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週刊READING LIFE vol.228

義父が最後に段取りしたのは、119番の予行演習だった《週刊READING LIFE》

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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2023/8/21/公開
記事:ぴよのすけ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「あれは、お父さんがお母さんに予行演習させたんだと思うのよね」
 
葬儀を終え、精進落としの料理もあらかたなくなったころ、義姉がしみじみとこう言った。
 
義父が倒れたことを告げる電話が鳴ったのは、ある年の三月の終わりごろだった。義父がついさっき、普通に夕食を食べ終えた直後に胸を押さえて倒れ、義母が呼んだ救急車で病院に救急搬送されたと聞き、家族みんながこの突然の知らせに衝撃を受け、無事を祈った。だが一番驚いたのは、当時中学校を卒業したばかりの私の息子だったかもしれない。息子はその二日前までその義父母──息子にとっては祖父母だが──の家に泊まっていて、元気なおじいちゃんと同じ時間を過ごしてきたばかりだったからだ。
 
ある年齢以上の人、あるいはある家系の人にとっては、「男の子が生まれる」ことが強い願望や無上の喜びになる。だが義父は自分の子どもたちを育てるときに「どの子にも平等に接する」ことを一番大事にしてきたと言うだけあって、実際のところ、嫁の私から見てもその信念を最後まで貫いた人だったうえ、孫に対してもその態度が変わることはなかった。「孫差別」なんて言葉があるが、義父にはまったく無縁のものだ。孫のうち誰か一人だけをえこひいきしている姿なんか、一度たりとも見たことがない。
 
だけどやっぱり心の中ではずっと「男の子の孫」を抱きたかったのかもしれないと思わされたのは、私が緊急帝王切開で長男を出産したとの知らせを受けた義父が、わざわざ遠方から病院にお見舞いに来てくれたときだった。小さく生まれてきた息子は産後すぐに新生児集中治療室に入院することになったので、見舞ったところでガラス越しにしか面会できないのに、真冬の雪国くんだりまでやってきて、ガラスの向こうで寝息を立てているちっちゃな赤ん坊に相好を崩した。もっと驚いたのは、病院到着後「ぴよのすけさん、よくやった! でかした!」と大声を上げながら満面の笑みで大部屋の扉をバンと勢いよく開けて入ってきたことだ。一瞬、「誰だこれは? 私の知っているお義父さんではないぞ?!」と度肝を抜かれ、「お義父さん、ここは大部屋だから! 他の産婦さんたちは寝ているから!」と慌てて制した。いつも冷静な義父からは想像もつかない、あふれる感情をむき出しにした姿だった。
 
ありがたいことに義父はいつだって、未熟な嫁の頼りない子育てを陰に日向に支援してくれた。たとえば産後すぐに腰痛になって息子の沐浴すらおぼつかなくなり、「このまま退院して、私に子育てができるのだろうか……」と不安まみれになっていたヘタレな私は、実母と義母に「一人では無理です~! 助けてくださ~い!」と支援を求めた。二人のベテラン子育て経験者が相次いで、何週間も自宅を空けてヘルプに来てくれなければ、退院後の二か月を乗り切れなかったかもしれない。これだって、義父が自分のことはいいからぴよのすけさんと孫を頼むと義母を快く送り出してくれなければ、実現しなかったことだ。
 
それから15年が過ぎ、高校入試に合格した息子が中学を卒業する数か月前に、義父は入院してある手術を受けることになった。成功率の高い手術ではあったが、高齢の義父の体には相当こたえたはずだ。そんななか、卒業祝いと入学祝が同時に届いた。お礼を言おうと実家に電話を入れると義姉が出て「お父さんたら、麻酔から覚めて早々に、『M君の卒業祝いと高校入学祝いをまだ送っていない』と何べんも何べんも言うんだもの。これは早く渡したいんだなって思って、私がお金を預かって父の代わりに送ったのよ。お父さんに『送っといたからね』と伝えたら、ようやくほっとした顔をしていたわ。よっぽど気になってたんだろうね。M君にお祝いを渡さなければ、死んでも死にきれないって思ってたんじゃないかしら」と笑っていた。
 
このころ、息子は15回目の誕生日を迎えた。いつのころからか思い出せないが、子どもたちの誕生日には、その子が生まれた日の話をするのが恒例になっている。〇〇年前のちょうど今頃にオペ室に入ったとか、生まれた瞬間はどうだったとか、あなたが生まれたとき、私や周りの人たちがどんなに喜んだかといった話や、あなたが今ここに生きているのは、決して偶然でも当たり前でもないのだということを、どうしてもこの日に伝えたくなる。それは、子どもたちが毎年この話をせがむのも理由の一つだが、「この子は生まれてきただけで親にすべての恩返しをしている(のだから、親のエゴを子どもに押し付けるなよ? 分かったか私よ?)」と、私が自分自身に言い聞かせ、初心に帰るためでもある。
 
この日もそんな話をしたあと、「おじいちゃんもそろそろ退院だね。そういえば、受験もあったからしばらく会っていないねえ」などとしゃべっていたら、息子が「俺、春休みになったらおじいちゃんのところに泊まりに行ってもいいかなあ。向こうにいる友達にも会いたいんだよね」などと言い出した。
 
「そりゃいいね。久しぶりに顔を見せてあげたらおじいちゃんもおばあちゃんもきっと喜ぶよ。でも君、おじいちゃんは病み上がりだし、おばあちゃんも足腰が弱くなっているんだから、向こうに行って上げ膳据え膳で帰ってきたりしたらだめだよ。おばあちゃんの代わりに買い物に行って、二人にご飯を振る舞うくらいのことはしないと、君が帰ったあとで、今度はおばあちゃんが疲れて寝込んじゃうわ」
 
「そりゃそうだよね。そうだな、ココナッツカレーくらいだったら俺でも作れると思うんだけど、ぶっつけ本番でやって失敗したらいやだから、一回家で練習していくよ。今度ちゃんと作り方を教えて。あと、皿洗いも布団の上げ下げもちゃんと自分でやるから大丈夫」
 
「じゃあ早速、今日の夕飯にカレーを作ってみる? あと、お邪魔してもいいかどうか、おじいちゃんのとこに電話して聞いてみてよ」
 
実家に電話を入れると、M君が来てくれるなんて嬉しい、いつでも大歓迎だと言われたそうだ。その日の夜、息子は私直伝のココナッツカレーの作り方をマスターした。辛すぎず、ココナッツミルクでマイルドに仕上がった息子特製のシーフードカレーは、高齢の二人にもきっと喜んでもらえるだろう。
 
その後息子は、最初の二泊を実家で過ごし、最後の一泊は友人のところに泊まるという計画を立てると、桜のつぼみが膨らみ始めてきたある日の早朝、高速バスに乗り込んだ。
 
一日目の夜には義母と息子から電話が入り、息子が作ったカレーを義父が「おいしいおいしい」と言いながら喜んで食べ、おかわりまでしてくれたと嬉しい話に花が咲いた。
ところが二日目の朝にも電話が鳴り、受話器を取ると義母が心配そうな声で、昨日の夜中にM君がひどい腹痛を起こして大変だったのだと話し始めた。
 
「ぴよのすけさん、実はね昨日の夜中過ぎにM君が『おばあちゃん、俺、お腹が痛い』って言いに来たのよ。それで、横になっていたら治まるかもしれないから、まずは布団に寝かせたんだけど、二時ごろになってもうんうんうなっているし全然よくなる気配がなくて……それで救急診療所に電話を掛けたりしてね。もしかしたら盲腸とか、救急車を呼んだ方がいい病気なんじゃないかと思って」
 
息子が腹痛を起こすなんて、めったにないことだ。私だっていきなり息子が腹を押さえてうなりだしたら慌ててしまう。義母のことだ、痛みにうめいている孫のお腹をさすりながら、心配で胸が張り裂けそうだったんじゃないだろうか。
 
「それで、今はどんな感じなんですか?」
 
「診療所の人に症状を伝えたら、『では、治まらないようでしたら救急車を呼んで、△△病院に搬送してくださいと伝えてください。ご自宅からだとこの病院が一番近い救急指定病院ですから』と言われたのね。だけど電話を切って少ししたら、だんだんと痛みが和らいだみたいで、いつの間にかM君は眠っちゃったの。だったら大丈夫だなと思って私も寝て、今M君が起きてきたところなのよ。今はもう痛みはないって言ってるわ。M君に代わりますね」
 
「ありがとうございました。お義母さんにもご心配をおかけして、本当にごめんなさい」
 
「いいのよ、元気になってくれてよかったわ。それより今日はお友達のところに行く日でしょ。行かせて大丈夫かしらねえ」
 
息子が受話器を取った。
 
「あ、お母さん、俺」
 
「もう痛くないの? 大丈夫?」
 
「うん、大丈夫。いやー、昨日はヤバかった。めっちゃ痛かったんだけど、今はもうなんともないよ。ただ、ちょっと下痢気味だな」
 
「そっか。今日は友達のところに泊まりに行く日でしょ? 大丈夫?」
 
「もう大丈夫だと思うよ。痛くもないし、ずーっと腹が下ってるわけでもなくて、出すもんを全部出したら止まりそうだし」
 
「だったらよかったわ」
 
その後息子は朝食をいただくと祖父母の家をあとにし、向かった先の友人宅で一泊した。翌日の夕方に帰りの高速バスに乗り込んで帰宅の途についていた息子は、「おじいちゃんが倒れた」との私からの電話に、「えっ!? 俺、昨日まで一緒にいたのに……」と言うと、次の言葉を失った。
 
祖父が亡くなったとの知らせが来たのは、それから数時間が過ぎたあとだった。
帰宅した息子にそれを伝えると、「そんなことってあるんだね……あんなに元気そうだったのに……」とまだ半分は信じられないような顔をしてつぶやいた。
 
それから慌ただしく葬儀の日が決まり、今度は家族全員で里帰りすることになった。思わぬかたちでもう一度、祖父母の家を訪ねることになった息子は、生まれて初めて袖を通した喪服の重さに、戸惑っているようだった。
 
お葬式は身内とごく親しい人だけでこじんまりと執り行われた。義兄が喪主のあいさつで「父は亡くなる前、孫のカレーに舌鼓を打ちました。最近はめっきり食の細くなっていた父でしたが、孫の手作りのカレーをお代わりまでしたそうです。最後にこのカレーを食べることができて、父も嬉しかったと思います」と話したとき、息子がメガネを外して目頭を押さえた。
 
「……だから、お父さんは、M君を使ってお母さんに、自分が倒れたあとの段取りを予行演習させたんだと思うのよ。私たちだって、退院した父に万が一何かあったときのためにと、交代で実家に泊まりに行っていたでしょう。それは母と父が二人きりのときに父が倒れて、母がうまく対処できなかったために父が亡くなりでもしたら、母が自分を責めることになってしまうから。だけど、M君が突然腹痛を起こしたことで、お母さんはその二日後にお父さんが倒れたときにしなければならないことすべてを事前にリハーサルしていた。だからお父さんが倒れたときに冷静に、最短時間で救急車を呼ぶことができたのよ」
 
義姉のこんな話を聞きながら、そうかもしれない、人は亡くなる前にその人にとって最善と思われることを、完璧にアレンジしていくことが確かにあるんだよなと思った。義父はもともと几帳面な性格で、仕事にしろ何にしろ、事前に入念な準備を重ねて臨む人だった。自分の死後にもめごとが起きる可能性は限りなくゼロにしておきたいとの思いがあり、だいぶ早くから財産分与などを進めていたとも聞いている。そんな義父のことだから、自分の意思を超えた何かの力によって、その誕生に我を忘れて熱狂した孫を呼び、その孫を腹痛にして妻に救急車を呼ぶ予行演習をさせたとしても、私にはまったく不思議ではない。むしろ、「お義父さん、さすがの段取りですね」と感服する。
 
折しも明日からお盆が始まる。
 
義父が物故したあとでコロナが始まって、義父の納骨が遅れに遅れた。そうこうしているうちに私は離婚してしまったため、いまだ義父の墓前に立ったことがない。
 
縁あって父と娘の関係を結んだ義父のことを、今となってはもう義父と呼ぶべきではないのかもしれないが、この呼び方以外、私は知らない。お義父さん、あなたの愛した孫たちはみな、おかげさまで元気で生きていますよという元嫁からのメッセージ。親子の縁が切れてしまった今でも、あの世とこの世がつながるというこの時期ならば、義父に届いてくれるだろうか。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
ぴよのすけ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

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2023-08-16 | Posted in 週刊READING LIFE vol.228

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