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週刊READING LIFE vol.173

薬局薬剤師から見た日常で出会う優しい風景《週刊READING LIFE Vol.173 日常で出会った優しい風景》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/06/13/公開
記事:早藤武(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
※本記事に登場する人物や場所はフィクションで構成されています。また、薬に関する知見に関してはいち薬剤師としての意見であり、ご自身のお薬に関してはお近くの医師、薬剤師にご相談下さい。
 
「やだー! おくすり苦いから飲みたくないよー!」
 
叫び声に近い子どもの声が薬局の待合室に響く
お母さんからは、スズちゃんはもう小学生だからお薬飲めるでしょう? と言葉をかけるが首を横に振ってスズちゃんは薬を飲みたくないことを全身で伝えてくる。
 
耳が痛いからと細菌感染を抑えるお薬が出たのだが、テーブルに並べられたお薬の色と薬の名前を聞いて、以前に飲んだ時の嫌な経験から拒否反応が出てしまったのだ。
 
お薬飲まないと耳が痛いの治らないよと言っても、痛いのも嫌だとさらに首を横に振るスピードは速くなり、もう何を聞いても受け入れないぞという流れが出てきていた。
 
これはまずいとマスク越しに笑顔でいた私も白衣の下は冷や汗が流れていた。
どうしたらスズちゃんにお薬を飲んでもらえるだろう?
 
待合室にいた患者さんの中で常連のおばあちゃんのマキコさんが、わんわん泣いているスズちゃんに近づいていく。
 
「お薬苦いのが嫌なのかい? 大丈夫だよ。大丈夫だよ。ほら、アメちゃんいるかな? りんごのアメだから甘くて美味しいよ」
 
優しく言葉をかけられた途端にスズちゃんは泣くのをやめて、ジッと自分に差し出されるアメを見つめてから素直に受け取る。
あんなに泣いていたのに、すぐに泣き止んでアメを受け取っているところを見てお母さんもビックリしている。
 
「お薬苦いのが嫌なのかい? 大丈夫だよ。薬剤師の先生が魔法のようになんとかしてくれるから。おばあちゃんも粉の薬が喉に詰まるのがすごく嫌だったのだけれど、なんとかしてくれたのよ。だから大丈夫よ。ねえ、先生?」
 
ニコニコしながら私の方に、何とかしてくれるのでしょう? そんな期待を込めて視線を向けてくる。
スズちゃんもアメを口の中でもぐもぐさせながら、本当に? という顔をして私の方に視線を向けてきた。
 
私は不安を与えないように、大丈夫ですよと大きくうなずいて返事をしました。
細菌感染を抑える抗生物質は苦味や独特の味や匂いがあるものが多い。
特に、コーヒーも飲めないくらいに味覚が敏感な子どもたちにはガマンして飲みなさいというのは難しい話だろう。
 
もちろん、対策を打つことができる。
アイスクリームに混ぜて食べさせたり、ジュースに溶かして飲ませたり、さらに今はお薬がすんなり飲めるようにゼリーに混ぜて飲めるように専用の商品も売っていたりする。
大人でも漢方薬が飲めなかったりする方はいるので、製薬会社が開発したお薬の効果に影響が出ないゼリーオブラートが売られているので昔に比べてとても選択肢が広がっている。
 
頭の中で、知識と経験を総動員しながら、スズちゃんのご褒美になるものをお母さんから聞き出していく。
頑張ってお薬を飲んだご褒美に好きなアイスクリームやゼリーを食べられるなら、耳が痛くなっている今の病気もきちんときちんと治って、薬が嫌いという経験も良いものになるはずだ。
 
おすすめはチョコレートのアイスだ。
しかしアイスばかり食べているとお腹を壊してしまう子もいるので、1日3回で1週間近く続けて大丈夫なラインアップにしたいところだ。
 
お母さんから聞くと、フルーツの入ったゼリーが好きだということで家の冷蔵庫にも何個もストックしているそうだ。
私は自作の表から今回出ている粉薬との組み合わせが大丈夫かを確認する。
組み合わせを間違えてしまって、また苦い経験をスズちゃんには味わって欲しくない。
 
お薬とフルーツゼリーの組み合わせは問題ないので、まずは少量フレーバーのように振りかけて食べてみて、大丈夫なら本格的に1回分を混ぜてあげて食べさせてあげてくださいと伝える。
後は、ダメだった時に飲みやすくなる方法を書いたプリントを一緒に袋に入れてあげた。
特に組み合わせると苦味が出たりするものがある。
酸性の液体のオレンジジュースだったり、スポーツドリンクは味が変わることがあるので避けた方が良かったりする。
 
スズちゃんのお薬がなんとか飲ませることができそうなイメージが湧いたのかお母さんはホッとした顔になって、もうお薬苦くないから大丈夫だよ、今夜はスズちゃんの好きなゼリー用意してあげるからねと声をかける。
 
「おくすりおいしいのになるの? おばあちゃんの言った通りだね! ありがとうおばあちゃん!」
 
お母さんの言葉を受けて安心したスズちゃんは待合席に座っているマキコさんに振り返って手を振ってお礼を伝える。
マキコさんは良かったねとニコニコしながら静かに手を振って返事をする。
 
お薬を飲みたくない気持ちでいっぱいだったスズちゃんが待合室に響き渡るくらいに泣いてしまった時はどうなることかと思ったけれども、最後は笑顔で帰ることができて本当に良かった。
家に帰っても、苦手だと思っていたお薬が好きに変わってくれるだろうと願いを込めて見送った。
 
ちょうどマキコさんのお薬も出来上がって、他の薬剤師から名前を呼び出されて席を立つ。
私は席を立って移動するマキコさんに、先ほどは本当にありがとうございましたとお礼を伝えたら、こちらこそいつもありがとうねと笑顔で返してくれて、自分の薬をもらいに薬剤師のところに向かって行った。
「スズちゃん、お薬飲めそうで良かったですね」
お薬を渡した後に、片付けをしてひと息ついたところで、後ろの部屋で他の患者さんのお薬を作り終わって様子をうかがっていた後輩薬剤師が声をかけてきた。
 
お薬が苦手な患者さんで直接教えてくれない場合も多い。
後からすごい量のお薬の残りを見つかって、実は苦手なところがあって飲んでいなかったという場合もあるのだ。
だからこそ、お薬が苦手だと教えてくれる場合にはなんとかして飲めるようにあらゆる解決策を探していくのが私たち薬剤師の頑張りどころだ。
そして解決した後には、同じようなことがあったときに他の薬剤師も対処できるように情報を交換して、お互い勉強していく。
 
「スズちゃんの場合は小学校に上がっている年齢なので伝えてはいないけれど、さらに小さな子どもの場合はお薬をミルクに混ぜるのはなるべく避けてもらうように伝えているよ。いつも飲んでいるミルクが苦手になってしまう可能性もあるので、子どもの食育にも悪い影響が出てしまうから気をつけたいポイントだね」
 
今まで好きだったものが、一気に苦手なものになってしまうのは日常を辛いものに変えてしまう。だからこそ、病気を治すためだからと言ってもガマンをするのはその人に優しくないのは後々に影響するのだ。
 
患者さんで子どもの場合は特にストレートにお薬に対する苦手が出てくるので、薬剤師としての腕の見せどころでもある。
私に声をかけてきた後輩薬剤師は子ども好きなので、特に熱心に自分の引き出しを増やすために、私の話を聞いて参考になる知識をメモしていた。
 
勉強熱心に話を聞いてもらえると他の患者さんにも役に立ってもらえるので、ぜひ力を発揮して欲しいところだ。
私も若手の頃は、薬の説明書きや教科書に載っている範囲でしか患者さんに伝えることができなかったので、先輩の薬剤師の先生たちから叱られた経験が何度もある。
 
「私たちは薬をただ渡すだけが仕事じゃないのよ? お薬を渡した先に患者さんは日常生活を毎日過ごしているの。人に薬を飲んでいるのを見て欲しくない人もいたり、夜勤があって昼夜逆転して薬の飲み方がわからなくなったり、薬の種類が多すぎて間違えて飲んでしまったり、たくさんのつまずいてしまうところがあるのよ。だからこそ、私たちが先まわりして困っていないかを思い浮かべて、言葉をかけてあげてね。そして患者さんにも私たちが気にかけていることがきっと伝わるからね」
 
私が若手だった頃に先輩から言われて、患者さんの日常を意識するようになると今までにない話を聞けるようになった。
 
普段はお仕事で忙しいときにはどんな食事をしているのか、食べられないときには薬を飲むときに困っていないのかを聞けたら対処方法を伝えた。
またあるときには、子どもがいたずらして美味しいと思ってシロップを自分で勝手に飲んでしまおうとしていたことがあって、どうしたら良いかの相談もあった。お薬を保管する場所を変えたり、子どもが触ってしまっても簡単に開けられないようにチャイルドロックのあるビンでお渡しをすることで対策をして安心してもらったりもした。
 
患者さんの数だけ、薬の飲み方で薬剤師として相手に優しくできる方法の数は広がっていく。
もちろん自分自身で自立してお薬を飲んで治すことができる人が大半なのだ。
きちんと飲んでもらった上で、病気を治したり、問題ない状態に持っていくことができるようにお手伝いをするのが仕事である。
 
月日が進むにつれてお薬の種類は増えていく一方で、その度に薬の扱い方や飲み方に気をつけなければいけないことも一緒に増えていっています。
せっかく使ったのにお薬の効果がなかったり、逆に悪い効果が出てきたりして健康を損なってしまうことに繋がらないように日々勉強が必要になっていく。
 
翌週、スズちゃんは見事に耳の痛みが取れて医者の先生からはもう大丈夫だよと笑顔できちんとお薬を飲めたことを褒められてからお母さんと薬局に立ち寄ってお話をしに来てくれた。
 
お母さんからも先日はお薬を飲む方法を考えてくれてありがとうございますと改めてお礼を言われて、恐縮してしまったけれども頑張って良かったと思えた。
 
翌月いつものように顔を出してくれったマキコさんにも、改めてスズちゃんが上手くお薬を飲めたことを話すと良かったわと喜んでくれた。
 
薬を渡した患者さんたちの日常の中で薬は使われていきます。
その日常の中で飲まれるお薬がほんの少しだけでも、その患者さんに寄り添ったものにできたなら、毎日がとても豊かなものになるのだと教えられました。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
早藤武(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1984年生まれ東京都出身、城西大学薬学部卒業。
北海道函館市在住の薬局薬剤師。
SDGsアウトサイドイン公認ファシリテーター。
カッコ可愛いを追究するインプットの怪物紳士くじらを名乗り「紳士くじらのブログ」を運営。

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2022-06-13 | Posted in 週刊READING LIFE vol.173

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