週刊READING LIFE vol.181

ウイスキーを注ぐ時の「トクトクトク」音がたまらない《週刊READING LIFE Vol.181 オノマトペ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/08/15/公開
記事:久田一彰 READING LIFE編集部ライターズ倶楽部
 
 
「え? マジ? 思ったよりいい音がしないぞ。せっかく手に入れたウイスキーなのに、なんてことだ!」
 
手にしているウイスキーは、国産ウイスキーの中ではなかなか手に入れにくい、ニッカウヰスキー株式会社の「フロム・ザ・バレル」である。初めてウイスキーの栓を開け、注ぐときに聞ける「トクトクトク」という音が、期待に反してあまりいい音がしなかったのだ。しかも、今は真夜中のリビングで「トクトクトク」音をポケモンみたいに捕獲したくて、stand.fmに録音している最中だ。途中で止めるわけにはいかず、そのままグラスに注いでキャップを閉めて録音を終了した。
 
以前買ったスコッチウイスキーの「ザ・グレンリベット12年」を録音した時は、コルクが抜ける時に、空気砲のような「ポンッ」といい音がして、瓶とウイスキーの液体が軽やかに鼓を打つように「トクトクトク」と響き、コルクを閉めると「キュッ」と、とても満足のできるいい音が録音できた。
 
しかし今回は、コルク栓はなく、キャップを「シャッシャッシャ」と回して開けるだけ。しかも瓶本体と注ぎ口までの長さは短いので、「プゥトゥトゥトゥ」と、魚が泡を吐くような以外な音だったのだ。
 
「フロム・ザ・バレル」は1985年の発売以来、安くて美味しいコスパのいいウイスキーとして愛好家の中では評価が高い。事実、世界的な酒類品評会である「インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ(ISC)2015」のウイスキー部門において、450品を超えるエントリーの中からカテゴリー最高賞となる“トロフィー”を受賞している。日本だけでなく世界中の愛好家からの注目の的なのだ。
 
今や定価の2,640円(税込)では中々手に入れられず、スーパーや酒屋でもほとんど見かけない。ネットショッピングで探してみても、定価以上の値段がついているのがザラだ。さらにせっかく手に入れても、偽物の可能性も噂される。中身だけ茶色い液体の、別のウイスキーに変わっている危険性もあったりする。
 
SNSでは、誰かが投稿して「定価で手に入れました!」と、捕獲情報が飛び交うのだが、私は一度も目にしたことはなかった。いつかは手に入れたいと思っている、そんな貴重なレアポケモン並みの「フロム・ザ・バレル」だが、実は今年初めて手に入れることができた。
 
いつも家族で買い物に行くスーパーで、お酒コーナーを見るのが私のルーティンになっている。気持ちはパトロールをするお巡りさんのようだ。今日も「ちょっと見てくるね」と妻に断りを入れて、お酒コーナーへ向かう。ウイスキーが並んでいるコーナーに行き、一通り棚を見ていくが、お目当てのウイスキーはなかった。
 
今日も出会えなかったか、と落胆してその場を離れる。そして、お会計横のちょっと高いウイスキーが置いてあるガラスケースを覗いてみると、小さな瓶にラベルだけを貼ったシンプルなウイスキーが目についた。「え? 嘘だろ? もしかして、フロム・ザ・バレルか!」出会うのを期待していなかった分、モンスターボールを投げるのも忘れたように、突然の出会いに脳の処理が追いつかず、ちょっとしたパニック状態で一旦その場を離れてしまった。
 
「え? え? ここで出会っちゃった?」もう一度、本物の「フロム・ザ・バレル」なのかどうかを確かめるため、ガラスケース前で腰をかがめて覗き込んだ。間違いなく「フロム・ザ・バレル」そのものが4本箱付きで並んでいた。
 
「マジで本物だ。しかも箱付きで値段は2,728円(税込)と88円だけプラスしてある。これだとネットの値段に比べると予算の許容範囲じゃないか。これは買わない手はないな」。見つけたウイスキーを一旦諦めて別の日に買いに行っても、他の人に買われた例を知っていたので、私は急いで妻の元に行った。「ねえ、滅多に手に入らないウイスキーがあったけど買っていいかな?」と聞くと許可を得られたので、もう一度「フロム・ザ・バレル」の元に駆け寄った。
 
「ああ良かった、まだあった。すいません、これください! フロム・ザ・バレル1つ!」と店員さんにお願いした。「あ、はい。分かりました。お客さん運がいいですね」と言ってもらえ会計してもらっていると、「ちょっと待ってくださいね」と店員さんは店の奥に消えていった。
 
なにやら赤い箱を持ってきて、「これ、ノベルティの残りですけど、グラスをおまけしておきますね」と、プレゼントしてもらったのである。しかもこれは、「NIKKA WHISKY」と黒文字でラベルしてあるオリジナルタンブラーグラスだ。なんという幸運だろう。定価より88円分高かったけど、グラスがついてくるなら、むしろ得している。宝くじに当たったような、確実にポケモンを捕まえられる「マスターボール」でレアポケモンをゲットできたような、めちゃくちゃ嬉しい瞬間だった。
 
帰ってから棚に飾って、「フロム・ザ・バレル」の瓶を目の前にして、ニヤニヤしている。どんな香りだろうか、どんな味がするのか、そして、注いだ時にどんな「トクトクトク音」を聞かせてくれるのか、早く開栓して楽しみたかった。
 
しかし、ここでふと不安になった。せっかく手に入れたウイスキーなのに、簡単に開けてしまっていいのだろうか? 開けたらあとは飲んで段々と減っていき、最後には無くなってしまうだけだ。そう思うと開けるのに躊躇してしまった。しかし、開けないと楽しみの「トクトクトク」という音には出会えない。どうせならまずは1本飲む用と、予備でもう1本欲しい。多くのコレクターが観賞用と保存用に集めるのも今なら気持ちが充分にわかる。
 
悩んだ末に、別の日にもう一度お店に行き、「フロム・ザ・バレル」を買うことにした。残っていないかもしれないが、その時は諦めようと思う。だけど、幸運の女神はいた。まだ奇跡的にウイスキーは残っていたのだ。しかも値段はそのままだ。再びゲットできてホクホク顔で家に帰った。そして、早速開けて飲んだ。注ぐ時の音はちょっとだけ意外だったけど録音もでき、ウイスキーもストレートとハイボールにして味わえたのだ。濃厚でフルーティーで美味しく、やっぱりウイスキーは楽しい。
 
そう、ウイスキーは楽しく、五感で楽しめるものだ。目ではラベルや瓶のデザインの格好良さや、琥珀色の液体を眺められる。鼻では甘いのかちょっと煙っぽいのか香りを楽しめる、舌ではフルーティーや刺激的な味わいと飲んだ時の舌触り。そして耳でも存分に楽しめる。
 
耳での楽しみ方を思いついたのは、stand.fmを知ってからだ。ウイスキーを開ける時の「トクトクトク」という音は、stand.fmに録音すれば、まるでラジオのように楽しめる。私だけのラジオ局を開局したように、パーソナリティもディレクターもプロデューサーも音声も照明も、全部自分1人でやるのだ。
 
ウイスキーを購入するたびに、開栓するときは収録へ挑む。家族が寝静まった後に、声や音が入らないようにこっそりと録音する。深夜ラジオを聴くみたいでちょっとワクワクする。
 
まずは、スマホでstand.fmを起動する。録音ボタンが出てきたところで、初めて開栓するウイスキーと計量するジガーカップとグラスを用意。気分はすっかりバーテンダーだ。
 
だけど録音は一度きり。注ぐ時の「トクトクトク」という音は、瓶にウイスキーが満タンの時でないと聞けないので、全て一発撮りだ。
 
ドキドキしながら、録音ボタンを押す。すぐにラベルを剥がしに取り掛かる。しかし、ここでうまく剥がれる時と、そうでない時がありめちゃくちゃ焦る。キャップを開ける時も、コルク栓か回して開けるスクリューキャップかは開けるまでわからない。中身の見えない福袋みたいで、それもまた楽しい。
 
開ける時も、「ポンッ」とうまく開けられる時と、そうでない時もある。注ぐときに緊張してジガーカップの縁に瓶を当ててしまい、「キンッ」と高い音が入ってしまう時もある。注いだ後に瓶をテーブルに置くときに、「ゴトッ」と思った以上に大きな音をさせてしまう時もある。キャプを閉じたら、ようやく録音ストップボタンを押す、「フーッ」と息を吐いて、ようやく録音が終わる。録音を終えると、ちゃんと撮れているのか音声をチェックする。
 
本当は「トクトクトク」という音だけを拾いたかったのだが、他の音も一緒に入ると思ったより臨場感と温かさを感じられた。C Dやテレビの収録の時みたいに、編集時に余計な音は入れないのもいいが、レコードみたいに「ブツッブツッ」と音が入るようなものも味があっていい。
 
そう、ウイスキーを注ぐ時にはいろんな音が溢れていて、まるで演奏会のようでもある。もちろん指揮者は私だ。準備して録音する直前は、指揮者が指揮棒を構えたような静かな瞬間だし、開け始めたら演奏がどんどんと進む。楽譜をめくるように蓋を開け、打楽器のようにコルクを「ポンッ」と音を出す。「トクトクトク」という注ぐ時の音も、ウイスキーの瓶によって、高い音だったり、低い音だったりする。
 
その日1本目を撮るときは、まだ体の中にアルコールが入っていないので、大体うまくいくのだが飲んだ後の2本目からは怪しくなる。ウイスキーのアルコール度数は40%前後が多く、高いものは60%近くになるものもある。ストレートで味わっていると酔いがすぐに回る。少量でもめちゃくちゃ燃費よく酔えるのだ。そんな状態だから、手元が狂って少しこぼしてしまうこともあるし、アナウンスを吹き込もうと思っても呂律が何だか怪しい時もある。それでも本人は楽しいのだから良しとしよう。
 
録音した音のチェックを終えると、釣り人が釣った魚と一緒に記念撮影するように、ウイスキーとグラスやジガーカップと一緒に写真にする。照明の光の当たり具合を考えながら撮る。それをキャッチ画像としてstand.fmに保存する。説明のためのコメントやハッシュタグも簡単に添えておく。こうして「トクトクトク」のラジオ番組が完成するのである。
 
今年から「トクトクトク」音の収録を始めているが、まだ収録本数は10本だ。つまり10本のウイスキーを開けたことになる。しかし、私の手元には開けていないウイスキー、積読(つんどく)ならぬ積ウイスキーがまだまだある。飲みたくて欲しくて手に入れたものの、もったいなくてまだ開けられないものがまだ残っている。早く開けて「トクトクトク」音を聞きたいのと、もったいなくて開けられない葛藤の間で、ヤジロベーのように右に左に揺れ動いている。
 
手に入れたい、飲んでみたいウイスキーはまだまだ沢山あるし、これからもどんどんと造られて、おいしいウイスキーが世の中に出てくる。このペースでいくと、死ぬまでに全部開けて録音して飲むことができるのか、悩むところでもある。だけど、手に入れた以上は必ず飲む。
 
ウイスキーを世に送り出すまでには、ウイスキー蒸留所や職人さんたちの想いが、瓶の中の琥珀色の液体の中にぎっしりと詰まっている。ウイスキーは一日や二日では出来上がらない。原料の大麦や穀物を粉砕し、酵母や水を加えて糖化させて、発酵させてアルコールを生じさせる。その溶液を蒸留させた液体は無色透明だ。そこから木製の樽に貯蔵して数年間、中には数十年間熟成させることで、ダイヤモンドの原石を磨いてジュエリーにするように、琥珀色の液体へと変わる。
 
使う水や酵母、材料、気候や温度・湿度、その土地にもこだわりを持っている。きっと1回の工程だけでは満足のいくウイスキーは出来上がらずに、何度もトライ&エラーやPDCAをグルグル回しているに違いない。
 
ウイスキーをただ手に取るだけではこの凄さは感じられないので、ウイスキー蒸留所に足を運んで、目の前で造られる様子や、機会があれば職人さんたちからも直接話を聞きたい。ウイスキー文化研究所によると、国内にも次々と中規模や小規模のウイスキー蒸留所が誕生し、ここ数年間でその数は10から50ヶ所以上と5倍にもなっている。
 
なぜそんなに沢山のウイスキーが国内で造られていくのか、その魅力は何なのか探ってみたい。そしてその魅力を「トクトクトク」音を通じて聞いて想いを馳せ、ゆっくりとその琥珀色の液体を味わってみたい。
 
さあ、そう思ったらウイスキー蒸留所へ行こう。見学を受け付けている蒸留所もあるし、秘密にしている蒸留所もある。蒸留所でしか買えない限定のウイスキーもあるし、オリジナルグッズも販売している。中には、1泊2日で自分のオリジナルウイスキーが造れる蒸留所体験ツアーや、樽ごと買ってウイスキーオーナーにもなれる。ウイスキー蒸留所見学はまるで遊園地みたいだ。
 
この先どんなウイスキー蒸留所やおいしいウイスキーに出会えて、どんな「トクトクトク」音に出会えるのか楽しみである。《おわり》
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
久田一彰(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県生まれ。駒澤大学文学部歴史学科日本史専攻卒。
会社員。父親の影響でブランデーやウイスキーに興味を持ち始める。20代の後半から終わりにかけて、夜な夜なコンセプトバーでブランデーやコニャック、ウイスキーを飲み明かした経験を持つ。ウイスキーライターとして、オススメのウイスキーを紹介する記事も執筆している。

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2022-08-10 | Posted in 週刊READING LIFE vol.181

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