週刊READING LIFE vol.235

それは、幸せな勘違い? それともただのマニュアル?《週刊READING LIFE Vol.235》


*この記事は、「ライティング・ゼミ」の上級コース「ライターズ倶楽部」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

2023/10/9/公開
記事:丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
「えっ、あっ、だ、大丈夫です、結構です」
 
私はきっと、上手く言えていたと思う。
久しぶりに、かなり動揺はしたものの、なるべく落ち着いて言えたはずだ。
その後、一瞬、頭の中は真っ白になったのだけれど。
 
9月の後半に、私が仕事としている断捨離トレーナーの研修があった。
これまでは、親子で飼っているトイプードルの母犬の体調のために、家を何泊も明けられなかったり、たまたま仕事と重なっていたりして、今回が初めての参加となった。
鹿児島、指宿にあるリトリートの施設で総勢70名くらいの参加となる、断捨離トレーナー研修。
3泊4日の期間に加え、私は前泊を鹿児島市内ですることになったので、それなりの着替えや持ち物が必要となる。
 
研修では、座学だけでなく、早朝からヨガをしたり、清掃奉仕と言って、リトリート施設の清掃をしたりする時間もある。
なので、普段履かないスニーカーやパンツが必要だったり、まだまだ暑い時期なので、機能性下着の数もたしたりしなければいけない。
化粧品の詰め替えや、食事の際には自分の箸とコップも持参ということなので、子どもが修学旅行に行く前くらい、買い揃えるモノが細々とあったのだ。
そんな準備の中で、下着も必要だった。
 
断捨離をすると、それぞれのアイテムの総量を一度に多く持つことがなくなった。
例えば、以前はお洋服をクローゼットに2か所、ロッカータンスに整理ダンスというくらいの量を持っていた。
さらには、季節外のお洋服を入れるタッパー容器もあって、それは、それは大量だった。
一度にたくさんのモノを持っていても、それらを使いこなせないのが普通で、しかも、本当に好きで、必要で持っているのではなく、執着や不安な想いから取ってあるモノも多かった。
そんなモノを手放していった今、例えばワンシーズンでも、新しいお洋服を2,30着持つというよりは、5~10着を持つようになっていった。
それらをしょっちゅう着ることで、ヘビロテをするので、それなりに傷んで行ったり、飽きたりすると手放して、また手に入れるというようにモノを循環させながらの持つようになっている。
 
そんな中、インナーに関しては、洗濯の頻度に合わせて、それに間に合う程度の数を持つようにしていたので、3泊4日、さらに前泊をするので到底足りなかった。
なので、下着のセットを買いに行ったのだ。
 
いつもは、量販店の下着コーナーに置いてある、日本製のブランドのモノを購入している。
ところが、その量販店が入っている、駅前のショッピングモールには、その大手日本製下着メーカーの姉妹ブランド店があって、娘がそこで下着を購入したことがあった。
デザインが可愛くて、それでいて、ブランドはしっかりしているし、そうなると縫製も丁寧なのだ。
私も、一度このお店で購入してみようと思い、今回初めてそのお店に行ってみた。
 
若い店員さんが2人いて、下見に行ったときにも声を掛けてくれて、それがとてもカンジが良かったのだ。
今回、購入する気で行っているので、下着の特徴などを伺いながら、数点を一緒に選んでもらった。
そして、私はいつもそうなのだが、下着を購入するときは、しっかりと試着をさせてもらうことにしている。
最近では、どこの下着ブランドでもそうなっているが、ここを面倒がらずにサイズはしっかりとフィットしたモノを選んでいる。
そのお店の若い店員さんも、試着の後に試着室へと入って来てくれて、一緒にサイズ感や試着の仕方を丁寧に見てくれた。
ただ、売ろうというよりも、本当に下着が好きで、よく勉強されていて、そんなアドバイスもさり気なくくれるようなそんな接客が心地良かった。
また、このお店で買い物がしたいな、と思うような印象を持てたのだ。
あまりにも店員さんの応対と下着の感触が良かったので、予定よりもワンセット多く購入することになった。
 
ブラジャーとセットでショーツを購入するのだが、ショーツにはカタチが色々選べるので、それも一緒に選んでもらってお買い物は終了と言うところになった時、その接客をしてくれた若い店員さんが私に付け加えて尋ねたのだ。
 
「このショーツとお揃いのデザインのサニタリーショーツもございますが、ご一緒にいかがでしょうか」
 
「サニタリーショーツ!?」
 
久しぶりに耳にしたぞ。
久しぶりに口にしたぞ。
私は、一瞬、言葉が出なかったのだ。
その短い時間には、最初、頭が真っ白になって、それから色々な言葉が飛び交って行ったのだ。
 
「えっ、誰に言ってるの?」
 
「私、この7月で還暦を迎えたんやけど」
 
「とっくに閉経していますけど(笑)」
 
そんな言葉を頭の中で発しながら、口から出たのは、
 
「サニタリーショーツですか?」
 
すると、若い店員さんは、何の迷いもなく、
 
「はい、サニタリーショーツでございます」
 
確かに、私はどちらかと言えば、若く見られるほうだ。
特に娘には、「お母さんの良いところはどこ?」と、テレビのインタビューを真似て、尋ねてみたことがあった。
ほら、お料理が上手いとか、いつもお家がきれいに片づいているとか、そんなカンジの言葉を待っていたのだ。
ところが、「若いところ」と、即答した。
 
「若く見える」ではなく、「若い」と言い切っていたのだ。
 
見かけよりも体力があって、娘と一緒にバレエのレッスンは受けているし、海外旅行でも、国内旅行でも、かなりハードなスケジュールだってこなせている。
娘と同じようにいつも行動していて、家に帰っても疲れ知らずの母なので、そう思うのかもしれない。
 
そして、体型も160cmの子ども服が入るくらいだ。
いわゆる、オバサン体型ではない。
何年か前、私の後ろにいた小さな女の子がお母さんに向かって、「あのお姉ちゃんのスカート、かわいい」と、私のことを言っていたのを聞いたこともある。
あの幼子の夢を壊してはいけないので、私は一切振り返ることなく、急ぎ足で去って行ったのだが。
 
だからなのか、このお店の若い店員さんにもそのように映ったのだろうか。
ようやく体温も平熱に戻ったような感覚が頭の中にも現れて、冷静に答えた。
 
「サニタリーショーツは結構です」
 
「はい、わかりました」
 
最後まで、若い店員さんは満面の笑顔だった。
新しい下着のセットを4組購入して、私はそのお店を後にした。
お店を出て、数歩歩いたときに、ふと頭に浮かんだのだ。
 
「サニタリーショーツって、尿漏れの方!?」
 
なんだか、ちょっと複雑な気持ちになってきた。
いや、でもあの若い店員さんは、そっちの方のおススメをあんなにも満面の笑顔で伝えるだろうか。
なんだか、もう、よくわからなくなっていったのだが、何故だかわからないのだが、前者の方の想定の方が心の中で大きく膨らんで行って、気分が良くなっていったのだ。
 
まだ、生理があるくらい、私は若く見えたのか(笑)
 
可笑しいもので、こんなことぐらいで、還暦を迎えたおばちゃんは喜べるのか。
もう、ヴィトンやシャネルのバッグなんていらないぞ、これくらいの年齢の女性を喜ばせるのは。
こんな感覚、本当に初めてだった。
自惚れでもなく、勘違いでもなく、なんだろうね。
 
以前、最初の韓流ブームでヨン様が大人気だった時、日本のおばさまたちの更年期の症状が軽くなったというニュースを聴いたことがあった。
でも、なんだかその感覚に近いものがあるように思ったのだ。
嬉しいというか、細胞の一つひとつが、パキッと元気になって、身体の中でシャキッと背筋を伸ばしたような。
それが、さらに人を元気にさせているような、そんな初めての感覚だった。
 
この時の話が面白くて、私は研修に行った際、周りのトレーナー仲間に話をしては盛り上がっていた。
すると、色んな意見があって、
 
「どっちかわからないような人物には、とりあえずサニタリーショーツを勧めるというマニュアルがあるんと違う?」
 
「ゆりちゃんが若く見えたんよ」
 
「やっぱり、尿漏れの方と違う?」
 
みんな勝手なことを色々と言ってくれる。
でも、そんな話をして盛り上がっている時間もまた楽しかった。
 
研修も無事に終わり、今回、新しく購入した下着はどれも心地良かった。
そして、また買い替える時には、あの日本製下着ブランドの姉妹店を選びたいと思っている。
それで、ちょっと怖いのだけど、今回の答え合わせをしてみようかな、とも思っている。
もしも、次回も、セットで下着を購入したら、「サニタリーショーツはいかがでしょうか」って、言ってもらえるだろうか。
次もそうだったら、恐る恐る聞いてみようかな。
 
「あのう、尿漏れの方でしょうか」
 
いや、やっぱり怖いかな。
このままずっと、良い夢を見ておこうか(笑)
そう、だって、今の私は生理用でも、尿漏れ用でも、サニタリーショーツは必要ないのだから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
丸山ゆり(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

関西初のやましたひでこ<公認>断捨離トレーナー。
カルチャーセンター10か所以上、延べ100回以上断捨離講座で講師を務める。
地元の公共団体での断捨離講座、国内外の企業の研修でセミナーを行う。
1963年兵庫県西宮市生まれ。短大卒業後、商社に勤務した後、結婚。ごく普通の主婦として家事に専念している時に、断捨離に出会う。自分とモノとの今の関係性を問う発想に感銘を受けて、断捨離を通して、身近な人から笑顔にしていくことを開始。片づけの苦手な人を片づけ好きにさせるレッスンに定評あり。部屋を片づけるだけでなく、心地よく暮らせて、機能的な収納術を提案している。モットーは、断捨離で「エレガントな女性に」。
2013年1月断捨離提唱者やましたひでこより第1期公認トレーナーと認定される。
整理・収納アドバイザー1級。

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2023-10-04 | Posted in 週刊READING LIFE vol.235

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