週刊READING LIFE vol.182

ローストビーフ作って待ってるから《週刊READING LIFE Vol.182 令和の「家族」像》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/08/22/公開
記事:青野まみこ(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
いつの間に、こんなに買ったっけ?
ちょこっと野菜とか鶏肉とかだけ買うつもりだったのに、気がつくとスーパーの買い物かごの中身がいっぱいになっている。
 
(また、やっちゃったか……)
 
「◯◯だけ買おう」と思って買い物に行ったのに会計の段になると6,000円台とか8,000円とかになっていて驚くことが多い。そんな時は大抵、長男が帰省してくる直前だ。いつもは夫と次男と私の大人3人だけど、長い休みのときには、3年前に地方に配属されて勤務している長男が帰省してくる。そうなると食べる量がどっと増えるので、事前に買い出しに行っておかないといけなくなる。
 
大人の3人暮らしと、4人暮らしとでは食材の買い方が変わってくる。4人のうちの2人が20代男子ならなおのことだ。食べ盛りなんて言葉はいい加減学生で卒業してほしいものだけど、20代じゃやっぱり食べるよね……と、今日は一体何合米を炊飯器にセットすればいいか見当がつかなくてため息が出る。帰省中で4人家族の時は炊いても炊いてもよくわからないお代わりをする人がいるので、食事が終わる頃には米が足りないのだ。別に構わないっちゃ構わないけど毎回びっくりするので誰がどのくらい食べるのか目安を立てておくけど、外れることも多い。
 
「今日の昼飯は何?」
朝の9時頃に2階からのっそりと降りてきた長男が尋ねる。
「まだ考えてないけど」
「肉ね。肉がいいから、よろしく」
「肉ー? 昼間っから肉ですか。まだ9時なんで、なんもしないよ」
「はいはい」
 
いい気なもんだねえ。普段1人で地方の寮暮らしなので実家に帰ったらここぞとばかりに肉をねだるとか「子どもかっ!」と言いたくなる。少しは成長して欲しいものだけど、いつになるやらだ。

 

 

 

今はマイペースで暮らしている長男だが、この子は実にいろんなことがあった。
 
小さい頃から細かいことが気になる子で、その場にいる子たちと適当に遊ぶということをあまりしなかったように記憶している。
アウトドアというよりはインドア派で、一度気に入ったらそればかり繰り返す子だった。彼のお気に入りは電車だったので、近くで鉄道会社のイベントがあると連れていったものだった。プラレールやNゲージ、きかんしゃトーマスなどが大好きで、おもちゃを買い与えるといつまでもそれで飽きずに遊んでいたし、本物の電車に乗るために駅に連れて行くと、駅舎の窓から何本も電車が通り過ぎるのを眺めて見送っていた。
 
そんな子だったので、幼稚園の頃から粗暴な子に絡まれることが多かった。
地元の小学校に上がると、複雑な家庭で育った子もいた。そういう子は自分自身の満たされない思いを他者への鬱憤を晴らすことで解決していたけど、おとなしかった長男は彼らの格好のターゲットになっていたようだった。ある時などはお腹を殴られて帰ってきたこともあった。体育の時間にサッカーでへまをしたら殴られたのだと言う。とにかく乱暴な子と一緒の学校に進みたくないという理由だけで彼は中学受験をした。
 
運よく第一志望の中高一貫の男子校に入学はしたけど、そこは別の意味で長男にとってはサバイバルな世界だった。
受験して入学したはいいけど、当然ながら1番からビリまでちゃんと成績順位がつく。鶏口牛後ということわざがあるように、公立小学校ではトップだった彼もこの男子校では牛後になるのだった。
加えて押し出しが強く、スポーツができて、仲間とうまく横の関係を作って女の子にモテるような子が男子校ではカーストの上位にいる。長男はそんな、眩しいような男子とはまるで正反対の位置にいたように思う。人との関係を適当に築くことが苦手で、見た目もそんなにイケてなくて要領もよくない。そんな子だったから、高2のクラス替えのときに仲の良かった友人たちが全員別のクラスに離れてしまった時は大変だった。
 
「誰かが俺の顔を見て、笑っている」
「メガネをかけた顔が変だ」
「ねえ、お母さん、俺の顔変じゃない?」
ある時から突然そんなことを言うようになって、一体どうしたのかと問い詰めた。なんでもmixiに顔を写メって晒すと言われたらしい。誰がそんなことをいったのかと訊いてもはっきりしない。のちに押し出しの強い子にからかわれただけで「mixiへ顔を晒すぞ」と言うのは別の子に言っただけと判明したけど、自分に向かって言われたと思い込んだことがことがきっかけとなって長男の精神は不安定になった。修学旅行、夏休みと、親しく友達と学校生活を送っている様子もなく勉強もせずに引きこもり、とうとう9月から不登校になった。
 
学校に行きたくない理由があるのなら心ゆくまで休めばいいし、勉強のことは気にしなくていいと長男には告げた。高校2年の夏休みまでに全部の単元を終えて受験体制に入る学校だから、不登校になったと同時に受験勉強が本格化している。そのことはとても気になったけど、今ここで何を言っても動きはしないと判断して長男の好きなようにさせた。
 
心療内科に紹介された長男は山のように薬を出された。こんなに毎日薬を飲んだらかえっておかしくなるんじゃないだろうかというくらいの量だ。家に帰れば自分の顔をじっと何時間も鏡で見つめて何枚も写メを撮って「これでいいのか、俺の顔が変だ!」と叫んで大声を上げたかと思うと引きこもってゲーム三昧になる。何か環境を変えようとすると烈火の如く怒る。腫れ物に触るような日々が続いた。
 
こんなことがいつまで続くのだろう。何が間違っていたのだろう。今思い出しても本当に地獄のような日々だったけど、当時は私も必死だった。
小さい頃から「この方がいいのではないか」と子どものためを思ってしていたことは、実は私が先回りして誘導していただけなのではないだろうか。そんなこともよく考えた。
 
どうにも先が見えない日々は高2の終わりまで続いた。担任の先生や友人が時々家に来てくれた。君が思っていることは誤解だよ、みんな待っているよという言葉が彼を動かしたのだろうか。長男は春休みになって「高3になったら学校に行こうかな」と言い出した。
 
流石に本人も受験のことが気になったのかもしれない。3年になってぽつぽつ登校して、どうにか大学に合格した。勉強勉強と常に6年間言われ続ける、ある意味異様な中高一貫校の生活から解放されたのか、その後学部から大学院まで進み、6年間の学生生活を送った。理系だったので就活は割と順調に進み、本人の希望の企業に就職することができた。
 
よくもここまで持ち直したものだと思う。あの高2の不登校の時は「もうだめかもしれない」とも思ったけど、本人が自力で就職先を勝ち取ったのだからよかったよかった。
そう思ったのも束の間、配属先を知って不安になった。彼は新幹線はおろか在来線ですら1日に数えるほどしか停まらない駅が最寄りの、地方の支社に配属されることになった。
 
あの、細かいことが気になる性格の子がいきなり親元を離れてひとり暮らし、それも相当な田舎で。自炊なんてしたこともないし、掃除だって多分ロクにしたことはない。やっていけるんだろうか。ひとり暮らしには何が必要かと頭を悩ませながら引っ越しの荷物を一緒に整えた。転居の段取りも終わっていよいよ入社式の日が来た。自宅を出たら1ヶ月間研修所で研修をし、その後すぐに地方勤務になる。
 
「じゃあ、行くね」
「うん、身体に気をつけて」
「ああ」
 
とてもあっさりとした別れだった。
当分ここには帰っては来ないし、もしかしたら今後一緒に住むことはないのかもしれないと思うと、こんなにあっさりとしていていいのだろうかとも思った。でも私にできることは全部やり切ったし、その時その時でベストと思ったことを選択してきたとも思う。とにかく時は過ぎた。やり直しはもう利かないのだ。

 

 

 

長男が別居して3年が過ぎた。
彼は相変わらず地方勤務のままだ。いつこっちに呼び戻されるのだろうか。もしかしたら永遠にあの土地で働くの? そう思わなくもないけどこればかりはわからない。地方に行ったきりで働くのが嫌なら転職するしかないのだから。
 
時たま長男から連絡はある。たわいもない話もあるけど、時々SOSのLINEも来る。
「なんか、気分悪いんだけど」
「腹痛が治らないんだけど」
「歯が痛いんだけど」
ヘルプが届くたびに「そうなる前に自分でどうにかしなさいよ」「自分で考えろよ」と言いたいのだけど、とりあえず「〜〜したら?」とアドバイスしてみる。彼は彼で不安を抱えているようにも思う。たった1人で、誰も知らない土地で暮らして、社会人としても慣れないといけない、周りの人にも気を遣い……そんなこと、よくできるなと思っている。さぞ心細いであろう。
 
だからSOSがきた時には見守ってやりたいし、そうでなければ余計なことは言わないでおきたい。つかず離れず、それでいて困った時には助けるし、帰省してきたらうんと食べさせてやりたい。なんでもかんでも騒いで大袈裟にするとか、考えすぎて手を回しすぎるのはもうやめよう。その代わりに帰ってきた時くらいは好きなものを食べればいいと思う。だからついつい私は、長男が帰省する時には余計な買い物をしてしまう。マグロの刺身や、柔らかな焼肉用の薄めの肉とか、ヨーグルトとか、桃とか、スイカとか。
 
冷蔵庫に食品を詰め込んでもあっという間になくなってしまうくらい腕をふるいたい。そのくらいのことしか離れて暮らす家族にできることはないからこそ、このくらいたくさん買ったって罰は当たらないはず。いつでも帰った時にはローストビーフを枚数気にする事なく食べてほしい。たくさん作って待っているから、帰りたかったらいつでも言いなさいよ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
青野まみこ(あおの まみこ)

「客観的な文章が書けるようになりたくて」2019年8月天狼院書店ライティング・ゼミに参加、2020年3月同ライターズ倶楽部参加。同年9月READING LIFE編集部公認ライター。
言いにくいことを書き切れる人を目指しています。

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2022-08-17 | Posted in 週刊READING LIFE vol.182

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