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週刊READING LIFE vol.192

娘の願い《週刊READING LIFE Vol.192 大人って、楽しい!》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/11/07/公開
記事:赤羽かなえ(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
※このお話はフィクションです。
 
いつだっただろう、母に仲良くしている友達がほとんどいないことに気づいたのは。そして、それをとてもプレッシャーに感じるようになってしまったのは。
 
いつからなのだろう、母が変わり始めたのは。
そして、それをとても重い、と感じるようになってしまったのは。
 
『あゆみは変わっちゃったよね』
 
「え? どんな風に?」
 
電話口で不機嫌そうに母がつぶやいた時に、喉の奥に小骨が引っかかったように不快だった。目の前には子供達が遊び散らかしたおもちゃが散乱していて息苦しい。
 
『昔は、もっと、お母さんの話をちゃんと聞いてくれたじゃない』
 
畳みかけるように母は私を責めた。
 
確かに結婚する前のように母とゆっくり話したり出かけたりする機会は減った。でも、それって結婚して子供も生まれているんだから仕方なくない? それって私が悪いことなんだろうか。
 
「お義母さん、寂しいんだろうね」
 
家に戻ってきた真一を捕まえて不満をぶちまけると、彼は少し考えてからそういった。
 
「寂しいって、子供じゃあるまいし……」
 
「でも、お義母さんは、うちの母さんみたいに色々な集まりに顔を出すタイプじゃないだろ?」
 
「確かにそうなんだよね」
 
真一の母は、とても社交的で毎日忙しそうだ。用事があって連絡しても『あゆみさんも忙しいんだから、こちらには気を使わなくていいわよ』と言ってくれる。実母より、義母の方が楽だなんてなんだか情けない。
 
「週末に由奈と颯太の面倒見るから、実家にもどってきたら?」
 
「その方がいいのかなあ……」
 
真一の提案は気がむかなかったけれど、子供達が真一に飛びついた。「パパどこかに連れて行ってくれるの? おっきい公園行きたい!」と口々に叫ぶ二人に、私が一人で実家に帰ることが決まった。
 
「こじらせる前に行くしかないか」
 
そう話していたのが水曜日の夜だったのに、金曜日の昼間に事件は起きた。
 
『あゆみ、母さんが救急車で運ばれたらしい。処置が終わったら連れ帰ってくれないか?』
 
めったに連絡のない父からの電話に驚いて指定された病院に駆けつけた。
 
「お母さん大丈夫?!」
 
「あゆみ、悪かったわね。急に迎えに来いなんて」
 
「いや、いいんだけどさ、気を付けてね」
 
母はことのほか元気だった。階段から足を踏み外して転んだらしい。午後は病院に迎えにいったついでに買い物につきあった。しばらくは何日かに一度、頼まれたものを買い物して届ける約束をした。けがをした割に、母は機嫌が良かった。

 

 

 

「あゆみちゃん、お母さんのけがはどう?」
 
久々に友達とのランチだ。車から降りると秋の空がどこまでも青く澄んでいた。来月に控えたマルシェの打ち合わせも兼ねているけど、気の合うメンバーはいつまで話していても飽きない。
 
「うーん、ただの捻挫の割に長引くのって年のせいなのかなあ?」
 
「1か月経つんだっけ? 骨折よりも捻挫の方が固定できないから長引くのかもね」
 
見た目は普通に歩けているように見えるけど、母はまだ違和感があると言って何かと連絡をしてくる。そのせいで、友達とランチに出かけたり、家でやっているアロマのワークショップやリフレクソロジーなどの仕事を引き受けたりするのもだいぶ控えていた。常連さんからも「仕方ないよね」と言ってもらえるけど、母のことがあって動けない自分が窮屈だった。
 
「マルシェは出られそう?」
 
「うん、その日はどうにかするから大丈夫。まだ2週間あるからね」
 
「あゆみちゃんが、会場周り取り仕切ってくれるとやりやすくてホントに助かるよね」
 
「そうやって言ってもらえると、嬉しい。自分が得意なことで役に立てるならよかった」
 
マルシェなどイベントの運営は、独身時代に働いていた仕事の経験が役立っている。働いて時は休みが少なくて大変な仕事だと思っていた。でも、今、自分が楽しく活動するための経験を積ませてもらったと思えば、自分がやってきたことに無駄はないなあと思える。
 
「なんかさ、大人って楽しいよね」
 
「うん、子育ても忙しいけど、その合間にこういうことできるのって楽しいね」
 
その時、着信音がなった。母からだった。
 
「あ、ごめん、電話。ちょっと出てくるね」
 
スマホを取り上げて通話ボタンを押しながら店の外に出る。扉をあけると、思いのほか風が冷たかった。
 
『あゆみ? 今どこにいるの?』
 
「あ、今日は仕事の打ち合わせで外にいるの。あとで頼まれた買い物をして、家に寄るよ」
 
『仕事って、どうせ遊びでしょう? 早く買い物を済ませて、うちで夕飯の手伝いしてほしいのよ』
 
前に、マルシェの話を母に話した時の反応を思い出していた。みんなで会場を借りて、その会場のスペースを参加者で割り振りして、お菓子販売だったり、マッサージだったり、占いブースや手作りのアクセサリー販売なんかもするんだ、と話した時、彼女は曖昧に笑っていた。「なんだか高校のときの出し物みたいね」といわれてその時には何とも思わなかったけれど、遊びだと思っていたんだな。
 
確かにマルシェ自体は儲からないことも多いし、お互いのブースを行き来したりしてお金も使うから、むしろ赤字になってしまうこともある。でも、そこから新しいお客さんや縁が繋がったりするのに……。何よりもみんなで作り上げる楽しいあの時間がプライスレスな体験なのに……。
 
『そもそも、由奈も颯太も昼間はいないのだから、フルタイムで働けばいいのに、ほっつき歩いてばかりいるんだから。こんな時くらい私のことをもっとたすけてくれたってバチがあたらないでしょう?』
 
「約束通り、買い物はしていくから。夕飯の準備ができるかはわからないけど、やることはやるから」
 
声を押し殺してそれだけ言うと、返事を待たずに電話を切った。スマホを叩きつけたくなるような気持ちを抑えて、店の中に戻った。
 
「あゆみちゃん、何かあった? お母さん、大丈夫?」
 
「あー、いや、もう、なんだろ。腹立つ!!」
 
ここ1か月の間に溜め込んでいた愚痴を一気に吐き出すと、なんとなくわかる気がするよという返事が返ってきた。
 
「母親世代の人達って子供を育てることに必死だった感じするよね。SNSとかもなければ、今みたいに情報も多くないし、地元で仲良くなれなかったら孤立しちゃうんだろうね」
 
そう思ってみると、母はいつから人との付き合いがあまりなくなったのだろう。私が小学生くらいの時にはまだ、ママ友もいたような気がするけれど、最近では誰か友達と遊びに出かけるというような様子も見られない。父はまだ会社で働いているから二人で長期に旅行にいくというようなこともあまりない。
 
「でもさ、娘に依存するのは勘弁してほしいわ」
 
「親子って難しいねえ」
 
慰められると少しだけ浮かばれる気がした。食後のコーヒーはひどく苦かった。
 
予定していたよりも1時間ほど早く、後ろ髪を引かれるような思いでランチの店を後にすると、実家に向かった。家に行く途中で小さなお社があった。家に行く前に気を静めようとそのお社に手を合わせた。深くため息をついて、実家に向かう。
 
腹が立つからさっさと夕飯のおかずを作って帰ろう。
合鍵を使って家に上がり込むと、リビングで母がテレビを見ていた。その後ろ姿は思ったよりも小さかった。
 
「あら、早かったのね」
 
という言葉にムッとするけれど、極力反応せずに台所に向かう。小一時間無心に料理をして、我が家の分を容器に詰めるとそそくさと帰ろうとした。
 
「なんか、1か月くらい、沖縄とかに住みたいなあ」
 
お父さんと毎日顔を合わせているのもパッとしないしね。私に言っているのか、独り言なのかわからない口調で母は話した。
 
「足が治ったら行けばいいじゃない」
 
ここにいてしょっちゅう文句ばかり言うくらいなら、いっそどこかに長期旅行でもしに行ってくれる方がましだ。
 
「無理だよ。そんなに長い間家を離れたことがないもの。お父さんの食事だって困るでしょう?」
 
「そんなの、1か月くらいなら、私がお父さんの分のご飯作ってあげるわよ。それがやりたいことならそれをした方がいいよ」
 
「いい大人なんだから、常識外れのことなんかできない」
 
たかだか、沖縄に1か月旅行にいくことの何が常識外れなんだろうか。改めて母の横顔を眺めた。そもそも、だったらなんで母は沖縄に1か月もいたいなんてことを口に出したんだろう。
 
「あんたはいいわよね。子供が小さいうちはいいのよ。私もあんたが幼稚園に行ったら人の家に行って、料理の教室をしてもらったり、フラワーアレンジメントなんかもしたりしたの。子供が中学になるくらいから、お金がかかるからって働き始めたりして、結局そういうのも疎遠になってしまうのよ……大人って楽しいって思えた期間ってわずかよね。あとは、子供の学費稼いだり、親の介護したりしているうちに、あっという間にこの年になってしまうんだから」
 
「じゃあ、お母さんは今、ホントにやりたいことってないの?」
 
「今から逃げたい。今ここに私がいなければ、あんただって気が楽でしょう? 昔はさ、あんたたちが早く独立したら色んなことやりたいって思ってたんだけど、ここまで来ちゃうと、今更ってなっちゃうんだよ。あんたが、よくわからないことで、楽しそうにしていると、いいよねえ楽しそうで、って羨ましくなる」
 
母なりに、さっきの電話を後悔しているんだろう。俯いて表情が見えなかった。
 
思うように体が動かない。やりたいこともわからない。昔は親にべったりだった娘は、自分そっちのけで活き活きと生きている……。そう思ったら、自分が感じていた腹立たしさがしぼんだ。
 
「お母さん、それはダメだよ」
 
母が顔をあげてこちらを見る。
 
「親は、先に歩んでいく立場なんだから、楽しく生きているところを見せてくれないと、私が困っちゃうじゃない。お母さんの年になったらお先真っ暗だ、なんて思いたくないもの、やっぱり大人って楽しいよねって思いたい。だから、お母さん、少し無理をしてでも、楽しいこととかやりたいことを一つずつ見つけていこうよ」
 
母は、視線をテレビの画面に戻すと、もうこちらは見なかった。小さいな、と思った肩が小刻みに揺れていた。
 
外に出ると、冷たい風が一気に顔に吹き付けてきた。大きく息を吸うと、冷たい風が身体の中を一気にめぐった。歩いていくと、さっきのお社が見えてきた。そこに止まると、再び手を合わせた。
 
私も、お母さんくらいの年齢になった時に、まだやりたいことをやれていますように。
そして、お母さんが最後まで大人って楽しいって言えますように。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
赤羽かなえ(READING LIFE編集部公認ライター)

2022年は“背中を押す人”やっています。人とモノと場所をつなぐストーリーテラーとして、愛が循環する経済の在り方を追究している。2020年8月より天狼院で文章修行を開始。腹の底から湧き上がる黒い想いと泣き方と美味しいご飯の描写にこだわっている。人生のガーターにハマった時にふっと緩むようなエッセイと小説を目指しています。月1で『マンションの1室で簡単にできる! 1時間で仕込む保存食作り』を連載中。天狼院メディアグランプリ47th season総合優勝。

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2022-11-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.192

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