週刊READING LIFE vol.219

元カレからの友達リクエストを躊躇なく削除した日《週刊READING LIFE Vol.219 ソーシャルメディアの使い方》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/6/12/公開
記事:ぴよのすけ (READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「元気?」
 
本文がたった一言しか書かれていないメールの送信者の名前を見た瞬間、思わず目を疑った。
 
ええ、オカゲサマで私は元気ですよ。すこぶる元気ですよ。絶好調ですよ。
だから答えは「元気です」以外にないんですが、そもそもなぜあなたは今頃になってこんなメッセージを寄越したのですか。
私たちが最後にやりとりしたとき、次に気軽に「元気だった?」と言葉を交わせるような温かいものが、二人の間に流れていたでしょうか。
「元気?」よりも先に、何か言うべきことがあるんじゃないですか。
時が過ぎればすべてなかったことになるとでも思っているんですか。
何の目的があって連絡を取ってきたんですか。
 
要するに、「元気です」と答える代わりに「どの面下げて!」と返信したかったのだが、そこはぐっとこらえた。もう二十歳そこそこの小娘ではないぞ、一旦落ち着こうか。うん。
そう自分に言い聞かせて、大きく深呼吸した。
 
「彼氏(または彼女)と別れたので、思い出の品も写真も全部捨てた。連絡先も画像もきれいに消去したし電話は着信拒否、SNSもブロック完了だ。元カレのことはきれいさっぱり忘れて、新しい一歩を踏み出そう」と健気に決意したとしても、SNSのネットワークが網の目のように広がっているために、誰かの投稿を通じて、知りたくもない元カレ情報が目に飛び込んでくることも珍しくないと聞く。
 
インターネットがなかった時代には、たいていの場合、住所と電話番号を住所録と電話の短縮番号から抹消し、手紙が来ても読まずに破って捨てるくらいで済んだのだから、過去との決別は今と比べればはるかに楽だった。家の固定電話はよく、親が鉄壁のリアルファイヤーウォールと化していたので、「お父さん(お母さん)が出たら何て言おう」と異性の家にかける電話のハードルをかなり高くしていたのも、不要な繋がりを断つときに限り、大いに心強かった(しかし恋する二人にとっては、たいてい障害にしかならなかった)。ネット社会はいろんな人に簡単に繋がる手段を与えてくれたが、その代償として、知りたくもない情報が次々と目の前に提示されるのを受け入れなければならないのだと考えると、ハートブレイク真っ只中の人にとってはなかなかキビシイ時代でもある。たまに古傷をえぐられながらも、SNSをやめたらほとんどの人は日常生活が成り立たないから、自分のアカウントを抹消できる人はまれだろう。かといって、元カレ情報が流れてこないように、SNSで彼と繋がっている共通の友人知人を片っ端からブロックして回ることも現実的でない。自分から見えなければ存在しないも同然だが、見えてしまうといつまでも「そこにいる」ことになる。だから最近の若い子たちは大変だなぁなどと、SNS界隈で起こる悲喜劇をヒトゴトのように眺めていた。
 
そんなとき、降ってわいたように受け取った「元気?」である。ああそうさ、あなたのこのメッセージを見る直前までは元気だったさ。だが今この瞬間に血圧が急上昇したけどな。
 
件のメッセージをメールで突然送りつけてきたのは、30年も前の元カレである。手ひどい失恋をして別れたわけではなかったし、あまりにも昔のことだったから、当時の記憶はまったく意識に上らなくなっていた。だが名前を見た瞬間にあることを思い出して、心の導火線に火がついたのだった。その導火線の先は、怒りというダイナマイトに繋がっている。
 
当時私は海外に留学しており、出身国は違うがやはり留学生だった彼の方は、私より先に卒業するとそのままそこに残って、現地の友人と二人で起業していた。事業を起こすにあたり、元カレの友人らがこぞって出資していたので、おおさすが私の彼氏、人望があるんだな、などと能天気なことを考えていた。実際彼は、誰にでも親切で人当たりもいいし友人も多かった。
 
ある日のこと、彼は私の所にやってきて、いらだった口調で事業がうまくいかないだのなんだのと語り始め、自分が今どんな苦境に立たされているか熱弁をふるった。ふんふんと聞いていたが、歯切れの悪い、持って回った言い方をして、どうも要領を得ない。「えーと、要するにそれは、お金が足りないということ? 私に貸せと言っているの?」と直球で尋ねると、気色ばんで「確かにそうだが直接『金がない』と口にするのはプライドに関わる」とかなんとか、さらに面倒くさいことを言い始めた。
 
「あのさ、あなたも知っているとおり私は学生で、私の持っているお金は親からの仕送りだし、使える金額にも限りがあるんだけど」
「だったら、いくらなら融通できるんだ」
「いくらって……」
 
何で借りる方がそんなにエラソーなんだとか、プライドなんて役にも立たないものとっとと捨てて頭を下げろとか、人のふんどしで相撲を取るんじゃねー厚かましい一昨日きやがれなどと、今ならツッコミどころ満載のこの短い会話が、完全に私の負け戦に終わったのは、惚れた弱みではなく、「俺たち付き合っているんだから、困ったときに助け合うのは当然だろ」という正論っぽいものを掲げてグイグイ押してくる彼の勢いに飲まれ、え、あ、はい……と丸め込まれてしまったからだ。友人らが大勢出資しているのに彼女の私が何もしないのは、人としておかしいんじゃないか、みたいな錯覚にも陥っていた。
 
そこで財布から数万円を出して彼に渡した。事業の赤字補填用としては焼け石に水にもほどがあるが、それが精いっぱいだった。私が留学生活を維持するための分は手元に残しておかなければならないし、さすがにこの件で親に仕送りは頼めない。笑顔だが当然のような顔をして受け取る彼を見ながら薄々、このお金は返ってこないかもなあ……と感じていた。
 
その後も、彼が支払うべきところで私が立て替える機会が重なり(要するに、いつも手持ちがなかったということだ)、結局合計7~8万円ほど貸しっぱなしになったままで私は帰国した。彼は最後まで借金の話題には触れなかったし、帰国してから送金もなかった。でもそれは仕方ないと自分を納得させていた。包丁を突き付けられて、金を出さなければ殺すと脅されたわけでなし、踏み倒されるのも覚悟の上だったのだから、返ってきたらそっちの方がラッキーだと。ただ、学費や生活費を工面してくれていた両親には、心から申し訳なく思っていた。
 
そんな私が激怒したのは、帰国して何年か経ってから彼の借金について新たな事実を知ったときだった。まず、ある友人から「あの人に以前、飛行機代約20万円を立て替えてあげたが、必ず返すと言ったきり連絡もない。彼の国まで借金の取り立てに行くわけにもいかないから泣き寝入りするしかないが、いい友人だと思っていただけに本当に腹が立つ」と聞かされた。すると他の友人たちからも、自分はいくら貸したとか、だれそれはいくら踏み倒されたとかいう話がポロポロ上がり出して、ついには彼と共同で事業を起こした男性が、巨額の借金を負わされて自殺寸前まで追い込まれたなんていう深刻な話も飛び込んできた。
 
そこまでクソ男だったのか! という怒りと、まあそういう男だったんだろうな、という諦めが、矛盾しながら同時に沸き起こっていた。人は自分の見たいものしか見ないし、聴きたいことしか聴こえないものだ。人たらしの彼はいつでも「彼自身」を平常運転していただけで、私を含め、周りの人間が勝手に見たいところだけ見ていたのかもしれない。だから本当に腹を立てていたのは、「お金は貸せません」ときっぱり断れず、ATM扱いされるのに甘んじていた情けない自分や、彼がそんな人間だったのを見抜けなかったことに対してだろう。
 
さて、「元気?」のメールに対し、無視するか返事をするかの二択を迫られたわけだが、あることを昔の友人に確認したあとで「元気です。あなたは?」と返信した。昔のことなどなかったような顔をして、彼がわざわざメッセージを送ってきた理由を知りたかったからだ。ここからは心理戦である。
 
するとすぐに「僕はとても元気にしている。君がオンラインで当時の仲間と交流できる機会を設けてくれたから、とてもワクワクしているんだ。懐かしい友人たちに再会できるってね、うんぬんかんぬん」と、打って変わって饒舌な返信がきた。やはりそういうことか。
 
このころ私は、別の友人と一緒に発起人になって、留学時代の友人たちとのオンライン同窓会を計画していた。コロナ禍でオンラインミーティングが進んだことで海外とのやり取りが簡単になったので、世界中に散らばる旧友たちと画面越しにワイワイガヤガヤやろうじゃないかという話になったのだ。メールで誘われた人がまた自分の友達に声を掛けて……が繰り返されるうち、彼のところにも案内が届いたのだろう。だが発起人の名前が私だったので、彼としてはさすがにシレっと参加するのが憚られ、私が当時のことをまだ根に持っているか、自分が受け入れてもらえるかを確かめるために、案内に記載された私のメールアドレスに連絡してきたのだろうと推察した。
 
昔のことは水に流してやってもいいのかもしれないが、私はそこまで優しくもお人よしでもないのである。そして元カレのような面の皮の飛び切り厚い人に対して、私はとても冷酷かつ底意地が悪くなる。繰り返すが、いつまでもぽやーんとした小娘のままではないのである。行けっ! 私よっ!
 
「同窓会に出たいなら、どうぞご勝手に。だけど、その前にあなた、私に『借金踏み倒してゴメンナサイ』の一言ぐらい言いなさいよ。それにあなたに金を貸した友人たちに返済計画くらいは出したのか。こちらも謝罪くらいは済んでいるんだろうね?」
 
するとまたもや秒速で返事が返ってきた。
 
「借金なんてしていない。君は彼らに騙されているんだ。それに君は『貸した金は返さなくていい』って言ったじゃないか」
 
おおっと、想定外のパンチが繰り出された。私は騙されていたのか……って、そんなわけあるか!
 
「『返さなくていい』なんて言ってない。『すぐに無理して返さなくていい』と言ったんだ。それにネタは上がっているぞ。実際に踏み倒された〇〇さん本人から、何が起きたか詳しく聞いている。あなた、〇年〇月に『日本の方がチケットを安く買えるから、僕の代わりに購入して送ってくれないか。日本に着いたら払うから』って頼んだだろ? それ、返してないよな? しかも日本にいる間は〇〇さんの家にずーっとお世話になって、交通費も滞在費も食費も全部払ってもらったんだってな。他の人からも直接話を聞いているぞ。しらばっくれるな」
 
〇〇さんの話は本当に本人に確認した内容だが、最後の「他の人からも直接云々」は、半分くらいハッタリである。借金なんてしていないと向こうが先にスッとぼけたのだから、こっちも同じ手を返したまでだ。
 
これが功を奏したのか、次のメッセージから彼の様子が急激にトーンダウンし、最終的には借金の踏み倒しを認め、自分が悪かったと謝罪した。
 
人に金なんて貸すもんじゃない、貸すくらいなら最初からあげたほうがいいわ。それなら踏み倒されて恨むことにはならないからと思いながら、私が貸した分については返済不要と伝えた。待ったところで返ってくるとは思えなかったし、期待してがっかりするのはもうこりごりだったからだ。彼は、他の人たちへの借金は少しずつ返済すると約束し、返済計画を立てて君にすぐ連絡すると言った。だがそれを最後に、メールのやり取りが途絶えた。
 
あ~あ、やっぱりそういうヤツだったか。口先ばっかりで、どうせ返す気なんてなかったんだろうな。自分の男を見る目のなさにホトホト嫌気が差してくる——そう思う一方で、何十年も前に言えなかったことを今回、利子も付けてキッチリ伝えられた自分に、よくやったと労いたい気持ちもあった。とはいえ、元カレを言い負かしたこと自体には大していい気分にもなれなかったし、過ちを認めさせても彼は何も行動に出なかったのだから、嬉しさよりもむなしさだけが残った。
 
この件はもうおしまいにし、元カレのことも今度こそ、きれいさっぱり忘れられるし忘れようと思っていた矢先、SNSに友達リクエストが届いた。
 
開いてみると、あの元カレだった。
 
えっ!? なぜ!?
あのやり取りのあとであなたはメールをバックレたのに、なぜ今、さらっと友達申請を送って来れるの? 私はもう、あなたと再び「友達」になりたいとも、新たに繋がり続けようとも思っていないんだけど?
だったら今、私が採るべき行動はこれしかないと、友達リクエストの削除ボタンをクリックした。
そのついでに彼のアカウントもブロックした。これで完璧だ。
 
誰かと仲良くすることも必要なことではあるが、適度な距離感はSNSを使う上で、もっと大事かもしれない。明確なNOを出さなければ、人もシステムも、私が知る必要のない情報を際限なく押し付けてくるからだ。
 
同窓会は予定どおり開催したが、あの元カレは結局、顔を見せなかった。
彼が来なかったのは私がリクエストを却下したからかもしれないと思うと、限りなくゼロに近いレベルで胸が痛まなくもないが、私はこれからも、私がSNSを気持ちよく使い続けるために、必要があれば削除ボタンを躊躇なく押すだろう。
 
 
 
 

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2023-06-07 | Posted in 週刊READING LIFE vol.219

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