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週刊READING LIFE vol.178

仕事か趣味か《週刊READING LIFE Vol.178 偉人に学ぶ人生論》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/07/25/公開
記事:久田一彰 READING LIFE編集部ライターズ倶楽部
 
 
「お前にこの仕事は向いてないね。そんなんだったら長く続かないよ、違う職を考えたらどう?」20:00を過ぎた会社のオフィスで突然先輩に言われてしまった。もう1人の先輩も、こちらを見ながら向こうでうんうんと頷いている。どうしてこうなってしまったのだろう。ただ単に先輩たちの質問にいくつか答えただけなのに。
 
先輩たちの質問は要約するとこうだ。「仕事と趣味を取るならどっち?」だ。ネタとして「私と仕事とどっちを取るの?」と彼女に聞かれる質問だとよくあるのだが、似たような質問を実際に自分が言われるとは思ってもいなかった。一瞬考えたが私が出した答えは、「趣味を取ります」だった。
 
実際にクラッシック音楽が好きで、オーケストラにも所属しているし、演奏会にも行く。
アイドルのライブにも行ってオタ芸もやった。演劇だって好きだから下北沢の本多劇場、池袋の芸術劇場、新宿や荻窪の小さな地下劇場にもいった。
 
漫画の影響からお茶の稽古も始めたし、お茶にまつわる道具を見るために、博物館や美術館に行き、焼き物や掛け軸、絵画と向き合うのも好きな時間だ。関連書籍や図録も買って眺めるのが好きだし、小説や歴史物の本も読む。鉄道だって乗って旅するのも好きだし、撮るのも好きだ。あんこや和菓子を食べるのが好きで、日本酒や焼酎、ウイスキーを飲むのだって立派な趣味だ。
 
結局趣味は一つに絞れず、幾つもあった。回転寿司で好きなネタをたくさん取るように、好きなことにはやれるだけ手を出してきた方だ。休みがあれば何かしらの趣味に生きている。
 
確かに仕事は大事だ。会社員としては会社から一定以上求められる成果を出す責任はあるし、生活するにはお金を稼がないと生きていけない。お金がなければ、そもそも趣味にお金もかけられない。空気みたいに必要なものだ。だけど、仕事一筋にしてしまっては、何だか心が満たされないこともある。ジグソーパズルで最後の1ピースがなかなか入らずに、スッキリとしない。
 
だから、私は先輩の質問にそう答えたつもりだったのに、なんだかモヤモヤしたまま会社をでた。そんな状態のまま、趣味のお茶のお稽古に行った。当然雑念が入り集中できていない。
稽古が終わって後片付けをしていても、道具の洗う順番が違うとこっぴどく叱られてしまった。良くないことは長雨や日照りのように続くもんだろうか。
 
気分転換に入った本屋をぶらついていると、平積みにされている黄色い表紙の漫画が気になった。表紙には着物でマゲを結った侍みたいな男が、ニヤリと意味ありげにこちらを見て思わず視線を合わせてしまった。本を手にしてみると『へうげもの Hyouge Mono』と書いてある。
 
「ひょうげものって読むの? 何の漫画だ? 作者は山田芳裕で、安土桃山・戦国時代の武将の話で古田織部というのか。茶人でもあり数奇者でもある。織田信長や豊臣秀吉、徳川家康に仕え、千利休の亡き後に、筆頭茶頭、今でいうお茶の先生としてお茶を全国の大名にも振舞ったの? 文武両道で凄くないか。それに徳川2代目将軍の徳川秀忠のお茶の先生にまでなったって、ちっとも知らなかったや。とりあえず1巻買ってみて、面白かったら続きも買おう」
 
こうして買って読んでみるが、面白くて3巻まで買ってしまった。続きが気になり、当時、講談社で連載中の『モーニング』も追っかけて読んだし、古田織部関連のイベントで陶芸家たちが焼き物を披露する場にも仕事が終わってから行った。お気に入りの器があるか探して、3,000円する湯呑みを買った。他の焼き物にも興味があり、陶器市にも6時間は滞在した。有田焼や唐津焼が特に好きで聖地巡礼見たく有田や唐津、糸島の窯元にも行った。今も全国の窯元が集まる陶器市には、年に2回は通う。漫画はとうとう全25巻まで買って揃えたのだ。
 
白い布がどんどん染まるみたいに、私が影響されて夢中になれた理由は何だろう。それは古田織部の生き方に憧れがあった。
 
戦国時代は生きるか死ぬかの、非常にシビアな世界。どの主君に仕えるのか、どんな仕事を任されて成功させるか、相手を説得できるか、全ての判断一つで生死に関わる。たとえ仕事が順調でも、戦場に出て流れ矢や鉄砲の弾に当たって死ぬかもしれない。RPGゲームみたいにキャラクターが死んで、リセットしてもやり直しはきかない。
 
そんな、想像を絶するほどの厳しい世界を彼は生き抜いたのだ。ただ単に生き延びるだけじゃない。影の立役者といっていいほど、当時の権力者を支えている。劉備玄徳の側にいる諸葛亮孔明のような軍師ではないが、時計の中の歯車のようになくなってはならない存在になっている。
 
織田信長の使い番、伝令として戦場を駆け抜け、正しい情報を伝え、敵方についた義兄を説得して味方につけるなどして作戦を成功に導く。今風に言うならば、報告・連絡・相談、の「ほうれんそう」と取引先の商談を完璧にこなしたのだろう。やがては代官として現在の京都府南部の山城国乙訓郡上久世庄を任される。
 
織田信長亡き後は、豊臣秀吉に仕え、天下取りのために、めちゃくちゃ優秀な交渉人として他の大名の説得にも駆け回った。その褒美として千利休の弟子になることも許されて、自らもお茶会を開催できる様にもなったのだ。やがては、戦国武将たち、伊達政宗、佐竹義宣、毛利秀元、島津義弘、小早川秀秋なども古田織部の弟子になっている。
 
千利休、豊臣秀吉の亡き後も、豊臣家と徳川家を取り持つ橋のように、それぞれの大名たちと茶の湯で話を聞く場を設けて、関ヶ原の戦いで徳川家康勝利に貢献している。
 
会社に例えると、M&Aなどの企業の吸収合併を次々に成功させ、ライバル会社も自分のグループ会社にしてしまうような、超優秀な会社員になりたいとも思えるし、部下であれば、ぜひとも近くにいて支えて欲しい。
 
それにしても、この原動力は凄い。何がここまで古田織部を突き動かしたのか。その根底には、生死をかけた「好き」にあったのだ。彼が好きなものは、茶の湯。そしてそれにまつわる道具の、自分の中の「好き」にこだわったからだ。
 
茶の湯ではたくさんの道具が必要だ。
お茶を点てる器はもちろん、お茶をすくう、さじのような茶杓。
お茶をマドラーのようにかき混ぜるための茶筅。
床の間に飾る掛け軸や絵画。
着物の柄や器のデザインにもこだわった。
茶室も今までの慣習にとらわれずにこだわって建てた。
 
それはさながら、自分好みの注文住宅を建て、お気に入りのメーカーの家具や食器類を全て揃えるようなものだった。
 
織田信長や豊臣秀吉は、「御茶湯御政道」(おちゃのゆごせいどう)といって、成果を挙げた家臣には茶の湯を開催できる機会を与え、名物といわれる立派な器や茶道具を褒美として与えていた。
 
これが欲しくて、古田織部は、目の前に人参をぶら下げられた競争馬の如く、仕事をめちゃくちゃ頑張ったのだ。名物をもらえるのであれば、自ら志願して危険を伴う戦場に出かけたし、相手方の武将の元にも説得に向かった。
 
そして、見事これらを成し遂げて、名物を褒美としてもらっている。休みの日はこれらの道具を鑑賞し茶の湯で使った。そして、普通の道具だけには満足できず、名物をさらに上回る器を求めて、自分好みの器である「織部焼」までプロデュースして、世の中に放った。
 
ただ単にプロデュースするだけでなく、何度も陶芸の窯場まで職人を訪ね、職人たちには褒美を与えたし、こうでもないああでもないと議論しながら、納得できるいいものが作れるまで何度でも通った。器が売れるための展示会を開催し、そこに来たお客の反応を見る、市場調査のようなこともやっている。その評判を見極めて器を作り直したりする。そして更に自分が納得のいく作品が出来上がるまで繰り返す。
 
好きなもののためならどこまでも行くし、何でもとことんやる。
 
この感覚はとてもわかる。自分にも好きなアイドルの「推し」がいたからだ。
 
「推し」のためなら会うために、その娘が在籍しているコンセプトバーに通ったし、お金を払ってチェキでツーショットを撮ったし、推しが好きだと言った漫画やアニメを読んだ。「マキシムザホルモン」が好きと言えば、ほとんどクラッシックしか聞かなかった自分も、聞いてみた。今度オリジナルのカクテル、オリカク作ったから飲みにきてくださいね」と言われれば、仕事を終えてから仮眠をとってお店に行き、終電をわざと逃して朝までお酒を飲むことだってした。「推し」を含むお店のメンバーで結成した、グループアイドルが誕生したら、ライブ場にまで駆けつけて先輩オタからオタ芸を習って、最前列で披露しに行った。もちろんライブに着ていくTシャツも買ったし、サインももらった。「好き」があれば、行動力はどんどん積み上がっていった。
 
もちろんこの間、仕事と重なってどうしてもイベントに行けないこともあった。そんな時は泣く泣く諦めた。次こそは参加してやると思えるようになった。
 
そんなことを繰り返していくうちに、仕事のスケジュールを調整することだってできるようになったし、どうしても参加したいイベントに間に合わせるように、締め切り前までに報告書を仕上げ、仕事を何としても定時で終わらせられるようになっていたのだ。仕事と好きなことのバランスをとる、ヤジロベーのように、その時その時に応じて都合よく選択できてくるようになるのだ。
 
仕事だけに集中してはよくないし、趣味に走りすぎてもいけない。ちょうどいいバランスをとってこそ、どちらとも両立できるようになるのだ。
 
このバランスを古田織部は人とのつながりからも得た。千利休という師匠、古田織部を含めて「利休七哲」(りきゅうしちてつ)と呼ばれた弟子たち、仲間たちがいたからこそ、仕事も好きなこともバランスが取れていた。仕事で悩めば、茶室でお茶を点てながら師匠に相談をする。弟子から頼られたら、同じく茶室で悩みを聞く。
 
師匠がお茶の稽古中に「瀬田の橋の擬宝珠(ぎぼし)の形がいい」と言われれば、馬を走らせ見にいった。漫画を読んでいて擬宝珠がわからなかったので調べてみると、橋の欄干の上にある黒いスライムのような形をしている物体だった。
 
いい器や道具があると聞くと、仲間たちと見にいった。それに触発されて、自分の器の絵柄にも取り入れたりもした。決して1人になるのではなく、師匠や仲間たちと繋がっていることで、こうすれば良いという議論を重ねて、仕事と趣味両立させるバランス感覚を養っていったのだ。
 
私にはそれまで仕事では孤独だった。相談できる人もおらず、仲間と会ってもお酒を飲みながら愚痴をひたすら吐くだけだった。特にこれといった成果も挙げられず、部長からは「もうあとがないよ」とまで面接で言われた。
 
会社の仲間だけではなく、趣味で出会う外の世界の仲間たちと触れて話すことで、同僚たちからは得られないような、ヒントをもらえることだったある。それが、思ってもみなかった残業が減りつつも、仕事の成果に繋がったりするのだ。もちろん、転職をせずに1つの会社に居続けてきたからこそ、仕事の進め方にも要領がわかってくるし、効率よくこなせるようにもなった。
 
現代でいうと、趣味の仲間たち、つまり師匠や弟子たちとは、全世界のSNSでも繋がれる。SNSのグループに入って繋がっていれば、自然と好きなことの情報は入ってくる。これは凄いことだし、恵まれていることだ。
 
今までは好きなことは諦めることもあった。福岡と東京まで距離があるイベントは、お金や時間の都合で滅多に参加できなかった。地方にはなかなかイベントが来てくれないことも多々ある。東京に居られない転勤をさせられたことも、残念がったこともある。
 
でも今は飛行機で東京まで行かずとも、LIVE配信があるし、録画したイベントも後から見られる。好きな劇もライブもDVDやブルーレイで後から発売もされることもある。そこら中に「好き」なことを楽しむチャンスはあふれている。もちろんチャンスがあれば、飛行機や新幹線で東京まで行く。
 
仕事か趣味のどちらかを1つに選ぶのではなく、古田織部のように好きを極めた数奇者のように、どちらとも両立させていく生き方をするのもいい。ホテルのランチビュッフェバイキングで好きなものを選んで楽しむように、「好き」なことをとことん選んで楽しめばいい。そうすれば、同じ会社で18年間勤めながらも、仕事も趣味も楽しむことができるのだから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
久田一彰(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県生まれ。駒澤大学文学部歴史学科日本史専攻卒。
幼少より父の仕事の都合で、福岡・兵庫・愛知・東京の各地を転勤。
小学校6年生の時に、授業より先に読んだ漫画『日本の歴史』シリーズで歴史に興味を持つ。
現在、福岡で2歳男児の父をしつつ、2022年7月よりライターズ倶楽部へ在籍。

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2022-07-20 | Posted in 週刊READING LIFE vol.178

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