週刊READING LIFE vol.198

私という人間を作るために《週刊READING LIFE Vol.198 希望と絶望》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2022/12/19/公開
記事:赤羽かなえ(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
「家出、してもいいよ」
夫が唐突に放った一言に体が固まった。
 
「あ、いや。なんかさ、毎日大変だなあと思って」
 
よほど、ギョッとした顔をしていたに違いない。慌てたように付け加えた言葉に夫の本当の意図が分かった。私をいたわるような口調だったのに、出てきたセリフの衝撃は大きかった。
 
家出というのは、パートナーと喧嘩して出て行くものだと思っていたから、まさかその相手から提案されるとは思ってもいなかった。
 
「ケンカして収集つかなくなったらさ、家出して、車で好きなところに行って来たらいいじゃん、当日だと泊まれるホテル限られているかな……まあ、おいしいもの食べたりしてさ、リフレッシュしておいでよ」
 
気分を盛り上げるように冗談っぽく提案してくれる夫から、労わってくれる気持ちが伝わってきてあたたかい気持ちになった。ありがとう、と返したものの、私は、「うーん」と考え込んでしまった。
 
たびたび、私と激しい言い争いになる長女の顔が頭に浮かぶ。
思春期までまだ数年あるはずなのに、小学校低学年から家ではかなり手を焼く存在だった。
学校では非の打ちどころがないいい子。学校で頑張っていて、我慢していることも多いのだろう。家でその反動が出るのは仕方がないこと。そう言い聞かせてきた。
 
家では、3人兄妹の中間子、兄とも妹ともちょっとしたことでぶつかる。よく怒りのエネルギーを量産し続けられるなあ、と感心できるときはまだ心の余裕がある。常にちょっとしたことで言い争いになっていると、こちらもだんだんとざわついてくる。
 
長女は、どちらとのケンカにも関わっているから、必然的に怒られる回数が増えてくる。叱った時には人に責任を押し付けるか、私の態度を取り上げて「私のことが嫌いなんだ」と言って自分が被害者のように泣きだすので、どう対処していいか分からなくなってくる。
 
 
そんな態度だから、仮に、私が家出をしたとしてもちゃんと真意が伝わるのかがわからない。親としては、子どもに伝わっていると思い込んで、叱ったりするけれど、結局のところ、ちゃんと親の思いが届いているのかなんて娘の受け取り方次第だし、本人に聞いてみたところで、その時には興奮していて声なんてほとんど届いていないだろう。後で冷静になったときに話してみると既に親に怒られたことなんてとっくに忘れてケロッとしていたりするから虚しくなることだってある。
 
当たり前のことだけど、自分から生まれたとはいえ、娘は別人格だ。ケンカが起こる。私がキレて出て行き、それを子供達が見て自分達が大いに悪かったと反省する。翌日、私が戻ったら、みんなが泣きながらゴメンナサイと謝り、お互いに思いやりあって生きて行こうね、とみんなを抱きしめる……。それ以降家族は仲睦まじく暮らしましたとさ、めでたし、めでたし。
 
……うーん、どう考えてもそんなに美しく着地するワケがない。
 
私が出て行って最初はオロオロしたけど、すぐに私がいなくなったのをいいことにテレビ見て遊んでました。というくらいだったら、ヤレヤレと呆れるくらいで済む。でも、ちょっと懲らしめるために軽い気持ちで家出をしたことが、表面上にはでないけど、彼女にとってものすごいトラウマとなって、この先何十年も、彼女の人生を苦しめる可能性だってなくはないのだ。親は既に覚えていないようなことを傷ついた気持ちでずっと抱えていることが私自身にもあるから、何かで私が彼女のことを深く傷つけることだってあるだろう。
 
私が家出をすることで、私に見捨てられたと思ったとしたら……。なんだか取り返しのつかないことになる気がする。
 
家出することで、彼女自身が、普段の生活で溜まり切っているストレスを出し切ることができないようになる可能性もあるだろう。だから、気軽に「じゃあいざとなったら家出しちゃおうかな」なんて簡単に決めることはやっぱりできない。そんなのはなんだか脅迫になっちゃうよね……。
 
かつて、私の母は、気に入らないことがあると、「あんたたちのご飯をもう作ってあげない」と言ってきた。私は、母にそう言われると困るので、自分が言いたいことを心の奥底に押し込んできたという記憶がある。大人というのは、いとも簡単に子供の生きる権利をカタにとって大人の言い分をのませたいだけなのかもしれない。
 
 
「本人も普段頑張っているのだろうから、私が家出することで変に傷ついても困るし……」
 
夫は、私が妙案だと乗って来ると思っていたのだろう、拍子抜けした表情で私のことを見ていた。子どもと言い合いになるというのはエネルギーがいるし、できればそんなにやりたいものでもない。けれど、どうしても、脅迫的な力で娘をねじ伏せるような格好になってしまうのは避けたかった。
 
家出したらわかってもらえるんだろうか、逆に見捨てられたと思ってますますこじれたりするんじゃないだろうか。答えの出ないやり取りを頭の中で延々と繰り返しながら気が付いたら眠りに落ちていた。
 
朝起きるとまだ気持ちは憂鬱だった。私は子供達が起きるまで延々とスヌーズを続ける目覚まし時計をし続けることになる。子供達になんとかとされようとも折れない心で起こし続けなければいけないまる特に冬はまだ暗いうちに家を出発しないといけないから心のどこかで気の毒だなあと思いつつ起きない子供たちをイライラしながら声をかけ続けている。
 
特に長女は一番最初に出て行かなければいけないのに寝起きの悪さもひどいもので、あまりにも出発時間が遅いと、車で途中まで送って行かなければいけないので起こす方も必死なのだ。
 
結局なだめてもすかしてもペナルティをつけたりご褒美をつけたりしても基本的な娘の寝起きの悪さが改善することなく私たちの朝のバトルも終着駅が見つからない。
 
朝に、ケンカし、夜にもケンカする。ほぼ日常的に起こっている生活が、絶望的に嫌だった。家出はしないまでも、どうにかしたい。そう思った時にとある友人と話す機会があった。とても頼りになる人で、長女のことも良く知っている。友人に、最近の親子関係について話をしてみた。
 
「自分が一番落ち込んでいる時に、身内にしてほしいことってなんだかわかる?」
 
「……励ましてほしいかなあ」
 
夫の気遣いを思い出しながら答えた。友人もゆっくりとうなずく。
 
「うん、多分そうだと思う。でもそういう時に、親って子供に大抵逆のことをしているよねえ」
 
背中がざわっとした。確かに長女は、学校でいつも頑張っている。あれだけ家では強く出る子なのに、学校で上手くやっているということは、それだけ自分の気持ちを押し隠してストレスをためているということだ。それで、家に帰って、兄や妹とケンカした時に、一番理解してほしい私が、表面的なケンカという事象を見て彼女を叱ったりしようとしている。
 
ああ、なんだ、かなりシンプルなことなのに、気づけていなかった。
 
「表面上のいい、悪いとか、やらなきゃいけない、やっていないとかそういう大人の目からみたものさしはおいといて、ただただ、励ましたり、ただただ褒めたりすることって親はなかなかできないもんだよね」
 
「ああ、たしかに、でも、兄妹がいるとケンカでどちらがいいとか悪いとか、あるじゃないですか、それは難しい……」
 
「それって、そもそも、親が一部だけ切り取っていいとか悪いとか決めていいものなのかね」
 
もっとも過ぎて次の言葉が出てこなかった。
 
「うちは、一人っ子だから兄弟げんかについては参考にならないけど、うちの弟が言っててなるほどなと思ったことがあるの。ケンカってね、一人じゃ起こらないんだよね。二人いて、仮に一人が何にもしなかったとしても、何かしら怒られる要素があるからケンカになるんだって。だから、人のケンカはまず、すぐに仲裁に入らずに様子を観察して、それでも収まらなくて大人が出てかなければいけなくなった時には、両方ときちんと話すんだって言ってた」
 
確かにそうだ。長女が次女とケンカになる時には、次女が大人しいなりに何かをして長女を怒らせている。ちょっと調子に乗って何かを言ったことに長女が激しく反応しているだけだ。長男と長女がケンカする時にも、長男が長女からかうところから始まる。どちらも長女の動きが激しいから彼女が損をしているだけで、どちらにも責任があるのだ。
 
私だってそうだ、長女が私に対して噛みついてくるときは、大抵、彼女がやりたいことを、私が片付けるのがメンドクサイという理由で強引にやめさせようとするところから始まる。朝のケンカだって、私がメンドクサイのを抑えて送ってあげれば解決することなのだ。結局のところ、どちらにも非があるから争いが起きるんだ……。
 
当たり前なことに気づけて少し放心状態で家に帰った。やっぱり、家出作戦を決行しなくてよかった。私にだって非があるのに、勝手にこじらせて家を出て行くなんて何の解決にもならないや。
 
その日から、少し冷静になって、子供達への声かけを変えてみた。出来ているところは褒めてみる、ケンカになっていても、しばらくの間はそのままにしてみる。そうすると、大人が口を出すよりも案外早く決着がついていたりする。出来ることを褒めてそれ以上何も言わないと、案外自分で進んで続きをやるようになる。
 
声かけをほんの少し変えただけで、驚くほど子供達の反応が変わってきた。一番激しい長女ですら、あまり怒りを引きずらなくなってきた。
 
結局のところ、自分の余裕が足らなかったってことかあ……。なんだかちょっと情けない気持ちで子ども達の様子を眺める。
 
この3人と毎日暮らすことはあと何年続くかわからない。もちろん、今日もケンカは起こるけど、そんな時こそ深呼吸してしばらく様子を見てみよう。そんなにすぐには解決していかないかもしれないけど、少しだけ希望の光が見えた気がした。
 
きっと私達は、いくつになっても人間になる練習をしているんだ。人と人の間にいれるものを争いにするのか、楽しさにするのか、沢山の人と関わって学んでいく。
 
できるなら、大切な人との間にちゃんと楽しさや愛を入れておきたい。そうやって、私という人間を作っていきたい。
 
輪郭がくっきりと浮かんだ月を見ながら私はそっと決意をした。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
赤羽かなえ(READING LIFE編集部公認ライター)

2022年は“背中を押す人”やっています。人とモノと場所をつなぐストーリーテラーとして、愛が循環する経済の在り方を追究している。2020年8月より天狼院で文章修行を開始。腹の底から湧き上がる黒い想いと泣き方と美味しいご飯の描写にこだわっている。人生のガーターにハマった時にふっと緩むようなエッセイと小説を目指しています。月1で『マンションの1室で簡単にできる! 1時間で仕込む保存食作り』を連載中。天狼院メディアグランプリ47th season & 50th season総合優勝。

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2022-12-14 | Posted in 週刊READING LIFE vol.198

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