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週刊READING LIFE vol.198

7度目でオスカーが微笑んだ映画の話をしよう《週刊READING LIFE Vol.198 希望と絶望》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2022/12/19/公開
記事:山本三景(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
スタンディングオベーションのなか、照れくさそうに頭をかきながら、うんうんとうなずき、アカデミー賞授賞式の壇上で笑みを浮かべている男がいる。
 
身長167センチ、海外の俳優では決して大きくはない。
色気があり、女性だけでなく男性も憧れる。
そして、イタリア系のアメリカ人俳優である彼は、オスカー像を触りながら話し始める。
 
「あんたたちは俺の連続記録を邪魔した」
 
しびれる一言に、会場がさらに沸いた。
 
1993年の第65回アカデミー賞で、ついにアル・パチーノがアカデミー主演男優賞を受賞した瞬間だ。
会場の人たちは知っていた。
彼が、過去に何度もアカデミー賞にノミネートされていたが、あと一歩のところでオスカーに手が届かずにいたことを。
 
『ゴッドファーザー』『セルピコ』『ゴッドファーザーPARTⅡ』『狼たちの午後』と、強烈な作品で4年連続ノミネートされても、オスカーは決して微笑んではくれなかった。
そして、ノミネートの回数は増えていく。
もしかしたら、「今年もまたダメか……」なんてよぎったかもしれない。
なんといっても、この年の主演男優賞候補はつわもの揃いだった。
 
アル・パチーノ以外の主演男優賞の候補は下記の4人だ。
 
ロバート・ダウニー・Jr(チャーリー)
クリント・イーストウッド(許されざる者)
スティーブン・レイ(クライング・ゲーム)
デンゼル・ワシントン(マルコムX)
 
「強い」「豪華」の二文字がよく似合う候補者たちだ。
そして、前年度の主演女優賞の受賞者である、プレゼンターのジョディ・フォスターが発表する。
 
「And the Oscar Goes To……Al Pacino!」
 
うおぉぉぉぉ!
この強敵たちをおさえ、ついに7度目でアル・パチーノがアカデミー賞を獲ったのだ。
感慨もひとしおだ。
会場にいる人たちも「やっと獲れた!」と一斉に拍手を送る。
クリント・イーストウッドも笑顔でアル・パチーノに拍手している。
そう、アカデミー賞を受賞できない、7度目のノミネート連続記録が、ここで終わりを告げたのだった。
 
彼をアカデミー主演男優賞に導いたのは『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』(1992)という作品だ。
この作品には、アル・パチーノのアカデミー賞受賞というリアルなドラマとともに、人生の「希望」と「絶望」が詰まっている。
 
ボストンの全寮制の名門校に通うチャーリー(クリス・オドネル)がこの映画の主人公だ。
彼は裕福な同級生たちとは違い、奨学金で学校に通う、いわゆる苦学生だ。
感謝祭に帰省するための旅費を稼ぐため、盲目の退役軍人の世話をするアルバイトをすることになる。
この盲目の退役軍人が、アル・パチーノ演じるフランク・スレード中佐という人物だ。
スレード中佐は、気難しく融通がきかず、まぁ、口が悪い。
現在ならパワハラで一発退場だろう。
現役時代の華やかな軍人生活とは一転して、失明後はまわりが自分から離れていき、絶望のなかにいた。
 
チャーリーはスレード中佐に強引にニューヨークの旅に連れ出され、翻弄されながらも、一緒に過ごしていくうちに、スレード中佐の孤独を知る。
そして、傍若無人なふるまいの奥に隠れた人間的な魅力に気づいていく。
少しずつ彼を理解するようになり、世代を超えて、お互いの心の距離を縮めていく過程がいい。
 
「俺に生きる希望はあるのか? あるのは暗闇だけだ!」
 
そう絶望していたスレード中佐もまた、チャーリーの実直な心に触れていくうちに、人生に光を見出すようになっていくのだ。
 
スレード中佐とは悩みの種類は違うけれど、チャーリーもまた絶望のなかにいた。
人は誰しも悩みを持っているものなのだ。
ある生徒たちが起こした不祥事の現場をチャーリーは目撃していた。
そして、ある選択を迫られていたのだ。
 
犯人の名前を明かして名門大学への推薦を手に入れるか、同級生を守って退学になるか……。
 
大人が権力をチラつかせるパターンだ。
チャーリーはどちらを選択するのだろうか。
 
そして、チャーリーの運命をかけた公開懲戒委員会が開かれる。
権力をチラつかせてチャーリーに選択を迫る校長と、「自分がやった」と名乗り出ようとせず、何食わぬ顔をして無罪放免を待っている犯人である金持ちの生徒たち。
 
そして、チャーリーは決断する。
 
チャーリーを擁護するために、傍若無人の盲目の退役軍人スレード中佐がその公開懲戒委員会に登場する。
ここで、5分を超える伝説の名演説が全校生徒や保護者の前で始まるのだ。
その演説はとても力強く、心に響く。
映画史上最高といってもいい演説だ。
 
この演説のあいだ、スレード中佐を演じるアル・パチーノは、瞬きを一切していない。
圧巻の演技に目が離せない。
 
チャーリーがいかに正しい人間であるか、勇気がどれほど大切であるかを、チャーリーのために全校生徒の前で説くのだ。
もちろん、口は悪い。だから余計に心に響く。
長い演説だが、実は英語もわかりやすい。
簡単な言葉のほうが、心に届くということがよくわかる。
演説の一部分ではあるが、このセリフは実際に声に出したくなる。
 
Now I have come to the crossroads in my life.
わたしも何度か人生の岐路に立った。
 
I always knew what the right path was.
いつもどちらの道が正しいか、わたしにはわかっていた。
 
Without exception, I knew, but I never took it.
You know why?
例外なくだ。
だが、その道を選ばなかった。
なぜだかわかるか?
 
It was too damn hard.
それは極めて困難な道だからだ。
 
そう、難しい道と、簡単な道があったなら、迷わずに簡単な道を選ぶとスレード中佐は言っている。
しかし、チャーリーはそうではないと。
 
まるで映画の中にいるその他の生徒達になったかのように、その演説に聴き入ってしまう。
 
未来のある若者のために、一人でスピーチをするスレード中佐の姿に心打たれる。瞬きひとつしないアル・パチーノの演技に魅せられる。
少年の未来を託されたかのような感じさえする。
このシーンは最高に格好良いのである。
 
そして、自分が人生の岐路に立っていると感じたとき、この演説のシーンを観ると、背中を押してもらえる気がするのではないだろうか。
どんなに時が経っても、心に響く作品は色褪せないということを教えてくれる映画である。
 
しかし、この作品にはもう一つの「希望」と「絶望」がある。
主人公のチャーリーとは相反する、いかにも金持ちの息子という風体の同級生に、ジョージという登場人物がいる。
「嫌な奴」の完璧なフォルムをしている。
この高校生のジョージ役を、当時22歳のフィリップ・シーモア・ホフマンが演じている。
フィリップ・シーモア・ホフマンはこの後、着々とキャリアを重ね、いい味のする俳優に成長していった。
悪役から人間味のある役までこなし、『カポーティ』でトルーマン・カポーティという実在する人物を演じ、2006年に見事アカデミー主演男優賞を受賞している。
 
しかし、長年、ドラッグ依存症と闘ってきたが、2014年に薬物の過剰摂取により、46歳という若さでこの世を去った。
映画の中のチャーリーのように困難な道を選択して、闘いに勝って欲しかった。
まだまだ彼の演技する姿をスクリーンの中で観たかった。
 
重要なのは人生の意味を問うことじゃない。
人生を「生きる」ことだ。
 
チャーリーがスレード中佐にかけた言葉が頭に残る。
 
いま、人生の岐路に立っている人もいるだろう。
何かの選択を迫られている人もいるだろう。
 
困難な道を選ぶのが最良な道であるかはわからない。
そこから逃げることも、自分を守るためには必要なときもある。
ただ、人生に悲観して、楽な方向へ行こうと思っているのであれば、少し踏みとどまってほしい。
なんて、えらそうなことを言っているが、自分に対して言いきかせている気もする。
 
いま、人生の岐路に立っている。
 
そんなときは『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』をお薦めする。
もしかしたら、チャーリーとスレード中佐が、暗闇から一筋の光を見出すきっかけになるかもしれない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山本三景(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

山本三景(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
2021年12月ライティング・ゼミに参加。2022年4月にREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。
1000冊の漫画を持つ漫画好きな会社員。

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2022-12-14 | Posted in 週刊READING LIFE vol.198

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