週刊READING LIFE vol.205

「自分が本当に知りたい、学びたいこと」に出会うために、親が子供にしてあげられること《週刊READING LIFE Vol.205 私だけのカリスマ》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/2/20/公開
記事:赤羽かなえ(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
京都大学大学院で工学研究科の教員だったかたわらで、「鉄」をキーワードに全く専門外の農業分野で特許を取得したり、人を元気にする栄養の取り方を広めたりしている野中鉄也さん。「野中センセ」の愛称で「鉄ミネラル®」を広める活動に携わり、農業分野や栄養学、医療関係者からも一目置かれています。野中センセが多方面で活躍できたのは、その学び方にコツがあるからだと語ります。これから学びを深めていく学生や学ぶことに行き詰まりを感じている人にヒントになるお話を伺いました。
 


(撮影:Edward Hames)
 
野中鉄也さんプロフィール
一般社団法人鉄ミネラル代表講師。鉄ミネラル技術開発者であり、農業分野で鉄ミネラル®の特許を取得。2022年3月に京都大学大学院の助教を退官し、一般社団法人鉄ミネラル代表講師を務める。「野中センセ」の愛称で親しまれている。地球と人にミネラルの循環を取り戻し、豊かな命の世界を取り戻したいと活動中。

 
 

学べば学ぶほどわからないことが出てくるのが学問


―野中センセにとって学ぶとはどういうことですか?
天才数学者であり物理学者であるニュートンが自分の生涯について「私は海辺で遊んでいる少年のようである。ときおり、普通のものよりもなめらかな小石やかわいい貝殻を見つけて夢中になっている。真理の大海は、すべてが未発見のまま、目の前に広がっているというのに」という名言を残したそうです。天才と言われたニュートンですら、どれだけ沢山の発見をしても、真理の海には到達できなくて砂浜で遊んでいる程度なんです。学問の世界は、学べば学ぶほどわからないことが増えていくという世界なんでしょう。
 
自分が理系を選んだのは、物事には何らかの理屈の世界があって、自動的に正解が出てくると思っていたからです。でも大学に入って、数学とか物理の先生が、講義では意外とモヤッとした言い方をしているなということに気づきました。最先端の研究をしている人達は、実は、日々答えがわからない世界に踏み込んでいっているのです。だから、そういう世界では、色んなことがモヤッとしているんだということに気づきました。実は、大学はわからないことの方が沢山ある世界なので、色んなことがかっちりできあがっている世界になじみが薄い人達の集団の中にいるという感じでしたね。
 
―大学の先生って何でも分かっているという感じでしたが違うんですね
科学をやっている人達もさまざまです。現代の学問は、ピラミッドを作るみたいに、今まで正解とされていることを基礎として、そこに正しい知識の石を積み上げて正解の形を作っていけばいいよねという感覚を持っている人もいます。一方で、前提そのものが崩れることもあるよねという可能性を視野に入れながら学問のピラミッドを眺め、時には、基礎の部分から検証し直しながら生きている人もいるんです。私はどちらかというと後者のタイプです。正しいはずだと思い込めばそれは正しくなるし、これは間違っているぞって思えば別の景色が見えてくる。実は学問ってそんなあやふやなものなんです。
 
―センセもそもそもは自動的に正解が出てくる世界がお好きだったということですが、途中で考えが変わったということですか?
割と自由でいい、縛られなくてもいいんだなと思うようになりました。全部わかっているわけじゃなくて、この世界は余白がいっぱいあるから、それを楽しめるようになりましたね。私が大学で働いていた数十年の間に、沢山のことが解明されました。そうするとみんなは、真実が増えて、わからないことの方が減っていると思いがちなんです。でも、学ぶほど視界が広がり、今まで見えていなかった世界も見えるようになるので、分からない世界がさらに広がってしまうのです。学べば学ぶほどわからないことが出てくるのが学問なんでしょうね。
 
 

留学して崩された固定観念


―野中センセが割と自由でいいんだなと柔軟さを持てたのはどうしてなんでしょうか
イギリスに3年半ほど留学していたんですが、その経験が大きかったと思いますね。留学すると、生まれ育った環境では当たり前と思っていたことが、全然そうじゃない世界で生きることになりますよね。信じて疑わなかったような社会的な習慣とか慣習とかがところ変われば品替わるという感じで、そうじゃない感覚があるぞと気づくわけです。例えば、イギリスの人と、デンマークの人だと恋愛観が違ってそれだけでもお互いに混乱しているんです。結局、自分の環境が変わるだけで常識がこんなに変わるのだから、みんなOKなんじゃないかって思うようになりました。「自分は日本人だから」というように無理に自分をどこかに帰属させる必要はなくて、自分は自分でいいんだと思えたことでより自由になった感覚があります。全て自分で判断して決める必要があるのでしんどくなる時もありますが、こだわらなくて良いので無理なく相手に合わせていく感覚も生まれますね。
 
―イギリスでの学びで得たことはありますか?
基本的に学者は専門以外の知識を深める機会が少ないのです。ひと口に理工学部、と言っても、機械工学を専攻する人が化学はさっぱり、ということはよくあります。私が今取り組んでいる鉄ミネラル®技術は、イギリス留学時代に、ディーゼルエンジンのオイルの研究をしていたことが功を奏しました。研究には、機械、化学、金属学の知識が必要なのですが、同じ研究室にそれぞれのエキスパートがいる組織だったので、そばで学ぶことができるという環境がありました。この経験が大きな財産になって、鉄ミネラル®技術の発見をすることができたのです。分野に囚われると見えるはずのものが見えなくなってしまうことがありますね。日本での学び方の問題点は、専門分野が特定されすぎて他分野の情報を柔軟に取り入れる習慣がないことにあるように思います。学びにはコツがあるんです。
 
 

一番興味があることから学んでいく

―学びのコツを教えてください!
たとえば栄養のことに興味があるとします。どこから学び始めたらいいと思いますか? 今の日本の人の感覚だったら、どこかに出来上がったカリキュラムがあったり、基礎になる情報がどこかにあるはずだからと順番に学んだりすることが多いですね。誰かが構築した出発点があって、そこからピラミッドを一から積み上げていくように学んでいく。それでは、新しい発見をするのは難しいのです。栄養学だったら栄養学の基礎から登ってく、医学だったら医学って学んでいくから、みんな同じことしか勉強しないし、本当に興味のあることにたどりつけなくなってしまう。
 
そうじゃなくて、今一番興味があることから始めるという学び方があります。例えば、私が研究している鉄ミネラル®の分野で言えば、鉄分をとると便秘が治るのはなんで? 生理のリズムが整うのはなんで? というように、気になること、知りたいこと、自分が今、興味があるところから突然学びが始まります。インターネットとかもあるのでキーワードとか検索するといろいろ出てきますよね。すぐ答えがみつかることもあるし、答えがみつかったとしてもしっくりこないこともある。このしっくりこないという感覚を持つのが大事で、しっくりくるまで調べたり考えたりします。答えが出てこない時には、もう少し見方を変えて別のアプローチで調べてみます。自分の感覚とか経験からくる嗅覚を利用して、関係がありそうな情報を繋いでいくという作業をしていきます。
 
私が、なぜ、既に構築されたピラミッドのような基礎情報の中から答えを見つけようとしないのは、誰かが作ったピラミッドの中には本当の答えは見つからないからです。何のために学ぶか、何のために実験するか、何のために体験するかっていったら、ピラミッドのブロックをひとつひとつ積み上げるのではなく、実は壊すために学ぶのではないかと考えています。人間というのは、自分の今までの経験とかで考えを作ってしまう傾向がある。この世界ってこういうものだよねっていう自分の世界観を作ってその中で安心して住んでいたいという癖があるのです。でも、なかなかそこでは収まらないことがあるので、研究とかしていると分からないことが出てくるって言うのはね、良いお知らせなんです。なんか実験して、この実験わからないな、自分の知っていることじゃ説明できないな、というのは、すごく気持ち悪いことなんですけど、知らないことがあるというのは、そこはいいネタがあるぞっていうことなんです。その時にピラミッドの中から無理やり結論を探し出すのではなくて、一旦全てをゼロにリセットして、ピラミッドを壊して、そこから自分なりに積み上げていきます。そして常にそれをやる癖をつけていくと新しい発見につながるし、そうやって発見することの喜びはとても大きいですよ。
 
―興味があることから始めるって言うのは偏らないんでしょうか?
自分的には好きから始めるといいと思います。英語苦手だからどうやって勉強したらいいですかって言われたときに、教科書とかテキストから始めましょうって言われたら嫌じゃないですか?
そこで、好きなことと学びを絡めてみるんです。テニスが好きなら、英語のテニスの雑誌を読んでみるとか、料理好きな人だったらレシピを英語で読んでみるとか。物理が嫌でも、宇宙のことが好きなら宇宙のことから勉強してみようかとか、好きなことと勉強を絡めたら多少は取っかかりやすいでしょう。英語の文章を読むのは難しいけれど、大好きな分野だったら、英語で書いてあることでも理解したいって思うじゃない。その意欲が強ければ、つらいハードルを乗り越えることができるのではないでしょうか。その点で言うと、遊ばない子、遊べない子はちょっと怖いですね。これはいいことだから、これはやるべきことだからって言われて、頑張る力で続けている子って行き詰まった時に乗り越えるためのエネルギーが切れてしまう可能性があります。でも遊べる子っていうのは、自分のエネルギーの使い方が分かっている。ここ一発っていう時に自分のエネルギーを最大限に使える子は、今、興味があるのは遊びだったとしても、別の何かに興味が向いていった時にはちゃんと動ける子になれるかなと思う。ところが、自分が自分の意志で、やりたくて自分のエネルギーを使えるものがないという子は、結局最後に動けなくなります。
 
―そのやりたいものっていうのが動画をみたり、ゲームをすることでもいいと思いますか?
それだけをやりすぎるのは心配かなと思います。おススメなのは、自然の中に身を置いて遊ぶことです。動画やゲームは目の前の画面の中が全てで多層的には見えないからです。例えば、大きな商業施設がありますよね。普段見ているところって、キラキラしたお店が並んでいる場所とか、フードコートとかレストランですが、そのビルが買い物や食事をできる場所になるためには、バックヤードの機械室みたいなところがあって、そこに上下水のシステムがあったりとか、エアコンがあったりとか、そういう建物を成り立たせるために動いている機械や働いている人の存在が見えないのです。動画やゲームも目の前にあるものが全てで多層的なものを感じるのがとても難しい。自然の中に身を置くと、それが成り立つために山があって川があって海があって、それを取り巻く生き物が食べたり食べられたり、色んなことが一度に起こっているのが一目見てわかるから、その多層的な在り方を自然と目にすることができるのです。そういう経験を持っていると、ひとつの専門分野に進んだとしても、いろんな分野が多層的に関係しているという肌感覚が育まれているのではないかと思います。
 
あとは、幼少期の読書は大切だと思います。うちの子はすごく本を読む子だったんですが、親的にはこれはいいお話だからぜひ読んでほしいと図書館で借りた本でも面白くなかったら全くスルーしていました。好きな本だけ読んでいたけど、それで構わないんです。それで役に立たないのかというとそんなことはないんです。文章を読む力は、大きくなってくると、数学とか、物理の問題を解くときにも必要になってきますから、小さい時には好きな本でいいから、読んで読解力を鍛えていることが活きてくると思います。文字情報からいろんなものを想像する力とかは、研究とかしていてもとても役に立ちますね。例えば、身体のことって、いまだにちゃんとは見えないわけじゃないですか。今の最新の技術を使っても見えないことは沢山あるので、きっとこういうことが起きているんだろうと想像力で補えないのは厳しいと思います。
 
親が子供にしてあげられる手助けってほんの少しでいいと思います。何から何まで出来上がったプログラムみたいなものに参加させるよりも、自然の中に連れて行ってあげたり、本を提供してあげたり、沢山の余白がある遊びに夢中になれるような環境づくりをしてあげるのがいいのではないでしょうか。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
赤羽かなえ(READING LIFE編集部公認ライター)

人とモノと場所をつなぐストーリーテラーとして、愛が循環する経済の在り方を追究している。2020年8月より天狼院で文章修行を開始。腹の底から湧き上がる黒い想いと泣き方と美味しいご飯の描写にこだわっている。人生のガーターにハマった時にふっと緩むようなエッセイと小説を目指しています。月1で『マンションの1室で簡単にできる! 1時間で仕込む保存食作り』を連載中。天狼院メディアグランプリ47th season 、50th seasonおよび51st season総合優勝。

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2023-02-15 | Posted in 週刊READING LIFE vol.205

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