週刊READING LIFE vol.200

「そんな成功してはいない」という一言が教えてくれた取材の心得《週刊READING LIFE Vol.200 書きたくても書けないこと》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/1/9/公開
記事:深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
それは組子職人として実績を積み上げてこられた方への取材も終わり頃にさしかかったときだった。家業の広報の仕事を担う奥さんが遠慮がちに口を開いた。
 
「ずっと話を聞いていると、なんだか今、すごく成功しているみたいな感じになっていますけれど、それがちょっと気になってしまって……。そんな成功してはいないですよ」
 
「あ、成功しているみたいになってる?」
職人であるご主人が苦笑いすると、その場の雰囲気がふっと和んだ。私もつられて笑いながら、心の奥底にチクッと感じるものがあった。
 
私はいつも取材の終盤で、2つのことを聞くようにしている。それは、「上手くいったことの理由」と「今だから話せる失敗談」だ。上手くいったことばかりでは、「すごいな」で終わってしまうけれど、失敗談や後悔していることなどのエピソードがあると、話し手の魅力が増すと考えているからだ。
 
このときは、建具の需要が減り、業界全体が衰退していく中で90年もの間、家業を続けてこられた理由について話を聞いたあと、私は「逆に失敗したな、こうすればよかったなと思うことはありますか?」と質問したのだった。私自身は勝手に、「まだ駆け出しの頃、木材加工の腕が未熟で上手くできなかった思い出」みたいなエピソードを想像していた。
 
ところが、「技術的な失敗」は「失敗」ではなく、その後に繋がっているので「失敗」とはとらえていないという答えが返ってきた。代わりに、業界が衰退していく中で、「続ける理由をなかなか見いだせなかった」とか、「時代の変化に応じて、自分たちが変わらなければいけないことに、あと10年早く気づいていたら、もう少し状況は変わっていたかもしれない」という後悔を話して下さった。
 
「でも今からでもできることはあると思う」と、将来に向けての思いをご主人が語った直後に、それまで部屋の片隅でじっと話を聞いていた奥さんが「そんな成功してはいない」と口を開いたのだった。
 
「どの辺が成功していないと思われますか?」
私は奥さんに質問をした。
 
「失敗という観点からいうと、私が嫁いできて一番思ったのは、価格のことでした。初代から三代目に至るまで質を落とさず、高い品質のものをお客様に提供するという思いと技術力を持って手間をかけてつくっているのに、お客様から高いと言われるのが怖くて、自信を持って高い価格を提示することができないというところがあったように思います。今は、これだけの手間がかかっているのだからと理解して下さるお客様もいるし、応援して下さる皆さんのおかげで価格を見直すことができましたが……」
 
奥さんがそう話すと、ご主人は「全く妻の言う通りです」と、下請けの仕事のやり方から抜け出せずにいたことなど、話を続けて下さった。その話は、個人事業主として仕事をしている今の私には、痛いほど分かる話だったし、恐らく世の中で商いをしている多くの人も、似たような経験をしていると思われた。自分の提供していることの価値を誰よりも自分が信じ、お客様に価値を提供し続け、発信をして伝え続けてきたからこそ、自信を持って値付けができるようになったというエピソードは、多くの人の勇気になるに違いないと私は思った。何よりも、私自身が勇気づけられていた。
 
その話を聞いて、私はこの取材の中で残っていた「最後のピース」が埋まったように感じた。話し手自身が自分では書きたくても書けないことを書くのが私の役目だと思っているからだ。インタビュアーとして有名な宮本恵理子さんの著書『行列のできるインタビュアーの聞く技術』の中に、こんな一節がある。
 
インタビューの役割は、「話し手が自分からは言いづらいこと」かつ「本当は言いたかったこと」を引き出すことである――。
 
私はいつも取材をするとき、この教えを念頭に置いている。でも、なかなか簡単ではない。
 
昨年の春、初めて企業を取材したときは、ただ自分の知りたいことを質問していた。その結果、「何だかどこかで書かれていそうな内容が多いな」と感じる記事になってしまった。「もっと知られざるストーリーを聞きたい。そのためには?」と模索する日々が続いた。
 
最初の転機はお酢のメーカーで有名なミツカンのミュージアムを取材したときだった。
 
今後どのようなミュージアムにしていきたいかについて話を聞いていると、途中から館長の言葉が熱を帯びてきたように感じたのだ。声が今までより少し大きくなり、身を乗り出すようにして「ここを社員とミツカンファンを繋ぐ聖地にしたいんです」とおっしゃった。
 
「ひょっとしたら、これが館長の一番言いたかったことかもしれない」
 
当時ミュージアムはコロナ禍で休館中だった。収益を出すのが目的の施設ではないとはいえ、消費者と直接触れ合える数少ない場であるミュージアムを長らく休館にしている状態は、ピンチでもあった。
 
「今までのように来て下さるのを待つのではなく、こちらから体験を提供できるようにするにはどうすればよいかを考えました。それで、完全に手前味噌ですが、社員向けにオンライン見学というのをやってみました。そうしたら、なんだ、できるじゃんって分かりましてね。これを進化させていこうと考えています」
 
他にも、どんなことができるかと検討中のアイディアを次々に紹介して下さった。
 
「このミュージアムという資産を生かして、やろうとしていることは変わっていないけれども、やり方は変わって可能性は広がっている。その可能性をどこまで広げられるか、それを考えるのが今の私の役目。決してデジタルリテラシーは高くないのですけどね」と笑いを交えて、熱く語ってくれた。恐らく、その日一番の熱量の高さだったと思う。
 
私は話を聞きながら、「この話は絶対に書かないと!」と思っていた。こういう個人の熱い思いは、会社として公式には書きづらいものだ。
 
私自身も会社員時代、たびたび自社の取組みをPRする仕事に関わった。「世界最大級の規模の太陽電池を設置して、二酸化炭素排出量を何トン減らした」というような内容は、そこかしこで発信したが、私はそのたびにちょっとした違和感を抱いていた。
 
ともすれば、規模の大きさだけに焦点を当てて、「すごいでしょう」みたいな自慢に思えて仕方がなかった。自分から言うのではなく、他の人が「すごい」と言ってくれたり、書いてくれたりするのであれば、素直に受け止めることができるけれど、自分から大々的にアピールするのは好きではなかった。
 
それに、私が本当に言いたかったのは、「それだけの規模の太陽電池を導入しても、その発電量は工場全体の電気使用量と比べるとはるかに小さい。やはり、太陽電池だけに頼るのではなく、使う量を減らすために知恵を絞った省エネを進めていきたい」ということだった。
 
だから、たまに取材で「課題があるとしたら?」というような質問を向けられると、チャンスとばかりに暑苦しく自分の考えを語った。もちろん、会社が認める範囲での発言ではあるけれど、「よくぞ聞いてくれました」という質問が出ると、嬉しかったものだ。
 
ミツカンミュージアムの取材で、館長の「熱量」を感じて以来、取材では既にホームページなどでPRされているような内容の中から自分の聞きたいことを聞くのではなく、話し手の置かれている状況を想像してみることにした。そこから、「こんなことを話したいと思っているかも?」と仮説を立てて、質問をしてみる。的中すれば、話し手の言葉に力が入るし、外していればあっさりした反応が返ってくる。
 
話し手の反応に注意を払いながら、「これだ!」と思ったときには、「例えば?」「もう少し詳しく教えて下さい」と質問すると、喜んで話してもらえることが増えてきた。それで私は、何だかいい感じにインタビューできているような錯覚をしていたのかもしれない。
 
だから、冒頭に紹介した組子職人の奥さんの「そんな成功してはいない」という言葉にハッとした。自分の中で「こういう形で伝えたい」という見えざる枠組みができていて、私はそこに合わせるように話を進めていこうとしていたのではないだろうか。
 
昨年春から始めた取材は、どこも比較的大きな規模の企業が運営するミュージアムで、創業のストーリーを聞くにしても、創業者本人に聞いたわけではない。創業のストーリーにしろ、製品の開発秘話にしろ、すでに企業側が用意したシナリオがある。だから、取材ではミュージアム運営の現場における喜びや苦労を聞かせてもらうことが多かった。
 
ところが、組子職人の方への取材は、今までと違って「個人」への取材だった。事前に下調べをした内容と当日の話を合わせながら、自分の中で「こう書きたい」というシナリオ案ができていたのだと思う。もしあの時奥さんが「そんな成功してはいない」と話してくれなかったら、私は表面だけをさらって勝手な「英雄像」をつくりあげてしまっていたかもしれない。それが話し手ご本人にとっても、後々変なプレッシャーになってしまう可能性もあったかもしれない。だから、私はあの奥さんの一言に感謝している。
 
今から思うと、私自身も個人で仕事をしているのだから、自分と照らし合わせてみて、「こんな悩みはありませんでしたか?」などと、質問をぶつけられたらよかったのにと思う。それに、話し手本人も気づいていないことが、全くの第三者からの質問で「そういえば!」と気づくことだってあるだろう。
 
だから私は取材記事の書き手として、「相手が書きたいけど書けないこと」を書けるようになりたい。「自分から言ったら自慢になってしまいそうな話」「わざわざ発信できないけれど胸に秘めた熱い思いや昔の苦しかったこと」「自分でも気づいていない思い」などだ。そういったものを、相手に代わって私が書くのだ。そのためには、相手の状況を想像し、自分なりの仮説を立て、質問をぶつけてみる。そして相手の反応をみる。その反応をみて、新たな質問や仮説をぶつけてみる。それを繰り返していくうちに、「よくぞ聞いてくれました」と思ってもらえたり、話し手自身が「自分は本当はこういうことを言いたかったのだ」と気づく場面を増やしていけたら、きっと取材の醍醐味を少しは語れる自分になっているかもしれない。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
深谷百合子(READING LIFE編集部公認ライター)

愛知県出身。
国内及び海外電機メーカーで20年以上、技術者として勤務。2020年に独立後は、「専門的な内容を分かりやすく伝える」をモットーに、取材や執筆活動を行っている。現在WEB READING LIFEで「環境カウンセラーと行く! ものづくりの歴史と現場を訪ねる旅」を連載中。天狼院メディアグランプリ42nd Season、44th Season、49th Season総合優勝。

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2023-01-04 | Posted in 週刊READING LIFE vol.200

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