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週刊READING LIFE vol,98

「マスカラ・コントラ・マスカラ」は人生を変える最大のチャンスかもしれない《週刊READING LIFE vol,98「 私の仮面」》

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記事:タカシクワハタ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)
 
 
あれは10年近く前のことだった。
「ちょっとこれから話があるので喫茶店に行きましょう」
当時僕はある特許事務所で働いていた
珍しく副所長がそんなことを言ってきたので何事かと思いつつ喫茶店に足を運んだ。
喫茶店に着き、コーヒーを頼むと副所長はゆっくり口を開いた。
「実は、来月末で辞めていただくことになりました」
えっ、と思った。これってつまりクビ?
あまりに突然のことで、
その後副所長は何か色々と手続き面の話をしていたが、
全く頭に入ってこなかった。それくらい青天の霹靂であった。
 
しかしまさか自分がクビになるなんて夢にも思わなかった。
そんなことは物語の中だけの話だと思っていた。
クビになるということはその職場において僕の存在が消されたということだ。
つまりその職業のにおける自身の死ということだ。
その時なぜか僕はこんなことを考えていた。
「マスカラ・コントラ・マスカラ」みたいだな、と。
 
「マスカラ・コントラ・マスカラ」という言葉をご存知だろうか?
これはプロレス用語で、日本語に訳すと「敗者覆面剥ぎマッチ」だ。
つまり、この試合に負けると覆面レスラーは覆面を取り素顔を晒さなければならないというルールのことである。
覆面を取り素顔を晒す、と軽く書いてしまったが、これは非常に重大なことである。
もともとこのルールはメキシコのルチャというプロレスを起源としている。
ルチャドールと言われるルチャの選手の多くはマスクを着用するいわゆる「覆面レスラー」である。そのルチャドールにとってマスクは命と同義であり、「マスカラ・コントラ・マスカラ」に敗れるということはそのルチャドールが死ぬということを意味するのだ。
日本のプロレスでも、「マスカラ・コントラ・マスカラ」は非常に緊張感のある雰囲気で行われる。そしてその緊張感はレスラー同士の攻防にも熱を生み出し、その熱は観客にも伝わっていき会場としての大きな盛り上がりへと繋がっていく。
しかし、試合が決着し、敗者の正体が明かされていく段階になると会場の雰囲気は一転して沈痛な雰囲気に包まれる。
僕はこの雰囲気が非常に苦手だ。
覆面を剥がされたレスラーがなんとも言えない悲痛な様子でうなだれている。
試合に負けた上に晒し者になっているのだ。
何か見てはいけないものを見てしまっているような気持ちになってしまう・
そんな残酷な場面を僕らはなぜ見ているのだろう。
いつもそんな気持ちになってしまうのだ。
そして僕はいつも、負けたレスラーがどんなことを思っているのだろうか気になっていた。
プロレスはある程度の台本があることくらい僕らだって知っている。
だからある程度は「お仕事」と割り切っていて淡々としているのだろうかとも思っていた。
とはいえども、自分がこれまで演じてきたレスラーがある意味「死」を迎えるのである。
なにかとても悔しくて、情けなくて、悲しい。ちょうど会社をクビになった時の気もちに似ているのではないだろうかと思ったのだ。
 
そんな最中、あるレスラーが「マスカラ・コントラ・マスカラ」に挑もうとしていた。
そのレスラーの名前はサイバー・コング、「ドラゴンゲート」という新進プロレス団体のプロレスラーであった。
サイバー・コングという選手は目元を隠したマスクに筋骨隆々とした堂々たる肉体を持ったアメリカ育ちのレスラーで、日本語を話せないという設定で日本デビューした選手だった。
もちろんこれはギミックであり、実際は日本人で英語は全く喋れない選手であるのだが、何しろその肉体とアームレスリングのチャンピオンでもあるパワーがその名の通りサイボーグのような底知れない強さを醸し出し、みるみるうちに頭角を現した。
しかし、気になることもあった。
「サイバー・コング」というキャラクターが強すぎるような気がするのだ。
確かに彼はパワーがあって、見た目もゴツくて非常に強そうではある。
ただ、それは「サイバー・コング」というキャラクターが強そうなだけであって
中の人の強さや思いが見えてこない。それが気になったのだ。
その懸念はすぐに現実となった。
彼はある時、タイトルマッチに抜擢された。
チャンピオンとの初タイトル戦。
ここでいい試合をすれば今後は団体の中心選手となっていく。彼にとっては明らかなチャンスであった。
しかし、その試合でサイバー・コングは何も残すことはできなかった。
いわゆる「しょっぱい」試合をやってしまったのだ。
彼の試合からは何の思いも気迫も見出せず、ただなんとなく負けてしまった。
ある意味、これは彼のキャラクターのせいでもあった。
サイボーグなのだから感情を出さずに淡々と強さを出せば良い。
確かにその通りではあるのだが、感情や人間らしさが強く求められるプロレスという舞台でそれを遂行するのは非常に難しかった。
彼はそれ以降迷走を続けてしまう。
悪役をやりたいのか、善玉をやりたいのか。
シリアスな戦いをしたいのか、コミカルな試合をしたいのか。
彼自身の迷いがそのままプロレスになってしまい、
非常に器用貧乏かつ中途半端なプロレスラーになってしまいそうであった。
そんな、サイバー・コングが「マスカラ・コントラ・マスカラ」を行うことになったのだ。
僕は彼にとってこの「マスカラ・コントラ・マスカラ」が最後のチャンスだと思っていた。
この試合に勝ってサイバー・コングとしてのレスラー生活を継続させるにしろ、
破れて別のキャラクターとして再起するにしろ、
相当の覚悟をこの試合で見せなければならない。
ある意味、サイバー・コングが今後どうしたいのかを問う
団体からの最後通告のように感じた。
 
異変が起きたのはこのマスカラ・コントラ・マスカラ戦の前哨戦であった。
いつも以上に気合いの入っていた彼に仲間の攻撃が誤爆してしまう。
誤爆、いわゆる同士討ちであるのだが、だいたいこのような状態になると
そのまま負けてしまうことが多い。それがプロレス的には自然な流れである。
しかし、そこでサイバーは何を思ったのか奮起し意外な行動に出る。
なんと自らマスクを脱ぎ捨て、相手にフィニッシュホールドをかけたのだ。
えっ?
私だけでなく、会場の全ての人の心の声が聞こえたような気がした。
何で今?
マスカラ・コントラ・マスカラの前にマスク取ったら意味ないじゃん。
誰もがそう思っていたような気がした。
しかし、彼のパフォーマンスは今までのどんな試合よりも素晴らしかった。
そして、これは彼からの決意表明であったような気もした。
このマスクが邪魔だ。
自分を表現するのにこのマスクは必要ない。
マスカラ・コントラ・マスカラを待てずにもう彼からそんな気持ちが溢れている気がした。
そして、数日後のマスカラ・コントラ・マスカラ戦でやはり彼は敗れた。
「俺が、ドラゴンゲートの吉田隆司じゃ! これからも暴れまわってやるからな!」
マスクを剥ぎ取った彼はこう叫んだ。
迫力のある髭面に坊主頭、そして相変わらずの筋骨隆々とした肉体、ああ、これでいいじゃないか。これこそが彼の本当の姿だ。ついに吉田隆司がサイバー・コングの呪縛から解放されたのだ。
マスカラ・コントラ・マスカラに敗れることは、確かに1人のレスラーの死を意味する。
しかし、それと同時に新しい1人のレスラーの誕生の瞬間でもある。
悲しみや情けなさだけではない、こんな希望に満ちたマスカラ・コントラ・マスカラ戦の敗者がいても良いではないか。そんなことを吉田は教えてくれたような気がした。
ふと、自分を振り返ってみた。
会社をクビになることは確かに恥ずかしくて、情けなくて、悲しいことだ。
でも、これは自分の新しい人生のスタートでもあるのだ。
ひょっとしたら今までの自分は「会社」や「役割」いうものに縛られていて、自分自身の思いや感情、生き方を仕事に乗せることができなかったのではないだろうか。
まるでそれは吉田がサイバー・コングのキャラクターに縛られて、しょっぱいプロレスしかできなかったのと同様だっただけではないだろうか。
そう思った瞬間、自分の中に炎が着いたような気がした。
「次の仕事では素顔で暴れまわってやる」
そう決意し、僕は誰もいない自室でこっそりと呟いてみた。
 
2020年9月22日、東京都の大田区体育館ではドラゴンゲートの試合が開催されていた。その日は複数のタイトルマッチが行われる毎年恒例のビッグマッチであった。そして、その日の6人タッグ戦の挑戦者にあの男の名前があった。そう、吉田隆司だ。吉田はその風貌を活かして悪役レスラーとして活躍している。
この試合も、吉田はその見た目通りの怖さと強さを前面に出した試合をしていた。そしてかつてよりも経験を得た彼は、試合の要所要所でチームを救う試合巧者ぶりも身につけていた。かつてより派手さはないけれども、安心して試合を任せられる存在、そしてなくてはならない存在に彼はなっていた。そんな吉田の活躍もあり、彼らはこの試合に勝利し、新チャンピオンとなった。
チャンピオンベルトを掲げた吉田は悪役らしく太々しく、しかしどこか誇らしげに写真撮影をしていた。そこにはかつてのしょっぱいプロレスラーは存在していなかった。間違いなく彼はあのマスカラ・コントラ・マスカラで人生を変えたのだ。
そして僕もあれから全く畑違いの広告業界で働いている。
「あなたは何かアイディアを考えるとか、そっちの方が向いてるんじゃないかな」
かつての同僚の言葉がヒントとなって、広告代理店への就職を決めたのだ。
この業界はある意味自分に合っていたのか、前職のような窮屈な思いをしながら働くことはなくなっていた。吉田選手ほどではないが、僕も「マスカラ・コントラ・マスカラ」で人生が変わったのかもしれない。
会社をクビになるのはとても辛いことだ。
できればもう2度と味わいたくないし、できれば皆さんの身にもそのようなことが起きないことを祈りたい。
ただ、もしそのような災難に出会ってしまったらこの「マスカラ・コントラ・マスカラ」のことを思い出してほしい。これは自分を縛っていたかもしれない覆面の存在を知るチャンスだ。そして、時間がかかっても構わない、その覆面をかなぐり捨てて次の人生のスタートを切ってほしい。「これから自分らしく暴れまわってやるからな」そう叫べたならもう大丈夫だ。きっとあなたには吉田選手のような明るい未来が待っているはずだから。
 
 
 
 

□ライターズプロフィール
タカシクワハタ(READING LIFE編集部ライターズ倶楽部)

1975年東京都生まれ。
大学院の研究でA D H Dに出会い、自分がA D H Dであることに気づく。
特技はフェンシング。趣味はアイドルライブ鑑賞と野球・競馬観戦。

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2020-10-06 | Posted in 週刊READING LIFE vol,98

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