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週刊READING LIFE vol.195

読書感想文を出さなかっただけなのに~当時小学4年生だった私の家出デビュー~《週刊READING LIFE Vol.195 人生で一番長かった日》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/11/28/公開
記事:川端彩香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
母の右足が、私のケツにクリーンヒットした。
「だから、なんで宿題出して帰ってこんかったんや、って聞いとるねん」と怒りに満ちた顔で当時小学4年生の私を見下ろしながら。
 
なぜこんなことになったか。
「別に勉強は特別出来なくてもいいけど、宿題とか、そういう当たり前の、最低限のことは絶対にちゃんとしなさい」という両親の教えのもと育った私の成績は当時から可もなく不可もなくであった。でも宿題のような全員に平等に課されているものに関しては、仮にサボることがあれば手段を選ばず、徹底的に叱られた。そして、今回も例外なく、冒頭のように叱られている。
 
この日は夏休みの登校日であり、読書感想文の提出日だった。
私は宿題をしていなかったわけではない。何の本を読んだかはさすがに思い出せないが、ちゃんと本を読んだし、読書感想文もちゃんと自分で書いた。その読書感想文を、私はしっかりランドセルに入れて学校へ持って行った。でも、出さずに帰って来た。そして、運悪く、提出しなかった読書感想文を母に見つけられてしまったのだ。
 
最初は母も普通に聞いてきていたのだ。「え、これ宿題やん。なんで出してないん?」と。それに対して私は無言を貫いてしまったのが最後、母の怒りに火を点けてしまったのだ。質問しているんだから、理由ぐらいちゃんと答えろ、と。
 
ただ「忘れていた」であれば、私もすぐに言っていただろうし、家から学校まで徒歩40分だったので、母は車で送って行くから、今から提出しに行こうと言っただろう。でも私は意図的に読書感想文を提出せずに帰ってきたのだ。出したくなかったのだ。だって、原稿用紙のサイズがみんなのものに比べて一回り小さかったから。
 
大人になった私は、今自分でこれを書きながら「いやいや、それぐらい気にすんなよ! 出してこいよ!」と思う。もし仮に、人から同様の話を聞かされたとしたら、「いや、出さんかい!」と関西人らしくツッコミも入れるだろう。だけど、田舎の小学生って、少しでも「人と違う」ということに恐怖のようなものを覚えているのだ。ただでさえ母数が少ないのに、その中の少数派に入ることによって、小学生ながらもカースト下位に入ってしまうことに、無意識に恐怖を感じていたのだ。
冷静に考えて、たかが読書感想文の原稿用紙ごときで仲間外れにされたり、カースト下位に転がり落ちることなんて有り得ない。でも大人になればよくわかることだが、小学生の世界は非常に狭い。原稿用紙のサイズが周りと違うという、ただそれだけでも、当時小学生の私にとっては大問題だったのだ。
 
しかし、母にそれを言う勇気はない。母や妹と一緒に文房具店に行き、母が「こっちの方が大きくて書きやすいんじゃない?」と言ったにも関わらず、「いや、こっち」とサイズの小さい原稿用紙を選んだのは、紛れもなく私なのだから。「原稿用紙のサイズがみんなと違ったのが嫌だったので出しませんでした」なんて母には言えない。言ったとしても「は? 何それ」と一蹴され、車で学校に連行される。絶対に嫌だ!!!
 
黙り続ける私に、母の堪忍袋の緒が切れ、冒頭に戻る。決して虐待ではないのだが、我が家は受け答えをしっかりしないと脚や手が飛んでくることが結構あった。脚を飛ばすことに疲れたのか、私が絶対に喋らないことに諦めたのか、母は私を玄関から家の外へ押し出した。「理由を言うまで家には入れん」と。それでも私は言いたくなかった。
 
しばらく家の前に座り込んでいた。夏なので非常に暑かった。喉も乾いた。さっさと家に入りたい。母にごめんなさいと謝って、読書感想文を提出してこなかった理由を正直に言えばいい。母は「読書感想文を出さなかったこと」に怒っているのではなく、「質問に答えない私」に怒っているのだから。それでも、やっぱり私は言いたくなかった。どこかで、それがしょうもない理由だということをわかっていたのかもしれない。
 
1時間ほど家の前に座り込んでいたが、このままこうしていても母が私を許して家に入れてくれるはずがない。お腹も空いてきた。さて、どうしようか。
財布も持っていない。田舎なので近くにコンビニもない。最寄り駅まで小学生の足だとおおよそ1時間ほどかかる。財布があったところで何もできない。
 
あ、そうだ、おばあちゃんの家に行こう。
 
祖母は幼い頃から孫の中でも私に特別甘く、怒られたことがなかった。祖母なら、母に怒られた私を優しく包み込んでくれるだろうし、おいしいものをいっぱい食べさせてくれるだろうし、なんなら私を怒った母を怒ってくれるかもしれない。最後は完全に八つ当たりだが、小学生の考えることなんてこんなもんだ。
 
と言っても、祖母の家は隣街だ。電車で行ったこともないし、いつもは家族と一緒に親が運転する車に乗って行くし、しかも高速道路を使うので、どの道をどう行けば祖母の家に辿り着くのかがわからない。いや、でも今の私に頼れるのは、祖母しかいない!
そう意気込んだ私は「いや、でも歩くのしんどいし、遠いし、それだけかかるかわからんし……」と、駐車場に置いてある自分の自転車を取りに行こうとした。するとその様子を、2階のベランダで洗濯物を干していた母に、偶然見つかってしまった。「おい、お前自転車使ってどこ行こうとしとんねん。それ親が買い与えたもんやぞ。親の質問に答えられん奴が使えると思うなよ」と、ドスの効いた声を上から降らしてきた。当時小学生の純粋な私は、大人のドスの効いた声を聞いてまで自転車を使う勇気はなかった。
 
泣く泣く自転車の使用を諦めた私は、観念して祖母の家まで歩くことを決意した。何時間かかろうとも、絶対に祖母の家まで辿り着き、祖母が私を心配し、事情を聞いた祖母が「あら可哀想に!」と私をヨシヨシしてくれ、「そんなに怒らんでもいいやないの!」と電話口で母を叱り、父が私を迎えに来てくれる、というところまでセットで考えた。大丈夫、私は読書感想文を提出しなかった理由を言わずとも、再び家の中に入れるはずだ。
こうして私は祖母の家までの、長い道のりを歩き始めた。これが、私の初めての家出である。
 
歩き始めたはいいものの、この時点ですでに15時くらいだったと思う。夏なのでやはり暑い。そして自分が思っていたよりも、進み具合が遅い。祖母の家にはいつもは車で、しかも高速道路を使って30分ほどで到着していた。小学生の私の脳みそでは、3時間くらいで到着できるかな、と思っていた。大人の私は「んなわけねーだろ」と、今となれば思うのだが、当時の私は祖母の家までの道のりがこんなに長いなんて思わなかったのだ。30分ほど歩いた時点で「あれ、これ、ちょっとヤバくないか?」と、シワの少ない脳みそなりに思っていた。
 
それでも頑張って歩き続け、田舎なので歩道のない道が多く、通り過ぎる多くの車に迷惑そうな、不審そうな視線を感じたが、気にせず歩き続けた。祖母の家までの道のりで、まだ5分の1も進んでなかった。
 
いやそれでも絶対辿り着く……! という意志とは裏腹に、私はとてもトイレに行きたくなった。祖母の家まではまだまだ遠いと言っても、自宅からも結構離れたところまで歩いてきてしまった。田舎なので、草むらはいっぱいある。この尿意を自然に返すか? ということが頭をよぎったが、誰かに見つかった時、怒られるかもしれないし、何より恥ずかしい。そしてもし、万が一、近くを顔見知りの人が車で通ったりしたら……。次に学校に行った時には「そういやこないだあの子さ……」と影でヒソヒソと噂をされるかもしれないし、きっと妹たちも「あの子のお姉ちゃんさ……」と被害を受けるかもしれない。田舎コミュニティをなめてはいけない。とんでもなく狭いのだ。このことは、小学生ながらもわかっていた。
 
私の、妹の、家族の名誉をかけて、自然に返すことだけは、決してしてはならない。家出をしておいてなんだが、家族のことは、やはり大事である。
そして考えた。自然に返すことがダメなのであれば、祖母の家への旅路を続行するよりも、結構歩いてしまってはいるが、自宅に戻った方がトイレへの距離は近い。私はすぐにターンし、自宅へと足早に進んだ。尿意という生理現象が、祖母に甘えるという欲と甘えにまみれたプランを、あっさりと凌駕した瞬間だった。
 
来た道を戻り、やっと自宅に辿り着いた。でもまだ読書感想文を提出しなかった理由を言いたくなかった気持ちが残っていた私は、尿意が迫ってきているにも関わらず、家の前に再び座り込んだ。そして頭の中でぐるぐると考えた。ここで失禁する方が、さっきいたところで尿を自然に返すより名誉に関わるだろう! どうしよう! でも言いたくない! でも言わないと入れない! と。
 
ああ、どうしよう。言いたくない。でも尿意がもう限界だ。そこまで近づいている。結構我慢したもんな。ああ、ああ……。
 
頭を抱えてうんうん唸っていると、ちょうど父が仕事から帰ってきた。そして私を不思議そうに見て「お前、何しとんや?」と言った。当然の反応である。
 
事情がわからないながらも、きっと母に怒られて締め出されているんだろうなぁと察した父は「まぁ、入ったら?」と、私を家の中へ入れた。
 
家の中に入ると、私の尿意は安心したのか、もう身体から出る準備が整ってしまった。あ、やばい。やばいぞ。これはもう読書感想文を提出しなかった理由を言う、言わないと考えている暇はない。
 
玄関には母が鬼のように待ち構えていた。「おい、入ってきたってことはちゃんと質問には答えるんやろな?」と再びドスの効いた声で問いかけてきたが、私にはもうそんなことに構っている暇はない。「みんなが出しとる原稿用紙よりサイズが小さくてなんか恥ずかしかったから出すのやめましたーーーーーーーーー!!!!!!」とだけ叫び、呆気に取られた両親を尻目に、私はトイレへと駆け込んだ。便器に座りながら、この数時間はなんだったんだ……最初に言っておけばこんなことにはならなかったのに……私は何を……、と今さらながら冷静になり、さっさと理由を言えば良かったと激しく後悔した。そしてとても疲れた。
 
やはり母は質問に答えなかった私に腹を立てていたようで、「次登校したらちゃんと出しなさいよ」とだけ言った。それを聞いた私は余計に、なぜ最初からさっさと理由を言わなかったのか自分で自分が謎に思えてきたし、今さらながら「原稿用紙が違うくらいで、別に良くない?」とも思ったのだった。今でもそう思う。別にそれぐらい、いいじゃないか。
 
こうして私の長い1日は終わった。すべては母の質問に、正直に答えていれば生まれなかった悲劇である。この日を教訓に、私は投げかけられた質問には、ちゃんと答えようと誓ったのだった。そして、尿意は我慢するべからず、と学んだのだった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
川端彩香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

兵庫県生まれ。大阪府在住。
大阪府内のメーカーで営業職として働く。コロナ禍で当時付き合っていた彼氏に振られ、見返すために自分磨きを開始し、その一環で2021年10月開講の天狼院書店のライティング・ゼミに参加。2022年1月からライターズ倶楽部に参加。文章を書く楽しさを知り、振られた頃には想像もしていなかった方向に進もうとしている。

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2022-11-23 | Posted in 週刊READING LIFE vol.195

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