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週刊READING LIFE vol.201

栗きんとんに始まり、栗きんとんに終わる《週刊READING LIFE Vol.201 年末年始のルーティン》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/1/23/公開
記事:工藤洋子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
とにかく、栗きんとんだ。
年の瀬から年越し準備をするといえば、栗きんとんが一番に大事なのは昔から変わっていない。
 
なぜそんなに執着しているかというと、もちろん私の食い意地が張っていることもあるけど、小学生の頃からおせち料理の中で栗きんとんをずっと任されていたからだ。おまけにその栗きんとん作りには「試験」まであった。近くに住む母方の祖母の家に年始のあいさつに行くとき、祖母と母がおせちの交換をやっていたので、自然と私が担当してからは、私が批評を受けることになった。
 
「う〜ん、やっぱり裏ごしはサボったら舌触りが悪いね」
 
「こりゃあ、みりんを入れすぎたやろ? 味が変になっとるよ」
 
いつも美味しいものを食べさせてくれたり、お年玉をたんまりくれたりして、普段は孫に甘い祖母だったのに、祖母は小学生相手にも手厳しく、きんとんの味に妥協しなかった。私が大学生の頃に亡くなるまで、結局無条件の合格はもらえなかったように思う。
 
せいぜい、
 
「まあ、こんなもんやろ」
 
とこれぐらいでギリギリ及第点というところだったろうか。そうか、私がこんなに食いしん坊なのは、母娘三代のなせるわざだったのか。確かに我ながら業が深い。
 
もちろん正月に栗きんとんだけを食べて暮らしていた訳ではない。私が子どもの頃は、正月三が日はスーパーでもデパートでもお店はきっちり閉まっていた。コンビニもまだそう普及していた訳ではないから、三が日に観光地に旅行でも行かない限り、家で作ったおせち料理を食べるしか選択肢がなかったのだ。当然、おせち作りは必須の年末ルーティンとなった。
 
私も栗きんとん以外は基本母の手伝いをしていた。手伝いだけとはいえ、おせち作りに大掃除、としゃかりきで働き、三十一日になると寒ブリと餅を買いに市場まで出かける、そこまでを含めて元旦を迎える準備がやっとできた、と感じていたものだった。
 
ところが、デパートの初売りが新年四日からだんだん三日、二日と前倒しになってくると、次第に正月の期間に開いている店も増えてきた。コンビニも身近になり、レストランなど飲食業もチェーン店だと年中無休だったりするし、スーパーも新年から開いている。となると、特におせちをしっかり家で作っておかねば食べるものがない、ということもなくなり、わが家でもだんだんおせちの品数が減ってきた。煮物に酢の物、それに買い出ししてきた寒ブリのお刺身など海鮮類にお雑煮があれば十分という感じだろうか。
 
いずれにしても、大晦日の晩にはすべてを終えて、夕飯はつつましく年越し蕎麦を食べるのが実家での年越しだった。そうして、元旦から三が日の間はおせちを食べて過ごすのだ。
 
ところが結婚した最初の年越しで、私はあまりのカルチャーショックに衝撃を受けることになった。
 
新居は夫の実家のすぐそばに建てた。義母は七人兄弟を育てただけあって、とにかく何かを食べさせよう、食べさせようとする人だった。私はてっきりお正月のおせちもお相伴に預かれるものだろう、と思って、栗きんとんと年越し蕎麦の準備だけしていたら、大晦日の昼に義母から電話があった。
 
「今日は十八時ぐらいにうちに来てくれたらいいから」
 
え?
何のこと?
大晦日の夕飯は年越し蕎麦じゃないんか、と思って夫に聞くと、大晦日には家族が集まって年末特番を見ながら一緒に料理を食べるのだ、という。
 
「はあ?」
 
と訳の分からないままに行くと、家を出た兄弟姉妹もすでに集まっており、お頭付きの鯛やお重に詰められたおせち料理が並んでいるではないか!
 
食事の前には義父が、
 
「今年も一年皆無病息災で元気に過ごせました。来年もまた……」
 
とあいさつしてまでしている。
 
「なんだ、これは……?」
 
私は思いっきり狐に化かされたような気分になった。
誰も事前にひと言も言ってくれなかったじゃないか。いや、当たり前だ、自分たちにとっては「大晦日ご馳走」が常識だからだ。
 
実は私が生まれ育ったのは福岡県、そして結婚して住むことになったのが大分県だ。福岡と大分は県境を接する隣県なのに、ここまで年越しの習慣が違うなんて、私は予想だにしていなかった。
 
「なんでここまで習慣が違うのよ? ちょっと山越えただけじゃないの!」
 
と、考えてみると、そういえば福岡育ちから見れば大分はちょっと「変」に見えるんだったことを思い出した。
 
大分の名物に「とり天」というのがある。鶏の唐揚げを作るのに完全に衣を付けて天ぷらに仕立て上げてしまう料理だが、これは福岡ではまったく見たことがなかった。「だんご汁」という小麦粉をこねたものを手で伸ばしたものを野菜と一緒に味噌味で煮込む家庭料理も福岡ではあまり知られていない。
 
そもそも九州は福岡県の本州側、北九州市辺りから大分県に下り、宮崎県までの「東九州」地域と、福岡市から佐賀県・長崎県の「西九州」地域、それと熊本県の「中九州」地域では言葉の系統が違う。福岡から見れば、佐賀、長崎、熊本は方言に共通部分が多いが、大分、宮崎はイントネーションや語彙そのものにも違いが見て取れる。そこに気が付いておきながら、年末年始の慣習にここまでの差があると予想していなかったとは、私もまったく油断していたものだ。
 
日本の他の地域から見たら九州各県などほぼ同じように見えるだろうけど、実はこのような違いが存在している。ちなみに鹿児島は私から見るともっと特殊に思えるので独断と偏見でここは例外とさせて欲しい。
 
まあ、とにかくそんなこんなで結局夫の実家では正月になったら、一緒に食事をする習慣はないようで特に声もかからない。おかげで正月元旦から普通に料理をする羽目になってしまい、何もかも調子が狂ってしまった年越しとなったのだった。
 
以前、『動物のお医者さん』という漫画で主人公がおせち料理について、
 
「正月に休みたければその前に二倍働かねばならい、という教訓が含まれていると思う」
 
というようなことを言っていたことを思い出す。その年はまったくその通りになった。働かざる者食うべからず、というか、倍働かざる者休むべからず、だろうか。
 
翌年からは、というと、昔の実家の年越し準備の六割程度はやるようにした。しかも、大分の慣習に合わせて大晦日の昼までにはすべてを終わらせなくてはならない。夫の実家では餅つき機使用ではあるが、正月の餅は鏡餅も含めて自宅ですべて搗いている。その餅つきの日程を義母と話し合って決めて、大晦日に出す料理は分担するようになった。
 
あれこれ話し合って、あれを作った、これは味どうだろう、と義母と話すのは、ちょうど実家の母が祖母の家におせちを持っていっていたのと同じような感覚かもしれない。やはり料理を作ること、そしてそのことについてあれこれ考えることは食いしん坊の私にはとても楽しいことだ。
 
おせちを食べるタイミングこそ違うけど、やはりそこは同じ九州、作る料理そのものに大きな差はなかったから、その点は遠くへ嫁にいかなかくてよかったかもしれない。テレビ番組で見るようにお雑煮の餅が角餅だったり、あんこ入りだったりしたら、さらなるカルチャーショックにおののくところだったので、まあマシだったろう、と思う。
 
結婚してからもうすぐ二十年が経とうとしている。
実家の母はとうに亡くなり、義母も他界してしまった。私の方も夫の方も残るのは爺さんばかり。おせちの相談をするのは正月に必ず帰省してくる義理の姉になった。そのせいで、おせちに唐揚げやとり天が混ざったり、大人数だとお歳暮のカニで鍋になったり、と用意する物は微妙に変わってきている。
 
義母が作っていたあん餅用のあんこも私が炊くことになったり、実家の母がなかなかうまく炊けていなかった黒豆は、自分で研究を重ねてしわのないツヤツヤなものが作れるようになったり、とルーティンとしてやることは変わってきた。おせち料理も昔のように食べるものがなくなるから作りためるのではなく、お正月の雰囲気を家族に味合わせるため、と目的が違うものになってきているように思う。
 
時代が移り変わる、とはこういうことも指すのだろう。
 
それでも私が担当するおせち料理には、やはり栗きんとんだけは外せない。これだけは必ずこだわって毎年丁寧に作っている。あの世の祖母に食べさせても満点の合格がもらえるように、自分にも恥じないものをこれからも作っていきたい。食いしん坊の名にかけて。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
工藤洋子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

20年以上のキャリアを持つ日英同時通訳者。
本を読むことは昔から大好きでマンガから小説、実用書まで何でも読む乱読者。
食にも並々ならぬ興味と好奇心を持ち、日々食養理論に基づいた食事とおやつを家族に作っている。福岡県出身、大分県在住。

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2023-01-18 | Posted in 週刊READING LIFE vol.201

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