週刊READING LIFE vol.210

ゴドーを待ちながら《週刊READING LIFE Vol.210》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/3/27/公開
記事:黒﨑良英(天狼院公認ライター)
 
 
 *この記事はフィクションです。
 
ある国で戦争があった。
その国のある町は、空襲で焼け野原となっていた。
砂漠に面した町で、人口も多く、活気に満ちた町だった。一月ほど前までは。
 
廃墟と化した町の片隅で、一つの人影があった。
砂漠と町の接する場所で、少女が一人、膝を抱えて座っていた。目線を時々あげ、けれどすぐに伏せり、何をするでもなく、ずっとそこにいた。
 
ふと、足音が聞こえた。
少女は敏感にそれを感じ取り、ハッと顔を上げる。
 
「よお、嬢ちゃん、何やってんだ?」
 
何とも“軽そうな”若い男性だった。
少女は、明らかに残念そうな表情をして、また顔を伏せた。
 
「そうあからさまにがっかりされると、こっちも悲しくなるんだが……ああ……何、やってんだい?」
 
少女はこれまた明らかに面倒くさそうな表情を男に向け、
 
「人待ち」
 
とだけ言って、また顔を元通りに伏せた。
 
「はぁ、そりゃ……」
 
言いかけて、男は後の言葉が続かなかった。
どうしようかとまごまごしていると、少女がこちらを見ていることに気付いた。
 
「ん? どうした?」
「……何か、あの人と同じ口調だな、と思って」
 
男は改めて少女に向き直る。
体は痩せ細り、瞳も、輝きを失いかけている。
 
「なあ、もしかして、ずっとここにいるのか? 避難所には行ったか? 何か、食べてるか?」
 
少女は沈黙を持って答えた。
おそらく、ずっとここにいたし、避難所にも行っていないのであろう。そして食事も。
 
「まいったな、何か持ってくりゃよかった。ていうかさ、書き置きでもして、一旦避難所に行った方がいいんじゃねぇの? いったい誰を待ってるんだ?」
 
少女は顔をちょっとあげ、目線だけ男に向けた。
 
「父親」
「……オヤジさん?」
「に、なるはずの人」
「へえ、未確定か」
「そ。最初は私も避難所とか配給所とかに行っていたけど、来たときに迎えてあげないと、さびしいでしょ?」
 
律儀だね、と男は天を仰いだ。
が、再び少女の方へ向き直り、
 
「なあ、その話、聞かせてくれよ」
 
と詰め寄った。
少女は相変わらず面倒くさそうな顔をあらわにしている。
 
「……つまらないよ、どうせ」
「いや、つまらない話大いに結構。今の俺は時間を潰すためなら金すら払うぜ。あんまり持ってないけど」
 
あきれた、と小声でつぶやき、
 
「じゃあ、まあ……」
 
と、少女は語り始めた。

 

 

 

空襲が起きてから一週間後、涙も涸れ果て、空腹も覚えなくなった。
家族も、友人も、みんなみんな、炎に焼かれてしまった。
生き延びた人々は、隣町へ非難したらしいが、それも、何か意味あることに思えなかった。
 
だから、自分の好きなところに行こうと思った。
 
そこで思いついたのが、町の外れだ。
そこから見る夕日は、一番のお気に入りだった。
砂漠の向こうに夕日が落ち、その瞬間、赤とも青とも紫とも、何とも言えない美しい色に、世界が染まる。
 
どうせなら、そのお気に入りの景色を見ながら死のうと思った。
ただ、その日はあいにくの曇りだった。
がっかりしながら膝を抱えて伏せっていると、足音がした。
 
「よお、嬢ちゃん、生きてっか?」
 
顔を上げると、壮年の男性が立っていた。
 
「生きてるけど、おじさん誰?」
「お、おじさん? おれはこれでも40代なんだけど……」
髭をボサボサに生やした顔が、必死で若さをアピールしようとしている。
 
「いや、40代っておじさんじゃないの?」
「え……ああ、はい、そうっすね、すんません」
 
男は肩を落とした。
その様子が滑稽で、つい、クスリと笑ってしまった。
すると、
 
「お、笑ったな。そうさ。子どもは笑ってなきゃな」
 
そう言って、手を伸ばしてきた。
 
「俺はゴドーという。見ての通りの軍人だ」
 
伸ばされた手をつかんで握手した。
ゴドーと名乗った男は、確かに迷彩服に銃器を肩に掛けて、軍人ですと言わんばかりの格好をしていた。ただ、例のボサボサの髭面が、あまり軍人っぽくないな、とも思った。
 
ゴドーはこの町近くのベースキャンプにいるらしい。
その時は分からなかったが、敵国の軍人だった。
 
ゴドーはその日から、毎日やってきた。
自分も、その町から出ることをしなかった。廃屋でも何でも利用して、何とか生き延びてきた。
 
こんなところに来ていていいの? と聞いたら、今戦争は小康状態で、自分達の隊は指示待ちの待機状態なのだそうだ。実はゴドーは、ある部隊の隊長だという。
 
偉いんだね、というと、無能だけどな、と悲しそうな顔をした。部下を、たくさん死なせてしまったのだという。
 
食事は、ゴドーが分けてくれた。
曰く、こんなまずい携帯食なら掃いて捨てるほどある、らしい。
自分も、確かにまずいな、と思っていたら、つい言葉に出していた。
そうだろそうだろ、とゴドーは大笑いした。
 
ゴドーは意外と物知りだった。
天体の巡り方とか、地球の仕組みとか、見たことのない生物の話なんかもしてくれた。
 
この世界には、まだ見たことのない景色や想像もできない不可思議な生物が存在する。
俺はそれを全部見てみたかった、とゴドーは言う。
 
あきらめたの? と恐る恐る聞くと、そうだな……と仰向けに寝転び、
 
「いつか、戦争が終わって、やることもなくなったら、世界中を回って見てもいいかもな」
 
自分は、いいねそれ、と応えた。いつか、戦争がなくなったら、きっと、いろんな所に行けるんだろうな。
この町は好きだけど、もっといろんなものも見てみたい、そんなふうにも思う。
 
「そうしたら、私も連れてってよ。どうせずっとここにいるから」
 
その言葉に、ゴドーは少し戸惑いながら聞いた。
 
「お前さん、家族は?」
「いない。1週間前の空襲で死んじゃった」
「はあ、そりゃ……」
 
ゴドーは、そこから言葉が続かなかった。
 
それから、話が途切れたので、こちらから尋ねた。
「おっさん、家族は?」
「いない。2週間前の空襲で死んじまった」
「はあ、そりゃ……」
 
自分も言葉が続かなかった。
 
また、しばらく沈黙が襲った。遠くで飛行機の音が聞こえて、でもすぐに消えていった。
 
「なあ、これは、おれが無事に戻ってきたら、という前提での話だが……」
 
ゴドーが顔を赤らめて、話だす。
 
「もし……もしこの戦争が終わって、俺が無事だったら……」

 

 

 

「『その時は、親子になろう』って」
 
眠気にまどろむように、恍惚の表情で、少女は語った。
だが、すぐに口調を変えて、
 
「おっかしいよね~、だって出会って数日しかたってないんだよ? 実際どこの誰かも分からないんだし……でも、何でだろう。いいよ、て言っちゃったんだ」
 
また、顔を膝にうずめる。
久しぶりにたくさん話したのだろう。少し息も上がっていた。
 
「約束だから、ここを離れるわけにもいかなくてね。こうして待ってるの。その人が来たら、何て呼ぼうか考えながら」
 
少女は、また顔を明るくした。
 
「ここはやっぱり『お父さん』かなとも思うんだけど、でも、あのヒゲ面は『オヤジ』っていう感じでもあるんだよねぇ。あ、もちろん、『パパ』なんて論外。絶対そんな顔じゃないから」
 
やっぱり「お父さん」かな、とつぶやく少女の顔は、今までで一番幸せそうであった。
 
男は、しかし、そこに水を差すと分かっていながらも、言わざるをえない。
 
「あの、さ……言っちゃ悪いけど、そりゃ、おめでたい話ってやつだよ。だって、戦争が終わって、もう十日も経ってるんだぜ。それでも帰ってこないってことは、その人は……」
「うん、分かってる。そろそろ潮時かなぁ、て、私も思ってるんだけど……」
 
でも、待たなきゃ、とつぶやいて、少女は目を閉じた。
 
男は何か言おうとしたが、しかし、その小さな後ろ姿に声を掛けることができず、また来るよ、とだけ言って、その場を去った。

 

 

 

「……ったれ……そったれ……くそったれ……」
 
男は、一人ぼやきながら穴を掘っていた。
通りすがりのトラックの運転手が、不審に思ったのか、車を止めて身を乗り出した。
 
「おい、兄ちゃん、何やってんだ?」
 
男は手を止めて、
 
「見て分からんかい?」
 
とぶっきらぼうに応えた。
 
「見て分からんから聞いとるんだが……ゴミ捨てる穴でも掘ってるのかい?」
「墓穴掘ってんだよ」
 
男のあっさりとした答えに、運転手は、「はあ、そりゃ……」とだけ言って口をつぐんだ。
 
「おっさん、あんた子どもがいるかい?」
 
突然、男が尋ねる。
 
「え? ああ、いるよ、最近はまた小憎たらしくなってねぇ。『もうお父さんとは一緒にお風呂入らない』とか言って……」
「じゃあ、親子仲を円満に保つ秘訣を教えてやる。てめぇの墓穴はてめぇで掘るこった」
 
さすがに癪に障ったのか、運転手は眉間にしわを寄せて、
 
「そうかい、あんがとよ。兄ちゃんは墓穴掘らんように気をつけろよ!」
 
そう言い放ち、去っていった。
 
男は、自分の上司だった男のことを思い出しながら、作業を続ける。
上司は、つまり部隊の隊長は、自分をかばって銃弾に倒れた。
 
『これを……××の町の外れにいる……女の子へ……渡して、くれ。俺の……娘になる……予定だった子、だ。……約束、守れなくて、ごめん、て……』
 
事切れる前に、男は上司から細長い箱を受け取った。
 
「そんなの! 自分で! やれって! 話だ!」
 
毒づきながらも、男は土を掘る手を止めなかった。
 
「くそったれ!」
 
十分な深さが掘られると、男は傍らに寝かしてある少女を抱きかかえ、穴の中に収めた。
 
昼前に男が向かった時、少女は既に事切れていた。
餓死か衰弱死か、はたまた病死なのかは分からないが、その顔は大変穏やかであった。
 
穴を埋める前に、男は、上司から渡された箱を取り出した。
中にはネックレスが入っていたので、それを少女の首にかけてやった。
 
それからまた、すさまじい勢いで穴を埋めた。
相変わらず「くそったれ!」と毒づきながら。
 
穴の上には石を置いた。しかしそれだけだと、自然のものと見分けがつかなくなりそうなので、木の板を町から見つけてきて立てた。
十字には掛けられなかったので、ただ木版が土に刺さっているだけだが、それでも墓の体裁は整った。
 
一息ついたところで一服しようとし、胸ポケットをさぐる。
あったのはタバコの空箱だった。
 
「くそったれ!」
 
とまた毒をはき、箱をクシャリとつぶして投げ捨てた。
 
空を見上げる。
青かった。とてつもなく青かった。
その様がまるで何事もなかったかのような空で、とてものんきで、平和的で、そして少女の満ち足りた笑顔を彷彿させたので、すこぶる腹が立った。
  
少女はなぜあんなに穏やかな顔で死んでいたのだろう。
この世を呪ってもいいはずだ。大人を恨んでもいいはずだ。
 
「もう少し、幸せになる権利はあっただろうに……」
 
男は再び空を見上げ、誰ともなしにつぶやく。
 
「おい、神様とやらよ……」
 
そうして目からあふれ出るものを隠すように、顔を片手で覆った。
 
「……頼むよ、っとに……」
 
空は、ますます青く、日はいよいよ高い。
 
その中を2羽の鳶が、何事もなかったかのように、弧を描いて飛んでいった。

 

 

 

また、朝日が昇る。
今日で何日目だろう。
いや、そんなことはどうでもいいのだ。
ただ待つしかない。待つしか無いんだ。
そう、少女は自分に言い聞かせる。
 
ふと、風の中に、足音を聞いた。
足音は確実に近づいて、顔を伏せている目の前で止まった。
 
少女はゆっくりと顔を上げる。
男が立っていた。
顔は逆光で見えないが、あの大きな手を差し伸べた。
 
『ただいま』
 
と男は言う。
少女は涙を浮かべ、かすれる声で応え、その手を取った。
 
「お帰りなさい、パパ」
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
黒﨑良英(天狼院公認ライター)
山梨県在住。大学にて国文学を専攻する傍ら、情報科の教員免許を取得。現在は故郷山梨の高校に勤務している。また、大学在学中、夏目漱石の孫である夏目房之介教授の、現代マンガ学講義を受け、オタクコンテンツの教育的利用を考えるようになる。ただし未だに効果的な授業になった試しが無い。持病の腎臓病と向き合い、人生無理したらいかんと悟る今日この頃。好きな言葉は「大丈夫だ、問題ない」。

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2023-03-22 | Posted in 週刊READING LIFE vol.210

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