週刊READING LIFE vol.195

ミスをミスにしないことが出来る素晴らしさ《週刊READING LIFE Vol.195 人生で一番長かった日》


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/11/28/公開
記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「えっ、いやだ、どうしよう、腕飾り忘れちゃいました」
 
それは、今から15年ほど前のこと。
年に一度のクラシックバレエの発表会でのことだった。
当時、大阪のカルチャーセンターにあったバレエ教室に私は通っていた。
そこでは、十数年間お世話になることになったが、毎年、この発表会に向けてお稽古を積み、それぞれの成長を喜ぶような機会でもあった。
クラシックバレエのお稽古とは、本当に地味なものだ。
バーレッスンという、木製のバーに手を添え、基本的な足の動きのトレーニングをしたり、フロアレッスンというバーを離れて踊るレッスンがある。
その地道なレッスンを続けることによって、やがては一ミリ脚が高く上がるようになったり、身体が柔軟になっていったり、バレエのパ(動作)を習得したり、だんだんバレエの形を覚えてゆけるものだ。
その地味なレッスンは、やがて訪れる発表会という華やかな場で花開くのだ。
これまでのレッスンの成果を文字通り「発表する会」なのだ。
 
発表会は、まさに一日仕事になる。
午前の早い時間から楽屋入りして、バレエメイクを施す。
このバレエのメイクはいわゆる舞台メイクだ。
舞台の上で踊る姿が、客席の後方からでも見えるように、パーツなどをオーバーに描き込む。
バレエメイクは、独特のルールの元、仕上げるのだが、当日までにもお家で何度も練習して本番を迎える。
髪の毛は1本の乱れもないように、一つにまとめ、お団子というスタイルに整え、綺麗な頭飾りなどを着ける。
そうやって、その日の演目になり切ってゆくのだ。
さらには、ウォーミングアップをして本番の舞台での踊りに向けて準備を進める。
高校生の頃からバレエを始めた私は、舞台は何度も経験していて、特に緊張することもなく、どちらかというとワクワクする楽しみなものだった。
 
大人のバレエ教室は、様々な年代の女性が参加していた。
子どもの頃、ちょっとやっていたバレエを再開させた人や、子どもの頃には習わせてもらえなかったけれど、バレエへの憧れがまだ強くあって、どうしてもやってみたいと夢を叶えるために始めた人。
経験や年齢はバラバラでも、皆、「バレエが大好き」という点だけは同じで、そんな思いが共通しているので、お仲間とは和気あいあいとレッスンをやっていた。
そんなメンバーとの発表会は、楽屋での準備の時間も楽しく、年に一度のお祭りを皆で楽しんでいた。
そんなリラックスムードは、それはそれで気持ちもほぐれていいのだが、どうもその日の私はリラックスしすぎていたようだ。
本番直前、舞台袖にスタンバイした時に、自分の過ちを発見したのだ。
 
「腕飾りがない!」
 
その日の舞台の演目では、私はお仲間2人と一緒に「シルビア」という演目のヴァリエーションを踊ることになっていた。
3人とも、お衣装であるチュチュの色が違って、その同じ色の腕飾りも着けることになっていた。
他の2人はちゃんと腕飾りを着けていて、その2人と一緒に楽屋から舞台袖まで来たのに、ちっとも気づかなかったのだ。
ワイワイと楽しく準備していたのはいいが、すっかり腕飾りを着けるのを忘れていたのだ。
他のメンバーもずっとしゃべっているものだから、そんな私のミスに気づくこともなく、舞台袖へと行っていたのだ。
 
朝早くから、この日の舞台の準備を始めて、ウォーミングアップで身体も作り、いよいよ練習の成果を発表する時間がやってきたのだ。
なのに、私はこれまでやったことのないようなミスをしてしまった。
元々、几帳面な性格で忘れ物をしたり、モノを失くしてしまったりすることが殆どなかった。
そんな私だっただけに、この忘れ物は相当なショックだった。
まだ踊る前から背中が汗びっしょりになってくるのがわかった。
 
そんな時、そのバレエ教室の大先生が側にいたのだが、ニコニコしながらこう言われた。
 
「あら、それならば、みんな腕飾りを外して踊ったらいいわよ」
 
大先生は、慌てることもなく、私を叱るでもなく、本当に何でもないことのようにそう言ってくれたのだ。
それでも、お衣装とセットの腕飾りだ。
他のメンバー2人にも申し訳ない。
私のミスで私以外の人にも迷惑をかけてしまうことが、さらに心苦しかった。
でも、大先生の提案なので、恐縮だが、そうしようと思った時のことだ。
 
「ゆりさん、お荷物は楽屋のどのあたりですか?」
 
普段、カルチャーセンターで教えてくれている先生が私に尋ねたあと、猛ダッシュで駆けて行った。
その年の舞台は、いつも使用している会場が建て直しとなっていて、初めて使う会場だった。
楽屋の建物と舞台がある会場とは離れていて、一度外を通らなくてはいけなかった。
しかも、楽屋は2階か3階にあったのだ。
そのカルチャーセンターで私のクラスを担当してくれている先生は、ものの数分もかからないくらいで、私の荷物の入ったバッグから、私のお衣装の腕飾りをつかんで戻って来てくれた。
 
もう、その姿は後光が差しているくらいにありがたく、ホッとしたのを覚えている。
そして、すぐにやってきた私たちの演目「シルビア」は、お衣装もバッチリで問題なく終えることが出来たのだ。
 
もう、いい大人の私なのに、忘れ物をしてしまうというミスをしてしまい、周りを慌てさせた。
そのことを咎めるどころか、そうなった時の対策を瞬時に示してくれた大先生。
そのおおらかさと、判断力には、本当に頭が下がる思いだった。
 
それによって、あの日の舞台が、良い思い出になるのか、苦い思い出になるのか、全く違った結果となったことだろう。
その大先生は、何も発表会の日だから、生徒たちをリラックスさせようという苦肉の策をあげてくれたのではなく、常にそのような包容力で私たち生徒を見守ってくれているような先生だった。
私はこの経験があったことで、自分や周りで起こる様々なミスに対しても、その起こってしまった事実を責めることではなく、そのピンチをどうしたら抜けられるのかという方を考えられるようになっていった。
 
バレエの演目のお衣装や小道具。
確かに、それはセットで成り立ち、お衣装などの見た目でも演目の表現をすることとなるものだ。
でも、本来の目的は、発表会を楽しく経験する、ということ。
細かいミスは気にせずに、とにかくこれまでのお稽古の成果を観客の皆さんに観てもらうこと。
そんな大事な軸をブレさせることなく、しっかりとまとめてくれた大先生の判断に私は多くのことを学んだ。
 
年に一度の楽しかったバレエの発表会。
朝から、一日仕事で準備をして、やがてスポットライトと拍手で迎えられる舞台へと出て行く高揚感。
あの素敵な経験が色褪せることなく心のなかに温かい思いのまま残っているのは、大先生のおかげだ。
 
何度も経験したバレエの発表会。
それでも、あの15年前の夏の日の発表会は、どんな発表会よりも、長くて濃い一日だったことを今でも鮮明に覚えている。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。

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2022-11-23 | Posted in 週刊READING LIFE vol.195

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