週刊READING LIFE vol.180

時を越えても変わらないもの、少しずつ変わっていくもの《週刊READING LIFE Vol.180 変わること・変わらないこと》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/08/08/公開
記事:佐藤知子(READINGLIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
パパパパーン。
吹奏楽コンクール県大会。
築2年の新しいホールに、ラストの金管楽器の音が響き渡る。
新1、2、3年生で結成され、コンクールに出場した娘の中学校の吹奏楽部の演奏。娘は2年生でトランペットを担当している。
顧問の先生の方針で、今年は1年生から3年生まで全員がコンクールに参加することになった。約50人、大編成の部への出場だ。
昨年は先輩である2、3年生だけで小編成の部へ出場し、最終大会の東日本大会まで進出している。1年生の時は人手の足りなかった、打楽器1名しか参加していないので、2年生になった今年、ほとんどの部員が1年生とともに初出場することとなった。
 
娘はトランペットを吹くのは初めてだったので、入部してしばらくは音を出すのがやっとだった。昨年の6月頃、先生の計らいで1年生の発表会が学校の音楽室で行われた。
大きな古時計や、喜びの歌など、一生懸命、覚えたての曲を披露してくれた。全体での合奏の他、一人ずつ演奏した時には、招待された私達保護者は、たどたどしさの中で、精一杯頑張る姿に感動し、どの子にも熱い拍手を送った。これから先輩たちのようになれるのだろうか、と期待を込めて眺めていたのを思い出す。
その娘たちが先輩となって、後輩を交えて今曲を作り上げているのだ。
 
「変わったなあ」
 
これが一番の感想だ。
演奏が始まる前の準備時間の中で、娘は大きな打楽器のティンパニを、仲間とせっせと運んでいた。ああ、そういえば家で「腕が痛いよ~。今日も楽器運んで重くて重くてさ」とよく泣き言を言っていたっけ。大丈夫なのかしらと思っていたけれど、これのことだったんだ。
そう思いながら眺めていると、重そうに、でもしっかりと楽器を運んでいる。その姿は、娘でないように見えた程だ。よく見ると身長も大きくなっている。そういえば、1年間で確か7cm伸びていたんだ。
 
顔を真っ赤にして吹いている姿。高い音も頑張って出している証拠だ。トランペットのラッパの部分を下に下げがちなことを注意していたけれど、今日は上を向けて、こちらを向いている。みんなときれいにそろっている。思っていた以上に、先輩らしくなっていた。
 
「家だから甘えてるんだよなぁ」帰りの車の中で夫がつぶやいた。
ホール袖まで楽器の運搬を手伝った時、積極的に働く娘の姿が夫にも見えたようだ。
普段は甘えん坊で依存的で忘れ物も多くて、つい小言ばかり言ってしまう。
「ベルト忘れた。持って来れる?」ぞっとする電話がかかって来た時は、たまたま休みだった夫が慌てて学校まで届けた。弁当を忘れた時は、出勤前に私が届けたこともあった。今だに一人でトイレに行くのが怖くて一緒に来て、と誘われる。夜寝る前は、来てね、と声を掛けてくる。仕方ないなあ、と顔を見に行く。
こんな日常が、これからもまだまだ変わらないと思っていた。自分で考えて行動してね、とひと言注意してばっかりだった。
 
でもステージの上での娘は違っていた。自分で考えて行動していた。遠くから見ると逆に見える部分がたくさんあった。ステージと観客席はとても遠く感じた。
変わらないようで、実はいっぱい変わっていたんだ。観客席から違う立場で見ていて、やっと気がついた。
 
家だから、私たちの前だから甘えていただけ。いつか、大きくなって、手を離れていくんだ。うれしいような、淋しいような気持ちだね、パパ。車の中は、ちょっとしんみりとなった。
 
そうそう、あの頃もそうだった……。
私も吹奏楽部出身で、中学生の頃はクラリネットを吹いていた。毎日練習を続けていると、誰もがそこそこ吹けるようになる。自分たちにとっては当たり前のことなのに、今は亡き父が「子供たちだけで、よくここまで演奏するものだと思うよ」といつも驚いていた。
普段の姿からは見えない面が見える、と驚いていたのだろう。
私は「そんなの普通だよ」と言いながらも、認められたような気がして、ちょっと誇らしい気持ちになったものだ。
あの時のお父さんも、こんな気持ちだったのかな。同じ立場になったことを感じた。
お父さん、孫が演奏しているよ、だから見守っていてね。と心の中で語り掛けた。
 
あの頃の私たちは、前へ前へ進もうとするエネルギーに溢れていて、ただひたすら上手になりたいと練習に取り組んでいた。
上手く吹くには、自分の中にいい音を出す通路みたいなものがあって、そこにうまく入り込むのがコツだ。これは感覚であり技術でもある。口の中でマウスピースのいい位置を探し、見つけたら力の入れ方、空気の入れ方を加減していく。これがだんだんわかってきて、スッと入れるようになっていく。自分で掴んでいくのだ。
 
吹奏楽は決して一人ではない、と思わせてくれる。自分と仲間の音が集まってひとつの曲が完成する。このメンバーだからこの音楽が出来上がる。今奏でている音は今だけしかない、ということをわかっていた。これが吹奏楽の一番の魅力だと感じていた。
 
楽器とは一心同体だった。自分の感性が楽器をとおして音となって出てくる。それは自分らしさの表現でもあり、いつも心の隣にある感覚で、とても大切なものだった。
 
数ある部活動の中から吹奏楽を選んで時間を費やして練習していること。時代は変わっても、吹奏楽に魅力を感じる気持ちはきっと同じだ、と思った。どこの学校の生徒であっても、後に続いてくれるって、うれしいなと思った。
 
娘たちの演奏は、あの頃の父のように、「よく子供たちでここまで演奏するものだなあ」という感想がぴったりだった。
1年生も演奏に加わり、技術的には未熟なところもあるかも知れないが、迫力を増し、2,3年生にちゃんとついてきている。ひとつの曲として仕上がっている。
演奏中、観客のみなさんはぐいぐい引っ張られていたように思う。終わった時、ホールに響く余韻までも聞いてくれていた。いい演奏が出来たと思う。
 
結果、次の大会に行くことができたら最高にうれしい。例え残念な結果でも、お客さんの胸に届く演奏ができたことで十分だと思った。清々しい気持ちになった。
 
家に帰ってから娘をたくさん褒めた。しっかり頑張っていたね、と。
すると娘は、またしても観客席からは見えない世界を語った。
「帰りは私、マリンバを運んでいたのね(木琴を大きくしたようなもの)。そしたらマリンバに足ひかれた。痛かった。友達もびっくりしてた」
 
やっぱりいつもどおりの娘。
変わることと変わらないことは混じっているものなのだ。そうやって、世の中は、時間は少しずつ動いていく。そう思った。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
佐藤知子(READINGLIFE編集部ライターズ倶楽部)

山形県在住。ライティング・ゼミ2月コースに参加、7月よりライターズ倶楽部へ
書くことで、自分の考えをわかりやすく人に伝えられるように、日々奮闘中。

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2022-08-03 | Posted in 週刊READING LIFE vol.180

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