空から見下ろす宝石の運河《週刊READING LIFE Vol.205》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
2023/2/20/公開
記事:小田恵理香(READING LIFE編集部ライターズ俱楽部)
「ひこーき!ひこーき!」
離陸前の飛行機を指さして息子が叫んだ。
息子だけではない。
子供連れの家族はもちろん、飛行機を鑑賞に来た人で展望デッキは賑わっている。
あの飛行機はどこへ飛んでいくんだろうか、今着陸してきた飛行機はどこから大阪へやってきたんだろうか。
出発準備を終え着陸に臨む飛行機に一礼し手を振りながら見守る現場のスタッフ。
見ているとワクワクするし、つい時間を忘れてしまう。
ここは大阪国際空港。
大阪府豊中市・池田市と兵庫県伊丹市にまたがる空の玄関口。
かつて伊丹飛行場と呼ばれていた名残から伊丹空港とも呼ばれている。
昔は国際空港として国際便も飛んでいたようだが、関西国際空港が出来てからは国内便専用の空港となった。
昨今は空港も飛行機を乗るためだけに利用する客以外も増えてきたように感じる。
地元のご当地グルメも食べられるし、展望デッキやレストランからは間近で飛行機も見ることができる。
「え、こんなお土産なんかあったの」
とその土地に住んでいるとなかなか気づかない、自分の土地の新たな土産を発見することもある。
新型コロナウイルスの流行とともに飛行機に乗る機会はめっきり減ってしまったが、近隣に住むようになってからはランチを食べに空港のレストランを利用することもあったし、子供が出来て飛行機を好きになってからは展望デッキに飛行機を見に来ることが増えた。
旅行で使うとなるとあくまでも旅の通過点ということもあり、出発まで慌ただしくなかなかゆっくりすることができない。
だが、ふらりと遊びに行くとその施設の充実ぶりに驚く。
中には温泉も併設されている空港もあるのだから本当に驚きだ。
親戚が遠方にいたこともあり、私は比較的幼い頃から飛行機には乗っていた子供だとは思う。その時も伊丹空港から飛行機に乗っていた。
ただ子供の頃の私は乗り物にはめっきり弱く、正直なところ飛行機に乗るというだけで憂鬱だったし、乗るたびに激しく乗り物酔いをして飛行機からの景色を楽しむ余裕なんてなかった。
いつも乗り物酔いする私に優しく声をかけてくれ、お水やエチケット袋を用意してくれたCAさんたちは女神のように思っていた。
同時に小学生ながら教科書に出てくる“騒音問題”も頭をよぎっていた。
空港と言うとだいたい山の中とか、海の傍とか人里離れたところにあることが多い印象。
だが伊丹空港は街のど真ん中にある。
1970年代の頃の伊丹空港は国際空港としてかなりの国際便が就航していた。
伊丹空港からは京阪神の主要都市へのアクセスもいい。
着陸するのに立地はまさにベストな場所だ。
飛行機を利用しているとそうはあまり感じることは無かったが、伊丹市の隣である西宮市に住むようになり、伊丹市へ出かけると飛行機の騒音の凄まじさには驚いた。
実際に当時は地元付近の住民から騒音などの公害で空港廃止を求めた住民訴訟が相次いだ。
国も周辺環境への対策として、機材や運行時間の見直し、新たな空港を作ることで空港廃止も視野に動いていたのだ。
しかし事態は一変し空港存続に周辺の自治体が方針を転換した。
1994年には関西国際空港ができたことにより、すべての国際線をそちらに移転させ伊丹空港は国内専用空港となった。
2008年の空港法改正では“拠点空港”と指定された。
現在はそんな街のど真ん中という周辺の環境に配慮し運行時間と本数が制約され、周辺には緩衝材代わりに緑地が拡がっている。
伊丹空港の運用時間は朝7時から夜9時まで。
この時間以外の飛行機の滑走は禁止されている。
そんなきっちりした制約があるが故に、他の空港と比べると定時運航の面で優れた成績を上げているそうだ。
それは世界からも認められているようで、フォーブス電子版で“定刻通りに出発できる効率的な空港”として第1位を取り、アジアの主要空港における出発実績賞を2年連続で取得したというのだから驚きだ。
そんな数々のドラマがある都会のど真ん中のこの伊丹空港。
空の旅を楽しむ余裕が出てきたのは高校生になったあたりからだった。
高校の修学旅行の行き先は北海道。
もちろん大阪からは飛行機で行くしかなかったが、空港にはなんと朝6時集合だった。
空港に6時に着くためには家を5時に出なければならなかった。
行きの飛行機は正直眠くて記憶がない。
覚えているのは機内サービスで飲んだJALのコンソメスープが美味しかったことぐらい。
3泊4日で北海道を楽しみ、大阪に帰ってきたときはじめて伊丹空港が都会のど真ん中にあることを思い知らされた。
関西に近づき、座席のシートベルトを締めるようにアナウンスが流れる。
雲の合間から徐々に景色が見えてきた。
雄大な山。
拡がる田んぼ。
そしてそれを超えていくと近づく街並み。
景色はだんだん緑がなくなりビルが増えてくる。
これだけの家や、マンションやビルが立ち並んでいる街なんだと改めて思う。
所々に大阪城や、通天閣、甲子園球場や明石海峡大橋らしきものも見えた。
同時に思った。
近すぎではないか?
大丈夫なのか?
飛行機の翼がビルにかすれたりしないんだろうか?
そう思うぐらいに、街の中へとどんどん飛行機は進んでいく。
まるで都会の地上から獲物を見つけ、地面へと降下していく鳥のように。
そしてそのビルが一瞬消えたと思ったら空港の滑走路だった。
なんという景色だったのだろう。
宇宙飛行士が宇宙から見る地球はこんな感じなんだろうか。
高校生ながらそんなことを思っていた。
同時に、夜に乗ると夜景に飛び込んでいくんだろうか。
どんな絶景が待っているんだろうか。
そんなことも感じた。
それから数年。
すっかり飛行機にも慣れ、空からの景色を楽しめるようになっていた。
そして念願の夜の伊丹空港に着陸する機会が訪れた。
一緒に乗った夫も夜の伊丹空港に着陸するのは初めてとのことだった。
この時は離陸の時点で、すでに気持ちは高揚していた。
日中はほとんど気づかなかったが、滑走路は夜飛行機が迷わないよう灯りが灯されている。
その色は1色ではなく、着陸用と離陸用とで分かれているのだろう。
空港を後にして行くにつれ、それは船にとっての灯台のように飛行機にとっての道しるべとなっていた。
そして雲の上に向かうまでの間に見える景色。
先ほどまでいた空港の灯り、滑走路、空港の駐車場ビル。
ライトアップされた道路や車、ショッピングセンターなどの街並みが見える。
今から家へ帰っていくのだろうか。
私の叔父のように空港へ親戚を送り、家路につく途中なのだろうか。
暗闇の中にある灯りは、そこに誰かがいることを感じ安心させてくれる。
眺めていると機体は雲の中に入り、景色は黒一色となった。
何も見えない。
ただただ拡がる怪しくも美しい暗闇。
しばらくすると機体も安定しシートベルト着用サインが消えると、機内サービスが始まる。
機長の挨拶に耳を傾け、機内サービスのジュースを飲みながら旅の思い出に浸る。
「もう少し居たかったね」
「あっという間だったよね」
「あれもうちょっと買っとけばよかったかな」
「まぁ、また行こうよ」
そんな会話をしながらも、私は画面に映るフライトレコーダーに注目していた。
伊丹空港まではあとどれぐらいなんだろうか。
念願の夜の伊丹空港への着陸だ。
本を読んだり、会話したりしつつも今か今かと高鳴っていた。
『ポン』
この音は。
「ご案内いたします。大阪国際空港へはあと30分程で着陸します。大阪国際空港の天気は晴れ、気温は16度です。この先15分後にベルト着用サインが点灯する見込みです。化粧室は早めにご使用ください。なお機内販売に関しては……」
とCAさんのアナウンスが流れてきた。
いよいよだ。
そして大阪の天気は晴れ。
夜景は天気にも邪魔されず、存分に堪能できそうだ。
むしろ、もし運の神様がいたのだとしたら念願の夜の伊丹空港への着陸を祝福するかのように味方してくれたんではないだろうか。
そんなことを考えながら私の胸は期待で膨らんでいた。
そうこうしているうちにシートベルト着用サインが点灯した。
着用サインが点灯してしばらくすると平衡を保っていた機体が下がり始めた。
いよいよだ。
窓の外を見る。
さっきまではどこをみても黒一色だった。
暗闇の影響でやや灰色のように見える雲が現れる。
その雲を抜けると、灯りが見えてきた。
最初は山や田んぼ。
そしてどんどん街へと近付いていく。
それはまるで煌びやかな宝石の運河のようだった。
昼間に見る光景と明らかに違う。
同じ景色でも、同じ街並みでも昼と夜とでこんなに違うものなのだろうか。
月並みな表現かもしれない。
「……きれい」
その一言に尽きた。
大阪は、関西は、いや日本はなんて美しい国なんだろうか。
そして機体はどんどん街へと吸い寄せられていく。
通天閣、大阪城、あべのハルカス、甲子園球場、明石海峡大橋。
関西の名だたる観光名所は昼間とはまた一層違った魅せ方をしていた。
走る電車は乗客こそ見えないが、今日も仕事を終え家路を急ぐ人たちでいっぱいなんだろうか。
立ち並ぶビルは会社のビルもあれば、商業施設もある。
遊んでいる人もいれば、何かを学んでいる人もいるだろうし、誰かのためにまだ働いてくれている方もいる。
あるいは大切な人たちと、私が今見ている同じ夜の景色を見ながら団らんしているのかもしれない。
灯り一つ一つにいろんなストーリーが紡がれている。
この灯りを照らすためにどこかで誰かが働いてくれている。
この灯りが照らしてくれるお陰で誰かが何気なく生活を送ることができている。
空から見下ろすと、普段何気なく見ている街並みもそんな風に見えた。
慣れ親しんだ故郷の夜の街並み。
『おかえり、待ってたで』
夜の空の上から見る関西の街並みはギラギラしていて派手だけれども、その灯りはまるで私にそう言っているようだった。
飛行機はさらに街の中へ入っていく。
獲物を見つけた鳥が急降下するように。
妖しく光る夜の街並みにどんどん吸い込まれていった。
そして街並みが消えたと思ったら、滑走路の白灯が見えた。
見えてくる管制塔。
飛行機は無事に着陸する。
長いようで短かったその時間。
最高の空の旅をさせてくれた機長やスタッフ、機体に感謝をして私は飛行機を降りた。
あれからしばらく飛行機には乗っていない。
旅行をすることは控えていたからだ。
展望デッキから飛行機を眺めていると、また飛行機が着陸してきた。
「また飛行機、乗りたいね」
「飛行機に乗って空の旅に出ようか」
「出来るなら夜の着陸がいいな」
「そうやな」
夫と私は笑う。
以前に比べると空港には人出が戻り、スーツケースやお土産を抱えた人が増えた。
そうだ、また旅に出よう。
できればそう、夜の着陸がいい。
あの煌びやかな宝石の運河をまた見たいから。
離陸準備をする飛行機を見ながらそう思った。
□ライターズプロフィール
小田恵理香(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
大阪生まれ大阪育ち。
2022年4月人生を変えるライティングゼミ受講。
2022年10月よりREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に加入。
病院で臨床検査技師として働く傍ら、CBLコーチングスクールでコーチングを学び、コーチとしてクライアントに寄り添う。
7つの習慣セルフコーチング認定コーチ。
スノーボードとB‘zをこよなく愛する一児の母でもある。
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