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週刊READING LIFE vol.184

諦めますか、それとも?《週刊READING LIFE Vol.184 「諦め」の技術》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/09/05/公開
記事:工藤洋子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
今振り返ってみると、我ながらよくやったものだ。
 
なぜか小さい頃から通訳者になりたいと思っていた。
もうなぜなりたかったのかはよく覚えていない。洋画や海外ドラマをよく観る家庭だったから、戸田奈津子さんなど字幕翻訳者の仕事に憧れていたのだろうか。翻訳者と通訳者の区別も付かなかっただろうに、私は通訳者になる自分を諦めたことがなかった。
 
大学は外国語大学の英語科へ進学した。
英語科ともなれば周りはみんな成績優秀ではっきり言って得意と思っていた英語も決してできる方ではなく、かなり自信を喪失した、と思う。イギリス人の教授の話はまったく聞き取れず、やっとのことで理解できたと思ったら「あなたのボキャブラリーはtinyですね」と言われている、と分かっただけだった。tinyとはsmallよりさらに小さくてジェスチャー的にはミジンコぐらい、と言われてたようなもの。通訳なんて目指すのは、客観的にみて明らかに適切だったとは思えない。
 
それでもなぜか通訳になることを諦めることはなかった。
大学に在学中に通訳学校へ通い始めたが、そのときは通訳訓練を受けるコースにさえ合格しなかったというのに。
 
そして大学を卒業する時。
一年イギリスへ留学したせいで卒業が一年遅れると、大学生、特に女子大生は就職大氷河期が到来してしまっていて、先輩方が就職したような名のある企業へ就職することはまったく叶わなかった。石にかじりつく思いで就職先を探せばどこかへ就職できただろうに、
 
「私は通訳になりたいから、まあ、いいや〜」
 
とノリでフリーターをやることを選んでいた。
 
いやいや、そこはもうちょっと粘れよ、自分!
早々に諦めてどうする、世の中舐めとんか!
 
ええ、舐めてたんですね。
親のすねをかじりながらアルバイトや派遣社員、週に2回は通訳学校へ通う、という日々を何年続けたんだろうか。その間にバイトレベルの通訳スタッフ、といった仕事をときどきもらえるのをエサにずっと通訳学校へ通って修行する日々が続いていた。
 
通訳学校へ通う人は通訳にもちろん興味のある人だが、プロ通訳になりたい人ばかり、と言うわけではない。より高度な英語を学ぼうとする公立高校の英語教師もいたし、英語を使うポジションにいる会社員もいた。本気で通訳者になるために通っていたのは10人に満たない程度のクラスで私を含めてもうひとりいたかどうか、というぐらいだったと思う。通訳学校の課題は毎週かなりの量が出ていたので、フリーターの身分でもヒーヒー言いながらこなしていたぐらいだった。
 
それでも私は諦めなかった。いや、自分が通訳になれないなんて思ったことはなかった。英語を使うポジションで会社に就職するような提案をもらったこともあったのだけど、
 
「私は通訳になりたいんで〜」
 
とあっさり蹴ったこともあった。
 
もうホントなんてことをしてたんやろうね、自分!
その頃の自分は、若かったのか、馬鹿だったのか、それとも阿呆だったのか。高校や大学の友人はほとんどが就職して会社員やっていた。なかには早々に結婚して子どもが生まれた人もいたので、それを見るとさすがに焦ってはいたけど、考えるのはどうやったらプロ通訳になれるか、ということで、通訳になるのを諦める、という方向に思考が及んだことはなかったように思う。
 
おそらく、そのときの自分は諦め方を知らなかったのだろう。
 
一度決めたことを変えるのはいけないことだと思っていたのだろうか。昭和の学校教育はそういうスポ根的な側面があったように思う。やり遂げる、最後までやる、ことが大きな評価を得ていた時代に学校生活を送っていたから、諦めることがなかったのか。
 
それともただの世間知らずか。
いい年して親のすねをかじり、自分が遊ぶ費用だけバイトで稼いでいたのは確かに居心地のいいものではなかった。そんな自分に見切りを付けて早々に他の仕事をやろうと思ったとて、誰に責められるものではなかったと思うのだが。
 
通訳学校では着々と上級のコースに進級していくことができた。
となると、不安定な生活ながら自分なりに先に見込みが見えたから、諦めなかったということだろうか。最終的に自動車メーカーの社内通訳、というポジションに応募して合格して通訳者を名乗ることができるようになった。そして今の同時通訳者としてのキャリアが始まったことになる。
 
端から見れば、「夢を叶えて素晴らしいですね」となるが、今振り返ってみると、ただただ諦め損ねただけ、のような気もする。石にかじりついても、と根性入れて修行していた訳でもないし、逆につらかったけど頑張りました、と努力を誇るほどのことでもない。

何が言いたいかというと、強すぎる思いはかえって夢実現の妨げとなり、淡々とやることをやっていくことで大きくブレることなく進むのが、一番よいのではないか、ということだ。
 
人生において、人は日常でたくさんのことを取捨選択している。
ひとつの選択を行えば、実は常に何かを諦めているのではないだろうか。
 
「見切りをつける」という言葉がある。
これは諦めるとほぼ同義語ではないか、と思う。でも見切りをつける、と表現すればなんだか的確な判断が早かった、というポジティブなイメージになるから不思議だ。諦める、と表現するからネガティブなイメージがつくとすれば、常に諦めると言わず、見切りをつけた、とか、見極めた、と言えばよいではないか。
 
私だって通訳になる、という見極めを早々につけてその方向に進んだだけだ。早い時点で通訳になると決めたおかげで、数学者になる、とか、薬剤師になる、とかいうその他の選択肢は早々に私の人生から退場してしまった。でも私は他の選択肢を「諦めた」とは決して表現しないだろう。そもそも自分が既にその選択肢を選ばなかったのだから。
 
となると主体的に自ら「見切る」か、泣く泣く他からの作用で「諦める」の差は自分がどう考えるか、の差しかない。心に痛みが残るとすれば、そのとき自分がどう思ったか、だと思う。
 
通訳者にはなった私だが、その後「諦めた」、もとい早々に「見切って」選ばなかった道も存在する。子どもが生まれて仕事も思うようにできない頃にマルシェへのスイーツの出店を友人と始めたことがあったのだ。
 
元々お菓子作りが好きだったので、上達も早い。
無添加スイーツ、しかも米粉でグルテンフリースイーツを作ることができたので、マルシェでは固定客も付くようになった。毎月何を作ろうか、友人と相談して出店するのが本当に楽しかった。米粉マイスターという資格も取ったし、マクロビオティックや薬膳など食養生の勉強も進めていって、マルシェの出店とは別にスイーツ教室の先生もやるようになっていった。一度は食養講座の主任講師を半年つとめたこともあったし、将来はどこかで店舗を出して出店したいな、とか、自分のレシピ本を出版したいな、と思っていたこともあった。
 
しかし、私はその道は選ばなかった。言い方を変えれば、諦めた、と言えるだろう。
 
料理やスイーツなどを提供する仕事の場合、可愛らしいデコレーションの仕上がりや見た目の美しさ、など単に美味しいものが作れればよい、というところとは別の視点があり、その点で自分にはあまりセンスがないことが分かったからだ。おまけに調理師やパティシェとして働いている人に比べて自分の経験値が少なすぎた。否、少なすぎると自分で自分に見切りを付けたのだろう。その経験の少なさをカバーするための努力を行うことをやめ、「諦める」ことにした。
 
料理やスイーツはそれ以降完全な趣味の範疇としてしかやっていない。
自分の終の仕事とすることは諦めて、結局一度手にした通訳者としての自分に戻ることになって今に至る。
 
「諦める」「受け容れる」「見切りをつける」・・・・・・自分から「諦める」のか、それとも自分が状況をあるがままに「受け容れる」のか、はたまた他の選択肢は不要と「見切りをつける」のか。視点と主体が移動するだけで、結果としては同じ事になる。
 
諦める、と言うと後ろ向きな感じがするなら、別の言い方をすればいい。諦めたのではなくて、自分は見切りをつけたのだと。言い方ひとつで気分は変わる。感情を揺らさず、淡々と行動を続けることができることの方がよっぽど重要だ。
 
諦めますか、と選択肢が目の前に出た時は、そんなもの、蹴飛ばしてしまおう。どの道に進むのもどういう気持ちで進むのかも、あくまで自分次第だ。心の赴くまま、ただし、自分で選択したという事実は認めておけばよい。
 
「諦めますか?」
「いいえ!」
 
何も恥じることはない。
決めた道を進むだけだ。途中で道が変わっても、違う道へ戻ってやり直しても、自分が腹落ちしていればなんともないものだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
工藤洋子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

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2022-08-31 | Posted in 週刊READING LIFE vol.184

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