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週刊READING LIFE vol.184

夢のテンプレートからはずれたら見つけられた扉《週刊READING LIFE Vol.184 「諦め」の技術》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/09/05/公開
記事:月之まゆみ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「みなさま、大変、残念なお知らせがあります。当列車はこの先を運行することができず
クスコに引き返すことになりました。どなた様も自分のお席にお戻りください。
まもなく発車いたします。なお、ご希望の方は明日の列車へ振替の手配をさせていただきますので乗務員へお申し出ください」
 
観光登山列車の乗務員であるクルーがそうアナウンスすると、車内のあちこちで落胆の深いため息がもれた。
なかには怒りだしてクルーになぜ引き返すのかと問いただす観光客もいた。
 
私は座席で目を閉じた。
祈るように長時間待ったが願いは届かなかった。
 
車窓の外に緑が深まり陽が傾き始めている。ぎりぎりの決断の時間だということがわかる。
 
ガタンと車体が揺れてゆっくりと列車が元来た方向へ動きだした。
 
夢にまでみたマチュピチュの遺跡から少しずつ離れていく。
 
そこに行くことは長年の夢だった。南米までの旅費をため、高山病をならないよう、日本でしっかり計画をたて運動もしてきた。
ましてや同行した友人は長期休暇をとるのに会社を辞める覚悟で旅にでた。
 
あぁ、どうしよう……。
 
線路の脇の川を昨日の大雨の濁流が流れていく。
前日、ペルーのクスコに20年ぶりの大雨が降った。その影響で翌朝、土砂崩れがおこり唯一マチュピチュに向かう線路を土砂が覆ったのだ。
そうとは知らず、その朝、列車はクスコを定刻に出発した。列車のなかの観光客は誰もが期待で胸を躍せながら陽気に列車の旅を楽しんでいた。
 
ところがあと1時間でマチュピチュにつく手前で列車は止まり動かなくなった。
その理由を知ったのは停車からすいぶん過ぎてからだった。
最初は大急ぎで線路の復旧作業に当たっているとアナウンスがあった。
でも2時間たつころには目途がたたないのにしびれを切らした乗客が線路に降りて、
山に向かって歩きだす姿も見かけた。
そんな勇気もなく、山歩きの装備もない者は、ほぼ絶望的に4時間近く祈る気持ちで車内で過ごすことになった。
 
なぜ昨日、出発しなかったのかと後悔で頭のなかがいっぱいになる。
前日は抜けるような晴天だったからだ
なぜ20年ぶりの大雨にあう日を引き当ててしまっただろう……。
クスコで高山病にかかるリスクを回避しようと体調を整ええるために2日かけて慎重に街で過ごした。
それでも突然おこる自然災害は予測できないし、一変する状況の変化はどうすることもできない。
 
「明日、再度乗車されますか? それともあきらめますか?」
列車のクルーが私たちの席へきて、おだやかに聞いた。
 
諦める?
 
私は“諦める”ということが嫌いだった。いやあきらめることができない性格だといっていい。
これまで与えられたチャンスや自分で選んだことは、自分で納得するまで行動してきたし、
諦めずに継続していれば運が味方して好転するとそれまで信じていた。
 
でも心の一方でいつも思っていた。
いつか“諦める”を受け入れる日がくることを……。
それが今回のマチュピチュ。
まさか一番見たかったマチュピチュを諦めをうけいれる初めての経験になるなんて……。
そんな残酷な……。
せっかくここまで来て。いやそもそも女二人でツアーにも頼らず、ここまで来たことさえ奇跡と言ってもいいぐらいの長い道のりだった。
 
でも3日後には帰国しなければならない。のこりの旅程のルートもタイトなスケジュールだった。
諦めたくない!
でも明日、再チャレンジすべきか?
 
「明日の列車はマチュピチュまで運行されそうですか?」私はすがる思いで聞いた。
「……。確約はできないです……。こんな事態は私たちも初めてで明日の状態がどうなっているか、どこまで復旧できるかわかりません。でも楽しみにしているお客様もいるのでチャレンジするならチケットを手配いたしますよ」
 
その日4時間待って運休できなかった。十分なインフラもない場所で夜通しの復旧工事はおそらく無理だろうし、翌日の期待は低くてマチュピチュにたどり着ける確率はかなり低い。
そのうえ運の悪いことに、その日、経験したことのない緊張で友人と私は軽い高山病にかかり始めていた。
体中がむくみ、頭痛が襲い気分が悪くなるインターバルが早くなってきている。
 
私はスペイン語が話せたが友人は話せない。もし自分に何かあったら立往生してしまう。明日もこの極度の緊張にメンタルが耐えられるかどうか……。
色んなことを考えたら自然と言葉がでた。
 
私は友人にも意志を確認したうえで、クルーに伝えた。
 
「We give up」
 
“諦める”とは希望や見込みがないことをやめること、または断念すること。
言葉にすると悔しかったが、なぜか執着の重い糸がたちきれ一瞬、気分が軽くなった。
 
クスコの街に戻ると列車を降りて機械的にチケットを返金し、明日向かう目的地のバスのチケットを買う。
ホテルにもどってパッキングをしながらも、頭のなかでマチュピチュ行きにまだ間に合うかもしれないという未練が、何度も駆けめぐる。
ホテルにおいてあったピアノを弾いていた友人に問いかける。
 
「これでよかったんかな。後悔せいへん?」
「自分もまだ信じられへん。でもマチュピチュに嫌われたんかも…………。つぎ行こう」
 
この言葉に救われて、諦めを受け入れるためにはすぐに行動に移すことを考えた。
それはこの場をできるだけ早く去ることだった。
 
あきらめる前に人ができることは、努力し、祈り、そして待つこと。
そしてあきらめた後にできることは、事実を受け入れ、自らをなぐさめ、そして忘れるために行動すること。
 
高山病と落胆で、その夜、ほぼ眠れぬ夜を過ごした。

 

 

 

その日、新たに出発する私たちを冗談のように更なる試練が襲った。
まずホテルに頼んでいたモーニングコールがならなかった。
慌ててバス亭へ向かうとバスはキャンセルされている。
どうやらクスコで大規模なストライキがおこり道路を封鎖したというのだ。しかもその日から3日間!
幹線道路には大きな石がところどころ置かれ車が通れないようバリケードにしてある。
そこで現地の旅行社に飛び込んで、なんとかチチカカ湖へ向かう方法がないかと問い合わせた。
 
ストライキはクスコの街なかで起こっているので、山を越えた隣街までいけば、長距離バスがでていることが判った。
隣街まで案内するために雇ったガイドが選んだ近道は深い山道だった。
酸素が十分にまわらない身体で坂を上ると心拍数が一気にあがって手足がしびれて頭がもうろうとする。
そこで小さな村で三輪の農業トラクターに乗せてもらい、友人と泥まみれになりながら道なき道を進んだ。まるでゲリラが通るような道だった。
もう何かするたびにトラブルがついてまわったが、諦めを一度、受け入れると胆もすわるのか一喜一憂することもなくなった。
 
そうこうするうちどうにか隣街についた。
しかしまたしても待てども、来るはずのないバスはあらわれなsい。
雇ったガイドの仕事は私たちをバスに乗せ、これから向かうチチカカ湖の旅行社の現地ガイドに連絡を取り、広場に迎えにくるよう指示するところまでだった。
 
バスはもう来ないと思い焦ったガイドはここで判断を誤ってしまう。
長距離トラックの運転手と交渉して私たちを荷台に乗せた。チチカカ湖周辺の街で私たちを降ろして、別の車に乗り換えることになった。
ガイドがいい加減な仕事をしているとわかっていても諦めて従うしかない。
とにかく冷静さを欠いて熱くなっては余計に判断がくるってしまう。
自分たちがいる場所も判らない場所で路頭に迷う訳にはいかない。
 
なかばヒッチハイク同然でトラックの荷台に乗り、走り始めてからものの5分も経たないうちに、私たちが乗るハズだった長距離バスが街に入ってくるのとすれ違う。
思わず叫ぶが私たちの声は運転手には届かずトラックは走り続けた。
後10分待っていたら、快適なバスに乗れたのに‼
なんてツイていない日!
 
こうなればもう降り注ぐ試練の雨に立ち向かうしかない。
 
そう腹決めしてもアンデスの山頂付近を走る車の吹きさらしの荷台は想像をこえる寒さだった。寒風がすさまじい。
夏でも山裾にところどころに雪が残っていた。ケチュア族とよばれる先住民たちは慣れているのか厚着をして体を丸めて寒さに耐えていた。
 
トラックの助手席に乗っていた少年が見かねて、私たちを車の後部席に乗せてくれることになった。少年の叔父が運転手で話し相手がほしかったようだった。
高度3500㎞から4000㎞へゆっくりと高度を上げて進んでいくトラックは荷物だけでなく、途中途中で住民を乗せては降ろして、バス代わりに小銭を稼いでいた。
そのため予定の到着時間をはるかに超えても、とても文句など言えなかった。
 
「諦観」とはこういう境地なのかと思った。
一つ受け入れるとまた一つ予期せぬことが起こる境涯を、ただ受け入れ見守るしかない。
それでもたった一歩でも前に進むことを考えて耐えた。

 

 

 

時刻は正午近くだった。
私はチチカカ湖にあるウロス島という天空の湖に浮かんでいた。
トトラと呼ばれる葦で編んだ小舟の上で世界一標高の高い湖で空を仰いでいた。
まるで昨日の大騒動が嘘のようだった。
 
トラックから別のトラック、そしてローカルバスに乗り継いでチチカカ湖のゲートウェイとなる街、プーノに着いたのは深夜の11時を超えていた。
迎えに来るはずのガイドなどいるハズもなく、自力で白タクと交渉しホテルについたのが零時をすぎていた。ガイドに連絡すると街に広場が二つあり、どこのバス停かわからず別のバス停で待っていたという。
 
その夜ベッドに倒れこみ、そのままシャワーも浴びず眠りにおちた。
そして明け方、真綿で首をしめられるような息苦しさをおぼえて、目をさます。
大きく息を吸ってもスカスカと肺から息が漏れるような感じで酸素が十分に体内をまわらない。
隣のベッドをみると友人がいない。
 
起きあがってみるとトカゲのように床にはいつくばって動かない友人がいた。
「悠ちゃん、何やってんの?」
倒れているのかとおそるおそる声をかけると手招きする。
どうやら壁と床の間に空気講があり、そこから漏れてくる風に口を近づけて空気を吸っていたのだった。
私も這いつくばって試してみると確かにそこだけ風のような空気が流れてくる。
「これって外気かもしれんけど酸素が薄いのは外も中も変わらんのとちがうの」
「ええねん。気休めでも。このしんどさがちょっとでもマシになるんやったら」
「ほんまや。あと10時間後には飛行機の中や。そしたら空気一杯、思いっきり吸えるで。空気の存在がこんなに有難いなんて思たことない」
「それだけでもここまで来た価値あるんちゃう」
 
その時、カーテンの隙間から薄い光がもれた。
カーテンを引くと、真っ赤な太陽がチチカカ湖を照らしだしていた。その色は血のような赤さだった。そしてそれに呼応するように、衰弱した体にも血が駆け巡るのがわかる。
「なぁ、生きて帰ろな」
「うん。絶対、生きて帰る。これからも生き抜く」
 
そんな壮絶な会話を思い出しながら、ゆらゆらとトトラの船がゆりかごとなって体の力を抜いてただまどろんでいた。空気の透明度が高いので、空と湖はそのまま溶け合うようにどこまでも青く澄んでいた。
ハロと呼ばれる太陽の回りを囲むように虹がでていた。
船を漕ぐ人がハロが見れたら良いことがあるよと教えてくれた。
 
良いことたくさんあったよ。心のなかでそう答えた。
状況は最悪だったけれど、出会う先々でたくさんの人に出逢い助けられて、ようやくウロス島という家も学校も全てトトラ葦で作られた湖に浮かぶおとぎ話のような島にたどり着くことができたよ。

 

 

 

帰国してからしばらくはマチュピチュの映像がTVから流れて来るたびに、終に会うことの叶わなかった想い人を思い出すように胸が痛んだ。
 
けれどいつの頃からか映像は見ると、むしろ不運に見舞われ思い切ってあきらめたことで、おそらく二度と経験することのない遠い道のりを行き、“天空の湖”で手つかずの奇跡の世界をみることができたことに満足する自分がいた。
 
自分の人生において叶ってきた夢はいつまでも輝きながら、自分に自信を持たせてくれる。
そして叶わなかった夢や諦めた夢、あきらめた選択や行動もまた輝きこそないけれど、
諦めにともなう痛みのなかで初めて気づくことや、新たに見いだした選択肢、そして経験がむしろ時間とともに堆肥となって、次の夢の花を咲かせる養分になってくれるのではないかと思えてならない。
 
新しい扉の前に立つために、諦めがあると考えれば、そんなに悪いものでもないのかもしれない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
月之まゆみ(つきの まゆみ)(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

大阪府生まれ。2021年 2月ライティング・ゼミに参加。6月からライターズ倶楽部にて書き、伝える楽しさを学ぶ。ライターズ倶楽部は3期目。
世界旅行をライフワークにしている。旅行好きがこうじて趣味で「総合旅行業務取扱管理者」の国家資格を取得。20代でラテン社交ダンスを学び、ダンスでめぐる南米訪問の旅や訪れた世界文化遺産や自然遺産は145箇所。1980年代~現在まで69カ国訪問歴あり。
旅を通じてえた学びや心をゆさぶる感動を伝えたい。

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2022-08-31 | Posted in 週刊READING LIFE vol.184

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