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週刊READING LIFE vol.206

赤茶けた大地に転がった、ハイラックスの白さが目に染みる《週刊READING LIFE Vol.206 「通年テーマ 出してからおいで」》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/2/27/公開
記事:前田光 (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
安全運転と一口に言うけれど、車の運転方法そのものに気を付けることで実現する安全運転と、周囲の車との調和を図ることで実現できる安全運転の二つにざっくり分けられるんじゃないかと、複数の車関係者から話を聞いて、そして実体験も踏まえて痛感している。
 
車関係者といっても、そのほとんどは父親を始めとする身内だ。
彼らは長距離トラックの運転手や自動車整備士、運送会社経営者やモトクロスバイクのアマチュアレーサーといった、運転や整備に関わってきた人ばかりだから、実際に見聞きしたり修理に携わったりしたエグい事故の話が出てきたりして、やたらとリアルである。
残りの「車関係者」は、「阪神高速をカーチェイスすんのが三度の飯より好っきゃねん」と公言して憚らない、かなり迷惑なかつての同僚と、日光いろは坂のドライブをこよなく愛していた、自動車部所属の学生時代の知人だ。
思い出しただけで、こちらからは若気の至り臭がプンプン漂ってくる。
 
前述したような環境で育ったので、運転免許証を取る前から「普通自動車のドライバーとしての心得」をいやというほど聞かされてきた。
中でも役に立っているのは「トラック運転手に対し危険行為となる運転」だ。
 
たとえば、大型トラックは車高が高い分視界が広いが、逆に真横を走っている普通乗用車が見えにくい。
特に高速道路で走行車線を走っているときに、右側の追い越し車線を走って来た車が追い越してすぐに走行車線にハンドルを切ると、トラックの運転手の目には突如として車が視界に飛び込んできたように映る。
実際にこれをやられると背筋が凍ると言っていた。
だが、普通自動車のドライバーには自分がトラックドライバーを顔面蒼白にさせたという自覚はない。
普通自動車からは自分が追い越しているトラックが窓ガラス越しによく見えているので、相手からも見えているはずだと思い込んでいるからだ。
だから教習所では、高速道路で車を追い越して走行車線に戻るときには『今追い越した車がバックミラーに映ったのを確認してから、走行車線に進路変更しましょう』と教わるのだが、忘れてしまう人も多い。
無自覚な危険運転に気づけたら、交通事故はかなり減るのにと父はこぼしていた。
 
ほかには、高速道路で前の車を追い越して走行車線に戻ったら、追い越したときのスピードである程度走り続けろとも教わった。
追い越し車線から走行車線に戻ったらすぐに減速して、自分が追い越した車と大差ないスピードに戻す人がいるが、これをやられると抜かれた側の中には「だったら抜かんでもええやんけ。最初から後ろを走っとけや」とカチンとくる人もいる。
だから変なあおり運転を触発しないためにも、「あなたより速いスピードで走る必要があったから追い越したんですよ」という追い越しの大前提を崩すなということだ。
 
また、大型トラックは上り坂に入る前には、坂道で減速しないようにアクセルを目一杯踏み込んで加速しようとしているから、上り坂の前でトラックの前に入ったらちょっと早めの速度で走れとも言われた。
乗用車は上り坂に入ってからでも加速できるが、トラックはそうではない。
坂に入る前に十分にスピードを出しておかなければ、上り坂に入ってから速度が急低下して後ろに大行列ができることになる。
トラックはトロくさいという理由でトラックの前に出たがる車が多いが、実は速度低下の原因をトラックではなく周囲の車が作っている場合もあるようだ。
 
カーチェイスが好きだった昔の同僚も、周囲の車の流れを乱すなと説いていて、
「車の運転は自分ばっかりバカ正直に速度制限を守ってもしゃあないねん。周りにぎょうさん車がいてる以上、その流れがちょっと早めのスピードで走ってたとしてもやな、周りに合わせて調和を乱さんようにすんのが結果的に無事故に繋がんねん」
と、ことあるごとに力説していた。
もっともな話ではあるが、これがこの人の口から出たことには驚きを禁じ得ない。
むしろ「お前が言うな」と突っ込みたくなるような話でもある。
 
この辺りの話は、周囲の車との調和を図る部類の安全運転だろう。
 
車の運転方法に限った場合の安全運転の一つは、整備士の叔父から聞かされた『スピード調節をアクセルペダルでするな。減速は必ずブレーキペダルで行うこと』だ。
ご存じのとおり、アクセルペダルもブレーキペダルも右足で踏むようになっている。
だが、アクセルを踏み続ける必要がない場合、要するにちょっとスピードを落としたいからアクセルから右足を浮かせましたというときは、右足をブレーキペダルの上に移動させて、いつでもブレーキを踏めるようにしておけと叔父は言っていた。
なぜなら、とっさに踏む必要があるペダルはアクセルではなく100%ブレーキだからだ。
急ブレーキという言葉はあっても、急アクセルという言葉がないのがその証左だ。
『アクセルを踏んでいないとき右足は常にブレーキの上にある状態』を習慣にしていれば、急ブレーキを踏むときにペダルを踏み間違えるリスクがかなり減るが、スピード調節をアクセルペダルの踏み込みで調節していると、つまりアクセルペダルで減速するという体感を持っていると、とっさの時に自分が今、どちらのペダルを踏んでいるのかがあいまいになるというのが、叔父の説明だった。
 
自動車部だった学生時代の知人は当時、内掛け(逆手)ハンドルは絶対にするなと言っていた。
片手の手のひらを上にしてハンドルのてっぺんを下から握って回すハンドル操作だが、切ったハンドルをとっさに戻さなければならなくなったときに戻せないというのがその理由だった。
しかしこの人は当時付き合っていた彼女を助手席に乗せて日光いろは坂にドライブに行き、
「オレはこの道のカーブを熟知しているから目をつむっても曲がれる」
と豪語して、辞めてくれと懇願している彼女を乗せたまま目をつむってハンドルを切り、
「な? 大丈夫だっただろ?」
とドヤ顔したと聞いた。
逆手運転をどうこう言う以前の問題だろう。
私がこの彼女の親だったら、大事な娘になんてことしやがると怒鳴り込んでいくところだ。
 
さて、ここからは私の実体験である。
スリップするから雪道で急ブレーキは絶対に踏まないのが雪道運転の鉄則だが、土埃の舞うような未舗装道路でも同じことが起こる。
雪道の場合は吹き溜まりに突っ込めば雪がクッションになってダメージが少なくて済む場合もあるし、うまい具合にアスファルトが露出した部分があったらタイヤがグリップしてくれることもあるが、未舗装道路で車がコントロールを失ったら、本当に命を天に任せるしかない。
 
昔、乗っていた車がこの状況で横転したことがある。
西アフリカのマリ共和国で活動していた日本のNGOのプロジェクト現場を見学させてもらうために、地方の村へと車を走らせていたときのことだ。
走らせていたといっても運転していたのは現地雇用のマリ人運転手で、私ではない。
助手席にそのNGOの代表が乗り、後部座席の窓側にそれぞれ男性の見学者が乗って、私は真ん中の席に座っていた。
 
やけにスピードを出しているな、大丈夫かなと代表は感じていたそうだ。
それで、スピードを落としてちょうだいと運転手に声をかけようとしたところ、その事故は起きた。
なだらかな上り坂を上り切ったところから右にゆるくカーブした道で、運転手がハンドルを切った拍子にタイヤがスリップして車がコントロールを失った。
車はそのまま大きく右に曲がってそれから左に曲がり、もう一回右に曲がりながら傾いて横転した。
その間のことは本当にスローモーションだった。
だが、地面に打ち付けられた瞬間、ものすごい衝撃がガンガンガンと立て続けに襲ってきて、車が二~三回転したんじゃないかと思った。
 
車が止まると、代表がものすごい勢いでドアを開けて脱出しながら、
「早く車から出て! 何ボケっとしているの!」
と殺気立った声をあげた。
そうはいっても、後部座席の三人は人間サンドイッチ状態になっていたのだからすぐには出られない。
真ん中に座っていた私はさながら具材である。
しかも手足があっちこっちに向いているうえ体も折り重なっていたのですぐには身動きが取れず、
「いててて……大丈夫ですか」
「はい、何とか」
などと声をかけながらやっとのことで体勢を立て直していた。
窓ガラスや前列シートを土足で踏みつけながら、空に向けて開いたドアから外に出るなんて体験をしたのは、生まれて初めてのことだった。
 
車を出ると代表から、
「何をぐずぐずしていたの! 燃料に引火して爆発したらどうするの!」
と叱られた。
それ、早く言ってくださいよ、そんなこと知りませんでしたという言葉を飲み込みながら後ろを振り返ると、数日前に納車されたばかりだというピカピカのトヨタ・ハイラックスが右側を下にして転がっていた。
船便で三か月かけてようやく届いたばかりの、さっきまで新車だったハイラックスが、一瞬にして事故車になってしまった。
上になっている車体左側は傷もなくきれいだったので、車は横転しただけで、何回転も転がったわけではなさそうだ。
だとしたら、あのとき感じた衝撃は車の横転とともに上から人が降ってきたときのものだったのかもしれない。
 
周囲は赤茶色の埃っぽい大地が地平線まで広がっているだけで、この道が一本走っているほかは、人工物は何もない。
しかし、捨てる神あれば拾う神も必ずいるもので、通りがかりの車に乗せてもらって目的の村までたどり着くことができた。
 
そこで改めて体を確認したところ、横転したときに下になっていた体の右側に大きな青あざがいくつもできていた。
動くたびに体が痛むし、顔も打っていたため、ものを食べるのも辛い。
でもほかの人たちは私よりもひどいダメージを負っていて、特に私の右側に座っていた男性の体には、本当に痛々しい巨大なあざがいくつもできていて、首の筋も違えたかもしれないと言っていた。
申し訳なくなって、
「すみません、私が降ってきたから」
と言うと、
「そうですね、結構重かったです」
と返ってきた。
あの状況ではどうしようもないし、あなたを下敷きにしていたのは私だけじゃないんだぞと思ったらちょっとムカッときたが、この人がクッションになってくれたおかげで私の打撲が軽傷で済んだのかもしれない。
無礼は不問にしておくことにした。
 
翌日、いったん首都に戻って病院で診察を受けることになった。
訪ねた病院は日本の援助を受けて建設されたもので、
「日本人からお金は受け取らない」
と言われ無料になった。
幸いなことに全員、打撲以外に所見はなく、まずは一安心といったところだった。
それでも体のあちこちがきしむような痛みは、それからしばらく続いていた。
 
事故の原因はやはり、スピードの出しすぎだったと言うほかない。
ハンドルを握っていたのは、代表がこの車を購入するにあたり新たに雇ったという若いスタッフだった。
もちろん、わざと事故を起こす人などいないが、スピードを出しすぎなければ防げた事故でもある。
厳しいようだが慎重な運転ができない人に命を任せるわけにはいかないからと、代表は彼を即刻クビにした。
 
「運転がうまいと自負している人ほど危ない運転をするね。彼はまだ若かったし、新車の、しかもハイラックスを運転できることに舞い上がってスピードを出しすぎちゃったんだろうけど。いくら面接でいいこと言っても、実際の運転がこれじゃあね」
と代表は疲れ切った様子で話していた。
 
安全運転に運転技術や周囲との調和が必要なのは確かだが、結局のところ、自分を暴走に駆り立てるような変な自信を捨てるのが一番肝心なことに思えてくる。
かつての同僚にせよ、学生時代の知人にせよ、車をダメにした運転手にせよ、足りてないのは技術や知識ではなく、謙虚さだろう。
自分の中におごりや慢心、過剰な自信なんぞ抱えていては、自分の身も大切な誰かも守れない。
 
折しも来週、免許取りたての息子がこちらに帰って来るという。
私の車を貸してやってもいいが、一つ条件があるぞ。
おごりも慢心も自信過剰も、ぜーんぶ外に出してからおいで。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
前田光(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

広島県生まれ。
黒子に徹して誰かの言葉を日本語に訳す楽しさと、自分で一から文章を生み出すおもしろさの両方を手に入れたい中日翻訳者。

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2023-02-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol.206

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