週刊READING LIFE vol.167

私の想いを食べた龍《週刊READING LIFE Vol.167 人生最初の〇〇》


2022/05/02/公開
記事:赤羽かなえ(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
師走の空気が気持ちをソワソワさせる頃、私はある決意をした。
 
メッセージをしたため、あとは送信の紙ヒコーキマークを押すだけ。
それでも、喉が渇き、胸がドキドキする。
 
周りに誰もいないのに、2回ほど大きく深呼吸をした。
 
SNSの送信マークは、私のためらいなどお構いなしで、高速で先方に依頼を届けてしまう。紙ヒコーキじゃなくて、ジェット機マークの方がしっくりくるくらいの余韻のない速さに苦笑いしてしまう。
 
ああ、届いてしまった。
絵をオーダーするなんて、一体いくらかかるんだろう……。
勢いで決めてしまって良かったのか、いくらなんだって、もう少し考えた方が良かったんじゃないか……。
 
でも、これも運命なんだろう。
偶然の糸を手繰り寄せて、彼の絵と出合ったのだから。

 

 

 

「座敷わらしに会いに行かない?」
 
ことの発端は、友達の突拍子もない誘いから始まった。
 
いつも明るい友人は、座敷わらしに会いに行ってから、仕事が急にうまく行きだしたんだと嬉しそうに力説する。
 
「へー、おもしろそう」
 
と答えた私は、だいぶ棒読みだったと思う。それなのに、彼女ときたら、私が食いついてきたと思ったらしく、連れて行ってあげる! とあっという間に日程が組まれてしまった。
 
私達が住んでいるところから車で1時間半ほどかかる場所だ。既に何回か通っていると笑う彼女が、本気で私にも幸せのおすそ分けをくれようとしている、というのは嬉しかった。
 
たまには、遠出するのもいいかな。
 
軽い気持ちで、彼女の誘いに乗り、座敷わらしに会いに行くツアーが決行された。
 
座敷わらしに会いに行くには流儀があるらしい。神社をめぐって、土地の神様に挨拶をしてから、座敷わらしがいるというお店に到着した。
 
蕎麦を頼んでから、座敷わらしがいる部屋に行く。その伝説で有名なお店らしく、オーダーをしてから、ゆっくりとお参りしに行くものらしい。
 
しかし、肝心の座敷わらしはあまりピンと来なかった。せっかく連れてきてもらったのに、友人に申し訳ないなあと思いつつ、頼んだご飯をいただいた。
 
いよいよお店を出ようという時に、店のおかみと会った。おかみに会えるのは貴重なことらしく、友人が嬉しそうに話しかけた。友人の元来の人懐っこさのおかげで、常連にしか公開していない絵を見せてくれると言う。
 
それまた、大して興味はなかったのだけど、とても喜んでいる友人を見てせっかくだし、とついていった。
 
離れから、土蔵のような場所に入ると、まだ9月なのにひんやりとした空気が身体にまとわりつく。「わあ、すごい!」友人の声に、正面を見ると、部屋の襖や壁、一面に描かれた大きな龍の絵があり、今にも壁から飛び出して泳いできそうな感覚に陥った。
 
なんだ、この龍……! まるで生きているみたい。
 
蔵などあっという間に破壊して外に飛んできそうなほど大きくて躍動感のある姿にくぎ付けになってしまった。
 
今日、私は、この龍に会いに来たんだ。
 
その後で、もう一つお参りしに行こう、と言われた神社にも、同じ画家が描いたと思われる龍の絵が奉納されていた。
 
美しい水色の中を泳ぐ三体の龍。さほど大きくない絵だったけれど気持ちよく泳ぐ姿にしばらくその場から動けなくなった。
 
左下に記された筆記体のサインを読んでインスタのアカウントを見つけメッセージを送った。感動を直接本人に伝えられるのが、今の時代のいい所だ。ほどなくしてお礼の返事が来て、満足した……はずだった。
 
絵に出会った衝撃も忘れて普通に日々を過ごしているときに、その画家さんにオーダーしていた絵が届いた、という別の友人のSNS投稿を見てしまった。
 
神社などに絵を奉納しているくらいの画家さんだから、絵をオーダーできるわけがない、そう思い込んでいた。
 
思わず、「私もオーダーしたい!」とコメントしてしまったのだ。でもその時は、まだ本気じゃなかった。わあ! いいなー、程度。でも、そのコメントにその画家さんから直接返信がついてしまった。
 
どうしよう、引っ込みがつかない。今さら、これで断ったらカッコ悪いな……そんな気持ちも働いた。
 
でも、やり取りが始まった時点では、心が決まっていたのだと思う。
 
彼の描く龍を我が家に迎えたい。
 
お願いしますと、送った時には、もう、ドキドキよりもワクワクの方が上回っていた。
 
その画家さんは、非常に面白い経歴であることも知った。
 
40歳で一念発起して、今までやっていたことを辞めて画家になったらしい。美術大学を出たって画家になれるのはほんの一握りのはずなのに、生活のアテもなくいきなり画家になるなんて、そんな破天荒な人がいるんだ。でも、彼の考えや思いの部分は、文章を書きたいと思っている私の想いと重なる部分が多くて、自分が逃げているような努力をひたすら積み上げている姿も、励みになることもある。時には、私は、それをできていないからくすぶっているのかもしれない、と彼の姿勢から目をそむけたくなることもある。
 
そんなある時に、彼から、どんな絵がいいかを打ち合わせしたいという連絡がきた。打ち合わせの当日に、彼から、絵と絵の額縁についての説明を受ける。絵が出来上がってから、さらに彼のパートナーの額装家の方と打ち合わせをして額縁を決めていくのだという。
 
今までは、画家がイメージして作品として形になったものが、自分の感性に触れたタイミングで絵を買っていた。でも、彼は、私のイメージを元にふさわしい龍をゼロから創り上げていく。
 
どんな龍がいいんだろうと考えれば考えるほどイメージが出来なくて焦ってしまうので、自分がどうありたいのかということを考え始めた。そうしたら、急に自分の中で想いが定まった。
 
「自分が行き詰まった時に、自分のことを見つめてくれる。それでいいのかと投げかけてくれるような存在であってほしいです」
 
一気に思いの丈を語りつくして、にわかに恥ずかしくなって、そっと彼の顔を覗くと、笑顔が返ってきた。馬鹿にされなくてよかった、とホッとする。
 
「わかりました。イメージができてきましたので、これで描きますね」
 
20分ほどの打ち合わせ時間だったのに、妙に疲れた。通話を切ってから、床に寝転がって大きくため息をついた。

 

 

 

しばらくしたある日、絵の画像が送られてきた。
 
最初、龍は、暗闇の中に浮かんでいるように見えた。自分の好みよりも深い紺色の背景に龍が浮かび、その二つの目は私をじっと見つめている。
 
躍動感のある最初に見た龍でもなく、水の中で戯れるような神社の龍でもなく、私の龍は、じっと私のことを見つめている。でも私は、その目をまともに見つめることができなかった。
 
『画題は【慧眼之龍】といいます。えげんのりゅう、と読みます。「慧眼」とは、仏教用語で物事の本質を鋭く見抜く力のことです』
 
というメッセージが添えられていた。
 
なんだか見透かされているようで落ち着かない気持ちになるのは、まさに絵のテーマの通りだということだ。
 
私は、この絵を身近なところに飾って文章を書いていくことになるんだ。自分が書く文章は、ごまかしてないのか、自分でチャレンジしているのか、乗り越えられているのか、もがいているのか……そういう全てをこの龍と対話していくことになるのかもしれない。
 
大丈夫かな……身に余る絵のように感じた。同時に、私のイメージから描いてくれた絵から逃げたくない、と思った。
 
圧倒的な絵の力に躊躇しながら、額装の打ち合わせが始まった。
 
「どんな額がいいですか? と言ってもなかなか難しいですよね」
 
私の戸惑った表情を汲み取ったのだろう、額装家さんが額とは何か、ということを説明してくれる。その上で、飾りたい場所の部屋の雰囲気などをヒアリングしてくれた。
 
「額ってね、特別なものをより特別にするという役割があると思うんです。なので、どんな絵になってほしいかというのを教えてほしいです」
 
「鏡のようなイメージにしてほしいです。私、これから、この龍の中に自分を見つけて、対話していきたいんです。だから、ガラスを挟んで鏡みたいな額装だったらいいなって」
 
「わかりました、少しお時間下さいね」
 
額装家さんの、特別に寄り添いたいという気持ちが、私のイメージを引き出してくれたような気がした。その後、しばらくして、2パターンの額のイメージが送られてきた。彼女のおすすめと、私が気に入った方は実は違った。でも、額装家の彼女の思いを信頼して、おすすめの方を選んだ。
 
おすすめの方にします、と言った時に、ほんの少しだけ後悔したけど、出来上がりの写真を見た時に、これ以外には考えられない、と思った。
 
まさに、鏡のような額に仕上がり、絵はがらりと雰囲気が変わっていた。

 

 

 

私のイメージから、画家さんと額装家さんが創り上げてくれた龍の作品は、雨の日の晩、玄関の外から優雅に我が家の中に泳いできたようだった。
 
そして、今、目の前に箱が置かれている。
 
丁寧に施された梱包を解くとき、その包装紙が破けてしまった。焦っているなあと、苦笑いしながら、紙を外し、箱をあけて、プチプチした緩衝材をはがす。
 
少しずつ現れた絵を両手に持ちそっと目線の高さに持ってきた。
 
最初に画像で送られてきた目は、見透かされているようでとても怖かったけど、今は、穏やかに私のことを見つめていた。
 
この絵が完成する前に、彼は、この絵をSNSに上げて、こんなメッセージを残してくれた。
 
『思い通りにならなかった時や上手く行かなかった時、その理由は自分自身が誰よりも知っている。
 
ベストは尽くしたか。
いつどこで油断し手を抜いたか。
0.1mmにこだわったか。
慢心は無かったか。
準備は充分であったのか。
惰性ではなかったか。
挑戦したか。
ごまかしはしなかったか。
創意工夫はしたか。
あきらめはしなかったか。
 
わざわざ他の誰かに相談したり意見を求めずとも、常に自分自身が一番理解している。やるべき事もわかっている』
 
私の手の中に、彼の思いも一緒に届いている。
 
ここに、と思った場所に龍が静かに収まった。
 
今日はもう終わり、と思っていたけど、うずうずして、やっぱり書こうとPCを立ち上げた。
 
生まれて初めてオーダーした龍の絵が静かに私のことを見つめている中で、突き動かされるようにこの原稿を書き上げた。
 
翌朝、制作してくれた二人に、この原稿を読んでもらった。
プロの二人に私の拙い文章を読んでもらうことはとても勇気のいることだったけど、読んだお礼と感想をそれぞれに伝えてくれた上に、画家さんが「実は制作裏話があるんですが……」と教えてくれた。
 
今回、私のために描いてくれた構図は彼にとっては難しいもので、よほどの理由が無いと描かないけれど、私の絵に対する想いを聞いて挑戦しようと決めて下さったのだという。
 
私が挑戦したいという想いが、制作者の新しい挑戦に繋がる。彼の作品がまた、私の作品に繋がる。
 
この龍は、私の想いを食べて生まれたんだ。
 
人の想いや熱量が、これからも、私を突き動かしていくだろう。
私はこの絵の龍に乗って、限界も超えてはばたいていきたい。
この私の挑戦も、微力かもしれないけれど、誰かの心をきっと揺らしているんだ。
 
鏡の中の龍をのぞきこんで、今日もまた、原稿に向かう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
赤羽かなえ(READING LIFE編集部公認ライター)

自称広島市で二番目に忙しい主婦。人とモノと場所をつなぐストーリーテラーとして、自分らしい経済の在り方を模索し続けている。2020年8月より天狼院で文章修行を開始し、エッセイ、フィクションに挑戦中。腹の底から湧き上がる黒い想いと泣き方と美味しいご飯の描写をとことん追求したい。月1で『マンションの1室で簡単にできる! 1時間で仕込む保存食作り』を連載中。

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2022-04-27 | Posted in 週刊READING LIFE vol.167

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