週刊READING LIFE vol.235

骨折と文章術《週刊READING LIFE Vol.235 文章術》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/10/9/公開
記事:山本三景(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
ここ数日、わたしはちょっとしたヒーローだ。
顔は知っていても、話したことがなかった人まで話しかけてくれる。
 
「その手、どうしたの?」
 
そう、話しかけられる原因は、わたしの左手にぐるぐると巻かれた包帯にある。
肘の下から指先まで、きっちりと固定されている包帯は、漫画であれば武器を隠し持つことができそうなほど、大げさに巻かれている。
実際、包帯をしている腕全体が銃になっている漫画のキャラクターに例えられた。
 
数日前、点滅している青信号を渡ろうとして走ったところ、何もないところで靴が引っかかり、横断歩道の手前で久しぶりに転んだのだ。
左の顔面からアスファルトにドシャッと派手にいった。
一瞬、アスファルトの黒色が視界にちらっと入った。
もしかしたら身体の重心が左に傾いていたから左に倒れたのかもしれない。
咄嗟に右手に持っていたトートバッグの開いている口をかばい、奇跡的にバッグの中身はひとつも道に投げ出されることはなかった。
しかし、そのせいか、左の頬骨、左手、左肩という順番に地面とぶつかって負傷することになった。
 
転んだ衝撃と擦りむいた傷の痛みで、しばらく横断歩道を目の前にして、立てないで地面を見つめていた。
 
これは、やばい……。
 
転んだ痛みもあるのだが、何より「転ぶ」ということがこんなにも心にダメージを与えるものとは思ってもみなかった。
人に見られて恥ずかしかったのか?
いや、そうではない。
今まで、転びそうになったことは多々あるが、寸前のところで踏みとどまっていた。
足腰が弱ってきたのだろうか。
それとも、前の日に食べ過ぎたせいもあり、その日は何も食べずに空腹でいきなり走ったから転んだのだろうか。
 
一体、いつぶりだろう、転ぶのは……。
 
「痛い、痛いなぁ……」
 
気が付いたらはっきりとした独り言を言っていた。
 
ボートレースの場外舟券販売場の前で転んだため、そこの警備をしているおじさんが、どうしたらいいかわからずに心配そうに見つめているのがわかる。
救急車を呼んだほうがいいか、迷ったのかもしれない。
そして、四つん這いになっているわたしに、トートバッグを渡してくれて、「大丈夫?」と優しい言葉をかけてくれた。
 
「大丈夫です」
 
と、質問に答えるのがセオリーなのかもしれないが、わたしはその質問に返すことができなかった。
だって、大丈夫と思えなかったから……。
おじさんに一番気になっていることを聞かずにはいられなかったのだ。
 
「わたしの顔、大丈夫ですか?」
 
あれだけ頬骨から激突したから、傷が心配だったのだ。
突然、グイっと顔を差し出されたおじさんはさぞ怖かったことだろう。
いつもは髪を耳にかけているのだが、その日はベレー帽をかぶっていて、髪で顔が覆われていたため、幾分、衝撃が髪で緩和されていたのかもしれない。
触ってみたところ、血は出ていないみたいだった。
 
「顔は大丈夫だけど、それより腕がひどいよ。血が……」
 
ぬおぉぉぉ!
 
左手をみると血だらけだった。
黒色のアスファルトが傷に入り込んでいる。
さらに痛みが増してきた。
 
血だらけで歩くのは恥ずかしいが、服に血はついていないし、おそらく腕はそんなに見られないはずだ。
足も擦りむいてはいるが、黒いパンツが傷を覆い隠してくれる。
血だらけの腕をふんわりと腕を組んでいるような感じにし、とりあえず、ドラッグストアへ急ぐ。
夕方の繁華街、誰もわたしに見向きもしない。
ケガをしているのはきっとばれていないだろう。
 
そして翌日、会社へ行ったのだが、どうも手首が曲がらないし指が痛い。
たまらず、出社して早々病院へ行ってレントゲンを取ると、骨折が判明したというわけだ。
 
そして、会社に戻り、包帯ぐるぐる巻きの状態で人と会うと、「どうしたの?」と驚かれる。
そりゃ嫌でも目につくだろう。
 
左手について聞かれたので答える。
 
「派手に転んだんですよ。地面に顔からいきましたね。奇跡的に顔は大丈夫だったんですが、左で受け身をとったつもりが、まさか手のほうを骨折してました」
 
「骨折!」
「てか、受け身とれてないし!」
 
こんな感じで、どこで転んだか、どうやって転んだか、転んだときに何をしたかなど、会話のラリーが続いた。
 
端的に話せば「転んで左手を骨折した」だけの話である。
エレベーターの中でこの話をするのであれば、結論だけ言えば目的の階数に着く間に会話は終了するだろう。
しかし、相手が興味を持ってくれたので、転んだときの細かい情報を会話に盛り込みながら話すと、相手は前のめりで聞いてくれた。
シチュエーションよっても、情報の盛り込み方で話す内容を膨らますことができるというわけだ。
なんて、えらそうなことを言っているが、話すのは得意ではないため、一番大事なのは伝えたいと思う気持ちだと思っている。
 
ただ転んだだけだと痛いだけだし、転んでもただでは起きたくない。
できればこの状況を誰かとわかちあいたいと思い、興味を示してくれた人には実況中継のように話している。
まぁ、力技のような気もする。
もちろん、細かい情報が不要なときもある。
何かを伝えるときに共通することだと思うが、目的と話がズレすぎると
 
「そういうことを聞いているんじゃないんだけど……」
 
となるときがある。
ズレが激しいときは軌道修正が必要だ。
細かい情報は削除して、なるべく修飾語を少なくして端的に話すように心がける。
時と場合によるので、トライアンドエラーを繰り返すことにはなるかもしれない。
 
これは、会話だけでなく、文章でも同じことが言えるのではないだろうか。
文章の場合はより難しい。
会話の場合、実際に起きたことを話そうとすると、情報がそんなに細かくなくても、身振り手振りや、顔の表情などで臨場感を出すことが可能だ。
そう、力技で乗り切ることもできるのだ。
 
文章の場合、身振り手振りも言葉として表現しなくてはならない。
顔の表情は見えないので、興奮を文章で伝えようとすると、主語と述語だけでは難しい。
まわりの描写を丁寧に書くことで、ただ「転んで骨折した」という文章に筋肉がつき、強いストーリー性を持たせることができるのだとわたしは思う。
ただ、この描写が難しいので文章を書きながら自己嫌悪に陥っているわけだが……。
 
文章とエピソードトークは似ている。
ないものを膨らませるとやせ細った文章になるが、些細な出来事もよく観察して、まわりの景色を自分のなかにインプットしようと心がけると、物事を見る角度が変わり、文章に与えるスパイスが多くなるのではないだろうか。
スパイスは必要に応じて減らせばいいし、多くしてもいい。
色んなスパイスがあるほうが格好いいじゃないか。
 
ただ、転んだだけの出来事も、どうせなら文章にしてしまえと思うようになったということは、いつの間にか視点が変わってきたのかもしれない。
 
転んだとき、まわりはどうだったか。
どんな痛みだったか。
病名は何だったのか。
 
「まわりをよく見るようになった気がする」と言いたいところだが、そもそもまわりをよく見ていれば、転んで骨折していなかったのが残念なところではある。
 
文章は必要最低限のことだけを伝えることもできるし、主語と述語だけの短い文章に肉付けをして、まわりの描写を加えることで、生き生きした文章にすることもできる。
テクニックも大事だとは思うが、伝える人の熱量も大事なのではないだろうか。
どれだけ相手に伝えたいか、伝えるその先にいる人のことを考えることで、話し方も書き方も変わっていくのだろう。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
山本三景(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

2021年12月ライティング・ゼミに参加。2022年4月にREADING LIFE編集部ライターズ倶楽部に参加。
1000冊の漫画を持つ漫画好きな会社員。

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2023-10-04 | Posted in 週刊READING LIFE vol.235

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