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週刊READING LIFE vol.178

読書が嫌いだった私が本を読むようになった理由《週刊READING LIFE Vol.178 偉人に学ぶ人生論》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/07/25/公開
記事:塚本よしこ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「きたっ」
同僚が呟いた。
空気が一瞬にして変わる。
後ろから社長が入ってきたからだ。
 
その風貌をなんと例えたらいいだろう?
歳を取った芥川龍之介? 強面の桂歌丸?
細い体に背広が大きく感じる。
こちらを向いて笑顔で歩いているが油断はならない。
何が彼の怒りに触れるか分からないからだ。
 
相槌を打たないこと、笑顔でいないこと、座る場所……。
様々なことで幹部たちは叱られたことがあると聞いていた。
 
年末恒例の社員研修があり、私たちはあるホテルに集められていた。
広間の後ろから社長が前方に進むのを、全国から集まった50人近くの社員が固唾を呑んで見守っている。既に70歳は過ぎていただろうか。
息の漏れる音がする。大丈夫だろうか?
圧倒的な存在感はあっても、体調が万全でないのは伝わってきた。
 
当時20代後半だった私は、英語教室を運営している会社で働いていた。
この社長というのは、自分の会社の社長ではなく、関連会社の社長だ。
ある時期から私たちの会社の経営にも携わるようになっていた。
 
私にとって、偉人とは誰か?
リンカーン? ガンジー? 誰もが知っている偉人と呼ばれる人たちを思い浮かべてみたが、遠く感じた。もっと近くで、身を持って影響を受けた人はいなかっただろうか? そう考えた時、真っ先に浮かんできたのがこの社長だ。
 
しかし、特段社長と近しかった訳ではない。
怖いと聞いて、はなから苦手に感じていた。
 
研修の夕飯は立食のビュッフェ形式で、誰とでも話すことが出来た。
しかし自ら社長に近づくことはなかった。
下手に話して、地雷を踏むかもしれない。かといって、おべっかを使うことも出来ない。
彼の居場所だけ気にかけ、遠くから見守った。
触らぬ神に祟りなしだ。
 
私のその時の業務内容は、子どもの英語教室の講師と生徒募集だった。
教室の生徒数は1990年代初頭をピークに減り、私が入社した頃は教室が閉鎖されたり、クラス数が減ったりしていた。
このままではまずい、会社の経営を見直さなければいけないという時期だった。
 
勿論求人広告に、「この会社は経営難に陥っており、次期は赤字になりそうです。一緒に立て直すメンバーを募集しています」なんて書かれているはずもなく、そのような状況だと
知らずに応募した。
 
教室でレッスンももちろんするが、実際は生徒数を増やすことと、減らさないことが最も重要な仕事だった。入社時に生徒募集もするというのは聞いていたが、ここまで気持ちの大半を占めるものだとは思っていなかった。
日々、まるで営業職に就いたかのように、「今月は何人入会できるか?」「どこから入会が見込めるか?」そんな事ばかり考えていた。
 
そして、この会社にいる間、私は電話恐怖症だった。
休みの日でも、どこにいても電話がかかってくるだけで心臓がバクバクするのだ。
「退会連絡か?」「体験レッスンのキャンセルか?」そんな思いが押し寄せ、電話が鳴るだけで怖かった。
 
生徒募集活動というのは、広告を掲載するとか、電話するとかそういったことではない。
幼児や小学生が住んでいそうなお宅を訪問し、無料体験レッスンにお誘いするのだ。
 
お昼休憩の後、夕方のレッスンが始まるまでの時間が生徒募集の時間だった。
名簿があるわけではなく、自転車があるとか、洗濯物があるとか、そういった子どものいる気配で訪問先を決めていく。
いわゆる飛び込み営業だ。
 
入社して初めて生徒募集活動した日のことは、今でもよく覚えている。
少しだけ先輩と一緒に回ったが、途中から1人になった。
 
昼下がりの住宅街、マンションの多い地域だった。
「子どもの英語教室の講師をしております〇〇と申します。無料体験レッスンのご案内をしたいので玄関先までお願いします」
そう言おうと心の準備をして、ドキドキしながらチャイムを鳴らす。
しかし、チャイムを鳴らしても、鳴らしてもどこの家も何の反応もない。
結局初日は一言も発することなく終わった。
 
車が往来する音が遠くに聞こえる。
大通りを1本入っただけで、とても静かだった。
こんなにマンションの部屋が沢山あるのに誰もいないのか?
描かれた景色の中に、自分だけがポツンと立っている気分になった。
 
マンションの階段を上り下りして息が上がっても、腿の筋肉が痛んでも何の手応えもない。
最初は気を張っていたが、日の当たらないマンションの廊下で、心がどんと沈んだ。
重心が20センチくらい下がったようだった。
「辛い……」
惨めな気分とともに、涙が溢れた。
 
あの瞬間、続けるのは無理! と辞めてしまう選択も出来た。
でも、すぐ辞めるわけにはいかなかった。
前職は2年で燃え尽きてしまったからだ。
 
新卒のレールを降りてしまってからの就職活動は厳しかった。
紆余曲折を経て、やっと正社員で雇ってもらえるとこに出会えたのだ。
「結果を出すまで辞めない!」
涙をぬぐった廊下で、覚悟を決めた。
こうして、私はこの会社でどっぷり働くこととなったのだ。
 
月曜から活動を始めて、やっとアポが取れたのは土曜日の午後だった。
結局1週間でアポが取れたのはその1件だった。
けれど、やれば何かしらの結果が出るのかもしれないという兆しは得ることが出来た。
 
それにしても、何でわざわざそんな大変な生徒募集活動をするのかと思われた方も多いだろう。会社の方針で新聞にチラシを入れることも、どこかに広告を出すこともなかった。
 
その頃よく言われていたことは、チラシを100枚配っても、問い合わせがあって1件。
いや、1件も反応がないことの方が多い。
チラシを100枚ポスティングすることよりも、1人と直接話して無料体験レッスンに来てもらう方が成約率は高いということだった。
社長たちも前身の塾を作った際、家を回って生徒募集をしたという。
 
今ならインスタやFacebook、Youtubeなどを活用して宣伝する手もあるだろうが、当時はそのようなものはまだ流行っていなかった。
自分で歩いて作る新規会員とその兄弟、あとはクリスマス会などからの入会だった。
けれど、イベントはあまり入会には繋がらなかった。
とにかく自分の足で稼ぐしかなかったのだ。
 
雨でも、寒くても暑くても外を歩いた。
同じ地域を何度も回ると、どのお宅でどんな反応があるか覚えてしまう。
それでも、今日はいつも会えない人に会えるかもしれない、誰かが引っ越してきたかもしれない。そんなわずかな希望をもって、同じ場所を何度も回った。
 
本来であれば、20代から30代の女子たちはこの仕事に簡単に根を上げていただろう。
しかし、その年代の仲間が、文句も言わずに生徒募集活動に励んだ。
 
どうして頑張れたのか?
 
それは、先ほどの泣く子も黙る社長が登場し、様々な変革を起こしたからだった。
 
まず、「7つの習慣」をはじめ、本田宗一郎、稲盛和夫、中村天風という今まで開いたこともない著者の本が会社のバイブルのようになった。
朝礼ではこれらの一節を暗唱したり、皆で少しずつ読み進めた。
価値観や方向性を共有するようになったのだ。
 
その中でも特に、稲盛さんの本にある、結果を出すためには「考え方」が大事だということを叩き込まれた。
人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力
熱意と能力はそれぞれ0点から100点までだが、「考え方」だけはマイナス100点からプラス100点まである。
よって、「考え方」がマイナスであれば、掛け算なので結果はマイナスになってしまう。
それぐらい「考え方」が大事だというのである。
「考え方」というのは生きる姿勢のことであり、自分はどうありたいのか? 生き方も問われるようになった。
その生き方、考え方というのを、本から学ぶようになったのだ。
 
全員ミッションステートメントというものを作成し、社内全体に公開するようにもなった。
期の初めに、自分はどうあり、この仕事を通してどう社会に貢献するか等を書き記すのだ。
 
このことにより、使命感や社会的意義を感じて仕事に取り組めるようになっていった。
同じ生徒募集活動をしていても、心持ちが変わっていった。
そうでなければ、早々に根を上げていただろう。
 
また、思いが先、結果は後ということは何度も耳にした。
どんな教室にしたいのか? どんな自分でありたいのか? まずその思いを持ってからスタートしようということだ。
行先を知らずに飛び立つ飛行機がないように、まずビジョンを描くようになった。
この頃身につけたこの姿勢は、その後もずっと人生の中で役立っている。
 
さて、このように社長や本から教わったことは山ほどあるが、その中でも最近特に思い出すことがある。
それは、「マスコミの窓からではなく、勉強の窓から世の中を見なさい」という話だ。
当時私は、どういう意味かよく分からなかった。
 
例えば、火事のニュースがあったとする。100軒の家があったとして、1軒が火事になった。しかしそれは、逆を言えば、99軒は何もなかった、平和だったという見方もしなさいということだった。
マスコミが語る方向からだけでなく、違う方向からも見なさいということだった。
私は分かったような、分からないような気持ちでその話を聞いていた。でも今なら社長の言わんとしたことが理解できる。
 
小さい時から親がそうであるように、私はテレビのニュースや新聞の記事をそのまま受け入れて過ごしてきた。そこで見聞きすることは真実であり、疑う余地のないことだった。
でも昨今、同じ事象に対しても様々な見方があり、最後は自分で判断することが求められる。
マスコミのフィルターを通してではなく、自分で勉強し選択していく必要がある。
その大切さを20年以上も前に私たちに伝えていたのだ。
 
では、「勉強」というのは何を指すのか?
それは社長が言うには「本を読むこと」だった。
 
本を読むように何度も言われ、薦められる本や仕事に活かせそうな本を買っては読むようになった。心が折れそうになった時は、本の一節が支えになり、まるで栄養を取るように本を読んだ。
 
読書が嫌いで本なんて全然読まなかった私が、信号待ちでさえ時間を惜しんで本を開くようになっていたのだ。
しかし、社長は特に仕事に関する本を読みなさいと言ったわけではない。広く様々な分野の本を読むように勧めていた。
 
宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を暗唱してグループで発表するというのが研修の内容だったこともある。趣のある社長だった。
私は小説も手に取るようになり、山本文緒さんの作品を好んで読んだ。
 
こうしてあっという間に数年が経ち、私はエリアのリーダーを任されるようになっていた。
そしてある月、とうとう最高記録の8人の入会を1か月で決めることが出来た。
目標は4人だったので、倍の人数を決めることが出来たのだ。
エリアの成績にも貢献でき、とても嬉しかったのを覚えている。
その月に特別努力したわけではなく、少しずつ溜めていたコップの水がようやく溢れ出したようだった。
最初にマンションの廊下で「結果を出す!」と誓ったことを思い出した。
頑張った私!! と大声で叫びたくなった。
 
リーダーになった時、「どんなエリアにしたいのか?」と社長に聞かれたことがある。
何と答えようか考えていると、
「すぐ答えられないとはどういうことだ!!」
と大きな声で叱られ、衝撃で思わず泣いてしまった。
リーダーたる者、それがいつも心になければならないということだった。
そんなことも今となってはいい思い出だ。
 
社長は今どうしているのだろう?
数年前に、ふと思い出し当時の同僚に聞いてみた。
 
すると、数年前に亡くなったという。
全く知らなかった。もうこの世にはいなかったのだ。
 
私にとって偉人とは、死なない人のことだ。
それはずっと死なずに生き続けるということではなく、亡くなってもなお人の心に残って指針となり続ける人のことだ。
社長は変わらず私の中で生き続けている。
 
本を読みなさい! 本を読みなさい! 社長はよく言っていた。
命がけで会社を立て直そうとしていたのと同時に、若い人たちに大切なことを残したいと強く思っていたに違いない。
 
本を読み、本から学び、勉強の窓から世の中を見る。
不動明王のような厳しい面影と共に、社長の言葉が今でも響く。
彼は誰よりも熱く生きた人だった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
塚本よしこ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

奈良女子大学卒業。
一般企業をはじめ、小・中・高校・特別支援学校での勤務経験を持つ。
興味のあることは何でもやってみたい、一児の母。
2022年2月ライティング・ゼミに参加。
2022年7月にREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。

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2022-07-20 | Posted in 週刊READING LIFE vol.178

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