着物が苦しいのは着物の特徴を知らないから。洋服を着ているだけでは気付けない着物を着る時の目からウロコのコツ《週刊READING LIFE Vol.205》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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2023/2/20/公開
記事:大塚久(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
あなたはバスと電車を乗り継ぎ、自宅を出てから数時間かけて目的の場所に到着した。そこは古くからある老舗旅館で、部屋から望む絶景と、湧き出る温泉を利用した大浴場、そして美味しいお料理を自室で堪能できるのが魅力の旅館だ。
受付を済ませて部屋に案内される。ドアを開けると新品の畳のモグサの匂いとともに和室の部屋が姿を表す。奥に進んでカーテンを開けると噂に違わぬ絶景と、脇を流れる川のせせらぎが聞こえてくる。景色と音に気を取られていると、次は緑茶のいい匂いがしてくる。部屋の担当の中居さんが「お越しいただきありがとうございます。長旅お疲れ様でした、ゆっくりおくつろぎください」とお茶を勧めてくれる。
座椅子に座ってお茶をいただきながら大浴場の説明と夕食の時間を決める。中居さんが部屋を出ていき。お茶を飲んで一息ついたところで、夕食前に自慢の大浴場で温泉に浸かりたい。「着替えて大浴場へ行こう」そう思った時に一つの問題が出てくる。浴衣だ。
この浴衣の着方で一度は悩んだことがあるんじゃないだろうか?
正直僕はきちんと着れている自信がない。見よう見まねでなんとなく前で浴衣を合わせ、帯を適当にきつく結ぶ。あとは羽織を着て仕舞えば見た目はなんとかなる。どうせ部屋と大浴場の間を往復するだけなので最悪前がはだけなければいい。そんな適当に着方なので部屋に戻ってきて食事をしているとだんだんと着崩れてくるし、崩れないように帯をよりきつく締めると苦しくてご飯が入らない。そして寝るときは帯の結び目が当たって痛い。本当ならばいつもの部屋着に着替えたいところだが、せっかく老舗旅館だ、Tシャツにジャージでは雰囲気が合わない。
館内ですれ違う他のお客さんも大体は着崩れてきていて、歩きづらそうにしている。でも稀に「着慣れてるんだろうな」と思うような浴衣を着こなしている人も見かける。そんな人は浴衣をきている姿がかっこいい。背中に一本筋が通ったようなピンッとしたいい姿勢で、体も引き締まって見え、足の運びも優雅だ。「自分もあんなふうに着物を着こなせるようになりたいな」と思いながら羨ましく思っていた。
そしてこの願いはある着付けの先生に出会うことで叶えられることになる。実はこの着物を綺麗に着られるようになるには普段洋服を着ている僕らでは絶対に気づかないであろう、洋服と和服の違いがあった。その大きな違いは仕立て方だ。洋服は体の形に合わせて型紙を作る。体の丸みに合わせて布を曲線で切り、それを組み合わせて立体の形にして仕立てる。反対に着物は布を立体的に曲線で切るのではなく、長方形の形に切り、それを縫い合わせることで着物の形にしていく。極論するとバスタオルとフェイスタオルを縫い合わせれば着物の形になるのだ。ただこの真っ直ぐな布を似合わせただけの着物を立体で丸みのある体に合わせるときにちょっとしたコツがある。そのコツを知らないと腰紐や帯で締め付けるように着てしまうので苦しくなる。
要は楕円形のラグビーボールに長方形のタオルをピッタリ密着するように紐で締め付けているようなものだ。それは苦しいに決まっている。
今回はこの着物を着る時のコツを実際に着付け教室に行った時の体験からお伝えしようと思う。この先を読むと実際にどうやったら着物を苦しくなく着こなせるかのコツがわかる。ぜひコツを知って着物を着てみてほしい。
着付け教室当日、自前の着物を持って教室にお伺いすると着付けの先生と、長襦袢を着たマネキンとともに出迎えてくれた。着付け教室は僕一人だと勿体無いので妻も一緒に習うことにした。実は今年は結婚10年目でせっかくだから結婚式をした時の神社でその時と同じ場所で着物を着て写真を撮ろうと話していたのである。その着物を自分たちで着れたらいいなと思って妻も誘って行ってきた。
お教室の最初はきちんと着物を着た時の感じを体感すること。まず、先生が正しい着付けをしてくれる。
最初は僕の着付けから。まず着物の下着である長襦袢を着る。着物は着物の真ん中と体の脇にくる部分に縦に縫い目が入っている。この真ん中の縫い目を背骨に合わせて着る。真ん中を背骨に合わせたら腰骨の高さで襦袢を持ち右側、左側と前で合わせていく。右側は奥に入るので裾が折れ曲がるのだが、ここで折れ曲がることで摩擦が増して着崩れしにくくなるらしい。なんともうまく考えられている。そして合わせた襦袢を腰紐で止めるのだが、この腰紐の当て方が目から鱗だった。腰紐を締めるあたりはおへその下辺りなので、横から見て地面に平行に腰紐を当てるとおへそより下は丸くなっているので、腰紐の下側が浮いてしまう。その浮いた部分が下にずれてきてしまうのだ。なので腰紐の当て方はそうではなくて、下腹部の丸みに合わせて腰紐が当たるように前が下、後が少し上の横から見て斜めになるように当てるのだ。そうすることで腰紐がピタッと体に添い、ずれにくくなる。実はこの楕円の体に腰紐を斜めに当てる考え方は数学でいうと楕円と放物線の関係と一緒だ。
細かく話すと難しいのでざっくりいうと楕円と放物線は数学的には同じものなのだ。縦の状態が楕円、斜め下に向けたものが放物線だ。ちょっと潰れたフラフープを想像してもらうとイメージつくかと思うのだが、フラフープを縦にすると楕円に見える。そのフラフープを横に倒していき地面に先っちょが埋まるくらいまでいくと先っちょが地面に埋まったフラフープは放物線に見えると思う。この縦の楕円が体、地面に埋まった放物線が腰紐と同じなので、先ほどの斜めに腰紐を当てると体にピッタリ沿うのは数学的にも理にかなっているのだ。
そして長襦袢が着れたら今度は着物だ。着物も長襦袢と同じように真ん中を背骨に合わせて着る。そして帯を締める。この帯も先ほどの腰紐と同じように楕円と放物線の関係で腰から下腹部に向かって斜めに締めていく、帯は腰紐よりも幅がある。そこでポイントになるのが帯の下半分を少し強めに締め、上半分を緩めに締めることだ。そうすることで、横から見ると台形を逆さにしたような形となり、お腹にゆとりができる。そのゆとりが呼吸した時にお腹が膨らむ余裕となる。そして腹部は体の構造的に腰骨とお腹の筋肉だけで支えられているのでかなり不安定だが、幅の広い帯を締めることでお腹の筋肉のサポートをしている。ちょうど腰痛の人が腰に巻くコルセットと同じ要領だ。
こうやって体に合わせて着付けしてもらうと驚いたことに、体が軽い。呼吸で動く部分はゆとりを持たせ、体の構造的に不安定な部分は締めているので、自然と姿勢がよくなり、余計な筋肉を使わなくなるので体が軽くなる。もちろん呼吸も楽にできる。着物がこんなに楽なものだとは知らなかった。
続いては奥さんの着付けだ。基本的な着付けは男性と同じなのだが、女性の場合は体の凹凸が男性よりも多いので少しだけ複雑になる。一番お違いはおはしょりだ。おはしょりは元々は身分の高い人が裾を引きずってきていた打ち掛けを、仕事をする庶民でも着れるように腰のあたりで折ることで裾を引きずらないようにしたものだ。実はこのおはしょりを作るおかげで、女性の胸の部分にゆとりを作ることができる。おはしょりがないと、胸のゆとりが作れずに前の裾だけが吊り上がってしまって、不恰好となる。
そして女性の帯は男性よりも幅が太いため、上の方は肋骨にかかってしまう。これも男性の時と同じように台形を逆さにしたような形になるように下側を締めて、上側にゆとりを持たせる。こうすることで呼吸の時の肋骨の動きを確保している。そして女性は特にお腹を冷やしてはいけないため、男性と同じように腹部の筋肉をサポートしつつ、幅の広い帯でお腹を冷やさないようにしている。
こうして着付けが終わった姿は上半身には呼吸するゆとりが、下半身はちょうどタイトなロングスカートを履いているような腰から足首にかけてキュッと締まって、ちょうど一輪挿しのお花のような綺麗なシルエットになる。
もちろん着ている奥さんの感想も、呼吸がしやすいし、体が軽くなったと言っていた。
きちんと着付けてもらうとここまで体が動きやすいのかと夫婦2人で驚いていた。自然と顔も笑顔だ。
落ち着いて考えると、そもそも着物は普段着だ。その普段着が動きにくいはずがない。着物が普段着だった時代は今よりも日常的に体を動かす機会がたくさんあった。その時にわざわざ動きにくい服を選ぶはずがない。着物は人間の体の特徴に合わせた普段着だったのだ。そして着物は袖口や襟元、が大きく開いていて、通気性がいい。夏のジメジメした気候に合わせて風通しがよくなっているのだ。もちろん冬は寒くなるが、生地が厚手になったり上に羽織りを羽織ることで寒さ対策もできている。
着物は一反の生地から作られる。この一反の生地を8枚の長方形に切り出して縫い合わせて作る。そして縫うときに長い部分は余らせて作る。こうすることで穴が空いたら余らせた生地の部分を使って穴を塞いだり、それができなくなったら子供用に小さく作り替えたりしていく。着古したら長方形の生地に戻して雑巾にして使い、最後はその雑巾を燃やして、灰にし、土壌の改良に使う。今盛んに言われているサステナブルな服なのだ。
そして着物は実は美術的にも優れている。もとが長方形の生地なので、ちょうど絵画のキャンパスと同じなのだ。なので着物は絵画をそのまま着ることができる服なのだ。特に女性の着物はそのバリエーションがとにかく多い。繰り返しのパターンになっているものもあれば、水墨画のようなものもあったり、それこそインドの更紗織のものまである。そしてそこに同じように長方形の帯にも様々な模様がある。この組み合わせでガラリと雰囲気が変わるので着回しもできる。着物一枚帯三本という言葉があるくらいだ。
着物は日本の古くからある普段着だ。しかし、現在では成人式や結婚式など滅多に着る機会はない。それは苦しい、動きづらい、着付けが難しいといった誤った認識から着ていると思う。もちろん洋服に比べたら着るのは難しいと思うが、きちんと着ることで体も軽くなるし、動きも軽くなる。昔は着物自体が薬にもなっていたくらいだ。服用、服薬といった薬に関して「服」という字が使われているのもその名残だ。日本人だからこそ、日本の気候と日本人の体に合わせて作られた着物の知識をきちんと学び、素敵に着こなしてみてはいかがだろうか?
□ライターズプロフィール
大塚久(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
神奈川県藤沢市出身。理学療法士。2002年に理学療法士免許を取得後、一般病院に3年、整形外科クリニックに7年勤務する。その傍ら、介護保険施設、デイサービス、訪問看護ステーションなどのリハビリに従事。下は3歳から上は107歳まで、のべ40,000人のリハビリを担当する。その後2015年に起業し、整体、パーソナルトレーニング、ワークショップ、ウォーキングレッスンを提供。1日平均10,000歩以上歩くことを継続し、リハビリで得た知識と、実際に自分が歩いて得た実践を融合して、「100歳まで歩けるカラダ習慣」をコンセプトに「歩くことで人生が変わるクリエイティブウォーキング」を提供している。
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