花火を撮ったらセミ捕りに行こう 《週刊READING LIFE Vol.185》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2022/09/12/公開
記事:吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)
花火大会で、花火の写真を撮ってきた。
花火大会が大好きすぎて、そして久しぶりの開催が嬉しくて、私は大会のチケットを2か所も取ってしまった。5歳の息子は2歳ぶり、1歳の娘は生まれて初めての打ち上げ花火だ。入場規制されているとはいえ、混雑して身動きも取りにくい野外で、子供二人を熱中症や空腹にならないよう準備は入念にしていかないと。入念に準備したつもりの1回目だったが、花火のあまりの美しさに、ミラーレス一眼レフを持って行かなかったことを激しく後悔した。2回目の花火大会はおよそ半月後だ、必ず一眼レフを持って行くと心に誓った。
カメラ、機材は何を持っていけばいいんだろう?
花火会場のように人が密集するところだと、電話はともかく、インターネットの通信速度は絶望的に遅くなる。とりあえず全部持って行って、ネットで調べて……なんて悠長なことはしていられない。まず三脚はきっと絶対必要だ。2つ持っているレンズはどちらが適しているのだろう? カメラの設定はどうしたらいいんだろう? インターネットと、それから手持ちの説明書を隅から隅まで読んで、私のカメラで花火を撮影するために必要そうなものと、カメラの設定を概ね把握し、カバンに詰め込んだ。
2回目の花火会場は広々とした河川敷で、はやく出発した甲斐あってふかふかの芝生エリアに陣取ることができた。少し離れたところには屋台や模擬店が100店以上ずらりと並び、なんとも楽しそうな雰囲気だ。こっちにたこ焼き、あっちに焼きそば、向こうにかき氷、と家族で大騒ぎしながら見て回り、それを持ち帰って食べているうちに時間は過ぎた。子供たちは一緒に来た私の両親と手遊びなどして楽しそうだ。花火開始の1時間ほど前になって、私は機材を取り出してすべてセッティングしてみた。普段は使わないリモートシャッターを試してみたりして、カメラと機材を抜かりなく用意できたことで悦に入った。
全て順調だ。
ただ、晴れ間の見えない薄曇りの空と、時折ぱらぱらと降ってくる雨が気がかりだった。
夜の色が濃くなり始めた頃、懸念は現実となった。降ったり止んだりしていた雨は、止まなくなり、少しずつ大粒になって、花火より先に会場に降ってきた。会場ではみんな傘を差したりカッパやレインポンチョを羽織りはじめ、私たちも傘を差し、傘が足りない分、夫が荷物と一緒にポップアップテントの中に避難した。最初は夫と一緒に娘をテントの中に避難させたが、途中ぐずって私の膝に移動してきた。息子はジジババの間で嬉しそうだ。膝に娘を乗せた私は、水に弱い精密機械のカメラをしまうか迷ったが、ハンカチをかけ、その上から傘を差しかけて設置し続けた。
「本日は皆様、お天気の悪い中、ようこそお越しくださいました……」
会場アナウンスが始まった。花火はもう間もなく始まる。会場がさざ波のようにざわめいて、朗らかな女性アナウンサーの声が、この花火大会の由来、コロナ禍で中止になったこと、今日の開催に向けて尽力してきたこと、協賛スポンサーのことを告げる。カメラを守っているので背中がびしょ濡れで冷たい。このアナウンスはいつまで続くのか。雨はこのまま振り続けるのか。息子と娘は濡れてないかな。しびれを切らすような心地になってきた頃、待ちに待ったカウントダウンが始まった。5、4、3、2、1……
夜空に真っ直ぐ上がる白い線、ぱっと開く光の花、腹の底まで揺らぐような爆発音。
「うわあー!」
「ひゃあー!」
息子と娘が叫んでいる声が、傘を打つ雨音に交じる。私はカメラからハンカチを取り去り、確度を調整してリモコンスイッチを構えた。数値は正しく設定した。最初の数発でピントを合わせて、花火が上がっている間中、リモコンスイッチでシャッターを開きっぱなしにする……花火が夜に紛れて消えた頃、スイッチを話すとパシャリとカメラ本体で音がした。どうやら写真に納まったようだ。出来栄えを確認したいが、雨が容赦なくカメラに襲いかかり、空ではもう次の花火が艶やかに輝いている。打ち上げるヒュルヒュル音が聞こえたらスイッチを押して、花火が消えてから離す。ヒュルヒュルで押して、消えたら離す。押して、離す、押して離す……。
何枚撮っただろうか、しばらくして娘がぐずり、私の隣にいた母の膝へと移っていった。ちょうど花火も協賛スポンサー企業のコメントが入り、小休止だ。その瞬間に急いでカメラを拭き、撮れたものを確認する。ピント……合ってるかどうか分からない、そこまでボケていないから合っていると信じるしかない。明るすぎて何の花火だか分からなくなった写真がある。長すぎちゃいけないんだな。ちょっとはみ出しているから、角度をこっちに変えないとな……。
また花火が始まった。
押して、離す、押して、離す。時々液晶モニターを見てカメラの角度を調整するが、スイッチを押している間はモニターはブラックアウトするので、花火が画面に収まりきっているかどうかは分からない。ハンカチで拭いて、位置を少しずらして、撮れていることを信じてスイッチを押し続けるしかない。押して、離す、押して、離す……。綺麗に撮れているだろうか? 我慢できずモニターを見ると、ひときわ大きい花火が上がったのか、会場がどよめいた。しまった、見逃した。朝早くから準備して、子供達と5時間以上待ってやっと見られる花火なのに、カメラに必死で全然見れていないじゃないか。雨は強くなりカメラはもはやびしょ濡れだ。私は諦めてカメラをテントの中の夫に託す。
「……ままぁ」
娘が母の膝から戻ってきた。雨に濡れないようにしっかりと抱き寄せ、傘を差しかけて空を見上げる。びしょ濡れの背中に、動かした傘から垂れた雫がボタボタと散るのを感じる。
「うーわぁ」
「きえーい」
「かっこぃー」
膝の中で娘がたどたどしい歓声を上げる。私はハンカチでカメラの代わりに娘の足を拭きながら、相槌を打っていく。
「きれいだねえ」
「色が変わった!」
「しゅーってなった!」
「ハートだ!」
「おっきいねぇー」
カメラに収められない花火が、私と娘の、息子と夫、両親の眼前いっぱいに広がる。雨は強くなりレジャーシートの上に水がたまり、私の服にじわりと沁み込む。それでも、花火は美しく儚く、夜空に艶やかに咲いては消えて行く。花火をカメラに収めたかったけれど、そうしたら大好きな花火があまり見られない。娘や息子に花火を見せてあげて、帰り道に綺麗だね、楽しかったね、と笑い合いたかったのに、カメラを撮っていたら私は花火を見れていなかったのかもしれない。でも、花火の写真も撮りたかった。いま私が撮影を諦めたのは、雨が強くなってきたからだ……。写真を撮るためには、花火を、花火を見ることを、ある程度諦めないといけないのかな。
思考がぐるぐる回るうちに花火は終わった。雨の中みんなで苦労して撤収し、ビールを楽しんだ夫に代わって運転している間も、ずっと花火と写真のことを考え続けていた。そもそも私がカメラを始めたのは、息子や娘の成長を記録しておきたかったからだ。スマホのカメラでも撮りまくっているが、運動会や発表会、七五三に入学式といった人生の節目の写真は、スマホでお手軽にパシャリ、ではなく、大きく引き伸ばして額縁に入れても遜色のない写真を撮ってあげたかった。だいたいスマホは魚眼レンズのように隅が引き延ばされるから、いまいち迫力や臨場感にかけるのだ。ともかく、子供の写真を撮りたくて、カメラを始めたはすだった。その意味では、このミラーレス一眼で海水浴などの楽しい写真も撮った。それはこのカメラ購入の本懐を遂げる、まさしく私が撮りたい写真そのものだ。それから知り合いのインスタ運営の手伝いに必要な、作品の写真も撮った。これは仕事の一環だから撮って当然だ。
ではなぜ私は、綺麗な夕焼けだったり、もくもくとした入道雲だったり、今日のような花火だったり、そんなものの写真を撮りたくなるのだろう。
プロのカメラマンになるつもりのない私の腕前などたかが知れている。夕焼けも、入道雲も花火も、ネット検索すれば私よりずっと上手な写真がずらりと並んでいる。それでもどうして、自分で写真を撮らずにいられないのだろう?
家に帰り着いて子供たちを寝かしつけた後、私は自分のカメラを取り出し、iPhoneへの画像転送の操作をした。カメラの液晶モニターは小さくて、ピントが合っているのかどうかもいちいち拡大しないと分からない。それならiPhoneで見た方が、ピンチアウト操作で拡大縮小できるので便利なのだ。転送画面の小さなサムネイルでは写真の良し悪しは分からない。色とりどりの光が映っているから、少なくとも数値やセッティングで大きな失敗をしたわけではないらしい。ドキドキしながら転送されたiPhoneを覗き込む。
レンズの水滴が移り込み、少し右が切れていたけど、綺麗な花火が何枚か映っていた。
「…………なるほど」
こんな風に撮れるんだ。肉眼で見る花火は、燃える火薬玉が動き、その少し後を燃え残りが尾を引くようについてくる。尾が消えながらこちらに向かって振ってくる様子が、何とも儚げで美しい。一方カメラではシャッターを開きっぱなしにしているので、火薬玉に火が付いた瞬間から消えるまで放物線を描いている様が、時間を重ねたように全て記録されている。糸のような花びらのヒナギクのような姿だ。もちろん失敗して何も映っていないもの、シャッターを開きすぎて真っ白になってしまったものもある。それでも、かろうじて成功したと言えなくもない写真達を眺めていると、胸の奥から嬉しい気持ちが湧き上がってくるのが分かった。もう少しスイッチの間隔を短くしたら、肉眼で見た花火に近い写真が撮れるだろうか? この写真は失敗していると思ったけど、よく見ると細かい火花が映っていて綺麗だな。ほとんど右側にはみ出してるから、画角は本当に気をつけなきゃ。次に撮影する機会があったら、画角を気を付けて、シャッタースピードを気を付けて……。脳内で反省会を始めた自分に気が付いて、ふと我に返った。
こんな写真、プロが撮った、インターネットですぐ見つけられる写真に比べたら、へでもない、下手くそで陳腐なものばかりだ。
だけどどうして、眺めると嬉しいのだろう?
もう一度写真を撮りたいと思わせてくれるのだろう?
「…………」
考えても答えは出ない。とりあえず最低限の片づけをしようと、車から荷物の残りを下ろし、玄関で仕分けをする。すると脇に放り出してあった、息子の虫かごが目に入った。確かセミを捕りたいと言っていたっけ。正直セミはうるさいし、下手に近づくとオシッコをひっかけてくるから、捕まえることには消極的だった。それにうちの近所にいるセミは、かなり高い木ばかりそびえる神社の横の雑木林にいるから、5歳が虫取り網をどんなに伸ばしても届かないところにばかり止まっている。セミ捕れないよ、高いところだから届かないよ、と言っても息子は聞かず、大泣きするのを無理矢理連れ帰ってきたのは、先週のことだったか。
セミなんて、虫の図鑑を開けば一発で見ることが出来る。更に今の時代、動画で検索すれば虫取り名人チャンネルでわんさか見ることが出来る。動画見ようか、図鑑見ようか、ネットで調べてみようか、と息子に行ってみたものの、息子は「セミとりたい!」と頑として譲らなかった。
「セミ、自分で捕りたいよなあ」
少年が虫を捕りたい気持ちは何となく分かる。図鑑にどれだけカッコいい南米のヘラクレスオオカブトが載っていようとも、近所でヤマトカブトムシを、アブラゼミを、トノサマバッタを捕まえたくなる。それが少年と言うものだ。本物を自分で確かめ、自分のものにして間近に観察する。その行為が大事なのであって、息子にとってのセミも、「自分で捕まえたホンモノのセミ」というのが大事なのだろう。
空を飛ぶセミを捕まえるのはなかなか大変だが、別の日にバッタをたくさん捕まえた。あいにくトノサマバッタはおらず、捕れ高はショウリョウバッタという細長い見た目のバッタばかりだったのだが、息子は嬉しそうに何度も虫かごを覗き込んで「おおきい」「かっこいい」「これ、ぼくがつかまえた」と何度も夫やら私やらに話しかけていた。最後には虫かごの写真を撮って逃がしてやったが、その写真も「これ、ぼくがつかまえた」と得意げにジジババに見せていた。簡単に捕まえられるバッタですらこの喜びようなのだ、四苦八苦の末に空を舞うセミを捕まえることが出来たら、5歳の少年にとってそれはとても誉れ高い勲章のように思えるのではないだろうか。虫かごに入っているのは、単なる虫ではなくて、虫を捕まえるまでの少年の創意工夫や努力のエピソードなのだ。
もしかすると、写真も同じなのかもしれない。
プロのように美麗な写真でなくとも、カッコいい画角でなくとも、「これは私が撮った写真」ということが大事なのではないか。たまたま見上げた空が美しかったこと、夜空の花火が儚げだったこと、そうした想いを拾い上げて、自分でシャッターを切ることそのものが楽しく意味のある行為なのではないか。出来上がった画像には、単なる景色だけではなく、写真を撮るまでの創意工夫や想いまでも込められているから、後から何度見返しても心躍るのではないか。
フォルダに並ぶ写真達は、私の勲章なのかもしれない。
息子が捕まえた虫と同じように、誇らしく掲げて眺めるものなのかもしれない。
この写真は、私が雨の中生まれて初めて撮った、カッコいい花火だ。
「……それなら、仕方ないか」
きっとまた、私はカメラを持って花火大会に行ってしまうだろう。
その時に後悔しないよう、たくさんカメラを練習しておこう。
そして夏はまだ続くから、息子とセミ捕りをしにいこう。
□ライターズプロフィール
吉田けい(READING LIFE編集部公認ライター)
1982年生まれ、神奈川県在住。早稲田大学第一文学部卒、会社員を経て早稲田大学商学部商学研究科卒。在宅ワークと育児の傍ら、天狼院READING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。趣味は歌と占いと庭いじり、ものづくり。得意なことはExcel。苦手なことは片付け。天狼院書店にて小説「株式会社ドッペルゲンガー」、取材小説「明日この時間に、湘南カフェで」を連載。
http://tenro-in.com/category/doppelganger-company
http://tenro-in.com/category/shonan-cafe
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