週刊READING LIFE vol.165

未来は充実した1日の先に積み重ねてできるもの《週刊READING LIFE Vol.165「文章」の魔法》

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2022/04/11/公開
記事:赤羽かなえ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
自分が生きるために支えにしてきた文章がある、と言ったら大げさだろうか。
 
「文章」にそんな力があるなんて思いもしなかったけれど、気づけば、私の人生の半分以上の時間はその言葉を信じ、お守りのように大事にしてきたのだ。
 
20歳の時に「文章の魔法」にかかったのかな。
以来、24年もの間、その言葉の魔法はちゃんと効力を保っていて、私にとって北極星のような役割を果たしてくれている。

 

 

 

もったいぶっているわけではないけど、その文章は、有名人の言葉ではなく、当時付き合っていた彼が書いてくれたメールの一文だ。その背景にあったやり取りは20歳の頃のことなので、ものすごく青臭くて子供っぽいので、正直書くのは恥ずかしい。
 
大学に入ったばかりの私は、とにかく自信がなかった。高校まではソコソコに成績がよかったから、そこで自分のプライドを保っていたけど、大学には信じられないほど頭がいい人も沢山いたし、そもそも大学というのは、さほど成績の優劣が表立って出てこない。
 
そうなると、成績に一喜一憂してきた私は、何をもって自分自身を保っていいかさっぱり分からなくなってしまった。
 
しかも当時の私ときたら、何に不安になっていたかすら、実はよくわかっていなかった。もはや親は、私の成績について何も言わないし、学校の授業に出ようが出まいが何も言わなくなっていた。
 
自分も両親も大学に入ることが目的になっていたから、両親は「大学に入ったら好きなことをしていい」と前から約束してくれていた通りに、本当に私に対して口を出さなくなった。今まで、柵の中に囲われてあっちに行くな、ここから出るなと口うるさく言われていたのに、急に柵が外されてしまうと、それはそれでどっちに向かっていいのかさっぱりわからなくなってしまった。
 
最初のうちは、自由の風は気持ちよかった。でも、その風はとても強かった。確固とした目的が見いだせなかった私は、その風にもてあそばれたまま、あまりにも踏ん張れなかった。サークル活動の誘惑やアルバイトなど、楽しい方にその都度転がっては、何も得られていないような焦燥感にさらされていた。どこに行ってもソコソコだった私は、胸を張ってやれる何かを探し続けていた。
 
本当は、何を目指しても良かったのだと思う。
専攻の勉強にまい進するもよし、
何か資格に挑戦することもできたはずだ。
サークルの中で一目置かれるまで実力を磨くのでもよかったし、
アルバイトで重宝されるような存在を目指すことだってできた。
 
でも、そのどれも満足するほど夢中になれるものはなかった。
 
小器用だったからある程度はできる。でも、その先にはいつも秀でた誰かがいて、その誰かのことを抜かして一番になる前にあきらめてしまった。
 
そう、何かの分野で優位に立って満たされたかった。自分が満足するほど打ち込むものに出会えなかったから、高校までの成績のように、他人から評価されることで自分の充足感を得ようと必死になっていた。
 
いつしか、手っ取り早く誰かと付き合えば安心できるかもしれない、と考えるようになった。付き合ったら、私はその人にとっての一番になれるハズだ、と。
 
そんな風に思って、大学1年の夏前から1つ上の先輩と付き合い始めた。同級生とその人を奪い合った形で私が選ばれた。友達との友情よりも、先に一歩出た、ということが自分の優越感を刺激して、かりそめの優越感を得ることができた。
 
でも、私のその安心感はあっという間にゆらいだ。付き合っていた先輩は「彼女とベタベタする自分」を出すのが恥ずかしかったらしい。二人で連れ立って歩くときにもその距離感は恋人未満だった。それが私にとっては不安と不満を駆り立てた。
 
私がかわいくないから? 私は先輩の彼女にふさわしくないのかな。二人でいる時には、将来結婚しようと言われ、一時的に満たされるような気持ちになっても、外を歩く距離感は先輩と後輩。結局2年ほど付き合ったけれど、自分自身に自信が持てなくて、別れた。
 
私に足りていないものはなんなのだろう? 求めても求めてもその答えは外には見つからないような気がした。別れてから、またもや、自分自身を見失って、その定まらない行動が、色々な人を傷つけた。別れた先輩と気持ちが残ってないのにつながりが切れなかったり、好きでもない人に思わせぶりな態度を取ったり、自分の存在を自分で認められないから無駄に周りの好意につけこむようなことをした。
 
私には、何が足りてないのか、男女関係で想いを寄せてくれる人とやり取りすることでしか満足感を得られないのか、そんな自分にも嫌気がさした頃に、新しい彼と付き合い始めた。
 
でも、それも、大して付き合い方は変わらなかった。もはや、付き合う人に対して、自分の愛し方を押し付けることしかやり取りする方法がわからなかった。
 
「ねえ、10年後に結婚しようね?」
 
上目づかいですり寄ったら、前に付き合っていた先輩は嬉しそうにもちろん、と言ってくれた。
 
けれど。
 
今度の彼は違った。
 
「え、10年後に結婚するのは、その時に付き合っている人と結婚するでしょう」
 
面白いくらいに融通の利かない彼の返事に、私はがっかりした。何、この人、私のことが好きじゃないの?
 
「その時に私と付き合っていたら、私と結婚するでしょう?」
 
私は焦って彼ににじり寄った。とにかく嘘でもいいから確約が欲しかった。私のことを愛しているってずっと好きだって、ちゃんと言葉で保障してほしい。
 
ねえ! ちゃんと、約束して!!
 
でも、彼は、首を振った。
 
「そんな先のこと、約束はできないよ。今が楽しかったらそれでいいじゃん」
 
腹が立った。他の誰でもない、私のことを好きだという証明がほしかったのに。まだ、付き合ってから日も浅いのに私のこと大切じゃないの? 誰と一緒にいても、今さえ楽しければそれでいいの?
 
私は、あなたといるから楽しいのに、幸せなのに。やっぱり私のひとりよがりなの?
 
付き合い始めてまもなくの楽しくウキウキした気分が台無しだった。帰り道にみじめな気持ちでトボトボと帰りながら、もう一生、私は誰からも愛してもらえないのかもしれないと涙が出た。自宅の前の坂を重い足取りで上りながら涙を拭いた。
 
その夜、やりきれなくて、彼にメールを打った。どうして10年後の話に乗ってくれないのか? 今が楽しければ、それでいいのか?
 
メールの返信は、ほどなくしてヒラリとやってきた。私はそれを読んで衝撃を受けた。
 
「何も、その場が楽しければそれでいい、という意味で言ったわけじゃない。今、二人で過ごすことが毎日楽しくて、10年後というのは、その毎日が積みあがった先にあるものだと思うから。1日1日を楽しく過ごすことを大事にしたい」
 
その当時のメールはまだまだ発展途上のシステムで、文字が無機質に並んでいるだけの代物だった。でも、受信ボックスに入っていたゴシック文字のみのメールは、今までにもらったどんな手紙よりもぬくもりがあって、暖かい気持ちが行間からキラキラとこぼれてくるような気がした。
 
未来は、今二人で楽しく過ごす1日の先に積み重ねてできるもの……。
 
私は、彼の何を見ていたんだろう。私は、未来の不安に煽られていたのに、彼は、私と日々を過ごす楽しさを大切にしてくれていた。10年後の不確定な将来を担保するよりも、今日の1日をいかに大事に思ってくれているのかを教えてくれた。
 
人からしたら、バカバカしいくらい当たり前なことかもしれない。でも、私に宛てられたその文章は、24年経った今でも、私の心をそっと揺らすのだ。
 
その後だって、自分の心がすぐに安定したのか、と言えばそんなことはない。
 
就職活動だって順風満帆ではなかったし、社会人生活も常に自分の存在意義と戦い続けた。
 
それでも、今日という1日を大切に積み重ねて行こう、と言ってくれた彼と日々を積み上げて、10年経って結婚した。それからさらに積み上げて来た日々に、子供が3人も加わって、あっという間にあのメールをもらってから24年という時間が経った。
 
今の私だったら、20歳の私に24年後の今もちゃんと幸せだから大丈夫だよ、と教えてあげられるんだけどな、と思うこともある。
 
でも、それはすごく、もったいないことなんだ。
 
充実した楽しい1日を積み上げていこうという魔法の方が、よっぽど素敵じゃない。
 
私が迷った時、先の不安に襲われたときに、いまだに湧き上がってきて、私のことを勇気づけてくれる言葉。
 
もちろん、毎日楽しいことばかりじゃない。思ってもみないようなことが沢山あったし、これからも想像できないことが沢山あるだろう。
 
その度に、あの時夫がくれた言葉は、私の中でささやかな魔法をかけ続けてくれるはずだ。
 
「今日の楽しい」を沢山積み重ねた上に、未来がちゃんと待っている。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
赤羽かなえ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

自称広島市で二番目に忙しい主婦。人とモノと場所をつなぐストーリーテラーとして、自分らしい経済活動の在り方を模索し続けている。2020年8月より天狼院で文章修行を開始し、エッセイ、フィクションに挑戦中。腹の底から漏れ出す黒い想いと泣き方と美味しいご飯の描写をとことん追求したい。月1で『マンションの1室で簡単にできる! 1時間で仕込む保存食作り』を連載中。

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2022-04-06 | Posted in 週刊READING LIFE vol.165

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