週刊READING LIFE vol,98

私が仮面で、仮面が私で《週刊READING LIFE vol,98「 私の仮面」》

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記事:東ゆか(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
思いがけず人から褒められることが苦手だった。
昔のバイト先の音楽事務所で
「資料を探してコピーしておいて」
「チケットを売って、お金を集計して」
と仕事を頼まれることがあった。
 
どれも私にとっては簡単なことだったので、「簡単だな」と思ってやり終えて、「はいできました」と成果物を渡すと、予想以上に褒められることがある。
 
「早い! もうできたの?!」
「すごい! こんなにしっかり細かく集計してくれた人はいなかったよ!」
 
嬉しいと同時に、驚く。
そして怯える。
なぜなら、次回以降「あずまさんはきっと早く上手にやってくれる」という相手の期待が芽生えるだろう。だから次回以降、私には単に仕事を片付けるだけでなく、「相手の期待通りの速さやクオリティで片付ける」という使命が課されたような気がするからだ。
 
ここで私の思考回路は「そもそも私は誰かから褒められるような人間なんだろうか」という壮大なテーマに移行してしまい、「いやいや自分はそんなに大層な人間じゃないです」とこれまた壮大な自己嫌悪が始まってしまう。
 
そんなある日、バイト先の音楽事務所のおじさんが声をかけてきた。普段は仕事上で関わりのない人だ。
「きみの上司のNさんが、あずまさんはいつも仕事が早くて助かるって褒めてたよ」
と声をかけてきた。
びっくりした。「いつも?」「仕事が早い?」しかもそれを他のチームの人に話すなんで、よっぽど評価してもらっていないか?
なんだか私は、実際よりも良く見られているのではないか、と驚いて、そして同時に戸惑った。
 
自己評価よりも高く見られることほど怖いものはない。
叶えられない期待を抱かせてしまって、それを裏切ってしまったときにどれだけ相手を失望させるのだろうかと想像して怖くなる。
そうすると、自己評価よりも高い評価を得ているのは、私が相手の目を騙しているのではないか。本当の不出来な自分を隠す仮面を付けているのではないかと、ただの事務作業の評価の良し悪しの話で大げさなのだか、私は本気でこう考えていた。
 
「え。そんなことはないと思いますけど……」と言いよどむと、おじさんはちょっと怪訝な顔をして「せっかくNさんがそう言ってくれるのに、『そんなことない』なんて言うもんじゃないよ」と言い残して去っていった。
 
この出来事が妙に印象に残っていた。
たしかにNさんが「早くて良いね!」と言ってくれているのに、「そんなことないです!」というのはおかしいのではないか。謙遜しているようだけれど、Nさんの主観を否定することになるのではないか。
 
それからなんとなく、人に褒められたら相手の主観を尊重する意味で「そうですか! うれしいです! ありがとう!」と言って受け取ることにしようと思った。
 
それには思わぬ効果があった。
「ピグマリオン効果」という心理的行動をご存知だろうか。
無作為に選んだ生徒をAとBの2つのグループに振り分けて、Aには「君たちは優秀な子」、Bには「君たちは優秀ではない子」と言い聞かせると、Aのグループは成績が上がり、Bのグループの成績は上がらないというものだ。
 
「ピグマリオン」という呼び方は、ギリシャ神話に登場するピグマリオンという王からきている。ピグマリオンは自分の理想の女性を彫像で彫り上げ、まるでそれを人間のように扱って、本物の人間になるように祈ったところ、望み通り彫像が人間になったというエピソードから命名されている。
 
「私はただの彫像です」と思っているところに与えられる「仕事が早くて助かる!」「集計が丁寧で助かる!」「いつも頑張っているね!」というピグマリオンの言葉たちを受け入れることで、なんとなく自信がついた気がした。
 
思い返すと、他人からの予想外の褒めに対して、「今後期待に応えられなかったらどうしよう」と怯えたり、「私はそんなに大層な人間じゃない」なんて思うことは、単純に自己肯定感が低かったのだと思う。
 
最近「自己肯定感をあげるにはどうすれば良いか?」という話を耳にする。
自己肯定感が上がらなれば、自分に感謝や期待を寄せてくれるピグマリオンの言葉を素直に受け入れることが良いかもしれない。
 
私ははじめ、ピグマリオンの言葉たちは、偽の仮面を被った私が見せている幻覚によって生み出されるものだと思っていた(こじらせが過ぎるけれど……)。しかし人間、自分が全くもっていない顔を他人に見せることはできないはずだ。
私が突然パリピになりたい! と思い立っても、パリピの仮面を被ることはできない。なぜなら自宅が一番大好きで、深夜ラジオが一番の友だちで、友達からのLINEが滅多にこない私にパリピの要素はないからだ。仮面を被るどころか、どこから材料を探してくればよいのか分からない。
 
ある俳優が、テレビのインタビューで「演じるということは、役と自分との共通点を見つけて、そこを点でつないでいく作業だ」とも言っていた。演じることが仕事の俳優でさえも、ヒントや要素は自分の中にあるということだ。逆にいうと、自分のなかに要素が全くなければ、プロでも演じることはできないということだ。
 
私が「そんなのは偽の自分だ」と思っていた、Nさんから見えていた「仕事が早くて正確な私」という仮面は、世界一仕事が早くて正確でなくても、ちょっとでも私の中に存在する要素だったのだと思う。
 
このことに気がつくと、今までむず痒く「そんなことない」と思っていた他人からの褒め言葉を全て上手に受け入れて、自分の栄養にできるようになった。
なんと数年前に言われて心の中に引っかかっていた褒め言葉も取り出してきて、美味しく食べることができている。幸せなことである。
 
「物知り!」「面白い!」「行動的!」
言われた当時は「そんなことないよ!」と思って受け入れ拒否をしていた言葉たちだ。
 
伊沢拓也には勝てないけど、もしかしたら物知りな面があるのかもしれない。
アメトーークやゴッドタンには出られなくても、ちょっと面白い一面があるのかもしれない。
南極大陸は横断できなくても、ちょっと行動的な面もあるのかもしれない。
そういうふうに受け入れたら、もしかしたら自分はそうなのかもと思えるようになった。
人を騙していると思っていた仮面だったが、それは自分の良い要素が表れたものだった。
 
インターネットから「自分とは何か?」「自己肯定感とは何か?」のような深くて重いテーマが目に入ってきやすい昨今だ。自分ひとりで深く潜ってしまうと、袋小路に迷いかねない。自分の良いところは案外他人のほうが知っているものである。何気ない褒め言葉を集めて、これからも自己肯定感を上げていきたいと思う。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
東ゆか(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

湘南生まれの長野育ち。音楽大学を声楽専攻で卒業。フランスが大好き。書店アルバイト、美術館の受付、保育園の先生、ネットワークビジネスのカスタマーサポート、スタートアップ企業OL等を経て現在はフリーとして独立を模索中。

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2020-10-06 | Posted in 週刊READING LIFE vol,98

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