「どっちでもいいよ」の罪《週刊READING LIFE Vol.209 白と黒のあいだ》
*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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2023/3/20/公開
記事:丸山ゆり(READING LFE編集部ライターズ倶楽部)
「どっちでもいいよ」
「えっ、そう言われると、めっちゃ困るんだけどな……」
何かを誰かに提案した時、「どっちでもいいよ」という返答をされると、正直固まってしまう。
今では、相手から返ってくる「どっちでもいいよ」にため息をついている私だが、かつては私も「どっちでもいいよ」を言う側の人だった。
そう、私はこの言葉を一体どれくらい使ってきただろうか。
今思うと、私の意見を聞きたいから尋ねてくれている質問のはずなのに、自分に自信がなかった小学生の頃、自分が意見を言って、何かを決めることが怖かった。
尋ねてくれた人に、どんな思いがあるかなんて、想像する余裕すらない時だったから。
ましてや、私が意見を言って、それを相手が気に入らなかったら、この私たちの関係も脆く崩れ落ちてゆきそうで、そういうことまでも怖かったのだろう。
そんなにも「どっちでもいいよ」を連発しているうちに、本当に私自身の意見というものが無くなっていったように思う。
「どっちでもいいよ」という言葉が先だったかもしれないけれど、その言葉通りに私の思いや思考が追いついて行ってしまった。
これは、よくよく考えてみると、なんとももったいなくて残念な現象だった。
成人して、会社員として大きな組織で仕事をしているシーンでは、さらに様々な人たちとの関係を結ぶことになっていった。
上司や先輩という年齢を越えた付き合い、同僚という同年代ではあっても、これまでの経歴の差にたじろぐこともあって、やっぱり私が何かを決定する価値なんてないと思い込み、周りの決断に委ねていた。
さらには、周りに合わせることが、人間関係を円滑に進めることだと勘違いもしていたのだ。
この、周りに合わせるという意識は、子育て中、ママ友とのお付き合いではさらに大きく膨らんでいった。
ママ友こそ、年齢や経歴が全く違い、わからない関係だ。
そこで、私自身の常識や「普通」を発することを極端に恐れていた。
例えば、私は一人でも行きたければ飲みにも行くし、ランチだってする。
ところが、当時のママ友たちの常識は、ランチは仲の良い友達どうしで行くものだ、ということだったらしい。
私が一人でランチをしていることを、後々、噂となっていたらしいのだからついてゆけないと思ったものだ。
そんな私も、ママ友たちと一緒に何かをするときには、相手の常識や「普通」がわからないので、いつも「どっちでもいいよ」という返答をしていた。
自分一人でランチすると決めたり、「今日は絶対にあそこのイタリアン」と速攻で決められるのに、誰かが加わると途端に貝のように静かになるのが常だった。
そんな自分自身を振り返る今、「どっちでもいいよ」はずるいな、と思うのだ。
私の場合、かつて夫が「夜ご飯、何食べに行く?」と、尋ねてくれたとしても、やっぱり「どっちでもいいよ」という返答をしていた。
自分で決めるよりも、相手に決めてもらった方がラクだという甘えが夫婦の関係において新しく出来ていたのだろう。
ところが、夫が「じゃあ〇〇にしよう」と、決めた途端、
「いや、今日は〇〇の気分じゃないな」と、反論するのだ。
よく考えてみたら、何とも失礼なことだったことか。
「私はあなたに従います」という姿勢でいたはずなのに、出て来た提案にはNOをはっきりと言うのだからタチが悪い。
「どっちでもいいよ」というスタンスを取りながら、時に、相手が決めたことにも反発するのだから。
当時の私は、相変わらず思考は小学生の頃のまま、成長した部分も多いにあったのに、特に何かを決めるという判断には、とてつもなく恐怖感を持っていたのだろう。
AかBか、その白黒をはっきりさせることは、責任が重いと感じていたし、周りとの意見の相違が起こることが怖かったのだ。
そう、だから私は、白か黒かを決めることを避けて、「どっちでもいいよ」という言葉で「グレー」という意見を投げかけて、その無難な立ち位置を選び続けてきたのだろう。
もし、周りの皆と違う意見だと、その後は自分だけは相手にしてもらえないんじゃないかという恐れがあったのだ。
「あなたはBなのね。じゃあ私たちはみんなAだから、そうするね」
と、すぐに決別しなくてはいけないような不安があったのだろう。
なぜ、一人意見が違うことをそんなにも恐れたのだろう。
なぜ、誰かと行動を共にすることを選び続けたのだろう。
そんなこれまでの私自身の行動を振り返ると、自己肯定感が低かった歴史が露呈されるようだ。
「AとBとどちらがいい?」
そんな質問をしてくれる人側の気持ちをこれまでは想像したこともなかった。
相手は、私の意見がAであれ、Bであれ、そこに合わせようと思ってくれていたのかもしれない。
もしかしたら、尋ねてくれた相手が全面的に私に合わそう、合わせたいと思ってくれていたのかもしれない。
そんな心に秘めた思いにすら、当時の私は気づけていなかったのだろう。
まさか、そんな思いやりを向けられるような価値すらないと心の奥で思っていたのだろう。
そんなことをようやく振り返ることが出来るようになったのだ。
今年で還暦を迎える私。
歳を重ね、経験を積んだ今、「私はこう思う」と言うことが、いかに自分を大切にし、周りに意見を投げかけ、折り合いを見て行こうという、いかに積極的な行動になるのかがわかったのだ。
そして、相手との意見の相違があったとして、きっと歩み寄ったり、譲りあったりする気持ちがお互いにあるはずだ。
そういう関係が、お互いを尊重し大切にする姿なのだろう。
白か黒か。
そのどちらかの自分の意見を言うのが怖かった私が選んだのは、いつも「グレー」だった。
でも、その「グレー」を選ぶ私の心は、「グレー」という淡い、あいまいな色合いよりももっと濃くてドロドロしていたな、と今では正直に認められるようになった。
白と黒の間。
私の「どっちでもいいよ」という言葉の歴史から紐解くと、それは、「黒よりもまだ深い、闇のような色」と答えるだろうな。
□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。
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