週刊READING LIFE vol.188

つらいならやめればいいじゃない。何で続けるの?《週刊READING LIFE Vol.188 「継続」のススメ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/10/03/公開
記事:飯塚 真由美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
次は私達の出番だ。本番を控えた舞台の袖の暗がりで、私はステージの上にいる1つ前のグループのダンスを真横から見ていた。踊る人達の横顔が見える。あと数分で私もあのきらびやかな光の舞台に出て踊らなければならない。緊張のあまり、呼吸が浅くなる。頬から胸にかけて、一枚の板になってしまったような気がする。笑おうとすると、頬がギシギシときしんだ。速くなった心臓の鼓動が聞こえる。喉が乾いた。指先の冷たさに驚く。
落ち着かない。
 
前のグループが踊っている曲がホール全体を揺らす。大音量の音楽は待っている私の耳にも遠慮なく入ってくる。その時、私は思わずハッと目を見開いて固まった。人間「まずい」と思った瞬間は、「だるまさんが転んだ」をしている時のように動きがピタリと止まるのだ。
「まずい、振り付けを忘れた」
パニックだった。数か月かけて練習をして来たのに、本番直前でこんなことになるなんて信じられなかった。あの動きの後はどうするんだっけ? 思い出そうとすればするほど、焦りで記憶の蓋は固く閉ざされてしまう。舞台の袖の暗がりの中、これから一緒に踊る同じグループのメンバーに、振り付け忘れた教えて、と必死の思いで頼む。その人は「どうしちゃった?」と不思議そうに笑いながらも、動きを見せながら私に振り付けを思い出させてくれた。
 
ダンスを習っていて、コロナ禍前は年に数回、イベントで数人のグループで舞台に上がり群舞を披露する機会があった。緊張して直前に振り付けを忘れるという恐怖体験は、一度だけでは終わらなかった。夢に出そうだった。
それどころか、舞台にいた記憶自体が抜け落ちているようなこともあった。本番が終わって控室に戻る。本番中の記憶が無い。うまくできたか、どこかで間違えたか、そういうことも思い出せない。客席がどんな様子だったかももちろん覚えていない。踊ったばかりでハアハア息があがっている、それで私は今本番のステージで踊って来たらしい、と感じるのだった。
舞台での本番を経験するたびに、直前に振り付けを忘れるか、本番の記憶が無くなるか、が交互に起こった。
困ったことに、本番の回を重ねるごとに緊張の度合いは高くなっていった。どうしてこんなに緊張するんだろう。この先の本番もこの調子で緊張が肥大していったら、と考えると押しつぶされそうで怖かった。もっと気楽に本番を迎えたい。でも、どうしたら良いのか?
今まで十数年ダンスを続けていて、この時が最大のピンチだった。
 
場数を踏むしかない。
それが、考えた末に出した答えだった。継続して本番の経験を積むことが大切だと思った。緊張をやわらげるには、本番という特別な状況に慣れるしかない。
本番イコール緊張しすぎて恐怖体験、の図式のまま終わるのは嫌だった。それで、この先何年も、本番にはすべて出ると決めた。正直なところ、とても怖かった。
 
今は移り変わりの最中だ。続けることで乗り越えた先には何かきっといいことが待っている。そう思えたのがきっかけで、次の本番からは少しずつ肩の力が抜けていくのが分かった。目に入るものも変わっていった。本番の記憶が無かった頃にはまるで目に入っていなかった客席の様子が分かるようになり始めた。客席の前のほうの列に、見に来てくれた友達の姿が見えた。狭かった視野が本番の回数を積むに従ってだんだん広がっていくのが分かった。舞台の上で一緒に踊っている他のメンバーの様子や、舞台の袖で待っている次のグループ、客席全体が音楽にのっている空気、色々なものが見えるようになっていった。少しずつ変わり始めたのが嬉しかった。
 
あの頃はどうしてあんなに緊張していたんだ、と今では思えるようになった。緊張に悩んでいたピンチの時に投げ出さなくて良かった。続けることは怖くもあったけれど、走り続けてトンネルを抜けたら本番って楽しいと心から思えるようになった。
場数を踏むことは、自信につながった。継続は力なりという言葉を実感した思いだった。
 
「継続は力なり」ということは分かっているものの、数か月前に始めたライティングの勉強でも、継続のピンチはやって来た。
 
私は「なんだか辛くなってきちゃって」と言った途端、涙があふれて止まらなくなった。
うろたえた。飲みの席だ。ここは泣く場面じゃ無いでしょう、と心の中のもう一人の自分が言う。
その通りだ。なのに次の言葉は涙でつかえて出て来ない。
 
私は文章力をアップしたいと天狼院書店の「ライティング・ゼミ」の受講を始めた。
何か新しいことを始めてみたいなという「何となく」な思いから講座の申込ボタンをポチッと押した。何日までに申し込めば早期特典あり、の期限が迫っていたのがポチッの最大の決め手だった。なので、焦って申し込みをしてから講座の詳細を知る。順番が逆なのだ。
占いで、私の星座は「ノリと勢い」で生きているとしばしば書かれていた。ああ「ノリと勢い」でまたやっちゃったよ、とポチッとやった自分を思い苦笑いした。
 
この講座では、週に1回2000字の文章を書くという課題の提出があることを知る。提出期間は16週続く。16行、整然と並んだ締切日を見て血の気が引いた。できる気がしなかった。軽い気持ちで講座に申し込んでしまった自分の「ノリと勢い」を恨んだ。
しかし、とにかく継続して書き続けることが上達への道だと直感した。そのために私は「16週全部課題を提出するぞ、おー!!」と講座の初回に決意した。
 
なんだか辛くなってきちゃって、と思わず涙したのはこの課題のことだった。提出の回数も折り返し地点を過ぎたあたりだった。毎回、なかなか書き進むことができなかった。あまりのできなさに身を削って何かを書いているような気持ちになった。鶴の恩返しの鶴に妙に親近感を覚えた。
16回の課題、全部出すと決意して毎週提出を続けたものの、中盤に入って息切れをし始めていた。書くネタもそろそろ尽きそうで、黄色信号が点灯した。なのにこの先の提出はまだ7回もあった。提出を続ける自信は全く無かった。この先の課題、書けるんだろうか。いや、無理な気がする。不安ばかりが募っていた。ライティングの勉強を始めてから最大の継続の危機を迎えていた。
 
課題の提出、1回休みにしてしまおうか。何度となく考えた。
もう一人の自分が否定する。ダメだ、私のことだから1回休みが2回になり3回になる。
さすが自分、よく分かっている。間違いなくそのままずるずると最後の締切日を迎える予感がする。
一度立ち止まったら再開できなくなる。休むのは簡単だが、再び始めようとするとエンジンをかけるために休む前の数倍のエネルギーが必要になる気がした。歩き疲れて座ったら、再び歩くどころか立ち上がることすらできなくなりそうだった。
毎週の課題提出をこっそりやめたとしても誰も困らない、と思った。しかし、1人だけ困る人を見つけた。それは自分だった。途中で投げ出したという自己嫌悪の思いをこの先ずっと引きずっていくのは嫌だった。「ライティングの勉強してたんでしょ?」と聞かれて「まあ、途中までは頑張ったんですけど、あの、何ていうか、はい」と、ごにょごにょ言い淀んでいる自分がはっきりと想像できて悔しかった。
続けるか、休むか。自問自答の答えはいつも「苦しいけど続けよう」だった。
 
私の「なんだか辛くなってきちゃって」を向かいで聞いていた人が言った。
「所詮、趣味でしょう。つらいならやめればいいじゃない。何で続けるの?」
そう来ると思っていなかった。頑張りなさい、続けなさいと言われると思っていた。どっこい、やめることをすすめられた。
いざやめちゃえと言われると惜しくなる。あまのじゃくな自分が頭をもたげた。
何で続けるの? に答えなきゃと、成長したかったから、と涙を拭き拭き上達への思いを口にした。何となく始めたライティング講座だったが、続けるにつれ、後付けとはいえこうした願いを持つようになったのも事実だった。
 
「じゃあ、好きでやってることなら弱音は吐かない!」
確かにおっしゃる通りだった。すっと涙が引くのが分かった。
腹に落ちるという言葉があるが、文字通り「好きでやってることなら弱音は吐かない」の18文字がドスンと胴体の中に落ちてきて、残響を響かせながら何度も何度もバウンドしているようだった。
 
その後2日間、文章を書かなきゃという課題提出のことは敢えて考えないようにした。それまで、課題を書いて提出しなければ、という焦りは常に頭の中にべったりと貼り付いていた。常に頭のセンターポジションに貼られていた大きなポスターのような存在を試しに剥がしてみようと思った。
ラブラブだった恋人たちが「僕たちちょっと距離を置こう」と言うみたいに、離れてみることで文章を書くことが好きなのか、本当に続けたいのか、自分に問いかけることができる気がした。
別れも覚悟した2日間だった。正直なところ、書くことを「好きでやってる」のかも分からくなっていた。
文章を書く時に使うPCも起動しない。こんなネタを書きたい、あのフレーズいいな、といったことを書きためていたネタ帳も見ない。気分転換に鎌倉に遊びに行った。自転車に乗って、陽射しを受けて風を浴び、緑に囲まれたお寺や晴れた海を見に行った。
 
「つらいならやめればいいじゃない。何で続けるの?」と「好きでやってるなら弱音は吐かない」という言葉。文章のことを考えない2日間。
どういう結果が出るのかは、自分でも全く予測ができなかった。
 
講座が始まってからは、常に頭の中に16週の課題提出のことがあった。ひたひたと忍び寄る締切日に、書かなきゃ、提出しなきゃ、という「ねばならない」の思いが大きかった。「毎週やってくる夏休み最後の日」に、宿題がまだちっとも終わっていない焦りや宿題を先延ばしにした自己嫌悪を感じる小学生の頃の気持ちをリアルに思い出した。
課題を宿題と捉えてしまったことが自分を過度に苦しめていたように思う。宿題ではなく、権利だ。出すかどうか、決めるのは自分だ。
課題提出を「権利」と考えると、受講料も払ったことだしモトを取らないともったいない気がしてきた。現金な自分に笑っちゃいながらも、宿題から権利に捉え方を変えただけでスイッチが入ったことに驚いた。ここから先の毎週の提出もできるような気がしてきた。不思議だ。
 
提出した課題文が合格ラインと判断されると、飛び上がりたい位に嬉しかった。スマホを見ながら、混んだ地下鉄の中だって思わず「やった!!」とガッツポーズをしながら声に出してしまう位だった。あの喜びは書いた本人だから味わえる、極上のものだった。書いて課題を提出しなければ、あの嬉しさを手にすることは無い。やっぱりまた挑戦してみたい、そう思えた。
 
「好きでやってることなら弱音は吐かない」という言葉で目を覚まさせてくれた人に感謝している。確実に私のターニングポイントになった言葉だった。
弱音を吐いている時間があったら、その時間を成長のために使ったほうがいいに決まっている。
成長したいから受講しているんだった。至極当然な事なのに、あっぷあっぷしていた中で完全に見失っていた。
 
書くことについて、敢えて考えない2日間が終わった。
好転現象が起こった。心の中に上向きの矢印が出始めた。
わざと離れてみたことの効果なのか、不思議とまた文章を書いてみたいと思った。自分で自分の頭の上に乗せてしまっていた「宿題」という重石は取れ、心は以前よりも軽かった。
 
書く前のルーティンに入った。
帰ってきた! ついに書くんだ! と解散したアーティストが再結成してまたステージに立つように、1人で盛り上がった。
いつもの儀式を厳粛に執り行う。
髪を後ろでひとつに結ぶ。集中するためにPCのWi-Fiを切る。キーボードのFとJのキーに左右の人差し指を置く。そして大きく深呼吸。
文章を書き始める時はいつも、入試の時の小論文の試験の気分になる。
心の中で試験監督の「始めてください」の声が聞こえた。
 
しんどい、やめたいという継続のピンチを乗り切ったおかげで、全ての回の課題を提出することができた。大きな波のように心に押し寄せる達成感を味わった。
継続することの良さは、最初は到底できないと思っていたこともできるようになることだ。よちよち歩きの子供がいきなりフルマラソンは無理だ。同じように、自分が毎週2000字の文を書くなんて、申し込みをした頃は想像もできなかった。16週続いた課題の提出をできたことは、大きな自信につながった。と同時に、体当たりで試行錯誤する中、提出した回数だけ学びがあった。あの時に課題提出の継続が途切れていたら、受講して得るものは大きく目減りしてしまっただろう。
その後私は、上級コースに入ってライティングの勉強を続けている。課題はさらにハードになり、毎週5000字の文章を書いて提出している。「ノリと勢い」でポチッとしてしまった頃の自分は「人類は毎週5000字なんて書けるわけが無い」と信じていた。自分にこんな未来が待っているとは全く考えていなかった。
やっぱり「継続は力なり」だ。継続のピンチを迎えても続けていけば、トンネルの先には何かいいことがきっと待っている。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
飯塚 真由美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

東京在住。立教大学文学部卒業。
ライティング・ゼミ2022年2月コース受講。課題提出16回中13回がメディアグランプリ掲載、うち3回が編集部セレクトに選出される。2022年7月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。
国内外を問わず、大の旅好き。海外旅行123回、42か国の記録を人生でどこまで伸ばせるかに挑戦中。旅の大目的は大抵おいしいもの探訪という食いしん坊。

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2022-09-28 | Posted in 週刊READING LIFE vol.188

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