週刊READING LIFE vol.181

ゴロゴロより、ゴロココゴロココが上で、クルルンクルルンが加わると最上級《週刊READING LIFE Vol.181 オノマトペ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/08/15/公開
記事:西条みね子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
なるほど。
ゴロゴロより、ゴロココゴロココが上で、クルルンクルルンが加わると最上級なんだな。
プルンより、プニャーンが上で、ウニャァアアアアアアンが最上級なのね。
 
やれやれ、手のかかること。
そう思いながら、いつまで、このおしゃべりをしてくれるだろう、とちょっと感傷的な気持ちになる。なくなったら、それはそれでさみしい。
いいんですよ、おしゃべりのままで。
そう言いながら、昼寝中の二つの愛しいかたまりの上に、そっと手を置いた。

 

 

 

コロナ禍をきっかけに、郊外の住宅地に引越し、2匹の猫を飼い始めた。
実家ではずっと猫を飼っていたが、高校を卒業してからは、賃貸マンションでひとり暮らしをしていたため、猫との生活は、実に20年ぶりである。
 
「私たちも、さわりに行けるねぇ」
猫を飼う、と決めたことを実家の両親に話すと、母はうれしそうに声をあげた。
実家では数年前に3代目猫が他界し、現在は猫不在である。久々の猫に父も母もよろこんだ。
ひとしきり話をしたあと、母が最後に付け加えた。
「なにより、猫がいると、話し相手ができるよ」
 
話し相手って、アンタ、んな大げさな。
ひとり暮らしの私を案じての発言かもしれないが、それにしても「話し相手」はないだろう。
何を言っているのやら、と笑い飛ばして、通話を切った。
が、ほどなくして、笑いごとではなかったことを知るのである。

 

 

 

保護猫団体から引き取ることにしたのは、黒猫のお母さん猫と、生まれて2ヶ月になる息子猫の2匹だった。
「お母さん猫の方は、野良猫の時に、近所の人からごはんをもらっていたみたいで、わりと、人慣れしてますよ」
団体の人が言っていたとおり、初日こそ緊張していたものの、2匹はすぐに慣れ、あたかもずっと一緒にくらしていたかのように、私の生活に、するんと溶け込んだ。
……はずだった。
この猫たちが、私の想像をはるかに超える、とんでもなくおしゃべりな甘えん坊だということに気づくのに、時間はかからなかった。
 
猫は、夜行性ではなく、薄明薄暮性といって、明け方と夕方に活動し、夜と昼間は眠る動物だ。そのため、日中は2匹でかたまって爆睡しており、私はよしよし、と目を細めながら、仕事に向かった。
問題は、夕方からである。
18時を過ぎると、まず子猫の方がパチリと目を覚ます。伸びをしながら寝床から出てくると、仕事をしている私の横に座り、
「ングルッ」
と喉をならす。「起きたよ!」と言っているのだ。
腹ごしらえをしてから、
「ウニャーン、ウニャーン」
と、なにがしかを訴えながら子猫は背なかによじのぼり、そのうち黒猫のお母さんもウニャーンに加わり、2匹で遊べ構えの大合唱になるのである。
「わかった、わかった」
私は連日、猫じゃらしをパタパタ振りながら仕事をすることになった。
 
仕事が終わった気配を感じると、いよいよ、猫も本番に入る。
「ウニャ!」
と声をあげ、「さ! 遊んでくれるんでしょ?!」という顔をして私を見つめる。
夕方から散々お待たせしているのだから、こちらもお相手をしないわけにはいかない。
かくして、夕飯を食べながら、そして夕飯が終わってから盛大に、猫たちのご期待に答えることになる。
遊び方も、中途半端ではダメなのだ。
スマホをみながら適当におもちゃを振っていると、すぐにバレる。
「ンクルン」
と喉を鳴らし「動きがイマイチ」とご不満をあらわにされるので、こちらも居住まいを正し、「振り」に戻らせていただく。
 
そのうち、しゃべるのは遊んで欲しいだけではないことに気がついた。
特に、黒猫のお母さんの方は顕著だった。
お腹も満腹、遊びも満足しており、眠りも足りて、なんの不足が無い状態でも、ちょっとさみしげに、
「プルン」
となくのである。
「どした」
頭をなでてやると、うれしそうに目を細め、体制を変えて、また座りなおす。
しばらくすると、また
「プルン」
が繰り返されるのだ。
 
仕事をしていたり、夜ご飯を食べていたりすると、離れた廊下や寝室から、
「プニャーン……」
と呼ぶ声が聞こえる。
「どしたのー」
声をかけたり、近づく気配を感じると、小走りで慌てて駆け寄って来て、また目を細めてうれしそうな顔をする。なでてもらうと、遊ぶでもなく、ごはんを食べるでもなく、うろうろすると、またどこかに行ってしまう。
 
私はそのうち、理解した。
……この子は、遊んで欲しいわけではない。所在なくて、少しさみしい気持ちになって、甘えたいからなくのだ。
 
プニャーンを放っておくと、更に進化形に発展する。
「ウニャアアアアアアアアン」
と、突如、雄叫びをあげはじめ、
「どうした、どした」
とすっ飛んでいった私の顔を見ると、「ングルン」と床に転がって腹を見せるのだ。急いでお腹をなでなでして、所在なさをお慰めする。
 
おかしい……。
仰向けになった黒猫の腹をなでながら、考える。猫とはこんなにおしゃべりだっただろうか。私の記憶にある猫は、一日の大半はぐうぐう寝ていて、たまに外に散歩に行ったり、人の回りをうろうろしたりするものの、基本的にはマイペースで、あまり周囲に構わずに生きているものだ。
こんなにもよくしゃべり、要求し、構ってほしがる猫は、はじめてだ。
 
数日後、近所に住む、姉が遊びに来た。
猫たちも、見知らぬ人がいる場では、よそ行きの顔をしている。子猫は子供らしく、それなりに無邪気さを見せているが、黒猫のお母さんはほぼ、無言である。
「お母さん、おとなしいねぇ」
と気楽に話す姉に
「何言ってんの、この人が、一番、しゃべるんだから!」
と訴える。
「まあ、でも、女ひとりに猫2匹、お互い、構わず気にせず、時々なでたい時になでる、って言うのも、良い関係じゃない」
「だから、この子たち、構うんだってば……!!」
悔しい。猫をかぶっている猫を前にしては、なかなか伝わらない。

 

 

 

実際、私は、多少、イライラしている自分に気がついていた。
猫が来てからというもの、朝と夜はほぼ、猫たちにつきっきりの生活になった。
いや、どちらかというと、猫たちの方が、私につきっきりなのだ。
 
夜ご飯を食べる傍ら、ふと、猫たちに顔を向けると、2匹と目があう。
お風呂からあがり、ドアをあけると、出待ちをしていた2匹と、また目があう。
一緒に遊んだり、お世話をしていないときでも、常に、猫たちに一挙手一投足、見られているのだ。圧がすごい。
 
これまで、時間は、24時間、私のものだった。
長年、ひとり暮らしを続けており、自分の時間を100%、自分のために使ってきた自負がある。それが、「ウニャ」とか「プニャーン」とか「ウニャァアアアア」とかで要望を主張され、黙っているときも常に視線に追いかけられるのだ。
寝ているとき以外は常に猫を気にかけ、気を配る生活は、愛しいながらも、予想だにしなかったストレスだった。
 
これはもしや、アレでは。アレなのではないか……。

 

 

 

会社の同僚と雑談をしている最中に、「アレ」疑惑は確信に変わった。
 
「いやね、もう、夕方とか、構ってくれがすごいんですよ。最初はのどをゴロゴロ鳴らして激しく甘えたりしてるんですけど、そのうち、『ンナーオ』とかいいながら、背中をどついてきて」
 
「オオ、激しいねぇ」
 
「でも、こっちはまだ、仕事をしてるわけじゃないですか」
 
「うん」
 
「仕方ないから、『ねこのきもち』の初回付録でもらった『電動猫じゃらし』にスイッチを入れるんです。それでしばらく、しのげるので。
それがもう、なんか、自分でその姿が、『夕食の準備の最中に、子供が騒ぐのに根を上げて、必殺Youtubeを与えるお母さん』と一緒なんじゃないかって思うわけですよ。
これは、もしや、子育てなのか、って」
 
同僚は私より7つ8つ年上で、中学生の娘さんが2人いる。
 
「……それは、子育てだね」

 

 

 

そうなのだ。これは、予想以上に子育てなのだ。
私は当初、猫には、ごはんと新鮮な飲み水、清潔なトイレと、快適な生活空間を与えていれば、あとは、寝たり、遊んだりと、猫は好きにきまぐれにすごすだろうと思っていた。
そうではないのだ。
起きているときは、常に気にかけてほしい、さみしいときには慰めて欲しい。物理的に衣食住が満たされているだけでは、ダメなのだ。
おそらく、小さな子どもがそうであるように……。
 
そう思えば、この行動も納得がいった。
私が庭に出ると、猫たちはどこで寝ていても、気づけば2匹とも、庭に続く窓の前に集まっている。しばらくは網戸ごしに、私の行動を無言で眺めているが、そのうち
「ブーニャー」
となきはじめる。
「はあいー」
返事をしながら、なおも庭仕事を続けると、2匹の合唱が続いた後、
バリ、バリバリ、バリ
子猫が網戸を登り始め、
「はいはいはい」
私は慌てて作業を中断する。
 
「庭仕事くらい、させてくださいよ」
いいながら室内に入ると、猫たちは
「それでよし」
とばかりに、ごはんを要求するでもなく、なでなでを要求するでもなく、静かに室内に解散していった。
 
「何か欲しくて呼んだんじゃ、ないんかーい」
 
ひとり取り残された私は心でツッコんだが、あれは、何かが欲しかったのではなかったのだ。
ただただ、
「私たちが行けないところに、行かないで」
「私たちの近くに、戻ってきて」
と呼んでいたのだった。
近くで何をするでもない。しかし、近くにいて欲しかったのだ。

 

 

 

黒猫は、うれしいときにならすゴロゴロが、激しくうれしくなるとゴロココ、ゴロココ、とペースが上がる。感極まるとゴロココに加えて、クルルン、クルルンと甘え声を漏らし、狂おしいうれしさを表現する。
喉をならす黒猫の相手をしながら、私は、姉の子供である姪が、1歳前後の、まだ言葉を話しはじめる前の頃を思い出していた。
 
言葉は話せないが、姪のしぐさや、たまに発する音から、何をしてほしいのかがちゃんとわかるのが、不思議で面白かった。そして姪もまた、こちらの言うことをわかっており、自分の気持ちが通じていることを、ちゃんと理解しているのだ。
言葉ではない、しかし、確かに気持ちは通じており、コミュニケーションは成り立っているのである。
 
あのときは、姪を見ながら「何だか、猫とのコミュニケーションみたいだナァ」と思っていたが、今はその逆だ。
「ウニャ」や「プニャーン」や「ングルニャ」や、ゴロゴロのバリエーション、もしくは無言の圧から、私は猫たちの気持ちを読み取っている。
猫たちは言葉は話せないけれども、「ウニャーン」の裏側には、単純にごはんがほしいとか、遊んでほしいとかだけではなく、さみしい、所在ない、そばにいてほしい、自分を見てほしい、といった、驚くほど人間的な喜怒哀楽が隠れているのだ。

 

 

 

「お母さんがさ、話し相手、っていっていたのはホントにそうだったよ。なんせ、この人たち、よくしゃべるんだから」
「良かったじゃない」
 
母と、Facetimeで話しながら報告する。
 
「うちの猫、こんなにおしゃべりだったっけ。もっと寝てばかりだった気がしてたよ」
 
「歳を取ると、そうかもねぇ。子猫の頃は、やっぱり、構ってほしがってたから、たくさん、遊んであげとった気がするよ。
なんせこないだ、冷蔵庫買い換えたとき、冷蔵庫の下から、ティッシュペーパーのボールが100個くらい、出てきたんだから」
 
「……」
 
私にはもうわかっていた。
実家の猫は、母が、私たちを育てながら、猫も一緒に育ててくれていたのである。
 
私の猫たちにとっては、私が唯一の「お母さん」だ。
田舎の実家と異なり、外を自由に散歩することもなく、マンションの部屋の中と、親代わりの私が、世界の全てなのだ。
長くても20年の小さな命のうち、どれだけ幸せな時間が多くを占めることができるのかは、私にかかっている。
 
プニャーーーンもウニャァアアアアも、愛しい愛情表現なのだ。
 
「大きくなっても、ウニャーン言って、いいからね?」
 
猫たちは眠ったまま、パタパタとしっぽを振った。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
西条みね子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

小学校時代に「永谷園」のふりかけに入っていた「浮世絵カード」を集め始め、渋い趣味の子供として子供時代を過ごす。
大人になってから日本趣味が加速。マンションの住宅をなんとか、日本建築に近づけられないか奮闘中。
趣味は盆栽。会社員です。

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2022-08-10 | Posted in 週刊READING LIFE vol.181

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