週刊READING LIFE vol.178

6歳の時のビジョンを人は生きようとする《週刊READING LIFE Vol.178 偉人に学ぶ人生論》


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2022/07/25/公開
記事:青木文子(天狼院公認ライター)
 
 
子ども時代、絵本が好きな子どもであった。
 
田舎に住んでいたため、小さな本屋が一軒しかない海沿いのちいさな町。
母は家計を工面して福音館の薄い普及版の絵本である『こどものとも』『かがくのとも』を毎月取り寄せてくれていた。
 
その中の一冊に『チャマコとみつあみのうま』という絵本があった。メキシコ在住の画家であり絵本も描かれている竹田鎭三郎さんの絵本だ。
 
彼の絵は、メキシコの土着を思わせる色合いと原初的な形で描かれていた。『チャマコとみつあみのうま』はネイティブの部族の6歳の少年が、一人前になるまでを描いたお話だ。
 
大人になってから竹田鎭三郎さんのエッセイを読む機会があった。
 
エッセイの題名も内容の前後も、もうよく覚えていない。覚えているのはその中で竹田さんが「人は6歳の時にみたビジョンを生きようとするのだ」と書いていたことだ。
 
6歳のときに観たビジョン。
あなたは6歳のときにどんなビジョンを観ただろう。
 
自分の6歳のときの頃を思い出してみる。
海沿いの小さな町。そこに都会から引っ越してきた核家族のひとつ。町にひとつだけの小さな幼稚園に通っていた。社宅の横の崖の坂を登っていくと、遠くに海が青い筋のように光っているのが見えた。なにか淋しくなったり、つらいことがあったりすると、その海をみるために細い崖の坂を登っていくのが習慣になっていた。
 
あの頃私はどんなビジョンを持っていたのだろうか。
 
幼少期の記憶をくっきりはっきりと持っている人もいるけれど、私はそうではなさそうだ。それは霧の向こうの遠い風景のように確かめるすべがない。
 
人は人生を、どこに向かって生きようとするのだろう。
 
「五十にして天命を知る」とは、論語に記されている孔子の言葉だ。「五十にして天命を知る」のその前のくだりは「三十にして立ち、四十にして惑わず」
そうは言うけれど、いやいやどうして、世の中は惑っている人の数のほうが多いように見受けられる。
 
思春期の自分探しから、本当に自分がやりたい天職探し。衣食住がともかく満たされているからか、人は「自分の行く方向」を探してやまないように思われる。
 
どこに向かうかはもちろん、ひとつは「職業」である。
 
「これが自分の天職です!」と言い切れる人は幸福な人生であろうし、キャリアコンサルがあるように、自分が生きがいをもって取り組めて、そして能力を発揮できて、しかも評価される仕事ができたら最高であろう。
 
私は職業、という面ではかなり紆余曲折を経ている。
大学新卒の頃には人並みにいくつかの内定をもらって、そのなかから地元名古屋の中小企業に就職した。その後3年でその仕事を辞めると、様々な職業につくことになる。日本で第1期のリフレクソロジスト、イベント企画、ヒーリング、保育士等々。そこから何十年余。今でも司法書士を始めとして何足もの草鞋を履いている身だ。
 
ふと思う。私はどうなりたいと思っていたのだろうか、と。
 
そして、結婚して息子が二人生まれた。
子どもの寝顔をみながら、ある日、竹田さんの言葉を思い出していた。
 
「人は6歳の時にみたビジョンを生きようとするのだ」
 
この小さい人たちは、6歳のときにどんなビジョンを見るのだろうか。一番身近で彼らの時間に立ち会っている人として、それを聞いておかなくてはいけない、それを本人たちに伝えたい、と思った。
 
「6歳になったときに、どんなビジョンを観ているのか聞いてみよう」
 
それは密やかな私の中の約束になった。
そしてその聞いたビジョンは大切に心の中の箱にしまって、18歳になったときに彼らに預かった言葉として手渡そう、そう心に決めたのだった。
 
そうして、上の子が6歳になった。5月生まれの彼は口が達者で、どちらかといえば多動、保育園でもいつも園長に「もういつまでも喋ってないの!」といわれる子どもだった。
 
絵本も大好きで、地球や宇宙の絵本の読み聞かせをよくせがんだ。彼が4歳の頃だろうか。保育園であまりに宇宙の話ばかりしているから、園長がとうとう、キレた。
 
「宇宙、宇宙って、宇宙がなんだか。わかってるの?!」
 
その言葉に彼は
 
「このね、机をね、宇宙だとするよ。するとね、その中に銀河系があってね、その中にぼくらの太陽系があるんだ。その太陽系のなかの地球がいまここなんだよ」
 
卒園間近だったある日、お迎えにいって、突然竹田さんの言葉を思い出した。そして、園庭で靴を履き終わった上の子に聞いた。
 
「あのね、〇〇くんはさ、大きくなったらどうなりたい?」
 
どうなりたい?と聞いたのはあり方を聞きたかったのだ。
何になりたい?と聞いたら職業が出てきてしまうような気がした。
 
上の子は「どうなりたい?」と聞いた私の目をまっすぐに見た。
そしてすこし息を吸い込むと一息にこういったのだ。
 
「遠くに行きたいの、遠くに遠くに行ってみたいの!」
 
遠くに行きたい。
 
そうかこの子は遠くに行きたいのだ。
その言葉を私の小さな料簡で解釈しないようにそのまま宝石の原石のように、私は心の宝箱の中にそっとしまった。
 
そして3歳下の、下の子の番だ。
 
彼は生まれてすぐ6ヶ月頃から保育園に出入りして、私が司法書士受験生になる関係で8ヶ月から保育園に預けられていた。もともと全園で20人ほどしかないない小さな保育園だ。彼は0歳児、1歳児、2歳児とずっと1学年一人だけだった。
 
小さくてしかも1学年ひとりだけ、プラス一番年下の時代が長かったので、彼は上の年齢の子達から、何くれとなく世話を焼かれる存在だった。
 
おんぶに抱っこ、困っているときはすぐに年上の子が駆けつけてくる。またそれにいい笑顔で笑ったりするから可愛がられる。
 
1月生まれの彼が6歳になるのをまちわびて、上の子と同じ質問をした。
 
「あのさ、△△くんはさ、大きくなったらどうなりたい?」
 
彼はちょっと考えたあとに、言った
 
「だれかをね、助けてあげたいよ」
 
彼らしいと思った。
 
いつも誰かに助けられてきた彼は年長になるにつれ、年下の子達の世話を楽しげに進んでやる子どもになっていた。自分が助けてもらってきた記憶で「誰かを助けてあげたい」と思うのかもしれないと思った。
 
そうして子どもたちは22歳と18歳になった。
 
上の子が18歳になったときに、彼が6歳のときに見ていたビジョンの言葉を伝えた。彼は15歳で中学卒業後、オーストラリアの高校に進学して高校3年生になっていた。
 
ZOOMの画面越しに、誕生日おめでとうと伝えたあとに、竹田さんのエッセイの話をした上で彼に言った。
 
「君はさ、6歳のときに、遠くに行きたいの、遠くに遠くに行ってみたいのっていっていたよ」
 
「あぁ」
 
そう、彼はなにか感じたようにつぶやきをもらしたあとに言った。
 
「うん、そう思っていたね。そして今もそう思っている。たしかにそう思っている」
 
そして今年1月に18歳になった下の子にも、誕生日に伝えた。
 
「君はね、6歳のときに、大きくなったらどうなりたい?って聞いたら、だれかを、助けてあげたいっていったのよ」
 
彼は少し沈黙したあとに
 
「うんそうだね、今でもそう思っている」
 
と返事が返ってきた。
 
下の子も上の子と同じく15歳で中学卒業後、オーストラリアの高校に進学して高校3年生。学校の探究学習でホームレス支援のことをテーマにしていたり、将来は難民支援の仕事をしたいと思っていると言う。
 
6歳のときのビジョンとはなんだろうか。
7歳までは神のうち、という日本の言葉がある。数えで7歳といえば現代の6歳。その年令までは神様の領域に属するものだという世界観だ。
 
もともとは幼くして亡くなった子どもたちを神にかえすというような意味あいが深い言葉だが、それだけではないのかもしれない。
 
自由に夢想させてもらうなら、私達が魂にもってきた大事な向かう先を、覚えている最後の年齢が6歳なのかもしれないと思うのだ。
 
私の言葉に置き換えるなら、6歳の時に見たビジョンは、魂の色合いだ。その人の魂がどこに向かおうとするかという色合いだ。
 
その方向が良いとか悪いとかでなく、その人の魂が何に響き、何に焦がれるかという色合い。光がプリズムで虹に分けられた、無数の虹のグラデーションの色合いのひとつひとつ。
 
子育てって、その色合いをまっすぐに表現する手伝いなのかもしれないと思う。
 
そしてもう一度自分に問うてみる。
私が6歳の時にみたビジョンはなんだろうか?
それはくっきりと見えなくとも、私の身体のどこかに刻まれているはずだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青木文子(あおきあやこ)

愛知県生まれ、岐阜県在住。早稲田大学人間科学部卒業。大学時代は民俗学を専攻。民俗学の学びの中でフィールドワークの基礎を身に付ける。子どもを二人出産してから司法書士試験に挑戦。法学部出身でなく、下の子が0歳の時から4年の受験勉強を経て2008年司法書士試験合格。
人前で話すこと、伝えることが身上。「人が物語を語ること」の可能性を信じている。貫くテーマは「あなたの物語」。
天狼院書店ライティングゼミの受講をきっかけにライターになる。天狼院メディアグランプリ23rd season、28th season及び30th season総合優勝。雑誌『READING LIFE』公認ライター、天狼院公認ライター。

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2022-07-20 | Posted in 週刊READING LIFE vol.178

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