ウクレレの海音《週刊READING LIFE Vol.197 この「音」が好き!》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2022/12/12/公開
記事:小西 裕美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
ひさしぶりにウクレレを手にとった。ホコリをかぶっている。きっと身体は覚えているだろうと思っていたけれど、いつの間にか基本のコードすら忘れてしまったらしい。コード表をみて、左手の薬指で一番下の弦の左から3つ目を押さえて、弦を弾いてみる。そうそう、この音がCコード。とても懐かしい。ひさしぶりに聞いたウクレレの音から、白い砂浜とエメラルドブルーの海と青い空が見えた。
「良かったら来る?」
そう声をかけてくれたのは、高校時代の友人だった。連絡をとるのは、もう十数年ぶり。彼は休息について考えるコミュニティを運営しているらしく、その活動をfacebookにアップしていた。その投稿に私がコメントをしたことがきっかけに、連絡をとるようになった。そのコミュニティのイベントが今度、開催されるらしい。
最近、私のまわりでは早起き早寝が流行っている。早寝早起きではなく、早起き早寝だ。話を聞いてみると、生産性を上げるためには、頭が活発に働く朝の時間を有効活用すること、睡眠を十分にとることが大事であり、そのためには早起きすることが最も大切らしい。なぜなら、早起きは自分の意思でコントロールできるけれど、早寝は自分の意思ではどうにもならないからだ。
これまで生産性を上げる方法は、自分の持っているタスクをいかに効率よくこなしていくか、という方法しか知らなかった。この方法を聞いたときには、本当に? とちょっと疑っていたけれど、実際に試してみると、確かに高まったように思う。なにより朝すっきり起きれるため、1日を気分よくスタートできることはかなり大きい。
ただ、早く起きても、遅くまでブルーライトを浴びていると寝れないので、寝る前の時間の過ごし方にも気をつかい、なるべく何もせずゆっくり過ごすようにしていた。そうやって日頃から「休むこと」にも興味を持っていた私は、そのイベントに参加してみることにした。
ウェルカムドリンクは、ハーブティーだった。いろんな種類があったが、せっかくなので私はストレス発散に効果があるバジルのハーブティーをお願いした。はじめて飲んだが、ミントのような鼻を抜けるすっきり感があって、とても美味しい。その香りに癒されながら、イベントがスタートした。
「みなさんは、休息の量って足りていますか?」
これまで聞かれたことのない質問に、思わず考え込んでしまった。ずっと仕事をしている訳ではなく、自分の時間もしっかりとあるから、休息はできている。でも、足りているかと言われれば、もっと欲しい気もする。
「では、どれぐらい休息がとれると嬉しいですか?」
うーん、どれぐらいがいいのだろうか。わからないけれど、そろそろ何か答えた方がいいかな? と思った私は、頭に浮かんだことをそのまま言ってみた。
「……あればあるほど、嬉しいですね(笑)」
そう、私はかなりのめんどくさがりで、出不精なのだ。何も予定がない休日は、ずっとパジャマで1日を過ごす日があるし、そうやってダラダラ過ごす日はまったく苦に感じない。他の参加者の方がふふ、と笑ってくれて、少しほっとする。
「それって、仕事をせずにずっと休んでいたいということですか?」
司会者であり、友人でもある彼が、キラキラした視線を私に送りながら聞いてくる。ただ、ずっと休んでいたいかというと、そんなこともない。私の性格的に、ずっと休んでいると、将来に対する不安が大きくなりそうだし、あれをやりたい、これもやりたいと、やりたいことが浮かんでくるときは、たいがい忙しくしているときだったりするから、ある程度のやるべきことがないと、楽しいこともやってこない気がした。
そもそも、休息って何なんだろう。自由時間以外がすべて休息になるかというと、そうではなさそうだ。ごはんを食べたり、お風呂に入ったり、テレビをみたり、スマホを触ったり、資格を取るための勉強をしたり、様々な時間の使い方があるが、これらは人によっては休息であり、人によっては労働や消費、投資などに当たると思う。休息の定義がむずかしいなぁ、と思っていると、あることを教えてくれた。
「休息をとるには、物理的距離と心理的距離というものがあって、心理的距離を上手くとれるようになるといいですよ」
ふむふむ、なるほど。心理的距離とは、頭の中にあるタスクを切り離すことで、ONとOFFのスイッチを上手く入れ替えることを指すようだ。物理的距離は、タスクと実際に距離をとることをいうらしいが、頭の中がタスクのことだらけだと、距離をとっても意味がないらしい。確かに、休日に仕事でトラブルが起きていると、身体はゆっくりしていても、休んだ気にはならないだろう。
私は本を読むのが好きだ。小説もビジネス本も両方読むけれど、なぜか小説を読んだときの方が、ゆっくりできた気がする。ビジネス本はどうしても仕事と結び付けてしまうため、心理的距離が近いから、まったく仕事と関係ない小説の世界にひたる方がリラックスできるのかも、と思った。休息の満足感なんて、いままで考えたことがなかったけれど、身近にとてもリラックスできる方法があることを発見できたのは、とてもいいことのように思った。
しかし、心のどこかでは、休むことなく活動的に日々を過ごす自分に憧れているところがある。常に何かを学び、新しいことに挑戦し、成長し続ける自分。そんな自分になりたいとどこかで願っている。休息なんてとらずに、ずっと前に進み続けることはできないのだろうか。いまの人生を満足に生きるためには、悔いなく生きるためには、それぐらいの働きっぷりをしないといけないのではないだろうか。いつどこでこんな考えが自分に芽生えたのかわからないけれど、そんな呪縛みたいなものがずっとあった。
そんなことを考えていると、次の質問がやってきた。
「いま何%ぐらいで仕事をしていますか? また、どれぐらいが自分にとってちょうどいいですか?」
この質問に対しては、いろいろな回答があった。イレギュラーが苦手なので融通がきくように80%ぐらいがちょうどいいという人もいれば、毎日、今日も頑張ったー! とバタッと寝たいから100%の人もいるし、50%だけど仕事では困ってないよー! というゆるっとした人もいた。
私は70%ぐらいかなぁ。少し余裕のある方が、新しいアイデアを思いついたり、誰かのために頑張ろうと思えたり、ポジティブに働くことができる。しかも、100%をずっと超えている状態が続くと、ダースベイダーに変身してしまうからだ。自分の持って生まれた力を正義のために使おうと思っていたのに、気がつくとダークサイドに堕ちてしまうから危ない。私は自分のことをずっと強いと思っていたけれど、そこまで強くない。自分を酷使してしまうと、ネガティブな感情が心を覆ってしまうから、とても未熟だ。
イベントが終盤に差し掛かったときに、主催者の方がこんな話をしてくれた。
「みんな、もっと良くなろう、もっともっと良くなろうとするけど、実はフラットでいることがとても大事なんですよ。野球選手のイチローは、それがとても長けていたから、現役時代にとても活躍できたと言われていますし、フィギアスケートの選手は調子が良すぎると、回転しすぎて着地できないこともあるそうです。だから、上がったり、下がったりしたときに、フラットに戻ることが大事!」
なるほどなぁ、と思った。確かに私は褒められたりすると、調子に乗ってしまうところがある。いま上手くいっていると思うときほど、周りが見えていないものだ。ネガティブな感情を押さえ込むことはむずかしいが、ポジティブな感情の手綱を握ることも、なかなかむずかしい。
私たちは、少しのことですぐに影響を受けてしまう。お気に入りの漫画を読んでいると楽しい気持ちになるし、悲しいニュースが耳に入ると胸を痛めるし、ハッピーエンドの映画をみると感動して涙が出てくる。エンターテイメントからこれだけの影響を受けるのだから、身の周りで起こったことなら余計だ。仕事が上手く行ったり、行かなかったり、誰かと楽しい時を過ごしたり、すれ違ったり、こんなことがあれば、自分をフラットに保つことはむずかしいだろう。
だからこそ、私たちには休息が必要なのかもしれない。休むことによって、頭の中のポジティブな感情やネガティブな感情など、頭の中を支配している感情をはがし、そっと棚に置いておく。本の積読のように、また必要なときまで、そっと寝かしておく。これができるといつもの自分でいられそうだ。
そういえば、かなり前に「コーピングリスト」というものをつくったことがある。ストレスの対処法をリストアップしておいて、そのときに一番しっくりきた方法を試してみることで、ストレスを発散する方法だ。これは休息にも使えるかもしれない。
「コーヒーを飲む」や「お気に入りの小説を読む」、「海を眺める」、「8時間以上寝る」、「料理をつくる」、「ヨガにいく」、「夫にグチる」など、いろいろ書かれている中に、「ウクレレを弾く」を見つけた。そういえば、もう何年もウクレレを触っていない。
ウクレレを買ったのは、いわゆるビーチライフに憧れたからだ。社会人になってはじめた唯一の趣味がマリンスポーツで、サーフィンからはじめて、いまではダインビングも楽しんでいる。そこで出会う人たちは、みんな晴天の日に干された洗濯物のようにカラッとしていて魅力的だった。私たちは海の状態に一気一憂するが、そこで生活している人たちは、海がどんな状態でもいつもフラット。どんな状態でも楽しむことができる彼らを見ていると、とても心地良い。私もいつかは海の近くに住んで、そんな生活をしてみたい。
そんな彼らの生活に憧れて、せめてインテリアだけでも取り入れたいと思い、海っぽい青いソファーを買った。そして、ウクレレも買った。一気に南国感が出る。せっかくなら弾いてみようと思い、しばらく練習していた時期があった。一時は毎日練習していたのに、どうしてやめてしまったのだろう。
久しぶりに弾いてみると、こんな良い音だったっけとびっくり。いまは検索すれば、Youtubeや音楽アプリでウクレレの音色を聞くことはできるけれど、実際の音色は全然違う。弦が響き合う音が、幾重にも重なり、とてつもない癒しを奏でる。
せっかく覚えたコードをすっかり忘れてしまっていた。ウクレレの曲といえば、私は平井大さんの「slow&easy」だ。4つのコードだけで弾ける楽譜をもっていたので、引っ張り出して、練習してみる。
下手くそな演奏と、音痴な歌声が、家に響き渡る。でも、聞いているのは夫だけだから大丈夫。本当なら口笛もしたいところだけど、私は口笛ができない。すると、口笛が上手い夫が入ってくる。気がつけば、夫婦で大合唱。何回か曲をリピートして、最後にはイエーイと、ハイタッチ! こんな日があるからこそ、日々を頑張れることを思い出した。ウクレレの音色が、私をいつも海に連れていってくれる。
□ライターズプロフィール
小西 裕美(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
大阪府生まれ、兵庫県在住。
30代未経験でベンチャー企業に飛び込み、カスタマーサクセスから企画・広報・CRMと、いろんな経験を積ませてもらう中で、ライティングに興味を持つ。
元コーヒー屋さんの店長。
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