チャックだけは、人類初の快挙を塞翁の馬と思ったに違いない《週刊READING LIFE Vol.176 人間万事塞翁が馬》
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2022/07/04/公開
記事:山田THX将治(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
イラスト:Yukinko(イラストレーター)
人間誰でも、人生に於いて『史上初』や『世界初』と例えられることを成し遂げたいと考えことだろう。何故ならそれらは、偉業・快挙に他ならないからだ。
多分それは、孫子の代まで語り継がれることなのだろうから。
「記録を頼む。(だけど)マッハ計がイカれた。目盛りを飛び出した。壊れたらしい」
人類が初めて、音速を越えた時の言葉だ。但しこれは、史実に基づいた映画の中の台詞だ。
この映画は冒頭で、音速のことをこう告げている。
『この大空には悪魔が住んでいて、彼に挑む者は死ぬと言われていた。音速に近付くと、操縦桿(かん)が効かなくなり―機体が激しく揺れ―仕舞に、空中分解を起こす』
さらに、
『悪魔が住む“マッハ1”の世界。即ち、時速1,200km。そこに於いて大気は機体を避けられない』
そして、
『そこには、決して人間を通さぬ悪魔の壁が在った。人はそれを“音の壁”と呼んだ』
と、モノローグが続く。
1983年製作のアメリカ映画『ライトスタッフ(THE RIGHT STUFF)』が、その映画の題名だ。
文頭のセリフには、アメリカ映画らしく、
「解った。戻ったら(マッハ計は)直してやるよ。だが、壊れたんじゃない」
と、観客が思わず拳を引き寄せたく為る粋なセリフ(これも史実)が続いている。
人類で初めて“音の壁”を破ったのは、チャック・イェーガー空軍少尉(当時)という米空軍のテスト・パイロットだ。彼は、二等兵として入隊し叩き上げで士官に昇進していた男だ。
日時は、1947年10月14日で、イェーガー少尉は当時24歳だった。軍功により、異例の昇進を果たしてはいた。しかし彼は、すんなり”音の壁”を破った訳ではなく、この偉業を達成したのは、実に50回目の挑戦であった。
その間、同じく“音の壁”を突破しようと試みた同志のテスト・パイロット数名が、命を落としていた。それ程までに、“音の壁”への挑戦は危険を伴うものだったのだ。
映画『ライトスタッフ』は、人類初の有人宇宙飛行を目指す男達とNASA(アメリカ航空宇宙局)のクルーを、ドキュメンタリー・タッチで描きアカデミー四部門受賞に輝いた感動の名作ドラマ映画だ。
特に、宇宙飛行士と為った7人の精鋭パイロットは『オリジナル・セブン』と呼ばれ、NASAの『マーキュリー計画』と名付けられた有人宇宙飛行計画を担うべく選出された。
アメリカの四軍(陸・海・空・海兵)のパイロットから選ばれた『オリジナル・セブン』は皆、大学や士官学校を卒業したエリートばかりだった。何故なら、宇宙へ飛び出すロケットは、飛行士の身体に想像以上の重力(G)が掛かるからだ。その重力に耐えられるのは、軍隊のパイロットが最適と考えられたからだ。また、未知への挑戦であり計画でもある『マーキュリー計画』では、工学、特に航空工学に関する知識が絶対に必要だったからだ。
『オリジナル・セブン』は皆、『ライトスタッフ』で描かれた『マーキュリー計画』に於いて、それぞれ重要な役割を担った。7人は全員、時代の寵児(ちょうじ)というか、全米で知らぬ者が居ない程の人気者だった。宇宙飛行を成功させ、当然の様に、時のアメリカ大統領ジョン・F・ケネディに謁見(えっけん)する者も居た。
しかし中には、宇宙飛行訓練中に心臓病が見付かり、『マーキュリー計画』自体では大気圏外に出ることは出来なかったものの、後進の指導に尽力した者も居た。しかしその男は、病気を克服した15年後、重要な宇宙計画で活躍することになる。
他にも、アメリカ人として初めて大気圏外に出たり、人類初の地球周回軌道に乗った者も居た。当時の、宇宙滞在世界記録を樹立した者も現れた。
また、或る者は、その後のアポロ計画迄参加し、月面到達の最高齢に記録されるもの者も居た。
『オリジナル・セブン』の面々は誰もが皆、順風満帆な人生だった訳ではなかった。それは正に、“塞翁が馬”の諺通り良いことと悪いことが順繰りに生じる人生だったのだ。
『オリジナル・セブン』は、二等兵上がりのたたき上げ軍人チャック・イェーガー少尉から見れば、羨ましく為る程のエリートだった。そんなエリートで有っても、人生で良いことばかりが起こるとは限らないのだ。
増してや、“音速を超える”という人類初の偉業を為し遂げたといっても、エリート人生ではないチャックの人生では、それは尚更なことだった。
人類で初めて“音の壁”を突破したチャック・イェーガー少尉は、空軍の優秀なテスト・パイロットであったにもかかわらず、『オリジナル・セブン』に選出されることは無かった。生家が貧しく、18歳で一兵卒として入隊したチャックは、士官学校はおろか大学で専門の教育を受けることも無かったからだ。
しかし、映画『ライトスタッフ』の土台と為った史実では、脇役に過ぎないチャック・イェーガー少尉だが、彼を演じた名優サム・シェパードは、トップでクレジットされた。しかも、アカデミー男優賞にもノミネートされた。
それは、映画の題名が原著作の『オリジナル・セブン』ではなく『ライトスタッフ』とされたことでも裏付けられている。『ライトスタッフ』を和訳すると『正しい資質』となり、決して宇宙飛行士やエリートを賞賛する題名では無いのだ。
映画『ライトスタッフ』の中でチャック・イェーガー少尉は、戦中に若くして結婚した妻から、
「『マーキュリー計画』に応募しないのか?」
と、問われる場面がある。
明確な答えは出さなかったが、自分には確固とした考えがあることを、彼を演じたサム・シェパードは表現していた。
チャック・イェーガーは、“音の壁”に挑戦した際の、効かなくなる操縦桿を自分だけは最後迄制御し続けた誇りが有る様だった。それは、映画冒頭のセリフからも解かる通り、“音の壁”を破りマッハの域に達した際も、自分で速度計の目盛りを読まなくてはならない誇りだ。
それにも増して、“塞翁が馬”の諺通り、続けざまに偉業を達成するチャンスが回って来ないことを、チャックは既に達観していたのかも知れない。
人類の偉業を達成した者は、そう考えても不思議はない。
実在のチャック・イェーガーは、幾度も音速を記録した後、テスト・パイロットを養成する学校の校長を務めた。その後の一時期、航空隊の指揮官として現場復帰をし、1975年に退役している。
退役時の階級は、アメリカ空軍准将だった。二等兵で入隊したチャック・イェーガーは、叩き上げの最高位迄登り詰めたのだ。
パイロットとして軍人としての人生でも、十分に偉業を達成した証明だ。
話は、それだけではない。
チャック・イェーガーは実生活においても、もっと劇的な巡り合わせと出会っている。
1990年12月、彼は長年連れ添い4人の子供に恵まれた妻に、癌によって先立たれてしまった。相当に辛い出来事だったに違いない。
ところが2003年、80歳に為っていたチャック・イェーガーは、何と36歳年下の女優と再婚したのだった。
驚くのはそれだけでは無い。なんと二人の間にはその後、娘が誕生したのだ。
この驚異的な人生は、チャック・イェーガー氏の人生が、“塞翁が馬”を具現化した様な人生だったことの証明だろう。
昨年(2020年)12月8日(アメリカ時間12月7日)、奇(く)しくも日米開戦の日にアメリカの退役空軍准将の訃報が流れた。正直なところ私は、チャック・イェーガー准将がまだ御存命とは思ってもいなかった。
本当に無礼なことと恥じた。
これから私は、12月8日をジョン・レノン(ビートルズ)の命日ではなく、チャック・イェーガー准将(享年97)の命日として記憶することだろう。
それ以上に、幾つかの偉業を達成し、幾つもの失敗を経験し、数々の軍功を為し、同様に挫折したであろうチャック・イェーガー氏の人生。
軍人なら誰もが永遠に覚えているであろう12月8日が命日(お亡くなりに為った)として終焉したその人生は、間違いなく“万事塞翁が馬”を実践した証なのだろう。
また、そう思うことが、孫に等しい歳の末娘に対し、チャックが示した矜持として正しい気がするのだ。
そして、少なくとも私は、そう思っていたい。
□ライターズプロフィール
山田THX将治(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
1959年、東京生まれ東京育ち 食品会社代表取締役 幼少の頃からの映画狂 現在までの映画観賞本数15,000余 映画解説者・淀川長治師が創設した「東京映画友の会」の事務局を40年にわたり務め続けている 自称、淀川最後の直弟子 『映画感想芸人』を名乗る これまで、雑誌やTVに映画紹介記事を寄稿 ミドルネーム「THX」は、ジョージ・ルーカス(『スター・ウォーズ』)監督の処女作『THX-1138』からきている 本格的ライティングは、天狼院に通いだしてから学ぶ いわば、「50の手習い」 映画の他に、海外スポーツ・車・ファッションに一家言あり
Web READING LIFEで、前回の東京オリンピックの想い出を伝えて好評を頂いた『2020に伝えたい1964』を連載
加えて同Webに、本業である麺と小麦に関する薀蓄(うんちく)を落語仕立てにした『こな落語』を連載する
天狼院メディアグランプリ38th~41stSeason四連覇達成 46stSeasonChampion
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