週刊READING LIFE vol.198

コメダ珈琲店のシロノワールに絶望した瞬間《週刊READING LIFE Vol.198 希望と絶望》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2022/12/19/公開
記事:久田一彰 READING LIFE編集部ライターズ倶楽部
 
 
コメダ珈琲店のシロノワールをやっとのことで食べきった。それは、期間限定で雑誌『オレンジページ』とコメダ珈琲店がコラボした、オレンジをベースとしたオレンジソースとチョコレートソースのかかったシロノワールだ。デニッシュには小倉あんをサンドしているので、商品名を「オレンジと小倉あんのシロノワール」としている。
 
コメダ珈琲店は、提供される食事の量がメニュー写真に載っている以上にボリューミーで、愛を込めて、逆写真詐欺だ! 絶句する! 正気を疑うサイズ! と言っている人もいる。
 
実際、私もその量に圧倒されることを知っていたので、頼んだシロノワールは、ミニサイズのシロノワールにした。しかし、評判通りの量でミニといっても十分にお腹は一杯になったし、その後の昼ごはんや夜ごはんは軽く済ませようかと思うほどだ。さっきおにぎりを一個食べてしまったことを悔やんでしまう。
 
ようやくのことで小高い山を登り切ったという達成感は味わえるも、ひとりで食べる量としてはやはりミニノワールで精一杯だ。しばらくはもういいだろうと思っていた。
 
そんなことが先日あったのにも関わらず、コメダ珈琲店はさらなるコラボ商品を展開してきた。オレンジページの次は、有楽製菓の黒いイナズマ「ブラックサンダー」とのコラボだ。やはり商品はシロノワールとのコラボで、ブラックサンダーを砕いたチョコレートがまぶしてある。
 
ホームページでいつまでの期間限定か調べてみると、まだ期間中のサービスなので味わえそうだ。それに商品説明には「圧倒的チョコ感!」とあるから、やはりブラックサンダーをガリガリと食べられそうだ。普段仕事中に小腹が空いたときは、コンビニに行ってブラックサンダーを選ぶし、手軽で量もちょうどいいので、私にとっては身近な頼れる相棒といった存在だ。
 
私はいつもの駅中にあるコメダ珈琲店へ行き席へ座る。今日はこのシロノワールとブラックサンダーのコラボ商品を食べようと決めた。大体のメニューはもう頭の中に入っているので、メニュー表も見ずにまずはアイスコーヒーを頼む。
 
加糖か無糖を選べるので、無糖を選んでおく。ミニシロノワールとはいえ、圧倒的な甘さを持つ小高い山なので、無糖の少し苦い感じのコーヒーが登山を助ける、杖のようなトレッキングポールのような、役割を果たしてくれるだろう。そのため量は通常サイズではなく「たっぷりアイスコーヒー」を注文して、甘さの山登りに備えるのだ。
 
そして、お目当てのコラボ商品のミニシロノワールを注文する。「かしこまりました」と店員は言いながら、一瞬何かを考えたようで、「少しお待ちください」といって厨房の方へ走って行った。
 
なんだか嫌な予感がする。もしかしたらもうすでに売り切れてしまったのだろうか。コラボ商品は人気メニューなので、期間終了前に売り切れて食べ損ねたという経験もあった。今回ももしかしたらそうなるかもしれない。期待していた分、もう二度と食べられないのかという絶望感が漂ってきた。
 
そんなことを考えていると先ほどの店員さんが戻ってきて、「申し訳ありません。現在ブラックサンダーのミニシロノワールは売り切れていて、通常サイズのシロノワールしかありませんが、そちらでよろしいでしょうか?」と言われてしまった。
 
一瞬頭の中が真っ白になった。通常サイズのシロノワールは2人でシェアして食べても十分な量だ。それを40歳のおっさんがひとりで全部食べ切れるだろうか? 確かに甘いものは好きだが、はたして完食できるのだろうか、自信はない。
 
それに、もし残してしまったら、店員さんにも申し訳ないとも思う反面、なんだか負けを認めてしまうような悔しい気もした。
 
「じゃあ、普通のサイズでお願いします」私はなるべく動揺を悟られまいとして、平気な顔をして通常サイズのシロノワールを注文した。
 
「かしこまりました。ご注文を繰り返します。たっぷりサイズのアイスコーヒー無糖がおひとつと、通常サイズのシロノワールおひとつでよろしいでしょうか?」と店員さんは私が思った以上の声量で注文を繰り返した。
 
他のお客さんがこちらを見ているような気がした。朝の8時半と仕事前にも関わらず、シロノワール食べるやつはどんな顔をしているんだ、と見られているような気がしたので、黙って下を向いたまま、「はい大丈夫です」と小さい声で返事をした。
 
注文してからほどなくして、アイスコーヒーが運ばれてきた。続けて「お待たせしました、シロノワールでございます」と、店員さんがお皿の上一杯に盛られている通常サイズのシロノワールを持ってきて、私の目の前にデデーンと置いてくれた。
 
刹那、サイズに絶望した。
 
シロノワールのデニッシュ生地の上にかけられたチョコレートソース。上から滝のようにかけたのか、洪水が起きているかのようにお皿にまでたれている。その上には白いソフトクリームが大蛇のごとくとぐろをまき、富士山をおおった雪のように佇んでいる。いや、この量は富士山よりはるかに高いエベレスト級ではないか。
 
そこへアクセントのようなピーナッツが、隕石のようにズドーンと降り注いで落ちている。ソフトクリームには、ブラックサンダーの粉のようなものが吹きかけられている。よくみると、ソフトクリームの根元には、山頂を崇め奉るように、フレーバー状のブラックサンダーがしっかりと積もっている。
 
この山登りはかつて登った富士登山よりハードになる気がした。しかし、迷っている暇はない。早く食べて会社に行かなくては。
 
スプーンでソフトクリームをすくって、ブラックサンダーのフレーバーと一緒に食べる。甘さは口の中へ広がり溶けていく。ザクッとした感触とともに、ブラックサンダーも口の中へ消えていく。
 
次にフォークと小さなスプーンを、杖のようなトレッキングポールを、両手にもち、まずはデニッシュ生地へと足を踏み入れる。そんなに力を入れなくてもちぎることができた。出来立てのデニッシュのあたたかさと、冷たいソフトクリームが一気に口の中で走り回る。
 
おいしさは間違いない。これを朝に食べられただけでも満ち足りる。仕事へ向かうエネルギーがじわじわと充電されていくような感じになる。しっかりと味わっていこう。
 
デニッシュをちぎってソフトクリームをすくい、口の中へ放り込む。これを何度が繰り返していき、ピザのように6つに切られていた生地が、少しずつなくなっていく。これは全部食べられるかもしれない。
 
絶望は希望へと反転する。
 
デニッシュ、ソフトクリーム、アイスコーヒー。1、2、3、1、2、3と音楽のワルツのように行ったり来たりを繰り返しながら、口の中へと運ぶ。最初ほどの感動は得られなくなってきたが、食べていけているという感覚が、ある種の達成感を覚えていたが、コメダ珈琲店のシロノワールは、そう簡単には攻略させてはくれなかった。
 
あと2切れちょっと残っているあたりで、途端にペースが落ちた。登山の8合目まできた辺りで、足取りが重く体力がなくなり、キツくなるのと同じような感覚だ。絶望アゲインだ。
 
お腹はだいぶパンパンになり、アイスコーヒーや水で流し込むこともままならない状態だ。口の中は甘さで大渋滞を起こしており、リセットすることもできないまま、時間が止まったように、シロノワールをただただ眺めて、にらめっこしているだけの状態におちいってしまった。
 
なんとか食べ切らなくては、と再び山登りを始めた。できるだけデニッシュを小さく切り、溶けたソフトクリームとチョコソースをすくって口に少しずつ入れる。
 
切ったデニッシュの上からソフトクリームとチョコソースをかける。上からもかけるし、横にして側面もひたす。裏返して同じようにソフトクリームとチョコソースのシャワーを浴びせて、ひたひたにして少しでも面積を小さくしようとたくらんだ。
 
食べていけばいくほど希望が見え、お腹が膨れると絶望が一瞬のうちに顔を出す。スピードスケート選手の手の動きのように、希望と絶望が交互に目の前を横切っていく。
 
気分を紛らわせるために、ネットニュースを読んで、少しでも頭を働かせて、糖分を必要とする状態へと自分を追い込んでいく。少しでもシロノワールが減るように、砂漠の砂が水を吸収するような状態へと強制的にもっていく。
 
やがて最後の一口を食べる頃には、ソフトクリームは液状になっているし、チョコレートもお皿に張り付いてパリパリ状になってしまった。これは洗うときに難儀するので、厨房の方ごめんなさい! という気持ちになった。
 
そして、とうとう最後のひとかけらを口に放り込んだ瞬間、勝利のホイッスルが頭の中に鳴り響いた。やったぞ、食べきった! エベレストをのぼりきったような感動が巻き起こった。コメダ珈琲店のシロノワールをひとりで完食したのだ。誰もこの感動を喜んでくれる人はいないので、自分で自分へ拍手をした。
 
最後、口の中をきれいさっぱりするために残しておいた、コップの水を飲み干す。もう氷はすでになくなっている。コップをテーブルに置いてそっとごちそうさまと言う。
 
伝票を掴んでふうっと息を吐いてから、重たい体を会計へと引きずっていく。お代を払い財布をリュックへしまう。手を入れるのがキツくなったように感じたリュックを背負ってから、再び駅の中へ身を投じた。
 
通勤する人々をかき分けながら、今日もまた会社で仕事をするという山登りへと向かっていった。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
久田一彰(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

福岡県生まれ。会社員。
父親の影響でブランデーやウイスキーに興味を持ち始める。20代の後半から終わりにかけて、夜な夜な秋葉原のコンセプトバーでブランデーやコニャック、ウイスキーを飲み明かした経験を持つ。ウイスキーにあうおつまみを求めている。
現在、天狼院書店『Web READING LIFE』内にて連載記事、『ウイスキー沼への第一歩〜ウイスキー蒸留所を訪ねて〜琥珀色がいざなう大人の社会科見学』を書いている。

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2022-12-14 | Posted in 週刊READING LIFE vol.198

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