週刊READING LIFE vol.188

自己PRをやめて自己開示をしてみたら「闇」が「光」に変わっていった《週刊READING LIFE Vol.188》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/10/03/公開
記事:深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
残業時間に外線電話が鳴った。こんな時間に外線電話がかかってくるのは珍しい。受話器をとって会社名を名乗ろうとすると、それを遮るように怒声がとんできた。
 
「お前んとこか! ヒ素を流したっていうのは」
 
年配らしき男性の声だった。
 
「さきほど市役所も検査に来まして、詳しいことは調査中です」と言おうとしたとき、ガチャンと電話が切れた。夕方のニュースか何かで、近くの川の水からヒ素が検出されたことを知ったのだろう。地域に住む人からだろうか? 受話器を置いた後も、「お前んとこか!」の声が頭から離れなかった。
 
数時間前、市役所の人が突然工場へ来て、排水の検査をしていったところだった。
 
「近くの川で魚が浮いているという通報がありましてね、川の水を検査すると、有害物質であるヒ素が検出されたんです。それで、その川に排水を放流している工業団地内の工場を検査してまわっています」
 
市役所の人はそう言って、工場の排水やその日の水質の記録を確認していった。私たちの工場はヒ素など使っていないし、排水の水質もいつもと変わりなかった。後ろめたいところはこれっぽっちもなかった。
 
それなのに「お前んとこか!」と言われて、私は悔しかった。
 
私たちの工場がもともと地域の人たちに歓迎されていないことは、最初から何となく感じていた。工業団地の造成前後の写真を見たことがあるが、これほどの木々を伐採したのかと驚く。実際に、「環境に配慮しているっていうなら、お宅の工場ができたせいで里におりてくるようになった猿を何とかしてくれない?」と地域の人から言われることもたびたびあった。
 
今まで静かだった山間のまちに、急に大きな工場が立ったのだ。通勤時間帯になると、付近の道路は渋滞する。薬品を運ぶ大きなタンクローリーは頻繁に出入りする。ある日全くのよそ者がやってきて、大きな顔をしてデンと居座っているのだ。もとから住んでいる人にとっては、いい気持ちはしないだろう。工場ができたことで、地域経済に良い影響があると言ったところで、地域の人にとって大事なのは日々の暮らしだ。地域の経済なんていうことより、「家の前の道路が渋滞していて、なかなか家から車を出せない」という問題の方が切実だ。
 
私たちは地域の人たちに受け入れられていない。地域の人たちが持っている不信感が、「お前んとこか!」の怒声に集約されているように思えた。
 
「ヒ素騒ぎ」が起きてから2日後、「市が水質を精密分析した結果、ヒ素は検出されず、魚が死んだ原因も工場排水とは関係なかった」との報道発表があった。私たちの疑いは晴れたわけだが、気持ちは晴れなかった。あの時、「お前んとこか!」ではなく、「お宅の工場は絶対大丈夫だよね。お宅の工場であるはずがないよね」と言われたのだったら、どんなによかっただろう。「それくらい信頼される工場にしたい」と強く思った。
 
それから1ヵ月半ほどが経った。春になり、工場の近くを通る道路脇の桜が満開になった。毎年この時期は、朝、通勤で通りかかるたびに、満開の桜を見るのが楽しみだった。時には猿が花を食べているのを見ることもあった。ところが、桜の季節が終わった頃、すべての木が切り倒された。新たな工業団地の造成が始まったのだ。みるみるうちに山が切り開かれていく。
 
「あぁ、もうあの桜を見ることはできないんだ」
すごく残念な気持ちがした。そしてふと、地元の人たちが味わった気持ちもこういうものかもしれないと思った。工業団地の造成にあたっては、専門機関が環境アセスメントを行う。時間をかけて調査をし、問題なしと判断されたから開発をする。なにもやましいことはない。けれど、理屈では割り切れない感情がある。地元の人たちにとって、見慣れた風景がなくなってしまうのは、寂しいことだったのかもしれない。そんな感情に思いをはせることもなく、「正しい手続きのうえに進めたことだから」と、私たちは自分たちの正当性ばかりを主張してきたのではないか。
 
「地域の人たちに私たちのことを分かってほしい」と思って待っているだけでは何も変わらない。本当は実際に工場を見てもらいたい。でも会社は「一般見学は受け入れしない」という。それならこっちから地域に出ていこう。
 
ちょうど市役所から、「今度、市民を対象とした環境講座を企画しているのですが、工場の取組みを話してもらえませんか」と依頼がきた。チャンスである。当日会場に行くと、市役所の人が
「中には工場に対してアンチの方もいるかもしれません。質疑応答であまりにややこしい質問が出たら、私たちも対処しますので」
と耳打ちしてきた。
 
それを聞いて、「お前んとこか!」のセリフがよみがえってくる。ひょっとすると、この会場にその声の主がいるのではないか。ここぞとばかりに責められるのではないかとも思った。会場を見渡すと、確かに気難しそうな表情をした年配の男性がいる。
 
ドキドキしながら講座を始める。皆に参加してもらうワークも行ったが、その気難しそうな男性も皆と一緒にワークに参加してくれている。よかった。ずっと斜に構えた感じでいられたらどうしようと思っていた私は、少しほっとした。最後の質疑応答でも、特に答えにくい質問もなく、平穏無事に講座は終わった。
 
後日、市役所から参加者のアンケートが送られてきた。
「工場での取組みを知ることができて良かった」という感想などが書かれている。そうした感想に混じって、「企業の光と闇。その闇の部分に光を当てて見せよ」という文言があった。
 
「あの男性かな?」と思ったが、無記名だから、誰が書いたのか分からない。どんな意図かも分からない。けれども、もし私が「闇」に光を当てるとしたら何だろう。私は講座で話したことや、これまでのことを振り返ってみた。
 
今までは「環境のためにこんなことをやりました!」、「これだけの効果がありました!」というPRばかりに終始していた。これが「光」だとしたら、「闇」は何だろう?
 
私が光を当てることのできる「闇」は、「自分たちのできていないこと」かもしれない。それを正直に話すことが、光を当てることだと解釈してみた。
 
その後、何度か市民を対象にした講座で話をする機会があった。今まで話していたような「こんなことをやっています!」という内容は大幅に削減し、その代わり、今ぶち当たっている壁についての話に時間を割いた。
 
「省エネ活動を進めなくてはいけないけれど、生産部門と協力して進めていくのがなかなか簡単ではなくて……」
「環境教育も形ばかりになってきているのが課題だなと思っているんです」
 
そんな話をすると、講座が終わったあと、話しかけてくれる人が増えてきた。
 
「私も省エネを担当していましたけど、思い切った策はなかなか理解が得られなくてね」
今はもう定年退職し、地元で温暖化防止活動をしているSさんという男性が声をかけてくれた。
 
「まぁとにかく、根気強く訴えていくしかないよ。頑張って」
と言ってくれた。
 
半年後、そのSさんから電話がかかってきた。夏休みに子ども向けのイベントをやるから、一緒にやらないかという電話だ。色々な方法で電気をつくる実験を子どもたちに見せるという。
 
「じゃあ、うちの工場にソーラーパネルがあるから、それを持って行きます」
私は同僚と一緒にソーラーパネルを会場に持ち込み、そのイベントに参加した。Sさんは、4名ほどの仲間と一緒に水力発電の装置や、自転車発電、レモンを使って豆電球をつける装置などを持ち込んで、子どもたちに電気の大切さを伝えていた。
 
「全部手作りだなんて、すごいですね」
と言うと
「僕ら皆、こういうのを作るのが好きなんだよ」
とSさんの仲間のひとりが笑顔で答えてくれた。
 
「こんなの、自分たちではなかなか作れないな」と思いながら、私は彼らの作った装置を見ていた。その時、ふとひとつのアイディアが浮かんできた。
 
ちょうど私たちの工場では2ヶ月後に地域の人や社員の家族を工場に招くフェスティバルを開催することになっていた。年に1度だけ、地域の人に工場を見てもらえる機会である。会社からは環境の展示もやるように言われていたので、ソーラーパネルを展示する計画を立てていた。でも、それだけでは物足りないと思っていた。
 
「それなら、地域の人たちとコラボをしたらいいじゃないか!」
私は思いついた勢いで、
「Sさん、今度うちの工場のフェスティバルでも、この展示を一緒にやってもらえませんか?」
と頼み込んだ。
 
するとSさんは
「いいよ。今回のイベントで色々協力してもらったから、今度はうちが協力させてもらうよ」
と快諾してくれた。
 
イベントの日。子どもを連れた社員や工場を訪れた地域の人たちが次々と発電の実験を体験しにやって来た。Sさんやその仲間、地域の人と社員が和やかに談笑している。そういう光景は初めて見る光景だった。
 
イベントを終え、展示品を片付けていると、Sさんの仲間のひとりが声をかけてきた。
「僕ね、いつも夜お宅の工場を見てたんよ。夜中でもネオンがずっと点いてて、もったいないと思ってたんよ。でも最近は消えてるね。省エネ、頑張ってるんやね。昔はあんまりいい印象持ってなかったけど、今は応援してるわ。頑張って」
 
やっと地域と少し近づけた気持ちがした。「お前んとこか!」と言われてから3年が経っていた。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)

愛知県出身。
国内及び海外電機メーカーで20年以上、技術者として勤務した後、2020年からフリーランスとして、活動中。会社を辞めたあと、自分は何をしたいのか? そんな自分探しの中、2019年8月開講のライティング・ゼミ日曜コースに参加。2019年12月からはライターズ倶楽部に参加。現在WEB READING LIFEで「環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅」を連載中。天狼院メディアグランプリ42nd Season、44th Season総合優勝。
書くことを通じて、自分の思い描く未来へ一歩を踏み出す人へ背中を見せ、新世界をつくる存在になることを目指している。

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2022-09-28 | Posted in 週刊READING LIFE vol.188

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