時代は令和だとばかり思っていた《週刊READING LIFE Vol.182 令和の「家族」像》
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2022/08/22/公開
記事:吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)
インターネットで悩みを検索する時、いつもキーワードに苦心する。
「共働き」「在宅ワーク」「家事分担」
「夫」「同じ会社」「社長」「上司」「部下」
「在宅ワーク」「フルタイム」「預かり保育」
検索しても検索しても自分と同じ人、いや多少なりとも似た境遇の人の体験談を見つけた試しがない。それだけ私の状況は類を見ないのだと突きつけられているようで落ち込む。それでも何か解決策が欲しくて、部分的に一致する体験談から得られるものをツギハギするようにして、自分を納得させてきた。
私は5歳息子と1歳娘の母で、息子は幼稚園の年中さんだ。女はまだ保育園などには通わず、自宅で私や私の両親が世話をしている。仕事は夫の会社の名ばかりの役員だ。夫と同じ会社、ではなく夫の会社だ。夫は社長で名目上私の上司になる。そして私も夫も、コロナ禍以前からほぼほぼ在宅ワークで、緊急事態宣言を機に完全在宅ワークに切り替えた。近所には夫の両親も住み、そのハンドメイド作品のwebマーケティングの手伝いも最近始めた。
全部が全部、ピッタリ完全に合致する人がインターネットで見つけられるとは思っていない。それでも8割、せめて「夫の会社」「2人とも在宅ワーク」「子供がいる」くらい一致してほしいのだが、それでも見つかった試しはない。その代わり、実に多様な家族の在り方や子育て体験談がざくざくと見つかる。5人兄弟の母、再婚家庭の子育て、介護に奮闘する様子、シングルの家庭、浮気や不倫を乗り越えていく様子、婚活日記……同じ日本人で日本語を話して同じ時代を生きているのに、こんなにもいろいろな生き方があるのか。検索していくうちに、自分の悩みを棚上げにして見ず知らずのその人を応援したくなってくる。
どの体験談も、どのエッセイも、みなそれぞれの「家族」とはなんなのか、どうあるべきか試行錯誤していた。共働きの家事分担、専業主婦の息抜き、妻が大黒柱になること、子供の叱り方の役割分担。どれもこれも、試行錯誤の背景には「夫は外で働いてお金を稼ぎ、妻は家事育児で家を守り切り盛りする」図式があり、そこから如何に脱却するかを模索しているのだ。家に帰ったら完全にリラックスモードで晩酌を始める夫に、私も仕事終わりだけど家事育児に尽力している、と怒る図式は最近では珍しくもないだろう。怒り心頭大爆発の妻が決め台詞のように言うのが「今は昭和じゃないんだよ!」だ。「夫は外で働いて……」をひっくるめて「昭和」と表現しているのだ。
思えば、私が子供の頃は比較的典型的な昭和の核家族だったように思う。父は大手メーカーの技術職で、母は専業主婦。たしか私が小学校に入るか入らないかくらいの頃から、今で言う在宅ワークを始めたように記憶しているが、家事の担当はほぼ母だった。父の帰りは遅く、私が寝た後に帰ってきて晩酌をしていた。時々その気配を察して起き出してみるが、味見したビールの酷い味に辟易してまた布団に戻ったものだった。子供の目線からは、幸せで温かく楽しい家庭だと信じて疑わなかった。父の目線、母の目線からはまた違うのかもしれないが、少なくとも子供の私にはそう思えた。
「今は昭和じゃないんだよ!」の台詞と似たような言い回しで、「時代は令和だよ!」というのもある。上皇陛下のご退位、天皇陛下のご即位という歴史的なイベントを経て平成と言う時代が終わり、令和という新時代に突入した。「令和」という言葉は新しい時代の象徴なのだ。二つの台詞をつなげると「今は昭和じゃない、時代は令和だよ!」となる。旧態依然とした昭和、新時代の令和。ではその間に挟まれた平成は、時代交代の過渡期という事なのだろうか? 確かに平成初期のドキュメンタリーは、家族の会話がない事や熟年離婚について取り上げたものが多かったような気がする。働く女性の社会進出についてのテーマも多かったような気もする。一方、最近は保活問題や男性の家事育児参加、男性の育休取得、女性の生理への理解などが多いテーマのように思う。単に私のライフステージが変わったから目につくテーマが変わったのかと思い、ここしばらくのテレビ欄を漁ってみたが、家庭に関するドキュメンタリーで、平成に私が見かけたようなテーマはほぼ存在しなかった。
昭和から平成となり、誰もが新時代を目指して変わろうと試みてきていた。
その流れの中で、少しずつ社会や家庭の在り方が変わり始めているのだ。
そして、その変化の行き着く先の希望や目標として、「令和」と言っているのではないか。
「…………時代は令和、ねえ」
インターネット検索をしながら思考ばかりがぐるぐると回るが、私が望むような答えは得られなかった。新時代の令和を生きる我が家は、果たしてその在り方も新時代になっているのだろうか? 夫はよく「俺はよくやっている」と豪語しているし、確かにその通りだと私も思う。だが、夫の言う「よくやる」には、その前提の中心に「昭和の家庭像」がどっしりと据えられているのだ。男は外で働き、家事は女がする。その価値観にしては、俺はかなりやっている。そういうニュアンスで言っているらしい。二人ともサラリーマンの家庭なら、妻が「それはおかしい」と反論しているところだろう。だが、私はいつもその言葉を飲み込む。私と夫は夫婦であり子供の親だが、その他にも会社の上司と部下という関係性もある。そして仕事内容として、夫は社長として経営や営業や商品開発に邁進し、私は事務や経理を担当している。会社全体の売上を上げることは我が家の収入増にも直結しているから、夫の仕事を優先するのは妻としては望ましい事と解釈しなければいけない。また上司と部下、経営・営業と事務経理という立場で見ると、業務内容で優先されるべきはやはり夫だ。子供が風邪を引いたときに、夫の取引先とのアポイントと私の経理処理の作業の優先順位を問うたら、夫が優先されて至極当然だ。夫の言い分を「昭和の家庭像」に当てはめてしまうと彼を貶めているように聞こえてしまうかもしれないが、夫婦であり上司と部下である私達は、関係性が二重だからこそ、思惑は違えどどこか昭和を継承しているような有様なのだ。
私自身、在宅ワークで家におり、無理をすれば幼稚園の預かり保育を利用しなくてもなんとか仕事をこなすことは出来なくもない。無理をすれば出来なくもない、というレベルなので預かり保育を利用しているが、そのために必要な就労証明を自分自身で作成して提出する度に、どこか罪悪感に胸が痛む。私がもっと工夫すれば、息子は預かり保育に行かないで済むのではないか。下の娘を親に見てもらっているが、睡眠時間を削れば、私がいっぱい遊んでやることが出来るのではないか……。幼稚園側は、熱が出たと言えばすぐに迎えに来る私を見てどう思っているだろう? 両親が来ない日に、下の娘を連れて散歩がてら郵便局に行く私とすれ違ったとき、何も思わないだろうか? 常に付きまとう疑問は、新時代の令和になれば解決するのだろうか? そう思って、子供が寝静まった後にスマホで検索するのだが、私が欲しい答えは一向に見つからないままだった。夫は食事の支度、食器洗い、ごみ捨てを率先してやってくれるし、仕事も何とか回っている。これで良しとして、このモヤモヤした気持ちに蓋をして、日々を過ごしていけばいいのだろうか?
「ゆーたん、ゲームもうおしまいにして」
毎日子供と向き合っていると、同じことの繰り返しにうんざりすることが多々ある。ゲームにどっぷりハマった息子に、ゲームの終わりを促すのがその最たるものかもしれない。1日1回30分だったはずが、幼稚園に行く前と帰宅後の2回になり、更に夕食後の3回になり、1回あたりのプレイ時間もなし崩し的に増えていく。決して放置しているわけではないのだが、「ゲームやりたいやりたい!」とごねる、やったらやったで「ここをクリアしたら」「このいえをつくったら」と条件を出し、ずるずる引き延ばしていく。もう時間だよと無理矢理コントローラーを取り上げれば、手が付けられないほど大泣きして大暴れする……。大暴れの時に私を力任せに殴ってくることもあって、私は息子がゲームをすることに心底嫌気がさしていた。
「……ちょっと怒りすぎだよ。最近怖いよ」
ある日、いつものように怒り狂って息子からコントローラーを取り上げた夜、夫が遠慮がちに言ってきた。息子は大泣きに泣いて、夫がなだめすかして、ようやく就寝した後の晩酌の席だった。
「もう、どうしたらいいか分からないよ」
「俺はある程度はいいと思うけどなあ」
「大人なら良いと思うよ。でも子供は脳や体が発達しているところだから、ゲームばっかりは良くないよ。通信教育のテキストも全然できてないし」
「そうかあ……」
歯切れの悪い夫に、私は苛立ちが募る。
貴方はいつも遠巻きに私が怒るのを見ているだけじゃないか。ゲームを怒るのは私の担当なのか? その間仕事だといって、スマホをいじっているだけじゃないか。……いや、社長である夫のスマホタイムは、クライアントとのメールのやり取りや、集客で重要なSNSの更新作業なのは重々承知している。だからそれを止めろというつもりはない。でも、息子のためを思って、泣き叫ぶ息子からコントローラーをもぎ取って、ぼかぼか叩かれている私の横で、ゆったりとクッションにもたれてスイスイとスマホをいじっているのをみて、仕事頑張ってるんだな、と晴れがましい気持ちになどなれない。仕事をするなとは言わないけれど、もう少し、もう少しだけ、私に手を差し伸べてくれてもいいんじゃないか。でも、それを言うと、仕事を邪魔している、と貴方は言うだろうか?
「よし、じゃあ、俺がゆーたんのゲーム見るよ」
「へ?」
「お前はしばらくゲームから離れろ」
思いがけない夫の申し出に、私は間抜けな顔をしていたと思う。夫は宣言通り、翌日から息子のゲーム担当となり、タイマーを設定して、終わり時間に声をかけた。息子が駄々をこねた時、一度私よりよっぽど激烈な雷を落としたのが功を奏したらしく、息子は素直にゲームを切り上げるようになった。私はその様子を横目に見て、結局夫も怒っているじゃないか、と思ったが、夫は気にせず息子のゲーム係を続けた。更には滞っていた通信教育のワークや付録も一緒に取り組み始めた。息子は父に構ってもらって嬉しそうに顔を輝かせ、自分から進んでワークに取り組むようになった。
「…………まぁま」
呆然としている私の服の裾を、下の娘がくいと引っ張る。
「ぴっぴ、遊ぼうか」
娘を膝に人形遊びをすると、娘はとても嬉しそうにニコニコしながら人形におままごとの食べ物を食べさせた。そういえば息子がゲームをしている時、娘は何をしていただろう? ゲームの画面を見て楽しそうにしていたので、つい何となくほったらかしてしまっていた。でも娘は本当は、ゲームを見るよりも自分の好きな遊びをしたかったに違いない。その横で通信教育のワークをしている夫と息子からは、楽しそうな笑い声が響いてくる。その様子がなんだかとても幸せに見えて、羨ましくて、私は涙が滲んだ。
あんなふうに、私も笑って息子と接してあげたかったのに。
今みたいに、娘の好きな遊びもたくさんしてあげたかったのに。
どうして、私はできなかったんだろう。
私は私一人で、私と夫の関係性をがんじがらめに考えすぎていたのだ。夫は昭和な人だから、社長だから、上司だから。これは頼めない、あれは引き受ける、と決めつけて、何もかも抱え込んで、自分で自分の余裕をなくしていった。「時代は令和だよ!」と叫ぶ今の時代、その在り方を誰もが模索している。その模索を怠って、昭和のままでいたのは、他ならぬ私自身だったのだ。
楽しそうにおままごとをする娘。
夫と一緒にニコニコとワークをする息子。
この後継を胸に刻んで、私たちの「令和の家族像」を模索していこうと思う。
□ライターズプロフィール
吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)
1982年生まれ、神奈川県在住。早稲田大学第一文学部卒、会社員を経て早稲田大学商学部商学研究科卒。在宅ワークと育児の傍ら、天狼院READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。趣味は歌と占いと庭いじり、ものづくり。得意なことはExcel。苦手なことは片付け。天狼院書店にて小説「株式会社ドッペルゲンガー」、取材小説「明日この時間に、湘南カフェで」を連載。
http://tenro-in.com/category/doppelganger-company
http://tenro-in.com/category/shonan-cafe
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