週刊READING LIFE vol.180

北海道に行って分かった弔いの意味《週刊READING LIFE Vol.180 変わること・変わらないこと》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/08/08/公開
記事:塚本よしこ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「18日か19日に行ってもいいですか?」
6月のある日、Mのお母さんに電話をした。
 
事前に手紙を出していたものの、そこには「夏休みによければ行きたい」と書いていた。
でも急に思い直したのだ。夏休みと言っていても、先のことは分からない。何かでやっぱり行けなくなってしまうかもしれない。今行けるなら行かないと!
 
夏休みまで待たずに行ける日はないだろうか?
予定を見ると、空いている週末はそこしかなかった。それに北海道の6月はいいと昔聞いたことがある。駄目なら仕方ない。でも、先方がよければ、行かせてもらおう! 勇気を出して聞いてみた。
「だ、大丈夫ですよ、遠くからわざわざすみません」
さすがにお母さんの少し戸惑った様子が伝わってきたが、OKをもらえた。
 
よし!
それからバタバタと手配をし、金曜の夕方に私と娘は中部国際空港にいた。
空港というものは何とも気持ちが上がる。
4年ぶりの飛行機、しかも初めての北海道だ。
大きな窓から飛行機が飛び立つのを娘と眺めた。娘はまだかまだかと落ち着かない。
どんな旅になるのだろう……。
楽しみな気持ちと複雑な気持ちが入り交じった。
きっと長距離の移動は大変だ。それに、1番の目的は観光ではなかった。
荷物の中にはしっかりと香典が入っていたのだ。
 
「Mのご実家、北海道に行ってくる」
「え、いつですか?」
「今週末に」
「え? で、どこなんですか? Mさんの実家は?」
「留萌」
 
「え、留萌なんですか?」
「留萌知ってるの?」
「一応知ってます」
「私はどの辺りかも最近まで全然知らなかったよ」
 
「新千歳からレンタカーで行くの」
「え、マジですか?」
「旭川便が取れなくて……」
「新千歳から車で3時間か4時間くらいかな」
数日前、北海道に行ったことのある元同僚と話をした。
 
「どこに泊まるんですか?」
「富良野にしようかと思ってる。1度行ってみたくて」
「え、旭川とかじゃないんですか? 結構距離ありますよ」
 
「でもさ、北海道で1日に6時間とか走って旅をするのは普通らしいんだよ」
「ま、そうかもしれませんが」
「でもめちゃくちゃ疲れますよ、それは覚悟しておいた方が……」
「そうだよね……」
 
今まで1人で4時間くらいは運転したことがある。空港から留萌までは3時間半くらいで行けそうだ。なんとかなるだろうと思っていた。
でも、その後、富良野まで行くとなると、今まで運転したことのない距離になる。ちょっと無謀だったろうか……。
 
「で、日曜日は?」
「夜便しか取れなかったから札幌行こうかな?」
「いやもう、空港でも十分楽しめるんで、早く新千歳に戻っておくのがいいと思いますよ」
「分かった。札幌はやめておく」
 
とにかくかなり大変であろうことは分かった。
でも行くしかない。もう決めてしまったのだ。
 
金曜の夜、新千歳空港に着いて一泊し、次の日レンタカーで留萌に向かった。
空港から出ると、そこは普段運転している世界とは全く違っていた。
道は広いし、何にもない大地が広がっている。
まるで海外に来たようだった。
北海道ってこういうところなんだ……。
あんなに空港に人がいたのに、皆どこに消えてしまったのだろう? 高速に乗ると、車はほとんど走っていなかった。
 
広大に広がる大地を横目で見ながら、1時間半でようやく岩見沢というSAに到着した。
目的地まであと100キロ近くになった。
北海道にいると距離感覚がおかしくなってくる。100キロといったらまだかなり遠いのに、もう少しだという気持ちになった。
 
その後、お母さんに勧められていた砂川SAで少し休憩し、再び北上するとやっと留萌の文字が看板に現れた。それは灯台の明かりを見つけたようで無性に嬉しかった。
高速を左折し、留萌方面に向けて1本道をひたすら突き進む。
しかし、はやる気持ちに反してなかなか辿り着かない。やっと留萌という地名が出てきても、まだまだ先は長かった。留萌の中でも海に近い場所だったのだ。
 
ナビに海が現れたところで、ようやくゴールのマークがナビに現れた。
もうすぐだ!
お母さんからは心配してメールがきていた。
 
港に向かう大通り沿いに女性が立っている。お母さんに違いない。
想像より幾分も若い笑顔のお母さんがそこにいた。
やっと着いた……。大きく息を吐いた。
「お疲れさま」
「すみません、ほんと急に」
「どうぞ入って」
雪国特有の二重の玄関の中に、私たちはゆっくりと入っていった。
この旅の1番の目的地に着いた。
今回の最大の目的はここに来て、昔の同僚、Mにお別れをすることだったのだ。
 
忘れもしない2年前の6月、20時頃だった。
ピロン、携帯が鳴った。
誰からか覗き込むと、もう何年も連絡を取っていない昔の同僚からだった。
ドキッとする。何かあった? そう思うと同時に文面を見て真っ白になった。
「Mが逝ってしまいました」
え? 意味が分からない。
かといって、変な冗談を言うような友達でもない。
私は彼と仲がよかったから、いの一番に連絡してくれたというのだ。
 
Mは、自分より幾分若かった。6つは違ったはずだ。
詳細は分からないし、意味も分からない。それを聞いても何の実感もない。
もう5年以上話もしていなかった。風の便りに東京にまだいるとは知っていた。
整理がつかない。
メールのやり取りが終わり、しばらく経つと自分の一部が欠けてしまったような気持ちになった。提灯の明かりが1つ消えてしまい、全体としてどこか締まらないような、そんな感じだった。
会っていなくても、どこかで生きているというだけで、自分の力になっていたのだと初めて分かった。気持ちの持っていき場が分からない。
彼はまだどこかで生きていることにして、このことは一旦保留にした。箱にしまって、向き合うのをやめたのだ。
 
私は30歳を過ぎてから東京に出た。
周りの人が東京に行くのは、大学に進学する時がほとんどだった。
遅くに東京に出るのは少し勇気がいった。もう若くないとその時は思っていたからだ。
友達はその頃、結婚や出産の真っただ中だった。自分だけが舵を違う方向に切ったようで、不安もあった。
でもやっと、心からやりたい! どうしてもここで働きたい! そう思える仕事に出会った。職を探している若者と面談し、就職先を紹介し、正社員にする。そんな仕事だった。
 
同じ仕事をすることになったのは、自分より年上の女性がほとんどで、男性は2人だけだった。その内の1人が彼だった。そして彼は1番若く、その次が私だった。
 
自分たち若手が頑張らなきゃいけないという思いは一緒だったのかもしれない。最初の営業研修では一緒に目標を達成し、その後もお互いに目標を達成しようと頑張った。
私が達成できなかった時は、「一緒に達成しようと言ったのに!」なんて言われ続けたこともある。女の子みたいなところもあった。
仕事帰りに数人でお酒を飲むことが多かったが、いつからか休日にも会うようになった。
私は東京に友達がおらず、週末を持て余していたので、彼のコミュニティーに混ぜてもらった感じだった。
仲間で食事をしたり、キャンプに行ったり、そこから新しいお友達が出来たりもした。
 
平日会う彼は毒舌で、厳しかったが、休日に会う彼は天使のように周りに優しかった。違う人と接しているようだった。とにかく、東京で生活が広がったのは彼のおかげだったし、あの頃濃い時間を過ごした内の1人は間違いなく私だった。
 
しかし、2人とも職場を離れ、生活が変わってからは会っても話してもいなかった。
 
2年前、電話でいつか行きたいことは伝えていた。
そうは言っても遠いし、来るのは難しいと思われただろう。でも、本当に行きたいと思っていた。あの頃のお礼もしたかった。
もう保留にするのはやめて、ちゃんとお別れをしよう。思いっきり泣いてこよう。
そんな気持ちで旅立ったのだ。
 
通された部屋の正面には彼の写真とお父様の写真が並んでいた。
彼の写真をまじまじと見上げる。
でもおかしい。涙は少しも出てこない。
それより、そんなところで何してるの? そんな気持ちになった。
 
ここに来る前は、写真を見たら泣き崩れるだろうと思っていた。
それなのに、何も起こらない。ただ遠い友達の家に遊びに来た感覚なのだ。
そのうち彼は帰ってくるでしょう、そんな風に感じられた。
 
昔の写真や同僚から預かった手紙をお母さんに渡した。お母さんは手紙を読んで涙ぐんでいる。お母さんを泣かせに来たようで、申し訳ない気持ちになった。
 
どんな子だったのか? どんな勉強をしていたのか? どうして東京に行ったのか? 何が好きだったのか? 知らなかった彼の話を沢山聞いた。
そして、彼がお母さんをどれほど気遣っていたかも知った。お父さんが亡くなってからは、毎日電話があったという。
お母さんは2年経っても夜にメソメソしてしまうと話してくれた。自分より子どもが先に逝ってしまったことの悲しみは計り知れない。
どうしてこの若さで? そう思って死にたくなるほど苦しかっただろう。心にぽかんと穴が開いたままだと言っていた。
 
北海道の食材が並んだ手作りのご馳走を頂きながら、色んな話をした。1時間程度滞在する予定が、気づくと2時間以上経っていた。
 
お母さんは道の駅に私たちを連れて行って下さり、お土産を持たせてくれた。
遠くから来てくれて本当にありがとう、いい友達がいてMは幸せだったと何度も言っていた。また、私のことを娘がもう1人増えたようで嬉しいと喜んでくれた。
 
お母さんの体が頼りなく、小さく見える。
どうか元気でいて欲しい。それを彼も望んでいるはずだ。
 
道の駅の横に広がる芝生を眺めながら、私は20年以上前のことを思い出していた。
私の母は私が20歳の時に亡くなった。父は、仏壇に向かって毎朝お経をあげるのが日課だった。そして、途中から涙が止まらなくなる。
でもある時、仏壇に向かって声を振り絞ってこう言った。
「金輪際もう泣かない!」
私は涙がこぼれた。
毎日泣いていた父が、もうこんなことではいけない! と奮起した瞬間だった。
そして、それ以来本当に父が泣いたところを見たことがない。私たちの知らないところで泣いていたかもしれないが、私たちの前で泣くことは一切なかった。
 
法事が続く間は、毎週親戚がやって来る。
皆が集まると長男ということもあってか、父はいつもしっかりしていた。
面白いことを言って笑わせるくらいだった。人が心配してくれる間というのは、人は意外と気を張っていて大丈夫なものだ。
 
でも、皆が集まらなくなった頃からが実は1番きつい。
あの奮起していた父も、目に見えて元気がなかった。私自身もそうだった。
周りが忘れていく頃でも、思い出しては泣けてくる。時間が経っても、悲しみはずっと心の奥でくすぶっているからだ。
 
もう出発しよう。駐車場で私はお母さんの背中に手をやっていた。
「どうかお母さんお元気で!!」
照れくささを振り切って、思い切って手を出した。
「また絶対会いましょうね」
お母さんもそう言って握手してくれた。なかなか手を離せなかった。
「お元気で!」
もう一度そう言って、笑顔で車に乗り込んだ。
 
私は大きな勘違いをしていた。
自分の為に、自分が彼とお別れをするために北海道にやって来た。
泣いて、思いっきり悲しもうと思っていた。
でも弔いに行ってすることは、自分の感情を解放することではなかったのだ。
 
家族が亡くなると、目に映る世界は変わってしまう。
でも変わらないことは、残された家族はそれでも生きる、生き続けるということだ。
逃げ出したくなるような現実を目の当たりにしても、生きていく。そこに尊さがある。
弔いというのは、そんな家族を励まし、力づけることだったのだ。
 
私はお母さんを少しでも元気づけることが出来ただろうか? もしそうであれば、思い切って行ってよかったと心から思う。
 
結局、お別れをするはずが、何ら変わることなく、Mは今も私の中で生き続けている。
変ったことといえば、娘のように慕ってくれるお母さんに出会えたことだった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
塚本よしこ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

奈良女子大学卒業。
一般企業をはじめ、小・中・高校・特別支援学校での勤務経験を持つ。
興味のあることは何でもやってみたい、一児の母。
2022年2月ライティング・ゼミに参加。
2022年7月にREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。

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2022-08-03 | Posted in 週刊READING LIFE vol.180

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