週刊READING LIFE vol.201

おせちをやめて旅に出よう《週刊READING LIFE Vol.201 年末年始のルーティン》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/1/23/公開
記事:赤羽かなえ(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
今までコツコツと積み上げて来たものがブルドーザーで一気にひっくり返されたかのようだった。
 
新型コロナウイルス感染症の蔓延のおかげで、自分の今までの常識や慣習がことごとくくつがえされた。「おかげ」という言葉を使ったけれど、「コロナのせいで」と表現したいことも沢山ある。子どもの学校がいつ休校になるのかわからなくなった。仕事や予定が入っていても、学年で数人陽性者が出ればすぐ学年閉鎖になる。長距離の移動がしづらくなった。実家にも2年ほどは帰省できなくて、その間に祖母が亡くなった。遠方に住んでいるのでもともと死に目に立ち会えないことは覚悟していたけど、家族が誰も看取ってあげられないなんて想像もできなかった。
 
思い返したら次々と「コロナのせい」でできなくなったことは沢山出てくる。それでも、「コロナのおかげ」で自分の世界が一気に開けたこともある。オンライン受講のハードルが一気に下がったおかげで、今まで気になっていても受けることができなかった学びも沢山あったし、オンラインだからこその縁も沢山できた。
 
気が進まないけど、当たり前だからやっていたことがコロナという言い訳のおかげで、やめても仕方ないと許される雰囲気になった。やめたり、区切りをつけたりすることが苦手な私にとっては、コロナ様々と言ってしまいたくなるくらい楽になった。
 
一番大きかったのが、年末年始の過ごし方。思い返せば、私が小さい頃の年末年始は、親戚の家で過ごした。親戚一同が集まったのは幼心にとても楽しかった。食事も大ごちそうで、祖母が作ったおせちはとても美味しかった記憶がある。大きくなって親戚で集まらなくなっても、母が最低限のおせちを作っていた。結婚したら年末年始はおせちを作らないといけない……習慣は少しずつ染み込んでいくのだ。小さい頃には楽しかった行事が、結婚してからは私の役目になると、かなりのプレッシャーになっていた。
 
それでも料理教室で沢山のおせち料理を習い、年末はおせち作りを張り切っていた。12月中旬になると、少しずつ買い出しが始まる。紅白なますや酢蓮など日持ちするものは先に作る。それから29日くらいから何品か作り置きしていく。綿密にスケジュールをたてても、大みそかは徹夜だった。
 
冬休みに入って、子どもたちも遊んでいる、夫ものんびりと過ごしている。せっかく大掃除をした部屋がどんどん荒れていくのを横目で見るとイライラが募っていく。なんで私ばっかり忙しくしているんだろう。朝起きて、朝食準備、おせち作り、昼食準備、おせち、夕食準備、おせち、年越しそば、夜通しおせち……。
 
出来上がったおせちの写真を撮ってSNSにあげるほんの一瞬だけが満たされた時間だった。多い年で20品ほど作っていた時は、沢山のすごいというコメントが並び、ちっぽけな自尊心を満たしてくれた。
 
でも、目の前で広がる現実の光景はちっとも幸せじゃなかった。最初は喜んで食べ始めた子供達だけど、好きなものしか食べない。大家族ではないから、作ったものが余ってしまう。日にちが経つにつれ飽きて誰も食べなくなる。なくならないおせちを自分ひとりでつつきながら、虚しい気持ちがせり上がる。SNSで褒められるくらいの見返りだったらコスパが悪すぎるのだ。
 
それでも、誰に頼まれたわけでもないのに、おせち料理は私の中では最優先事項。年末が来るたびにテンションが下がっていくのを感じながらも、作らない、という選択肢はなかった。そもそも私が作っていたおせち料理は家族だけが食べるもので両親のところに持っていかなければいけない、とか、帰省して一緒に作らないといけないとかそういうものではない。自分の気持ちひとつでいつだってやめてもいいものだったけれど、おせちをやめることで、なんとなく当たり前のことをできない、ちゃんとしていないと思われそうなのが怖かった。
 
でも、コロナのおかげで、今までの当たり前だったことが、ひとつひとつ覆った。具合が悪くても仕事に行かなければいけないということが非常識になったように、今までの当たり前なんて、知らないうちに自分で作っていたルールみたいなものに勝手にはまり込んでいただけ。だから、お正月に、おせちを作ってみんなで食べて、親戚に挨拶に行かなければいけない、ということだって見直したっていい。実際に、おせちを作らなくなっても、誰にも何も言われなかった。家族だって私がイライラしながら作っている時は腫れ物に触るような気持ちだっただろうし、食べなかったら私が明らかに不機嫌になるようなおせちなんてない方がよかっただろう。
 
おせちを作らないための言い訳を作るために年末年始は旅行することにした。コロナで移動規制がかかっていた時には、親族に挨拶しに行くほうが非常識な雰囲気だったので遠慮した。そうすると時間はあるのにやることがないし、当時、国内だったら信じられないような価格で旅行ができた。日本中がお葬式みたいな雰囲気だったから、完全にお忍び旅だったけれど、宿や飲食店など行く先々で大歓迎された。おせちも作らなくていい、上げ膳据え膳で楽、家も荒れない年末年始……。今までおせちに縛られていたのがバカバカしくなるくらいに楽しい。味をしめてしまうともう元には戻れない。でも、世の中が新しい生活様式って騒ぐなら、うちの年末年始は旅行を新しい行事にしちゃえ。
 
ウィズコロナで、まだ海外には行きづらいから、行き先は国内だけど、海外よりも移動時間が短い分ゆっくりできる。子供達が大きくなってきて、平日に休みを取って旅行しづらくなっていたから、年末年始のお休みが気兼ねなく遠出できる貴重な機会だ。
 
今までは、冬休みが近づいてきてテンションが上がる子供達に反比例して、私の気分はダダ下がりだったけど、おせちをやめて旅行に行くようになってからは、子供達と一緒に年末に向けてウキウキするようになった。
 
結局、自分を縛っていたのは自分なんだ。誰が悪いわけでもない、誰かに見られている気がして、お正月はちゃんとおせちを作って、粛々と過ごさなければいけないと思っていたのは他の誰でもない私。お正月のことだけではなく、普段から、妻としてこうあるべきとか、母親として、嫁としてこうしなければいけないなんて言うことは私が勝手にそう思い込んでいるだけ。自分がこうしたい、こうありたい、っていう強い意志があれば、コロナというきっかけがなくたって自分の思うように自分の行動は決められるんだ。
 
これからもう二度とおせちを作らない、とは思わない。もしかすると、また通常の生活に戻ってきて年末年始の旅行が予約できなくなるかもしれないし、子どもたちが受験を迎える年には家で過ごすこともあるだろう。家族の誰かがたまにはおせちを食べてみたい、といえば作るかもしれない。そんな時では無理して見栄を張らず、自分が苦しくならない程度におせちに取り組むという選択肢だってある。作る量を少なめにしたり、家族が喜ぶものだけを作ったり、家族も私も笑顔になれるくらいにできればいい。しんどくなったらおせち以外は外食したっていい。
 
何らかの理由がなくても、自分が心地よく暮らすために、工夫する。そしてまた来年も、とびきり楽しい新年を迎えるために、この一年を一日一日楽しく積み重ねていこう。
 
私の年末年始のルーティーンは一生楽しく更新し続けるのだ。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
赤羽かなえ(READING LIFE編集部公認ライター)

人とモノと場所をつなぐストーリーテラーとして、愛が循環する経済の在り方を追究している。2020年8月より天狼院で文章修行を開始。腹の底から湧き上がる黒い想いと泣き方と美味しいご飯の描写にこだわっている。人生のガーターにハマった時にふっと緩むようなエッセイと小説を目指しています。月1で『マンションの1室で簡単にできる! 1時間で仕込む保存食作り』を連載中。天狼院メディアグランプリ47th season & 50th season総合優勝。

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2023-01-18 | Posted in 週刊READING LIFE vol.201

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