週刊READING LIFE vol.181

等身大の動くガンダムを見たら、感動だけではなくて、家族とのきずなを見つけることができた《週刊READING LIFE Vol.181 オノマトペ》


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2022/08/15/公開
記事:種村聡子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「グ ヴォン」
 
ふいに、夫が発した言葉。
いつものわが家の居間で、夫、わたし、小学4年生になる息子の3人が、それぞれ、思い思いに過ごしている時の出来事だった。
 
ちょっとした沈黙が流れたあと、息子がなにかを思いついたように、弾かれたように言った。
 
「わかった! ザクの起動音だね!」
 
そして、夫と息子二人は顔を見合わせ、ニヤッと笑って、うれしそうにくっついて話し始めた。
 
「ザクってさ、そんな感じじゃない?」と夫。
「うん、すぐわかったよ!」と息子。
 
ザクって、なんだっけ。聞いたことあるような。とわたしがぼんやり考えていると、察した息子が残念そうに、なんだか可哀想だと言わんばかりに、夫に言った。
 
「でもね、お母さんはね、ザクとガンダムの区別がつかないんだよ」
 
ご存知だろうか、機動戦士ガンダムというアニメを。
40年ぐらい前にはじめて放映されたロボットアニメで、いまなお人気で、根強いファンも多い。「ガンダム」をモチーフにしたり、「ガンダムのプラモデル」をモチーフにしたものであれば、いまでもシリーズとしてアニメが制作されている、大ヒットアニメのひとつである。「ザク」も「ガンダム」も、そのアニメに登場する、大人気ロボットのひとつなのだ。
 
もちろん、「ガンダム」は知っている。子どもの頃、テレビでも見たことがある。ただ、当時はあんまり興味をもてず、熱心に見ていなかったために、主人公「アムロ・レイ」がロボットの「ガンダム」に乗り込んで、宇宙空間で戦っているワンシーンしか記憶にない。あとになって、敵である「シャア・アズナブル」がハンサムで、女子に絶大な人気であった、と聞いて、しっかり見ておけばよかった、と後悔したものだが、わたしにとっての「ガンダム」はそれぐらいの知識しかなかった。
 
だから、「ガンダム」は見ればわかる。でも、ザクは見てもおそらく、わからない。アムロ・レイと敵対する相手側が操縦するロボットである、というところまではわかるけれど、どうも敵方のロボットは「ザク」以外にもあるらしく、それをひとつひとつ判別することはちょっと難しい。
 
だから、息子の「お母さんは、ザクとガンダムの区別がつかない」発言はちょっと違っていて、わたしは「ガンダム以外のロボットはみんな一緒に見える」が正確なところなのだ。しかし、それを言うと、ガンダムを愛する夫と息子は、猛然と攻撃してくる。
 
「一緒に見えるって、そんなわけないでしょ、全然違うよ、色もかたちも、性能も。空で戦える機体もあれば、水中に特化した機体もあるんだよ」
 
なるほど。そうか、あさはかなこと言ってごめんよ。そうだよね、細かい設定はいろいろあるよね。大好きなものを、ざっくり「ガンダム以外のロボットはみんな一緒に見える」なんて発言されたら、失礼だし、嫌な気分になるよね。そんなことを考えながら、夫と息子のふたりを眺めていた。
 
ふたりは、「ザクの起動音」について、語り合っていた。
「グ ヴォン、って言うよね」
「ザクは一つ目だから、その目のランプがつくんだよね」
もう、季節は初夏を通り越して、夏の暑さになろうという昼下がり、そんなに密着したら暑いじゃないか、というのに、ふたりは楽しそうに、うれしそうにしていた。
 
どうやら、夫が表現した「グ ヴォン」という音は、「ザク」という敵方の機体が起動する際に発する音らしい。そして、ふたりはその起動音を発する際の「ザク」の映像をYouTubeで検索して見ながら、また、ひとしきりガンダムについて語り続けていた。
 
なんだか、寂しい。わたしは、つい、思ってしまった。なんだか、一人、置いてきぼりになってしまった気分だった。「ガンダム」について知らないから、「グ ヴォン」がよくわからない、話についていけない、だから、一緒に盛り上がれない、ひとり、仲間はずれになってしまったような、そんな気分だった。
 
そんなある日、等身大の、動くガンダムが展示されている、と聞いた。ガンダムはフィクションの世界のロボットだから、等身大という表現も合っているか疑問だけれど、もしもガンダムが存在するならば、という想像の大きさで、という意味での等身大でのサイズ感という意味だとしても、相当の大きさになるはずだ。その、ガンダムが動いているところを見ることができるという。そもそも、そのサイズ感のガンダムを見ることだって、なかなかないのに、動くなんて! わが家の男子チームは色めき立った。すぐにでも見に行きたい、とふたりは盛り上がっていたが、残念なことに、開催場所は神奈川県の横浜で、わが家は名古屋でそこからすこし距離があった。折しもパンデミックの最中だったから、遠距離の往来には躊躇する時期ともかさなり、すぐに見に行くことは叶わなかった。
 
はじめ、わたしは留守番、夫と息子ふたりで等身大の動くガンダムを見に行く、と話が進んでいた。どうしても興味の方向が違うから、夫と息子で行動することが多くなってしまう。それはいつものことだった。でも、なんだか、今回はなぜか一緒に行きたい、わたしも動くガンダムを見に行きたい、と強く思うようになっていた。だから、ほんの少し前に息子の友だちが横浜まで話題のガンダムを見に行った、という話を聞いて、わが家も週末を利用して見に行く計画を立て始めたとき、思い切って言ってみた。
 
「お母さんも、一緒にガンダムを見に行きたい」
 
夫と息子は驚いていた。ガンダムには興味を持っていないわたしが、一緒に行くと言い出した。息子はわたしも参加することを素直に喜んでくれたけれど、夫などは「そうか、開催場所はお母さんの大好きな横浜だもんね、お買い物もできるしね」などと、妙に納得していた。そう、ガンダムを見たい、のではなくて横浜に行きたいんだな、というぐらいに思っていた。
 
不思議だ。いつもだったら、夫の言うように、ガンダム見学のお供をすれば、そのあとの横浜観光ができるわ、ぐらいに思っていたと思う。でも、今回は違ったのだ。ガンダムを見たい、という気持ちがあった。なんだか、どうしても、一緒に見たいと強く思っていたのだ。そうしたら、夫と息子が楽しそうに話していた、「グ ヴォン」の世界に、わたしも入れるのではないのだろうか、と思っていたのだ。
 
そして、結局、等身大のガンダムは家族3人で見学することができた。事前に雨予報となっていたのに、当日は雲ひとつない快晴で、抜けるような青空のなかに浮かび上がった等身大のガンダムの姿は、遠くからもすぐにわかるほどの存在感だった。そして、間近で見ると、さらに迫力を増した。
 
ガンダムのカラーリングって、きれいだな、とわたしは思った。白を基調に、青、赤、そしてすこしの黄色と絶妙なバランスで配色されている。アニメを横目で見たり、家に溢れかえっているガンダムのプラモデルを見ているときには気づかなかったけれど、青空にそびえ立つガンダムをじっくり見ていたら、美しいとさえ思い始めた。それだけでもわたしにとっては眼福だったけれど、その巨大な機体は、動くこともできるのだ。
 
ガンダムが起動を始めたとき、まわりでは歓声が起こった。見学者は男性だけではなく、女性もいて、年配のひとも子どももいる。みんな、ガンダムに注目していた。シューシューと音を立てながら、ゆっくりと腕を上げ、足を動かし、ガンダムは前へ進む。ひざをかがめる姿勢だって、することができた。なめらかなその動きのひとつひとつを見逃さないように、みんな、じっと見つめていた。最後、ガンダムは腕を上げ、人差し指を天に向ける動作を見たとき、わたしは、なぜか胸が熱くなった。このガンダムを見ることができてよかった、と素直に思っていた。
 
「動く等身大のガンダム」の実現は、かねてからのみんなの願いだったようで、制作するプロジェクトチームの説明が、べつの展示室で詳細になされていた。多くの人が関わり、長い期間が費やされた壮大なプロジェクトの成果を、この目で見ることができて、ほんとうによかった。
 
だから、見学が終わった後「ガンダム、かっこいいね」と心から思った。その言葉を夫と息子に伝えたら、ふたりはうれしそうに言った。
 
「そうだよ、ガンダムって、かっこいいんだよ。お母さんがわかってくれて、うれしい」
 
その言葉を聞いて、わたしもうれしくなった。なんだか、わたしも二人の仲間に入れてもらえたような気がしたのだ。いつもは夫と息子ふたりで楽しんでいるガンダムの世界に、わたしも、ちょっと入れてもらったような。
 
ああ、そうだ、わたし、寂しかったのだ。夫と息子がふたりで楽しんでいることがちょっと妬ましかったのだ。なんだか仲間はずれになっていたみたいで。ほんとうは、自分が興味をもてなくて、二人の側にわたしが行こうとしなかっただけなのに、自分から壁を作っていただけなのに。だから、「グ ヴォン」なんていう言葉を聞いて盛り上がるふたりが羨ましくて、わたしも「グ ヴォン」の世界の仲間入りをしたいと思ったのだ。
 
「グ ヴォン」は夫が突然言い出した言葉だけれど、オノマトペに入るのだろうか? オノマトペは小学生の時の国語の教科書に、物事の様子などを表現する方法である、書いてあった。そのとき、わたしたちになじみの深い、いろいろな様子を表すオノマトペがあることを知った。こんな言い方するよね、とおもしろいと思った。そのなかでいまでも心に深く残っているのが、国によって、同じ様子でも表現する音が異なる、ということだった。例えば、犬の鳴き声は、わたしたちの日本では「ワンワン」と表現することが多いけれど、英語圏では「バウワウ」と表現するという。使っている言語や、住んでいる地域によって、同じ様子や音でも、まったく異なる表現方法をするということを知って、おもしろいな、と素直に感じたものだった。そして、オノマトペとは、きっと、その地域や仲間としての、一種独特の共通言語みたいなものなのかな、とも思った。同じオノマトペを使ったり、理解できるということは、その仲間である証明ともなる、のではないだろうか、と。
 
ひとつの事象についてのオノマトペは、それぞれの地域によっていろいろあるのだとしたら、事象をいかに正確に表現するかということは、オノマトペとしてはおそらく重要なことではなくて、その風土や使うひとびとの間での共通認識や、納得感が高い表現方法が選ばれているのだと思う。だから、そのオノマトペを使うこと、使っている表現をなるほど、ぴったりの言い回しだね、と合点すること自体が、そのコミュニティで存在するためには大切なのではないだろうか。
 
だから、わたしは「グ ヴォン」をどうしても理解したかったのだ。ふたりの仲間になりたかったから。
 
実際のところ、等身大の動くガンダムを見たときには、「グ ヴォン」というオノマトペを聞くことはなかった。「グ ヴォン」はガンダムとは異なる機体であるザクの起動音であるから、当然だ。でも、そのオノマトペを聞けなくても、わたしはガンダムの世界を一緒に楽しむことができた。いまでは、ちょっとだけなら、ガンダムの話をすることができる。まだまだ、「お母さんはガンダムを全然わかっていない」と言われてしまうこともあるけれど、それすらもちょっとうれしい。だって、全然わかっていない、けれど、わかっていないところが少しずつわかってきたからだ。だって、以前は全部同じに見えていたロボットが、それぞれに違う、という認識ができてきたのだ。これって、わたしにとっては画期的な、はじめの一歩だ。二人の側へちょっとでも歩み寄りたい、という気持ちのあらわれだ。「わからない」ことがわかった、ということって、大事なことではないだろうか。そして、区別がつかなくても、わたしには仕方ない、と思っていた時よりも、いまのほうが、うんと楽しいのだ。
 
ちょっとだけ、ガンダムを理解できたようになったわたしをみて、夫と息子もうれしそうにしてくれた。やっぱり、自分の好きなものに興味を持ってくれない、知る努力をしない人よりも、歩み寄ってくれるひとのほうが、嬉しいんだよね、とわたしでも思う。
 
きっかけはわたしの、仲間はずれにされてなるものか、というよこしまな思いからだったけれど、動くガンダムを一緒に見ることができてよかった。一緒に貴重な時間を過ごせてよかった。楽しいだけではなくて、なんだか、これからの家族との時間の過ごし方、家族の趣味や興味についてのわたしのとらえ方を、家族との接し方を、あらためて考えるきっかけともなる、有意義な時間でもあった。ありがとう、ガンダム。いろいろなことを考えさせてくれて。そして、大きな感動を与えてくれて、ほんとうにありがとう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
種村聡子(週間READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

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2022-08-10 | Posted in 週刊READING LIFE vol.181

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