週刊READING LIFE vol.182

縮小する家族《週刊READING LIFE Vol.182 令和の「家族」像》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2022/08/22/公開
記事:塚本よしこ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
サザエさん見せたくないな……。
自分がこんなことを考えるなんて、思ってもみなかった。
小さい時から親しんできた国民的アニメ、暴力などの怖いシーンもない。
この最も無害と思われる番組を、どうして娘に見せたくなくなったのか?
 
両親がいて姉がいるという、一般的な4人家族で育った私は、自分が幸せな環境にいると小さいときは気づかなかった。両親は仲が良く、喧嘩したことを見たことがない、母は仕事を午前中だけし、学校から帰宅すると必ず家で迎えてくれた。
 
中学生の時、担任の先生がポツリと私に言った。
「君みたいな何の苦労もないお嬢さんには分からんだろうな」
なぜそんな話になったのか詳しく覚えていないが、あなたは幸せな環境で生活していますよ、学校には複雑な環境で育つ子もいるんだよ、そんな話だったと思う。
その時初めて、自分が環境的に恵まれていることを知った。確かに私が育った環境は恵まれていたと思う。
 
そんな私が、家族というものについて初めて深く考えたのは母が亡くなった頃だ。私が大学生の時だった。残された家族は一時団結もしたが、求心力をなくして壊れゆく感覚があった。今までの父子関係というのは、母あってのものであり、私たち子どもの考えていることは、母を経由して父に伝わっていた。それが直接の関係となると、話せないことや、向けることのできない感情もある。だんだん家にいるより外にいる時間が長くなっていった。母の存在がそれぞれの関係を繋いでいたのだ。
 
私は母のことを、何かにつけて心配ばかりして、困ったものだと思っていた。
しかし、母が亡くなった途端、誰も自分のことを気にかけてくれない、心配してくれる人がいない、そんな気持ちになった。1番の応援者がなくなった感じだ。誕生日にはメロディつき電報を、私の住む寮に送ってくれていた。その表紙にはFight! の文字があった。そんな郵便ももう届くことはなかった。
家族の機能、特に母が担っていた「応援し、見守ってくれる」という機能が薄れていった。私はあてもなく流れる雲のように、どこかふわふわしていた。
 
大学の授業でバウムテストというものをやった。
それは心理検査で、1本の実がなる木を書いてくださいと言われた。白い紙にリンゴの実のなる絵を描いたように思う。周りの子が描いた絵を見ると、実がたわわになっている子もいれば、木の大きさも背景もそれぞれ違っていた。この絵をもとに、深層心理などが分かるというものだった。
私はどのような絵を描いたか細かいことは忘れてしまったが、1つだけ覚えているのは、背景に太陽を描いたことだ。
「太陽を描いた人は、誰かに見ていてもらいたい人です」
そんなことを教授が言った。
私は誰かに、見てもらいたいのか……。考えたことがなかった。
誰かというのは、母だろうか? 母に頑張ったら褒めてもらいたいし、見てもらいたいという思いはずっとあったのかもしれない。
 
寮を離れて友達と同じアパートに住むようになった。
「毎晩親から電話がかかってくるんだよね」
友達が、少し面倒そうに話した。
私はそうなんだと言いながらも、内心ものすごく羨ましかった。私に、父からの連絡はない。
誰も自分を気にかけてくれる人がいないような気持ちがした。
照れ臭かったけど、帰省すると母はかわいく髪を結ってくれたりした。振袖を入院先に見せに行ったときは「似合うよ!」「綺麗だね」なんて喜んでくれた。普段着飾ることのなかった私も、母の前では女の子に戻った感じがした。そんな母がいなくなったことで、どんな自分も肯定してくれる存在を失ったような気がしていた。
 
結婚適齢期になっても、誰も私を心配する人はいなかった。母がいたら、誰かいい人いないの? なんて言っただろうか。そんな普通は面倒だと思われるような親の一言を私は欲していたのだ。
 
家族が「気にかけてくれる」「見てくれる」ことは、支えや力になる。子どもが大人になるまでは特に必要だろう。両親以外にも兄弟や祖父母と同居していたら、成長過程を見守り、気にかけてくれる人が増える。そう考えると、人はたくさんの目がある中で育った方がいいような気がしてしまう。
しかし、1世帯当たりの人員は1990年に2.99人であったのが、このままだと2040年には2.08人になると厚生労働省のデータに載っていた。家族の人数は減るいっぽうだ。
 
私の現在の家族もとても小さい。このことは、娘の成長にとって不健康なものではないか? そんな考えが浮かぶたびに、申し訳ない気持ちになっていた。
 
近くに住む友人は「兄弟作ってあげないと」「一人っ子は可哀そう」そんなことをご近所から言われ続け、精神的に追い詰められたという。
それにしても、いったいこの家族や兄弟は多い方がいいという発想はどこからやってきているのだろう? そう考えた時に、私たちが今まで疑うことなく、信じてきたものがあることに気がついた。
それはまさにサザエさんの世界だ。
両親がいて祖父母がいて、兄弟がいる世界。それがスタンダードで、それが理想の家族像だと思ってきたのだ。
 
私も小学校の途中まで、祖父母と同居をしていた。すると、色々な人間模様がそこにはあり、気を使ったり、我慢したりもする。しかし、小さな家族の中で育つ娘にはそういった経験をさせてやることができない。祖父母も近くにいない。色んな大人がいて色んな考えがあることや、人が老いていく姿を直に見せることができない。
これでいいのだろうかと何度も思った。娘がサザエさんを見ることで、色んな人間関係を垣間見ることができるかな、なんて思ったりもした。
 
しかしある頃から、サザエさんは見なくてもいいのではないか、いや、もう終わっていいのではないか? とまで思いはじめた。
サザエさんを皆が当たり前に見ることで、これが日本の家族のスタンダードだと思わされているように感じたのだ。ちびまる子ちゃんも同じだ。両親がいて、祖父母と同居して、兄弟がいる世界。そのような家族を見る機会が多いと、それが当たり前だと思う。自分がそのような家族ではないと、何か不足しているのでは? と感じてしまわないかと思ったのだ。
 
家族の形だけでない。マスオさんの楽しみが、たまに飲みに行くことであるように、そんな贅沢はいらない、これが日本の庶民の姿です。そんな風に言われているような気にもなった。
サザエさんの家族が毎年ハワイのコンドミニアムに旅行に行っていたら、それが当たり前だと思って、皆そんな生活をするようになったかもしれない。
それくらい繰り返し放送されるアニメの持つ影響は大きいように思えたのだ。
 
ゴールデンタイムに放送するアニメに、ひとり親や、親の違う兄弟、子どものいない家族など、バラエティーに富んだ家庭が登場していいはずだ。そうすれば、サザエさんの世界が標準のような意識がなくなり、多種多様な家族があることを受け入れることができる。
大きな財産、広い土地、伝統を受け次ぐような家系であれば、家族の多さは重要になってくるかもしれない。しかし、世帯当たりの人員は減り続けているし、サザエさんの家族とは違う、新しい家族の形が増えているのだ。
 
このように家族が縮小し、家族の機能が少しずつ薄れていく中、これからは血縁でなく、価値観の合う仲間で繋がる時代だという話をよく耳にするようになった。
血縁を超えた繋がり? 価値観の同じ仲間と繋がる?
家族が少なく、祖父母も近くにいない私にとって、魅力的な響きだった。私もそんな仲間と繋がりたい。そんなコミュニティに参加したい。
娘にも色んな世界を見せたくて、興味のあるイベントや集まりに顔を出してみた。
農業に関するもの、趣味に関するもの、外国語を学ぶ人たちの集まり……と次々に参加してみた。
しかしだ、この試みは全くもって実を結ばなかった。
既に関係ができあがった中に入るのは難しかったり、少しの間一緒にいるだけでは結局お客さんのようだったのだ。
家族のように子育てを支え合える仲間ができたらと期待していたが、半ば諦めの境地でコミュニティを求めるのはやめてしまった。
 
そんなある日、TVをつけると長身の若い男性がファンに囲まれている映像が現われた。
それは無名だった大学生が、インスタで自分の姿を発信しはじめたことにより、どんどん人気が出てパリコレのモデルにまでなったという話だった。
自分の日常の中で出会う人数は限られているが、インスタのフォロワーは何万にも膨れあがる。フォロワー数がいくら増えても実感がなかったが、海外旅行に行った際、「〇〇さんですよね?」と声を掛けられ、やっとたくさんの人と繋がっているという実感が沸いたと話していた。
私が小さい頃には考えられなかった世界だ。自分を見つけ、応援してくれる存在が、ネットの向こう側にいるというのだ。
 
また、ある老年の男性がYoutubeで絵画教室を始めたという話があった。
次々と動画を更新していくと、見てくれる人が増えただけでなく「毎日〇〇さんを見ることで癒されています」という講座の内容とは関係のないコメントが増えたそうだ。
この場合も、男性が発信したことで、自分を見てくれる人やファンが生まれている。
 
それから、森の中で何日も野生のごとく過ごす様子をYoutubeにあげている人がいるのを最近知った。文明から離れた生活をしようと森に入るのに、撮影してネットで配信することを、不思議に思った。
やはり人は、誰かに「見てもらいたい」気持ちがあるのではないだろうか。そして、自分を確認したり、力をもらっているのではないだろうか。その男性はネットを介して仲間が増え、また新たな企画を進めていた。
 
家族の人数はだんだんと少なくなり、これまでの家族像は失われていくだろう。
電車に乗るのに切符から電子マネーに変ったように、家族の姿は時代ともにと移り変わる。
そんな中、従来家族、特に母親がしてきたような「見守る」「気にかける」「応援する」という機能は、ネットの向こう側にいる全く知らない誰かが担ってくれるのかもしれないのだ。
 
フランスに住む作家の辻仁成さんは、シングルファーザーになってからの様子を毎日ブログで公開し、世界中に発信してきた。長年のその記録は最近本にもなっている。
「息子さんは大学に受かったんだろうか?」
「どの大学にしたんだろう?」
ブログを見ていると、だんだん自分の家族のように気になっている自分がいた。
泣きそうになったり、嬉しくなったり、そんな生身の感情まで湧いてくる。自分も家族の一員のように、ともに日常を体験しているのだ。
長い間ブログで自分や家族の様子を発信してきたことにより、日々のできごとに共感し、辻さん親子を応援するまなざしが世界中から集まったのではないだろうか?
そして、それはきっと辻さんの力になっていたに違いない。
 
家族が縮小する中、血縁を超えた仲間と手を取り合って生きていくことは、実際はなかなか難しいかもしれない。しかし、ネットを介して、自分たちを見てくれる存在や応援してくれる人たちに出会うことはできる。
昭和世代の私たちにとって、発信するのは気が引けたり、恥ずかしかったりするものだ。
それでも、ほんの少し勇気を出して発信してみる。それが、これからの時代のカギになりそうだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
塚本よしこ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

奈良女子大学卒業。
一般企業をはじめ、小・中・高校・特別支援学校での勤務経験を持つ。
興味のあることは何でもやってみたい、一児の母。
2022年2月ライティング・ゼミに参加。
2022年7月にREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。

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2022-08-17 | Posted in 週刊READING LIFE vol.182

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