週刊READING LIFE vol.192

遂に来た「大人と子供、どっちが良かった?」の質問に、何を答えるか《週刊READING LIFE Vol.192 大人って、楽しい!》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2022/11/07/公開
記事:西條みね子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「大人になってからと、子供の頃と、どっちが良かった??」
オオ……! この質問、遂に来た……!!
小学校6年の姪からこう問われた時、私は、何を答えるかよりも、この質問が来たことそのものに軽く感動を覚えていた。
姉家族の家は、私の家から歩いて10分というご近所にあり、姪は時おり、私の家に1人でやってきては、一緒にお菓子など食べて寛ぐことが多かった。私と姪は昔から仲が良く、叔母と姪というより友達のような関係である。小学6年生になり、大人に近づいてきた姪との関係は、最近ますます、大人同士のそれに近づいてきたのを感じていた。
何を答えるべきか、に意識が行かなかった理由は簡単だ。答えは決まっているからである。
「私は、断然、大人になってからの方が良いね!」
私はエヘンと胸をはって答えた。
胸をはりながら、私は考えていた。大人の楽しさを、どうやったら姪に、伝えられるだろうか。押し付けがましいことはしたくないが、大人の楽しさを、姪が、自分自身で掴みとれるような、その手助けになりたいものだ……。
 
 
記憶にある限り、私の「大人」の出だしは、あまり愉快なものではなかったというのが総論である。
社会人1年目で入った会社が「激務上等」な会社だったこともあり、数年間は仕事仕事に追われていた。平日の帰宅が終電になることも珍しくなく、そうなると当然、平日は仕事以外のことは何も出来ない。土日は睡眠を取らなけば身体が持たず、掃除や洗濯など家事を片付けたあとの、土曜の夕方から日曜日にかけてのみが、私の自由時間であった。その自由時間すら、ぼんやりと過ごして終わることも多かった。大学まで地方都市暮らしで、就職で初めて都内に上京してきた私には、親しい友人や知り合いもおらず、慣れない大都会での生活に戸惑っていたという背景がある。が、1番の理由は、仕事で疲れ切った脳には、何かをしようということを考える隙間すらなかったのだ。何なら、日曜の午後あたりから月曜からの仕事の事がチラつき、心が重たくなるのを感じていたくらいである。(ちなみに、ブラック企業という言葉はまだ一般的に普及していなかった時代である)
いかん。このままでは人生が仕事に忙殺されてしまう。
なんだか、毎日がちっとも、楽しくない。
大人というのは、こうやって働きづめに働いて、ボロきれのように眠って、年をとっていくものなのだろうか。一体、何のために大人になり、生きているのかすらわからなくなってくるようでは、末期症状だ。
どうにか、どうにかしなければ……。
 
鬱々とすごしていた私の目にふと、止まったのは、SNS上での友人Yのつぶやきだった。10年以上経つが、今でも忘れられない文面はこんな感じである。
 
「数年前の年末、上司に『死ぬまでにやりたいこと、やりたかったことを、100個、書いてきなさい』と言われた。年明けに100個書いたのを持っていくと、『この中で、すぐやれることに、マルをつけなさい。マルをつけたものを、すぐやりなさい』とおっしゃった。
去年は32個、やれた。今年はいくつやれるかな。四国に行く、布団カバーを買い替える、いらない調味料を処分する……」
 
私は、なるほど、とうなずいた。
今の自分は、疲弊しきった脳で楽しみすら思い浮かばない。慣れない土地で自分を楽しませる動き方も知らず、やりたいこと迷子である。何も、大それた夢を見つけたいという話ではない。いち社会人、いち大人の生活として、心身ともに健やかで、明日に希望を感じる日々でありたいのだ。そのためには、まず、忘却の彼方に飛んだ「やりたい気持ち」を思い出すことが必要なのではないか……。
私は決意した。自分も、この、100個とやらをやってみよう。まずは、大きなことでも小さなことでも、なんでも良いのだ。友人Yも「いらん調味料を捨てる」とかいっているではないか。どんな小さなことでも良いから、やりたいことを出してみよう。
ちょうど、これを読んだのは、正月休みで実家に帰省し、東京に戻る新幹線の中であった。数日間、仕事から少し離れていたタイミングというのも、良かったのかもしれない。
私はスマホのメモアプリを開くと、「20XX年のやりたいこと100」とタイトルをつけ、やりたいことを一つ一つ、書き出していった。新幹線が東京駅に着く頃には、リストには、83個のやりたいことが並んでいた。
 
正月休みが終わり、日常生活に戻った私は、仕事に向かう電車の中で、件のリストを睨みつつ、いつ、どこで片付けるかを思案し始めた。
「コストコに買い物に行く」
「いらないメールマガジンを整理する」
「ソファを買う」
このあたりは、「すぐにできる」のマルがついている。まさに友人Yの上司が言っていた、今、すぐにできることだ。
片付けなど、やれば終わる系を、週末にまとめて片付ける。私は、いらないメールマガジンを解約し、不要なポイントカードを捨て、使いきれずカピカピに乾いている調味料をまとめて処分し、粗大ゴミの手続きが面倒で放置していた、壊れた掃除機を回収してもらうよう手配した。
なんだ。やれば、すぐにできるではないか。
「ソファを買う」などは、大学時代からずっと思っていたことだ。学生時代は資金不足でソファは贅沢品だったが、今は社会人なのだ。ソファの一つくらい、買っても良いではないか。私はわくわくとネットショップを徘徊し、数週間、思案したのち、ポチリと購入ボタンを押下した。たった数週間で夢のソファが家にやってきたのである。
マルのついた「すぐにやれること」をオラオラと片付ける過程で、私はあることに気づいていた。
「もしかして、今の私がすぐやれること、って、実はもっと多くのことが当てはまるんじゃ……??」
 
「山登りを始める」
「ペーパードライバーを克服して車でどこかに行く」
「英語の勉強をする」
「パリのマルモッタン美術館に行く」
これらのことは、これまで、何だか敷居が高いとか、費用がかかるとか、身近にできるところがないとか、そういった理由で見送ってきた背景があるものが少なくない。
特に費用である。エンターティメントであれ、比較的真面目なことであれ、何かを始めるにはそれなりにコストがかかるものだ。学生の身分ではモノによっては限界がある。が、無尽蔵に潤沢に、とはもちろんいかないが、社会人になれば、学生の頃よりは多少の余力は出るものだ。湯水のように使っていては生活が危ぶまれるが、毎日散財するわけでもなし、たまの休日に自分のためにお金を使っても良いではないか。
行動範囲の広がりも、これまでとは比べ物にならないはずだ。子供の頃は、自分が足を伸ばせる範囲というものは、たかが知れている。が、大人になれば、車を運転するなり、公共交通機関を使うなりで、行こうと思えばどこにでも行けるのだ。たとえ、海外でも。
 
私は、社会人の登山仲間を見つけ、ペーパードライバー講習をネットで探して申し込み、知人に紹介してもらった英語塾の門を叩き、冬休みにフランス旅行を計画した。
「大人って、大人って……やりたいこと、何でもできるんだな……!」
 
もちろん、子供でも、自分次第で自分の世界を広げられるというのは、間違いではない。が、資金面や行動範囲の制約で、やりたいことが何でもできる、というにはやや難しいのが現実だろう。特に、学生である期間は、学校の中の世界が全てになりがちである。
大人の良いところは、自分の価値観で、自分の意思で、自分に投資ができるところだ。そして、その資金と選択の自由度は、子供や学生の頃とは比べ物にならないのである。
やりたいことを忘れなければ、大人は、自分次第で、何でもできるのだ……。
 
「大人って素晴らしいなーーー。危なかった。危うく、仕事に忙殺されて、この楽しさを知らないところだった」
やりたいことを思い出し、実現する過程で、私はやりたいことをやることの効能も実感しつつあった。
一つには、やればやるほど、ハードルがどんどん下がるのである。やりたいけど、コレは無理かなー、と思っていたようなことも、他の簡単なことを実現しているうちに、やれるような気持ちになってくるのだ。
何となくリストにのせておくと、何かのタイミングで、あ、コレ、今できるんじゃないか?? とうっかり実現できたりし、また更にハードルが下がる、この繰り返しである。
また一つには、思ってみなかったほどの、世界の広がりが得られることだ。やってみればやってみただけ、自分の世界が広がるのである。それは、これまで知らなかった世界の発見だけでなく、これまで知らなかった自分自身の発見でもあった。
学生時代は、少し生真面目で、も少しカジュアルな人格になりたかったと思っていた自分の性格が、英語仲間の年配の人々には「きちんとしている」と見えてウケが良いことや、逆に職場や友人たちの中ではそれほど気が利かない方だとは思ってはいなかった自分だが、フレンドリーで超絶レベルで気が利く人が揃った登山仲間の中にあっては、私など気が利かなさすぎて自分でもビビるほどだ。他人がちょっと嬉しい、と思うことをこう実現していくのか、と、良い年齢になっても日々、勉強させてもらっている。
 
なるほど。こうやって、自分の価値観で、自分の意思で、自分に投資をして、そこから自分の世界を広げていく。これが大人の醍醐味なんだな……。
 
 
あれから10年以上たった。
やりたいことリストは毎年、正月の帰省先から戻る新幹線の中で更新している。
数年前にはリストに
「転職する」
が加わり、終電ブラック生活からは卒業した。仕事を選ぶのも自分自身の意志であることを、思い出せたのである。
昨年、初年度からリストに載り続けていた
「猫を飼う」
が遂に現実となり、「完了」となった。都心で一人暮らしをしている私は「猫を飼う」を実現するのはかなり難しいだろう、と諦めかけていた。が、思いがけずコロナ禍で在宅ワークが普及したのをきっかけに、都心に別れを告げ、郊外にマンションを電撃購入した。そして、念願の猫との生活がスタートしたのである。
やりたい、と思い続けていれば、実現に近づける機会は巡ってくるものだ。そして、その時に自分で決断できるのが大人なのである。
 
大人になるということは、自分の価値観で、自分の意思で、自分に投資ができるということ。そこから世界を広げていけること。
それには自由の裏側に存在する責任も伴うが、自分の世界の可能性、未来の可能性を限りなく大きく感じさせてくれるものだ。
 
 
「そうかー。大人の方が良いんだ」
姪は、仰向けになった猫の腹を撫でながら、繰り返した。
姪にはわかってもらえるだろうか。
こういったことは、大人が子供にとくとくと説いても、伝わらないものだ。大人である私が、毎日楽しそうに、やりたいことにチャレンジしている姿を目の前で見せることが、最も良いのだろう。
「ウン。大人になってからの方が、何でもできるから、楽しいよ!」
私はそれだけ言うと、更に猫の腹を撫で、縦に伸ばし始めた。
いつか、程よいタイミングを見計らって、姪にも100のリストのことを、教えてあげよう。その日を想像してそっと笑顔になると、縦に伸びきった猫が、コロンと寝返りをうった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
西條みね子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

小学校時代に「永谷園」のふりかけに入っていた「浮世絵カード」を集め始め、渋い趣味の子供として子供時代を過ごす。
大人になってから日本趣味が加速。マンションの住宅をなんとか、日本建築に近づけられないか奮闘中。
趣味は盆栽。会社員です。

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2022-11-02 | Posted in 週刊READING LIFE vol.192

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