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週刊READING LIFE vol.201

美魔女になりたいんじゃない、優しいお母さんになりたかったんだ《週刊READING LIFE Vol.201 年末年始のルーティン》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/1/23/公開
記事:種村聡子(READINGU LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「お母さんは、美魔女になりたい」
新年を迎えた日の朝、わたしは家族にそう宣言した。家族の前で「今年の抱負」を発表している時のことだ。美魔女になりたい、と言ったのは今年が初めてではない。じつは数年前からずっと、わたしは同じことを言い続けている。でも、今年になって初めて、なぜわたしが美魔女になりたいと思ったのか、そのほんとうの意味に気付く事が出来たのだ。
 
一年の計は元旦にあり、なんて言うけれど、確かにその通りだとわたしは思っている。新しい年を迎えて気持ちを新たに、いろいろな事を始めたくなるものだ。今年はこれをしよう、あの場所へ行こう、そうだ、ずっと積ん読にしていたあの本たちを読んでしまおう、そんなことに思いを巡らすのだ。やらなくちゃいけない事を考えるより、やってみたい事を考える時間は、なんて楽しいのだろう。だから、わたしは新年を迎えると、必ず家族に「今年の抱負」を聞くのだ。今年は何をしたい? 何を目標にしたい? どこへ旅したい? と。
 
小学4年生である息子の、今年の抱負は「勉強をがんばる」だった。うん、いいね! 勉強は、やったらやった分だけ身につくものだよね。いっぱい勉強して、お利口さんになってほしいな。
夫の抱負は「健康第一に、仕事をがんばる」だった。ほんとうに健康は大切だよ。心身ともに健やかでないと仕事だけではなくて、日常生活だってうまく回らない。身体に気をつけて日々を過ごしたいよね。そしてもちろん、仕事もがんばってほしい。
 
家族の抱負を聞いて、満を持してのわたしの発表だった。それが「お母さんは美魔女になりたい」である。美魔女になりたい、と言い始めてから、もう何年目になるのだろう。おおよそ美魔女とは程遠いわたしの発言に、初めのうちは家族も、おお、という驚いた様子で聞いてくれた。まあ、美魔女なんかにはなれないと思うけれど、お母さんが言うとおもしろいなあ、がんばってね、という軽い感じだった。しかし、美魔女になるための特別な努力をしていないわたしが大変身するわけもなく、むしろ貫禄ばかりがついてくる。態度も様子もすっかりオバチャン然とするばかりのわたしに、誰も本気で美魔女になれるとは思っていない。言っている本人でさえも、だ。それでも毎年同じ事を言い続けているものだから、この「美魔女になりたい」という文言は「毎年恒例のお母さんのおもしろ発言」の一つになっていった。それはわたし自身も気付いていたのだけれど、なぜか、やめる事はなかった。
 
「美魔女」をご存知だろうか。美魔女とは、光文社『美STORY/美ST』による造語である。中年以上の一般女性に対して「魔法をかけているかの様に美しい」と例えたところからきたそうだ。年齢を重ねても美意識を高く持って、いつまでも若々しく美しくあろうと努力する女性の事を美魔女と称しているのだ。
 
そもそも美魔女と呼ばれる人々は生まれ持った特性として、美しさを与えられている、とわたしは思っている。決して妬みやそねみ、ひがみからではない。美しさは、脚が長いとか色白であるとか、肝臓が丈夫であるとかと同じレベルの、人が生まれ持った性質の一つに過ぎないのだ。
 
でも、若々しさや美しさは永遠ではない。年齢を重ねる事で失われてしまうものでもあるのだ。その現実を少しでも覆そうと、美しさを保つ努力を怠らない人だけが、美魔女となることが出来るのだろう。何も努力しないでいると、わたしたちは年齢を重ねるごとに身体の劣化が進んでいく。人間の身体は劣化することがデフォルトであるのに、若い頃と同じように美しいとか、若い頃よりもさらに美しさを増す、などという人間の身体の摂理に反する現象を起こすためには、並外れた努力が必要だ。雑誌などで紹介されている美魔女の方々は、ほんとうに美しい。彼女たちは生まれ持った美しさに加えて、自らを美へ導くための努力を惜しまないでいるはずだ。でもそれは、外見だけではなく内面をも整っていることが必要なのだと思う。そしてその内面を整えるために最も重要なのは、心の余裕ではないだろうか。わたしは身近な人の素敵な振る舞いを見て、そう思い始めたのだ。
 
仕事でお会いする方で、「あの人は美魔女だ」とその美しさを賞賛されている人がいる。もうすぐ5回目の干支が回ってくるその女性は、美しいだけではなくて仕事に関しても有能だった。さらにいつも変わらず朗らかに、穏やかに対応してくれる。どんなに忙しくても、どんなに無理難題を押しつけられても、笑ってその難局を乗り越えてしまう。そんな彼女が珍しく何かに腹を立てていた時のことだ。「もう、ほんとうに困ってしまうのよね」などと言いながらも笑顔で対応している様子は、全く怒っているようには見えず、むしろ可愛いとさえ思ってしまった。わたしよりもはるかに年上の女性であるにも関わらず、だ。
 
いつも穏やかで、なにがあっても動じない彼女の姿は、忙しそうにくるくると動き回っている時でさえも、どこか優美でたおやかだ。楽しそうに笑っている時も、ちょっと怒っている時も、変わらず人と接している場を見るたびに、尊敬の念を抱かずにはいられない。
 
彼女とわたしの違いを考えてみたことがある。容姿の美醜はこの際、気にしないでおこう。何か問題が発生した時の受け止め方、対処の仕方に歴然とした差があることに気が付いたのだ。許容範囲の狭いわたしは、焦ってしまい大騒ぎしてしまう。落ちつて考えれば解決できる事でも、気持ちばかりがはやるばかりで空回りし、逆に問題の傷を大きく広げてしまった事もある。以前、大問題が起きてわたしがパニックになりかけた時、その女性に助けを求めた事がある。彼女は一瞬びっくりした様子だったけれど、すぐに気持ちを切り替えてわたしの話をじっくり聴き始めた。わたしに起こった全ての事を把握すると、ゆっくり言い含めるように言ったのだ。
「大丈夫よ、ちょっと考えてみるから、時間をちょうだい。解決できると思うよ」
電話越しの声だったけれど、その彼女の優しい物言いに、わたしはほっと安心する事が出来た。問題はなにも解決していないけれど、気持ちが落ち着いてきて、自分なりの解決の糸口を考えてみよう、と思えるまでになったのだ。もしあの時、彼女もまたわたしと同じように動揺していたら、あるいは彼女のわたしへの声掛けが非難めいたものであったら、わたしはより一層パニックに陥り、問題は解決しなかったかもしれない。大丈夫だよ、心配しないで、という言葉と彼女の穏やかな様子に、わたしは救われたのだ。
 
彼女にあってわたしに無いもの、それは心の余裕だと思う。心に余裕があると、どんなに無理難題が起きようとも、その問題にまっすぐに向き合って解決しようと考えることが出来る。何気ない会話の中にひそんでいる、相手の細やかな気持ちや想いを感じ取り、その想いに応えようとすることだって出来る。万が一思わしくない事に遭遇したとしても、一呼吸おいて相手との距離をはかり、むやみに諍いとなるような発言を控えることだって出来てしまう。心の余裕が発言や行動の余裕を生み、生活全般の余裕を生み出していくのではないだろうか。いつも穏やかな彼女の周りには、時間がゆっくりと流れているように感じるのだ。よい流れのなかで、自分自身をも磨く余裕を持つことが出来るからこそ、彼女はいつまでも美しくいられるのだろう。
 
わたしにとって、そんな手間暇を自分に対してかけられる事自体が憧れだ。なぜなら、わたしはいつも慌ただしく生活しているからだ。あれもやらなければ、これもやらなければと気持ちばかりが焦っていてうまく回っていないと感じる事もある。だから、職場でも家庭でも、いつもなにかに満足できず、そのやるせない想いをどう対処したらよいか思案に暮れていた。わたし自身は気付いてなかったけれど、きっと、怒ってばかりだったのだろうし、イライラも募っていたのだろう。以前子どもに「お母さんは何を怒っているの?」と聞かれたことがある。でも、その時は特別何かに腹を立てているつもりはなかったので、なぜそんな事を聞かれるのだろう、と不思議に思ったものだ。何がいけなのか、どこに問題があるのかわからないけれど、どこかで何かをリセットして、気持ちを切り替える必要を感じていた。だから、わたしに足りなかったものは心の余裕だと気付いたことで、全てのことが繋がったのだ。わたしは、心の余裕を手に入れて笑顔を絶やさない人になりたくなった。そして生活全般を豊かなものにしたい、と思い始めたのだ。
 
わたしは、いわゆる美魔女になりたいのではなかった。心の余裕を手に入れることで心身ともに整えて、健やかな暮らしをしたかったのだ。いつも何かにせき立てられている生活を改善したかった。そして、いつも怒ってばかりいるお母さんを辞めて、優しいお母さんになりたかったのだ、と切実に思っていたことに気付いたのだ。
 
どうしたら、心に余裕を持つことが出来るのだろうか。十分に眠る事? 深呼吸をする事? それとも美味しいごはんをゆっくり食べる事? これから一つずつ試して考えていきたい。まだまだ、わたしは心の余裕を持っているとは言えないけれど、以前よりも前進した事がある。それは、わたしは心に余裕があんまり無い、と自覚できたことだ。その自覚があることで、なにか問題にぶつかった時に、ちょっとだけ自分の発言や行動を俯瞰して見ることが出来るようになりたい。そして、少しずつ心の余裕を育てていきたい。その先に、わたしの美魔女への扉が開かれるかもしれないのだから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
種村聡子(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

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2023-01-18 | Posted in 週刊READING LIFE vol.201

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