週刊READING LIFE vol.178

生き延びるための、決意《週刊READING LIFE Vol.178 偉人に学ぶ人生論》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/07/25/公開
記事:北見綾乃(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「あっ、あの仕事やっていなかった!」
 
すっかり計画に入れ忘れていた仕事を、唐突に思い出してはっと目が覚めた。ふと枕元の時計を見るとまだ午前4時。心臓がドキドキしている。やらかした。ああ、あの仕事をねじ込んだら、別の仕事がどうやったって間に合わない。
 
「どうしよう……」
 
これを解決しない限り眠れそうになかったため、一旦冷静になって考えることにした。
物理的に間に合わないと判明したときどうするか、選択肢はある程度決まっている。
 
1.やることを減らす、または、やらないで済むようにする
2.短期間で終わらせる方法を見つける
3.外部に委託する
4.期限を延ばしてもらう
 
今から“やらない”という選択肢は選べなかった。短期間で終わらせる方法があるならやっている。こうせっぱつまった状況で外部に任せることも厳しい。すると、現実的なのは“締め切りを延ばしてもらう”だ。何か遅らせても影響が少ないものはなにか。
 
一つあった。私が今試行錯誤している大きなタスクの一つは、データがそろうのがもう少し後になる。締め切りを延期してもらうよう朝一番でメールを書こう。手近なメモ帳にその旨を書くと、もう少し眠ろうと目を閉じた。
 
しかし、一度冴えてしまった頭で、また眠りにつくのは難しかった。このところずっと寝不足だというのに……。胃がキュッと縮こまったような緊張も常に感じている。ストレスに心身をむしばまれる状態というのは、こういう形で始まるのだろう。この状況で自分が倒れることだけは避けたいが、このままではいずれ限界がくる。どうしたらいいのだろうか……。

 

 

 

私の会社での肩書は「部長」だが、小さな部署のプレイングマネージャーも兼任している。そちらの部署で昨月一人退職者が出た。そのメンバーが退職を申し出たのは最終出社日の1か月前。最終出社までに「ここまでは終わらせる」という約束はしていたものの、ギリギリ間に合わず、最後の工程を少しだけやり残して去った。しかし、“少しだけ”なのは外見だけだった。ふたを開けると中身がとんでもなく問題だらけだった。
 
これは事前に確認しきれなかった自分の責任だ。しかし、時を戻せたとしても対策は難しかっただろう。外部のテスト担当者による確認は通過していたため、私たちがあえて二重にチェックをすることは普段からしていない。余裕のない体制のまま進めてしまっていたことの方が、罪は大きいかもしれない。
 
以前から全員が精一杯、やっとのことで業務を回していたのだ。余計な仕事はできない。海外のテスト担当者も「早く、早く!」とせかされる中で、本当は必要な確認を一部飛ばしてしまったのかもしれない。テストの質が悪いのは今後解決すべき問題だが、すでに生じてしまった問題は、すぐにでも自分たちで解決する必要がある。
 
まさに一気に多額の借金を背負ったような状況だった。
 
この業務はこれまで退職したメンバーがほぼ専任で担当していた。残されたメンバーがあまり経験のない業務で多くの問題が発生したため、最初は試行錯誤ばかりだった。対応しても対応しても、 “元金”が返せている気がしない。日々膨れ上がる“利息分”をなんとか抑えるのに精いっぱいだった。私自身も中心になって進めなければ間に合わない。しかし、平日の昼間は本来の自分の業務で手一杯。平日夜間と休日の時間を使ってなんとかやりくりしていた。
 
締め切りが迫っていたために、毎日のようにメールや会議で各方面から
「状況はどうなっているのか!?」
「いつまでに完成するのか?」
「完了しなかったらどうするのかっ!?」
などと連絡がくる。正直、いつできるのかなんて、私の方が知りたい。私たちは今、迷路の中にいるのだ。直線距離でおそらくあとこのくらい……と思ったところで、想定していなかった壁が現れ、私たちを阻む。回り道をする時間が必要だ。しかし、現実には許される時間が限られている。
 
矢面に立って言葉を受け止め、謝り、説明し、調整し、毎日毎日切羽詰まったような状態で仕事をしていた。
 
そのような状況が1か月半ほど続くと、私もメンバーもだんだん疲弊していた。状況は少しずつ着実に改善してはいるものの、これまでの突発業務の余波を受け、まだまだ締め切りの厳しい業務が巨大な山のように目の前にそびえている。マラソンを走らなければいけないのに、5kmや10kmの全力ペースで走りだしてしまったようなものだ。すでに序盤で消耗し、息切れしている。ペースを緩めなければいけない。頭ではわかっていたが、なかなか止められなかった。

 

 

 

そんな中、偶然ある言葉が私の目に飛び込んできて、ハッとした。その言葉は、寝る前に書く日記帳として愛用している「ほぼ日手帳」を何気なく開いた、そのページに書かれていた。
 
「探検では、引くときは徹底的に引く。
目の前の困難を乗り越えることももちろん重要なんだけど、
生き残るためには、引くことを知らないと、死んじゃう。
無理せず引いて生き残りさえすれば、
絶対に次のチャンスがあるから
━━吉田勝次さんが『いま、考えていること。』の中で 」
 
「引き方」が分からずどんどん自分の首を絞めつつある自分に、「まずは無理せず、心身を壊さず、生き残ることを全力で考えろ」と訴えかけてくるメッセージのように感じられた。
 
 
この吉田勝次さんというのは、洞窟探検家として有名な方だ。「未知の場所に行ってみたい、見てみたい」その欲望が発端となって、今でも地球上の未知の空間を目指して探検をしている。
 
もちろん洞窟探検には危険がつきものだ。吉田さん自身も、何度も危機的状況にあっていることが、彼の著書「洞窟ばか ~すきあらば前人未踏の洞窟探検~」の中で紹介されている。
 
たとえば、縦穴を上っている際、先に行った仲間が不注意で落とした拳ほどの石にぶつかり落下。石が当たった左肩を骨折していたが、そのまま右腕だけで300メートルを、30時間かけて上まで自力でたどりつく。
 
あるいは、狭い場所にズルズルと滑り落ち、頭を下にしてはまってしまい、全く身動きが取れなくなってしまう。かろうじて手の先だけは動かせたため、なんと何時間も指の力だけで少しずつ体を持ち上げ、難局を切り抜いた。
 
他にも、迷子になったり、水難の危険にあったり……。想像するだけで息が苦しくなり、震えるエピソードばかりだ。
 
危機に陥ったときはとにかくパニックにならないことを最優先にすべきだという。落ち着くよう、目を閉じて余計な情報をシャットアウトし、息を深く吐く。そのあと、生き延びるためにできることはとにかく何でも、全力で、粘り強く行っていくのだ。
 
 
そんな、危険が多い洞窟に挑む吉田さんだが、はっきりとこう断言する。
 
「オレは探検家であって、冒険家ではない」
 
冒険と探検の違い。それは字にも表れているが、冒険は危険があるとわかっていることにあえて挑戦することを目的としたもの。一方、探検は未知の場所などに入って探り、調べるという探求を目的にしたもの。「危険がある場所に行く」という意味で冒険と探検には重なりあう部分も多いが、目的はまるで違うのである。
冒険家は対象が危険であれば危険であるほど価値が高まり、そこに挑むという行為自体が目的となりうる。一方で、探検家はどんな場所に行こうとも、調査した結果を持ち帰り、第三者に発表することが目的となる。つまり、結果的に危険な目にあってしまったとしても、何としても生きて帰らなければ意味がないのだ。
 
各種の武勇伝を聞いていると意外に感じるが、吉田さんは元来、高い所や暗い所が恐ろしいという。実は大変に怖がりなのだそうだ。洞窟などそもそも真っ暗だし、底が深く、上から見ると高さを感じる場所も多い。そんな恐怖症を持っていたら洞窟探検など向かないのではと思うが、それ以上に未知の場所を実際に見たいという欲望が強く、また諦めが悪くて負けず嫌いだという性格が功を奏し、洞窟探検にのめりこんでいった。
そして、怖がりゆえの徹底的なリスク回避思考も、着実に成果を重ねることにつながり、彼を第一人者にまでしたのではないだろうか。
 
“このまま先に行けるか/行けないか”の判断の結果が即、命に直結する世界だ。「あともう少し行けば未知の世界の扉が開く」という誘惑に駆られても、危険が高いと判断すれば無駄に冒険はせず、一度帰り、装備を整えて万全の体制で再挑戦をする。
先に紹介した、私を惹きつけた引用文はこのような背景から出た言葉だろう。
 
 
実際、私の仕事ではそこまで差し迫った命の危険はない。しかし、今感じているような心身が発する様々なSOSサインを無視し続けるということは、危険だとわかっている場所へ突き進むのと何が違うだろうか。
私も今、「これ以上、このまま進むのは無理だ」という判断を下すときに来ているのかもしれない。
生き残るためにまだまだ取れる手はあるはずだ。関係者に相談していけば、もっといい解決策が見つかるかもしれない。落ち着き、一度しっかり体と心を休める時間を取ろう。そして万全の体制で再挑戦するのだ。
 
探検家だけじゃない。会社員だってそうなのだ。生きて帰らなければ、意味がない。

 

 

 

私は今回、吉田さんの洞窟探検のエピソードを通じて「引くことの重要性」について教えてもらったが、学べることはそれだけではない。なぜなら人生は探検そのものなのだ。どちらも期限はあっても“目的地”のようなものはない。先はどこに向かっているか、事前には決められないし、知ることのできない未知の領域だ。自分の好奇心が赴く方に進み、新しい発見を重ねていく。
 
探検家の物語には、人生にも役立つ大事なことがたくさんつまっていた。
 
参考:
『洞窟ばか ~すきあらば前人未踏の洞窟探検~』(吉田勝次:著)
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
北見綾乃(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

東京都在住。外資系企業のプレイングマネージャーとして心と体を消耗しながら働く傍ら、2022年2月から天狼院での文章修行を始める。
心がじんわり温かくなり、“ちょっと一歩踏み出してみようかな”……そんなきっかけになってもらえるような文章を目指す。ランニングが趣味。

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2022-07-20 | Posted in 週刊READING LIFE vol.178

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