週刊READING LIFE vol.165

死ぬほど文章が書くのが苦手だった僕がノートを書くことで向き合えたこと《週刊READING LIFE Vol.165「文章」の魔法》


2022/04/11/公開
記事:早藤武(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
僕は小学校で出される作文の授業が本当に苦手でした。
どれくらい苦手だったかと言うと、50分という授業時間のうちで残り15分になっても400字詰めの作文用紙の半分も埋まっていない状態で、文章を書いたり消したりを繰り返していた子どもでした。
 
何を書いて良いのかわからない。
やっと書きはじめられたと思ったら、すぐに文章は途中まで書いて止まってしまいます。
文章の続きを書こうとえんぴつは左右に揺れますが、続きが書けずにこの文章じゃないと感じて消しゴムで今まで書いた文章を消して最初からやり直します。
 
必死に書いていたけれど、ついに授業時間が終わってしまって、原稿用紙は最初の3行を埋められているかどうかでした。
 
作文の原稿用紙が授業時間内に埋まらない光景を僕は何度も、何度も見て来ました。
時間切れになる度に、僕は文章を書くことが苦手なのだなとため息をついてしまいます。
 
ある日の国語の作文の授業が終わって、いつものように原稿が埋まらずにいた時のことでした。
担任の先生が埋まらない原稿用紙を見て声をかけて来ました。
 
「タケシくん、作文は書けたの? あら、頑張って書こうとしていたのね。それなら、今回は宿題にしてあげるから家でじっくり書いてらっしゃい。まずは自分が思っていることや考えていることを自由に書いてみてね」
 
本当はその時間で締め切りだけれど、クラスの子たちが提出した分も見ないといけないから明日に出してくれたら今回は大丈夫だからと先生に原稿用紙を3枚渡されて家に帰されました。
 
今回の作文のテーマは「将来なりたい職業」について。
 
何を書けば良いのか考えながらとぼとぼ歩いて家に帰って来て、机の上に筆記用具を広げて全力で考えても何を書いて良いのかわからず原稿用紙とにらめっこをしていました。
 
そして救世主とも呼べる存在、僕の母がやって来ました。
「夕飯もう少しで出来上がるわよ? どうしたの、そんなに難しい顔して」
 
僕は原稿用紙とにらめっこしていた顔を母親に向けて、難しい顔をしていた理由を話しました。
 
作文の授業で全く原稿用紙が埋まらずに、文字を何度も書いては消した後を先生が褒めてくれたけれども、結局間に合わずに僕は頑張ったと思えていなかったこと。
 
何か文字を書かなきゃと思ったら、何を書いたら良いのか頭の中が真っ白になってしまうこと。
やっと文字を書きはじめて文章になってきたと思ったら、少し進んだらピタリとえんぴつの書く動きが止まって、また何を書けば繋がっていくのかがわからなくなってしまうこと。
 
僕の話をひと通りウンウンと聞いてから、母は何か思いついたように机の引き出しを開けて1冊のノートを持って来ました。
 
開いてみると中身は何も書かれておらず、横線が薄く何本も引いてあるどこにでもあるノートでした。
 
「まずは失敗でも、何でも良いから思いついたことをどんどんノートに書いてみましょう! 使うのはえんぴつだけで消しゴムは使わないで書いていきましょう」
 
原稿用紙もほとんど埋まらないのに白紙のノートを1冊渡されて母から言われた事が僕にできるとはとても思えませんでした。
 
「大丈夫、母さんが最初は一緒に手伝ってあげるからやってみましょう」
 
ノートを開いて、今回のテーマ「将来なりたい職業」と書いたところでピタッと手が止まりました。
いつものように何を書いて良いのか全然思いつきません。
 
そこで母から助け舟が出されます。
タケシが知っているお仕事はどんなものがあるかな?
思いつくものをノートに書いてみようか?
 
学校の先生、警察官、消防士、お医者さん、コックさんなど思いつくものを書いていきました。
 
たくさん職業を知っててすごいわね。
そしたら次は、タケシが最近楽しかったことを教えてちょうだい。
思い浮かぶもので良いからノートに書いていって。
 
公園で友達と遊んだこと、水泳で泳げるようになったこと、図書室で知らないお話の本を読んでもらったことなど題名に関係ないのではと思いながらも何も文章が書けないより良いと言われるがまま聞かれたことを書いていきます。
 
すごい書けてるじゃないの。
もう少しだからね。
次は今やってみたいこととか、誰かがやってて良いなとかすごいなって思えることってあるかな?
 
すごい速さ走る運動選手、飛行機に乗って空を飛ぶ、図鑑で見るような動物を実際に見に行きたい、みんなで楽しく遊べるゲームを作りたい。
 
母に聞かれる質問に対して答える形で、思いつくままにノートを埋めていくと3ページに渡って僕が書いた文章が書かれていました。
 
作文は授業時間をいっぱい使ってもほとんど埋まらなかったのに、ノートの中が文章で埋まっていることに僕はすごいと自分ながらに驚きました。
 
「ここまで書けたら今回の作文は書けるから大丈夫よ。ノートの中身は全部使わないで、気になるところだけを抜き出していけば、あとは話が膨らんで書けるようになるからやってみなさい。いきなり本番で書こうとしないで今回みたいにノートやチラシ裏にメモや下書きをするのが全く書けない人がやってみると良いって母さんも子どもの頃に教えてもらったことがあったのよ」
 
僕は母から言われた通りに、ノートに書いたことを見直しながら、警察官になってパトカーに乗ったり、悪者を捕まえることがやってみたいなと思ったので原稿用紙に書いていきました。
 
そうすると不思議と原稿用紙の中身がみるみると文章で埋まっていって、僕は書くことが楽しくなっていました。
こんなにスラスラ書けた事がなかったから楽しかったのかもしれません。
気がつけばあっという間に原稿用紙の2枚分の文章を書けて課題が終わってしまったのです。
 
母親に原稿用紙が埋まったことを話すと良くやったと褒めてもらえたのでした。そして翌日、担任の先生に提出してタケシくんのやりたい気持ちがよく表現されてて良い作文だと言ってもらえました。
 
それから僕は学校の授業での作文や小論文を書く時には、白紙で出すという事はなくなりました。
 
学生時代が過ぎ去って、社会人になって5年が過ぎた頃に僕はまたノートに文章をとにかく書くことでさらに助けられる事になるのです。
 
社会人5年目を過ぎて後輩の育成や管理者としての仕事を求められるようになって、毎日忙しい日々を送っていました。
 
そんなある日に異変に気がつきました。
人事評価で、自分がやってきたことや後輩の育成具合をまとめていた時のことです。
育成している後輩の育ち具合については、接客や電話の受け答えに実戦経験がもっと必要だということや若いのだからもっと失敗を恐れずにチャレンジして欲しい事を段階を見ながら伝えていこうと今まで付けた記録からスラスラ書けていました。
 
しかし、いざ自分の事になると小学校の頃の作文を書く課題のようにピタリと手が止まってしまったのです。
 
自分がこれまでしてしてきた実績については埋められたのですが、これからどうしたいのか目指したいものがあるかを問う質問がうめられなくなっていました。
これまでは何かしら書けていたのに、何年も同じことは書けなくなってついには手が止まってしまったように感じました。
 
どうしよう何を書けば良いのでしょうか。
久しぶりの嫌な感覚に背筋に冷や汗が流れる感じがしました。
これはいったい何が起きてしまったのでしょうか。
 
流石に手が進まずにどうしようもなくなってしまったので、僕の育て役でもある上司に相談をしてみる事にしました。
 
「人事評価が途中から書けなくなった? どんなふうに書いたか見ても良いかな?」
 
今期の終わりまでやって来たことがしっかり書けていることは上司は頷きながら文章を見ていることで伝わって来ました。
 
次の目標や今後チャレンジしてみたいことの項目のところで、上司の読む目がピタリと止まりました。
 
なるほどと上司は頷いて、これまで私がどんな風に書くことをまとめて来たのかと尋ねました。
 
後輩の育成に関しては自分が日々書いているメモと育成日誌をもとにして書いていること。
そして自分のことは同じく日々のメモと前に書いた人事評価の紙に書き込んで、今回のものに必要なものを書いていった事を伝えました。
 
さらに上司はなるほどと頷いて私にひとつのアドバイスをしてくれました。
 
「今まで書き溜めてきたメモや人事評価のプリントを見返しても良いから、今度はもっと大きな紙に自分が思うことを書いてみなさい。メモだと書くスペースが小さ過ぎる。多分、君の頭の中で言葉が交通渋滞を起こしているから何も書けないのだと思うよ。だから安いノートでも良いから1冊用意して、頭の中に思い浮かぶことを関係ないことも全部書いてみなさい」
 
作文が苦手だった小学校の頃に母親にしてもらったアドバイスと同じような事を上司から言われてドキッとしました。
言われた通りに、私は上司にお礼を言って仕事帰りにノートを買って帰りました。
 
食事と入浴が終わって、作業時間を確保してノートに向かいます。
昔、ノートに思いつくままに書いた感覚を思い出しながら心の中の自分と対話するようにボールペンを紙の上に走らせていきます。
 
後輩が毎日あれだけ頑張っているのに先輩の私はそれ以上頑張らないといけない。
人事評価で今までのことはしっかり書けたこと。
これから自分がやりたいことやチャレンジしたいことって何だろう。
仕事をしていた自分が楽しいことって何だろう。
最近は忙し過ぎて、休みの時も仕事のことで頭がいっぱいだったかもしれない。
 
ノートに思いつくことを書いていくうちに、私は先の事を考える前に今の仕事にいっぱいいっぱいになっていて、整理整頓が必要だということがわかって来ました。
 
翌日、上司にノートに書いて整理した気持ちを伝えてみました。
 
「そうか、やっぱり頭の中で考えがいっぱいになって交通渋滞してたみたいだね。今は若手も育って来ているから、君が抱えている仕事を分担して育成をしながら負担を減らす方向に持っていってみようか。そしたらまた見えてくるものがあるだろうからね。焦らず丁寧にやっていこう」
 
自分の中にある考えをノートに書き出して言葉としての形で文章化することで、自分が何を考えているのかを導き出すと困り事を魔法のように解決してくれる強い味方になってくれます。
 
困った時は、まずはノートに困り事や頭に思い浮かぶ素直な気持ちを書いてみると大きな一歩になるかもしれません。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
早藤武(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1984年生まれ東京都出身、城西大学薬学部卒業。
北海道函館市在住の薬局薬剤師。
SDGsアウトサイドイン公認ファシリテーター。
カッコ可愛いを追究するインプットの怪物紳士くじらを名乗り「紳士くじらのブログ」を運営。

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2022-04-06 | Posted in 週刊READING LIFE vol.165

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