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週刊READING LIFE vol.181

「どんぶらこ」を超える言葉、見つかりますか?《週刊READING LIFE Vol.181 オノマトペ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/08/15/公開
記事:飯塚 真由美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
外国人が日本語学習の難しさをツイッターで書いていた。最後の1文を読んで、真夜中にゲラゲラ笑ってしまった。
その人曰く、
– 日本語はまじ大変だぞ。
と、日本語を勉強する外国人への覚悟を促していた。そして、こんな例を挙げていた。
– 「雨がふる音」は【しとしと/ぽつぽつ/ざぁざぁ】など雨が降るタイミングや強さによって変わる。
言われてみたら、確かに。私も意識せずに使い分けていたなあと読み進んだ。
苦労しつつも日本語を学ぶ外国人への、励ましの言葉が続いていた。
– 覚えるのは大変だが、表現方法が超増えるから頑張ろうな。
 
この先を読んで、声をあげて笑ってしまった。
– ちなみに日本には「桃が川で流れてる」音がある。【どんぶらこ】だ。驚いてくれ。
 
ああ、それっておなじみの桃太郎の最初の場面じゃないですか。彼の驚いた様子が伝わってくる。どんぶらこが桃が川で流れてる音って定義されると、確かにその通りなんですけど、まあ、と笑いがこみ上げた。
3万件のリツイート、それに17.2万件のいいねがついていた。私みたいに笑っちゃった人が沢山いたに違いない。
 
追い打ちをかけるようにまた笑わされた。
– どんぶらこ、響きが可愛いから使ってみたいんだけど、まず桃が川から流れてくることがないから一生使えない気がして悲しい。
 
私もどんぶらこは桃太郎以外で使ったことは無い。
同じ川をくだるものでも、ラフティングはどんぶらこって感じはしない。舟の川下りもどんぶらこじゃない。どんぶらこは桃太郎専用ワードなのだ。でも日本人は皆知っていて、「どんぶらこ」と聞けばおばあさんが川で洗濯をしている最中に桃が流れてくる様子を思い浮かべる。
スーパーで売っている、見慣れたサイズの桃だったらきっとどんぶらことは言わないと確信が持てる。逆に赤ちゃんだった桃太郎が入れるくらいの巨大な桃が川の上流から流れてくる様子は、どんぶらこ以外にありえない。
川に桃が流れて来ることもほとんどの人の人生では無いことだろう。しかも、赤ちゃんが入るほど大きな桃を川で拾うなんて、全人類で桃太郎のおばあさんしか体験したことが無いはずだ。しかし、日本語にはそういったありえない状況の様子でさえ、的確に言い表す「どんぶらこ」という言葉があるのだ。
 
桃太郎の桃と「どんぶらこ」のように、切っても切れない関係にある言葉は多い。
キンキンに冷えた、と来たら「とりあえずビール!」を連想する。蒸し暑い日に凍らせたジョッキで飲む、今日もお疲れ様でしたの生ビールだ。ただの「ビール」よりも「キンキンに冷えたビール」は数倍魅力的に感じる。その一言が付くとおいしそう! という期待値が否応なしに上がる魔法の言葉でもある。私の中で、感覚的にビールとキンキンという言葉はセットになっている。よく冷やされたビールの様子はキンキン以外しっくりこない。桃太郎の桃と「どんぶらこ」がセットになっているのと一緒だ。
 
外国人が日本語を難しいと感じる原因は、平仮名、片仮名、漢字といった沢山の文字を覚えなければいけないことや、尊敬語や謙譲語だと思っていた。日本語のオノマトペ、つまり音を表すワンワンや、様子を表すキラキラといった言葉が難解と思われているなんて、その外国人のツイートを見るまで、まるで知らなかった。
日本語が母国語である私は、日本語には他の言語と比べてオノマトペが恐ろしく沢山あるなんて全く意識しないで生きてきた。ワンワンとかキラキラとか、そういう言葉って外国語にも等しくあるのだと思い込んでいた。
 
ミンミンと蝉が鳴く夏の午後、じりじりと日差しが照りつける外の温度は34度。麦茶をごくごく飲んで、エアコンの風がそよそよする部屋でタオルケットをおなかにかけて、スヤスヤお昼寝したい。
私の今の願望も、こうして書いてみるとオノマトペだらけだ。知らず知らずのうちに使っていたが、日本語特有の表現の方法なのだと知ると興味深い。「ミンミン」にしても「じりじり」にしても、そういえば2回繰り返すものが多いのね、なんて今さら気づく。なんでそうなのかなんて、一度たりとも疑問に思ったことが無かった。チコちゃんに叱られそうだ。
 
オノマトペによって、日本語は表現の幅を広げることができた。最初にツイートを引用した、日本語を勉強する外国人も「覚えるのは大変だが、表現方法が超増えるから頑張ろうな」と書いていた。
例えば「見る」にしても、じっと見る、チラリと見る、ジロジロ見る、と言葉を足すことでどんな様子で見るのかがハッキリ伝わる。
桃太郎が入った大きな桃が川を流れてくる様子だって「どんぶらこ」を足すことでジャストミートな説明がつく。「どんぶらこ」が無かったら、急流に乗った桃が一気に下流に流れくだって見えなくなってしまう様子を想像するかもしれない。桃を拾えなかったら肝心の鬼退治に行くお話が続かない。猛スピードで流れくだる桃をおばあさんが拾おうにも、驚異的な身体能力が必要になるだろう。
「どんぶらこ」があることで、洗濯をしているおばあさんが拾える位の遅さで、大きな桃が浮いたり沈んだりしながらゆっくりと流れてくる様子を想像できる。オノマトペは、たった一言なのに多くのことを的確に想像させる魔法の言葉だ。
 
一方で、オノマトペによって発想や表現の幅を狭められてしまうこともあると危惧する。例えば牛の鳴き声といえばモーモー。「牛」と「モーモー」を紐づける紐は、ものすごく太い。牛はモーモーとしか鳴かないように思えてしまう。圧倒的に広く使われている「モーモー」というオノマトペのおかげで、実際に牛の鳴き声を聞いた時の受け止め方が「モーモー」に固定されてしまうのだ。
牛が意見を述べられるとしたら、ボクたちモーモー以外のことだって話してるんですよ、そんなにひとまとめにしないでください、とクレームを上げられてしまいそうだ。
 
私の中ではモーモーの一択だった牛の鳴き声だが、大人になって「やられたな」と心底悔しく思ったことがある。
牛を題材にした詩だったと記憶している。作者は小学校の低学年。新聞の投稿か何かで、活字になっているものを読んだ。
その子は、牛の鳴き声を「んんなあぁ~~ んなぁ」と書いていた。
私達が慣れ親しんだ「モーモー」なんて、カケラほども出てこない。聞こえた通りの音を書き表したらこうなりました、といった素直で純粋な感受性をまざまざと見せつけられた気がした。
悔しいけれど、同じ場に私がいたら「牛がモーモー鳴いていたね」となってしまったと思う。牛の鳴き声はモーモーに落ち着くべきで、定番から外れる表現を敢えて考えようということすら思い浮かばなかったに違いない。その子の柔軟な発想を羨ましいと思った。
 
牛の鳴き声「んんなあぁ~~ んなぁ」は、ものすごくリアルだ。言われてみれば、そんな風に鳴くことって絶対にあるだろうなと納得する。牛が首をゆっくり上下させながら、何だか気持ちよさそうに、のびのびと鳴いている様子が目に浮かぶ。その牛がいるであろう空が広い牧草地の、のどかでのんびりとした時間も伝わってくる。その子の牛への愛とか、牛に注がれる優しく温かい視線も感じ取ることができた。
モーモー以外の牛の鳴き声なんて考えたこともなかった私は完敗だった。
 
小学生の牛の詩に、私は色々なことを考えさせられた。
常識に縛られないこと。先入観にとらわれないこと。柔軟であること。
牛の鳴き声はモーモーに決まってる! という常識が、牛はモーモー鳴くものだという先入観を生む。だから牛がどんな鳴き声をあげたとしても、それは頭の中でモーモーに変換されてしまう。
牛だって、機嫌が良いこともイライラしていることもあるだろうに。気分によって鳴き方だって違うだろうに。
私は頭が固くなっていたな。そう思った。
詩を書いた子は、牛の鳴き声と言えば「モーモー」というお決まりのオノマトペには目もくれず、独自のオノマトペを作り出した。常識にも先入観にもとらわれず、牛の鳴き声を柔軟に受けとめ、柔軟に表現した。聞こえた通りに書いたのだろう。悲しいかな大人は、牛のどんな鳴き声もモーモーに変換されて聞こえ、書き表す時も何も考えずモーモーと書いてしまう。純粋な受け止め方、発し方ができなくなっていたことを残念に思った。そして子供の発想の柔軟性に学びたいと思った。
 
オリジナリティあふれる牛の鳴き声を表現した子供のように、常識にとらわれず柔軟に受け止めること、今までに無い表現をしていくことは、これから先ますます必要になってくると感じている。強烈な個性を打ち出していくことに結びつくからだ。
何からできるか、考えた。
 
歳を重ねるにつれ、経験することが増える。と同時にそれだけ世の中の常識も知ることにもなる。それに伴い、知らず知らずのうちに、こうある「べき」、または、こうあら「ねばならない」にという感じ方をしてしまっているのではないだろうか。牛の鳴き声はモーモーである「べき」、といった具合に。牛にはモーモーが紐付けられているから、とそれ以上考えることをしなくなってしまう。
たとえ牛が「んんなあぁ~~ んなぁ」と鳴いていたとしても、その通りに受け止める心のシャッターはガラガラと下ろされてしまっている。まずはこの心のシャッターを上げ、感受性というお店を開店の状態にしたい。入ってくるお客様、つまり感じたままに受け止めることはきっと、日常生活をもっと色鮮やかにしてくれるような気がしてならない。
 
SNSが普及したことで、あらゆる人が気軽に発信を楽しめるようになった。私にとって、知人の日常を垣間見ることは麻薬のようだった。私も以前だったらテレビを見たり、本や雑誌を読んだりすることに費やしていた時間が、そっくりそのままスマホを眺める時間に変わってしまった。昨日もおとといも、もちろんその前の日も、まるで磁石に引き寄せられるようにスマホを手に取っていた。
 
私達は膨大な情報量の中で毎日を過ごしている。
現代人が1日に受け取る情報量は、平安時代の一生分であり江戸時代の1年分と言われている位、大量だ。
ビュッフェで、並んでいるものの全ての量を一人で食べるのは無理だ。食べたいものだけを選び、食べられる量だけをお皿に取るだろう。現代の人も、こんな風に膨大な情報が並ぶビュッフェ会場で、見たいものだけ、読みたいものだけを選んでいる。
あなたが何か発信しているとしたら、あなたが送り出したものをビュッフェのテーブルからお皿に取ってもらうことは重要ではないだろうか。さらには、残さず食べて、おいしかったと思ってもらえたら最高なのではないだろうか。言い換えると、自分の投稿を開いてもらうこと、最後まで読んでもらうこと、読んで良かったと思ってもらえることは発信者冥利に尽きるのではないだろうか。
心のシャッターを上げて常識や先入観に邪魔されずに素直に受け取ることは、こうした発信や表現にも必ず役に立つだろう。今聞いた牛の鳴き声はモーモーじゃなかった。そう思ったら自分が感じ取った通りに表現すれば良いのだ。
受け手は、そういう見方もあるのねと新たな発見を楽しんでくれるはずだ。
自分が受け手だったら、新たな発見や今までになかった考え方に出会うことができると、見て良かった、読んで良かった、と思う。
 
誰もが発信できる時代になって情報の量は劇的に増え、受け手の限られた時間の奪い合いはますます激しくなった。もはやビュッフェの台に乗りきらないほど、お皿に取ってもらうのを待っている料理が以前にも増してひしめき合っている。受け手の食欲も胃袋のキャパにも限りがある。自分が発信したものが受け手に届く確率もそれだけ低くなってしまった。
周りと同じだったら選んでもらえなくなる。ならば、どうやって自分らしさを打ち出していくかを考えてみたい。100人いたら100通りの牛の鳴き声が頭に浮かんだっておかしくない。自分らしさという小さな芽が芽生えたら、大切に育てていこう。
 
常識に縛られないこと。先入観にとらわれないこと。柔軟であること。
そこから生まれる自分らしさを大切にすること。
 
桃太郎で、「どんぶらこ」を超えるオノマトペが生まれる時代が来るかもしれない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
飯塚 真由美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

東京在住。立教大学文学部卒業。
ライティング・ゼミ2022年2月コース受講。課題提出16回中13回がメディアグランプリ掲載、うち3回が編集部セレクトに選出される。2022年7月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。
国内外を問わず、大の旅好き。海外旅行123回、42か国の記録を人生でどこまで伸ばせるかに挑戦中。旅の大目的は大抵おいしいもの探訪という食いしん坊。

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2022-08-10 | Posted in 週刊READING LIFE vol.181

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