週刊READING LIFE vol.206

リアル『開運!なんでも鑑定団』をしてもらったおかげで、広島で命を繋ぐことの奇跡に気づけた《週刊READING LIFE Vol.206 面白い雑学》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/2/27/公開
記事:赤羽かなえ(READING LIFE編集部公認ライター)
 
 
実は、義祖母のことが少し苦手だった。
 
本人とは一切面識はないのだけれど、夫と付き合っている時に、義祖母と夫が電話で話しているところに居合わせたことがある。
 
その時に、夫が私と付き合っているような話をしたらしいのだが、義祖母は、「東京もんとは結婚するな」と言っていたらしい。夫はその場はのらりくらりと交わしたけれど、あとで苦笑いしながら私に教えてくれた。
 
ガーン、彼のお父さんやお母さんにも会ったことがないのに、出身地だけでいきなり義祖母のお眼鏡にはかなわなかった模様。小心者の私は「私、横浜だから、セーフ?」と言うのが精いっぱいだった。
 
結局、義祖母は結婚する前に亡くなってしまったので、修羅場を経験することはなかったけれど、お仏壇に飾ってある彼女の写真の目を見たらなんだかお説教されそうで、びびって正視できなかった。
 
そんな義祖母が住んでいた家は、現在、誰も住んでいなくて、手放すことが決まっている。家の中は、生活の名残りがそのままになっていて、絵画や壺、茶道具や着物などが沢山あったから、骨董屋さんに一度、売れるものがあるのか査定してもらおうということになったらしい。今度、査定しに来るんだ、と夫が何気なく話してくれた時、思わず食いついてしまった。
 
「え、それってさ、リアル『開運!なんでも鑑定団』じゃん!」
 
『イチ、ジュウ、ヒャク、セン、マン……』という、お宝がいくらと判定されるかを盛り上げる電子音が耳の奥でリピート再生され始めた。
 
「だろ、こんな機会めったにないから、大したものがなくてもちょっと面白いかなと思って」
 
「私も行ってみたい! 査定してるところを見てみたい!」
 
義祖母が天国から『ほら、東京もんは冷たいんじゃけ』と苦々しくつぶやいていそうだけど、興味津々で一緒に連れて行ってもらうことにした。
 
査定当日は、粉雪がちらつき寒かった。無人の一軒家だから、床はとても冷たい。用心して靴下を2枚重ねた上にスリッパを履いたけど、家に上がって10分ほどで指先がちりちりと冷えていく。義父と夫、私の3人は「寒い、寒い」と呪文のように唱えながら家に上がり込んだ。
 
10時ちょうどに、背の高い寡黙な男性と、代表をしています、という眼鏡の男性が2人で現れた。テレビのように和服の人がいなかったので雰囲気が出ないなあとちょっとがっかりしながら、家の中を案内した。
 
「まず、あらかじめお話しておきますが……」
 
代表の方が、茶箪笥に置かれた箱のひとつを取り上げた。
 
「この箱、開くと中に花瓶が入ってます。蓋の裏には手書きで銘が入っているのが見えますか? これって高価なものだと思います?」
 
これって、鑑定団じゃなくて、もしや芸能人格付けチェックだった? 蓋の銘を睨みつけながら必死で考えたけど、わかるわけがない。
 
「わかりません……」
 
しょんぼりしながら、正直に答えると、代表は微笑んだ。
 
「これはね、大した値段にはならないんです。これは贈答品でしょう。結婚式やパーティなどの記念品でこういうものが出回ります。デザインはキレイですが、大量に作られているので、全部プリントなんです。手描きではありませんので芸術品ではなく品物だということです。銘が書いてあるから由緒正しいと思われる方もいらっしゃるので最初にお話させてもらっています」
 
「なるほど!」
 
「骨董、という世界で、昭和の物は新参です、ほぼ無価値と言っていい。価値があるのは、江戸時代の前期とか、安土桃山とかそんな時代の物です。プリントされているものは、残念ながら骨董ではなく工業製品なんです。時々手描きのものもありますが、これも、描いている人がどのくらい有名な人なのかで価値が決まりますから、残念ながら目を見張るようなものに出会えることは少ないんです」
 
多分こういう風にきちんと説明をしないと、納得しない人も沢山いるのだろう。代表の説明は何度も繰り返されたように洗練されていた。そう言われて一緒に見ていくと、その部屋にある壺や花瓶は全て一般工業製品というカテゴリになり、ほとんど値段がつかなかった。掛け軸の書や水墨画も作家は名前のある人ではなく、デパートで大量に売られていたものだろう、と代表が続けた。その横で寡黙な男性は、慣れた手つきで値段が付くもの付かないものと分類していく。
 
「鳥や動物のはく製や人形なんかもあまり値段がつきません。はく製は虎などでしたら、値段がつきます。キジはかなり流行っていたのでこのくらいの年代のご家庭にはけっこうありますから」
 
「値段が付かないんですね……」
 
代表は目だけでうなずいた。
 
「骨董や古物の世界も需要と供給なんですよ。例えば奥さんのおうちに、はく製や日本人形を置く場所ありますか?」
 
「……確かに、置ける場所ないし、正直置きたいとも思わないかな……。確かに需要がないというのは納得です」
 
「そういうことです」
 
そんな説明を受けながら、一番大量に物がある部屋が30分ほどの間に仕分けられていった。
 
「お茶道具は、今は外国の方が売れるんで、海外に送ります。コロナでね、茶道は壊滅的なダメージを受けてしまってね」
 
狭い部屋で催されたり、茶碗を共有するお茶の席は、コロナ禍ではとてもじゃないけど開けないだろう。それでも、義祖母がお茶を立てていただけあって、茶釜や沢山の茶器が出てきた。これは全部まとめて引き取ってもらうことになった。
 
代表は部屋を移り、また、引き出しの中から手際よく物を出し始めた。その中に純銀の杯があって、寡黙な男性がさっとポータブルな量りをだした。
 
「金や銀は量り売りできるんです。眼鏡のふちが純金や純銀だったら値段付きますから大切に持っておいた方がいいんです。それと、記念硬貨ってあるでしょう? あれって、金で作られているものもあるんですが、硬貨は、一般人は加工すると、法律違反でつかまります。実は昔の金貨だと、今の金のレートだとめっちゃ高く買い取れるんですが、硬貨が加工できないんで、その記念硬貨の価値でしか引き取れないんです」
 
「えええ、それ残念過ぎる!!」
 
骨董の世界は深く面白かった。残念ながら、価値のあるものは全く出てこなかったけれど、骨董屋さんの話は、新しい世界を除くような楽しさがあった。
 
「実はね、広島は土地柄、年代物の高価な骨董が出ることって少ないんですよ……原爆で市内のおうちはほとんどが吹き飛んでますから」
 
代表の言葉に話を静かに聞いていた義父が深くうなずいた。
 
「そりゃそうよのう、うちは、もともと原爆ドームの近くに住んどったけえ、確かに古いもんなんかありゃせんわ。こんなもん、ずいぶん経って余裕が出てきてからデパートで買うたり、もらったりしたものばかりじゃろう」
 
「それはそれで素晴らしいことですよ、何もないところから頑張られて、こんなに立派なおうちを建てられてですから。査定はできませんけど、何もない所から頑張ってこられた方がたくさんいらっしゃるからこその今です」
 
代表の言葉に私達3人はうなずいた。
 
義父の家は、原爆ドームから徒歩10分ほどのところにあり、家は原爆で吹っ飛んでしまったんだそうだ。査定を待っている時に義父が話してくれた。
 
「オヤジはのう、8月6日は朝から仕事があって、遠くのほうに出かけていたから、原爆には合わんかったんだと。でも、歩いて帰って来る途中で黒い雨はかぶったらしい。オフクロは、仕事で、家を直すために出かけていたんと。空襲警報が鳴って、それでもしばらく何もなかったから『もう行っちゃったかな』って友達と2人で空を眺めていた。飛行機がずっとおるけえ、その直している建物にオフクロは逃げ込んで、友達は相変わらず空を眺めていたままだった時に、ものすごい光ったんと。だから、母の腕はケロイドみたいになっとったんよ、建物に隠れなかったところが火傷したらしい」
 
「その、じゃあ、空を見ていたお友達は……」
 
義父の表情を見て口をつぐんだ。
 
「オヤジとオフクロはそれくらいしか話してくれんかったんよ。話したくないような光景、だったんかのう」
 
嫁いで15年、初めて聞いた話だった。そんなに身近に原爆を受けた人がいたということもちゃんとわかっていなかった。
 
あの、『東京もんとは結婚するな』と言ってたおばあちゃんが、そんな大変なことを乗り越えてきた人だったなんて、全然知らなかった。8月6日の8時15分に義祖母が直している家の中に入らなかったら、この家も、義父も、夫も、子ども達もいなかった。私は、ものすごい奇跡の中に組み込まれて生きているんだ……。
 
爆心地に近かった家はもちろんなくなり、義祖父の家族が力をあわせて自分達で建て直した家で、義父は生まれ育ったのだそうだ。なんてたくましい人達なんだろう。骨董屋さんの言うように、そこから頑張って、こんなに立派な家を建てて、沢山の工芸品を買うことができるくらいまで余裕ができたって、本当にすごいこと。
 
結局、家に沢山あったものの中で値段がついたのは、ごくわずか、金額は2万円ほどだった。今となっては、もう物置きになり、価値はほとんどなくなった家だけど、かつてはこの家で、原爆を乗り切った夫の祖父母が生活を営んでいた。その価値は金額には代えられない。
 
そんな家が50年の時を経てもうすぐなくなろうとしている。でも、私は、ちゃんと覚えていよう。仏間で、義祖母の写真を初めてしっかりと見つめた。
 
横浜から来た嫁で、不本意かもしれないけれど、この広島できちんと命を繋いでいきますから、見守っていてくださいね。
 
写真の中で義祖母がニヤリと笑った気がした。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
赤羽かなえ(READING LIFE編集部公認ライター)

人とモノと場所をつなぐストーリーテラーとして、愛が循環する経済の在り方を追究している。2020年8月より天狼院で文章修行を開始。腹の底から湧き上がる黒い想いと泣き方と美味しいご飯の描写にこだわっている。人生のガーターにハマった時にふっと緩むようなエッセイと小説を目指しています。月1で『マンションの1室で簡単にできる! 1時間で仕込む保存食作り』を連載中。天狼院メディアグランプリ47th season 、50th seasonおよび51st season総合優勝。

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2023-02-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol.206

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