、私が感じた文章による魔法をご紹介したいと思います。
それは、書くことで自分を癒せるということです。
辛いときや悲しいとき、どこにも吐き出す場所がないとき、思い切り心の内を書いてみたらいいと思います。書き方や漢字が間違っていようが構いません。思うままに書くことで、心の中を空っぽにするのです。
そして、少し時間をおいてその文章を見直してみてください。
そのときの感情を思い出して涙が出るかもしれません。怒りがぶり返すかもしれません。
けれど、それを繰り返していくうちに、その想いは少しずつ浄化される感じがするのです。感情の成仏を願う儀式、とでも言いましょうか。重石を下ろして、すごく自分が楽になるのです。
 
自分を見つめ直し、現在の心を映し出す自分のための文章。そして、何かを人に伝えるための文章。どちらも自らの心が動いた結果です。自分事として受け止めれば、そこに血が通うから文章に想いを込めたくなるのです。文章を書くことの楽しさを知った今ならば、学生時代よりは読書感想文を書くことに向き合えるのではないかと思います。
 
文章を書いていると、楽しさもあるけれど自分の未熟さを思い知らされます。終わりのないゴールを目指しているような感じさえします。けれどそれを克服したいがために、また書いてみたくなるという何とも不思議なスパイラルに陥っています。
試行錯誤を繰り返しても、これで正解ということが文章にはありません。まだ何かできるのではないか、もっと上手い表現があるのではないか。そんなことを考えるとまた止められなくなるのです。
 
シンデレラは、12時になれば魔法が解けてしまいます。私もいつまで書き続けるかは分かりません。けれど、ぼろの服がドレスに代わり、かぼちゃが馬車になるように、文章という魔法で自分の世界が変わることの面白さを知ってしまったら、まだまだこの魔法に浸っていたいと思ったりするのです。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
今村真緒(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県在住。
自分の想いを表現できるようになりたいと思ったことがきっかけで、2020年5月から天狼院書店のライティング・ゼミ受講。更にライティング力向上を目指すため、2020年9月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部参加。
興味のあることは、人間観察、ドキュメンタリー番組やクイズ番組を観ること。
人の心に寄り添えるような文章を書けるようになることが目標。

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2022-04-06 | Posted in 週刊READING LIFE vol.165

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